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第29話 先輩、見守られる

「ちょ、秋生。そんなに距離取らなくてもいいじゃんかー」

「だってリコさん、今日は随分と刺激的で」

「そう? だってダンジョンて蒸すじゃん。少しくらいは涼しく行きたいかなって思うんだよね」

「僕には刺激が強すぎますって。僕のお母さんも見てるんで、次からは慎ましやかにお願いします」

「そっか。お母さんも見てるんならしょうがないね。それとこれ、渡しとくね?」


話を切り替えるべく、僕は手のひらに乗るくらいの箱を手渡す。


「なんですか、これ?」

「バンドエイド。実は親戚のお姉さんが錬金術師でさ。僕が探索者にデビューするって言ったらこういうのを持たせてくれるようになって。僕も一つ持ってるから一個あげる」

「前衛を務めてるので擦り傷が多いから助かります」

「喜んでもらえてよかった。じゃあ行こっか」


なんだか顔を真っ赤にする秋生。

垂れ流していた配信から後輩と思われるコメントが入る。


<コメント>

:おねショタが始まると聞いて

:またリコちゃんが秋生君を惑わせてる! だめですよ!

:認めませんよ! 秋生、その人とのお付き合いは絶対に認めませんからね!


「お母さん、恥ずかしいからやめてよ」


どうやら秋生のお母さん、大塚君の奥さんもリスナーとして存在しているようだ。

他にも全く別の見どころで固定リスナーがついた。始まんないよ、そんなもの。男同士の探索だ。泥臭くなる他ないって。


ちなみに同接が3人。コメントも3つ。

すごいや、見てくれてる人の全員がコメントくれてる。

半分以上身内なのが悲しいところだけどね。

登録者数も3人。当分はこの状態だろうけど、秋生的には何もコメントがないよりはマシかな? まさかお母さんに監視される事態になるとは思っても見なかったみたいだけど。病弱なら日中は暇だろうし、そりゃそうだ。考えるまでもなくわかることだよね。


「ほら秋生。コメントに惑わされないでいこ?」

「はい」


秋生の手を引いて受付へ。

一度厳重注意を受けたものの、Fに上がったので怒られることなく中層に行ける。Fランクダンジョン内でも下層に行くにはランクをEに上げる必要があるのが面倒くさいところだよね。


「おはようございますリコ様、秋生様。本日どのようなご用件で」

「採取クエストと討伐クエストあったらちょうだい」

「Fランクでしたら、この辺がよろしいかと思います」

「ありがと!」


この前苦戦したバットやラットの討伐。剥ぎ取り品の納品。

それとは別に採掘品や採取品の納品クエストを受ける。


「ついでに薬草図鑑や鉱石図鑑、採取セット、採掘セットも別料金でお貸ししますが」

「じゃあ、借りてこうかな?」

「ではライセンスをお貸しください。探索終了後、査定額から値引きさせていただきます」

「りょーかい」


<コメント>

:でた、組合のぼったくり査定

:ぼったくりってどういうことですの!?


秋生のお母さんと思われるコメントが前のコメントに食いついていた。

まぁ金額提示もなく、稼ぎから引くって時点で組合側の匙加減一つだもんね。

どうせ固定金額じゃなく、売り上げからパーセンテージで引くやつだろう。

稼げば稼ぐほど組合が儲かる仕組み。


しかし実際にこれらを買う金なんてないし頭に叩き込むほどの余裕も駆け出しにはない。

図鑑と銘打っているが、所詮はFランクダンジョンでしか通用しないものだ。

他のダンジョンではまた別の図鑑があるのが定石。


「あの、コメントで不満が募ってるみたいですが借りてもよかったんでしょうか?」

「いいのいいの。秋生はこれからいっぱい稼ぐんだから。ここでしっかり覚えておけば後々楽になるよ? 防御が高くなれば、採掘中に攻撃されても仰け反らないし、スキルで自己回復もできちゃう。ガーディアンである事はマイナス要因ばっかりでもないんだ」

「そうなんですね。勉強になります」

「逆に言えば、序盤の稼ぎはそれに頼り切る形になるので、少しでもお布施。そのかわり僕が困った時に助けてくれたらありがたいな」

「それくらいは任せてください」


<コメント>

:あら、格好はハレンチだけど根はいい子みたいね。見直したわ

:hshs

:支え合いってやつですね


「納品類はとにかく数を多く受注するより、丁寧に高品質に手に入れることを心がけるように」

「その分色がつくからですか?」


<コメント>

:色とはなんですの?

:ちょっとしたボーナスですね

:査定には固定金額が決まっていて、品質によって値段が違う。養殖ウナギと天然物ウナギだって同じウナギなのに値段が違うだろ?

:なるほど、ありがとうございます


「それもあるけど、親戚のお姉さん曰く、制作の成功率も上がるから高品質の方が嬉しいんだそうだ」

「成功率ですか?」

「うん。それがちゃんとアイテムになるか、ゴミになるかの瀬戸際。生産職にとって品質によって利益が変化する。できるだけ高品質を手に入れたいけど、世の探索者はそこら辺を考えずに数だけ持ってこようとするんだって」

「リコさんは僕にそうなってほしくなくて教えてくれてるんですね」

「それもあるけど、高品質を持ち帰れば組合の内部査定も良くなる。採取や採掘クエストを回してもらいやすくなるんだ。わざわざクエストボードから持っていかないのはそう言うこと」

「クエストボードのクエストって、普通に選んじゃってました。あれってダメなんですか?」

「ダメじゃないけど、メンバー構成によって攻略難易度が変化する場合があるからね。同じランク帯でも前衛の攻撃タイプがそれなりに居ないと回らない討伐クエストとかそれなりにあるし。だから数回クエストをこなして、組合側に僕達の実績を積ませたらなんの仕事が任せてもらえるかの判断材料になるでしょ?」

「なるほど。ある程度実力を示せば、それに合わせて組合側が選んでくれるんですね?」

「もちろん、お行儀がよければね。人の話を聞かないタイプだと適当にあしらわれちゃうので気をつけて」

「はい!」


<コメント>

:ほのぼのでええね

:ロリが年齢マウントをしていると聞いて

:実際博識

:見ていてほっこりする

:俺たち、ずっとクエスト選んでたわ

:初見は気づかないよな

:前衛五人(全員攻撃)だとそもそも採取品には目もくれないから

:みんな前衛選びすぎ問題


いつのまにか同接が10人に上がった。

まだ何も始まってないのに誰かが拡散した?


「ああ、ええと。ガンナーとガーディアンの二人旅です。泥臭いものになるので、稼げるところで稼ごうと言うお話でした」

「わ、同接増えてます。コメントもありがとうございます!」


三倍に増えただけで一杯一杯の秋生。可愛いものだね。

僕なんてその数千倍の人間にボロクソに言われた経歴があるから微風みたいなもんだよ。これが経験の差ってヤツだね。


「Fランクですので、今日は中層で頑張ります」

「よろしくお願いします!」


<コメント>

:頑張って

:懐かしいな

:あの頃の俺たちってこんなに素直だっけ?

:金欠だったしもっとガツガツしてた気がする

:ワイのピュアだった頃を返して

:そもそもあったか?


コメントが雑談で溢れる。ちょっとしたコメントでもなんとか返事をしようとして秋生がドギマギとした。さっきから警戒を怠ってるのでちょっとだけ釘を刺す。


「戦闘に集中する時はコメント返しが滞りますのでご了承ください。秋生もあんまり気にしなくて良いよ? 律儀に返さなくて良いから」

「あ、はい。ありがとうございます」


<コメント>

:そうやで^ ^

:ワイらは気にせずにどうぞ


「わかりました。索敵頑張ります」


コメントに励まされて、集中する。

採掘場に向かう前に接敵したのはラットだ。数は三匹。

けどこっちは決定力に欠ける。

事前に打ち合わせたプランで動く。


プランAは秋生がタウントで注意を引きつつ、僕が一匹ずつシュートで行動不能にするパターン。

プランBはここにバットが混ざるパターンだ。タウントを取る順番が変わり、僕の安全性は低くなる代わりに全滅を防ぐ泥臭さの極み!みたいなパターンだね。


「プランAでいくよ!」

「はい!」


僕は銃を構え、秋生が前に出る。


「タウント!」

「シュート!」


秋生のタウントでバラついた攻撃目標が全て掻っ攫われた。

そこへ意識外の射撃! 威力はないがその場に縫い付けるとりもち弾だ。

前足か後ろ足に引っ付けば、あとは乗った勢いで自滅してくれる!

そしてとりもち弾の作用範囲はミスをしても粘着効果が維持されることにある。

一匹に躱されても後続を捕まえられたら御の字。

外しても再装填を焦る必要がないのだ。命中率の悪さが引き立つ。熟練度上げは怠らないようにしたいね!


<コメント>

:ああ、外した!

:ロリが白濁液を操ってると聞いて

:ガタッ

:ガタッ

:↑↑↑通報しました

:通報しました

:お巡りさん、この人です!

:ガンナーも珍しいけどなんじゃありゃ?

:属性バレットとかお金持ちだな


「リコさん、慌てないで」

「ありがとう。次は当てる、シュート!」


<コメント>

:きっちり役割分担できててえらい

:アタッカー五人はギスギスするもんな

:基本獲物の奪い合いだから

:納品クエスト絶望すぎんか?

:討伐以外のボーナス0だぞ

:弾、変えた? なんか着弾点が凝結してる


「ブルブルスライム弾だよ。お姉さんが用意してくれたの」

「とりもち弾より、僕はそっちの方が見慣れてます」


<コメント>

:エグい弾持ってきたな

:ラットが地面に縫いつけられてるで

:これ、後から来た人迷惑しない?

:ラット全滅!

:全部地面に縫いつけられたな

:あとはアキ君が一匹づつナイフで仕留めてる

:解体もできるなんてえらい

:リコちゃんのお姉さん何者?

:ガーディアンと相性バッチリだな

:俺もこんな相棒に恵まれたかったで


秋生が解体をしている間に地面に塩を振る。

これで綺麗さっぱり解けるはずだ。

知らない間に同接が15人となった。

登録者数は3人のまま増えないが、コメントは賑やかだ。


秋生の熟練度上げも兼ねてる縫いつけからの解体作業。

余計なダメージも与えてないので素材の品質は高い。


「解体終わりました」

「お疲れ様。ちょっと休んでて」

「はい」


<コメント>

:お、リコちゃん何するんだ?

:何か瓶振ってる

:まさか食べるのか?

:ダンジョン飯?


「食べないよ。これもお姉さんに持たせてもらったもので、飛び散った血の匂いを消してくれる効果があるの」


<コメント>

:初耳

:バックアタック対策か

:何それ欲しい

:言うて必要か?

:Fなら要らんがCからは必須

:サイドアタックえぐいからな、Cランクダンジョン

:そのサイズでいいなら常備したい


後輩にアピールする様にリスナーの反応を集める。

思った以上に食いつきがいい。配信は困難に陥るほど欲しいが集結するからね。あえて苦行になるけど、簡単に討伐できては見えないものが出てくるのだ。


秋生は休憩中に剥いだラットの皮を鞣していた。肉を剥ぎ取り、なめし液に浸す。ただそれだけだけど、何もしないより腐敗の進行は止められる。

荷物を軽くして、より数を増やすためである。

ここら辺は徹底させた。戦闘中は荷物を置き、移動中は荷物を担ぐ。

体力をつけさせるのと同時に、稼ぎを増やす作戦だ。


レベルアップ、ジョブ特性でも耐久は増えるが、行動によっても増えやすくなるのは大学時代に実証済み。誰も発表してないのが不思議なくらいだ。もしかして誰も知らなかったりする? まさかね。


上昇値が微々たるものだからだったらレベル上げした方がマシってことだと思う。僕も秋生に倣ってなるべく動く様にしてる。敏捷の上昇値は少しでも上げたいからね。


「よし、じゃあここから近い採掘場に行くよ。今日こそ鉄鉱石掘り当てるから見てて」

「頑張ってください」


<コメント>

:Fで鉄って取れたっけ?

:5%以下で取れるやで

:20回振って一個か

:ちゃうで確率を成功させて、更にそこから抽選で5%を引くんやで

:ああ、採掘って確定で取れないのか

:戦闘で毎回クリティカルを祈る様なもん

:アキ君は普通に掘るのな

:銅鉱石取れるだけでも御の字だから

:失敗すると虚無だし、取れるだけマシ

:成功すれば採掘ポイント残るけど、失敗で消滅だからな

:消滅したら復活するまでに3時間くらいかかるからな

:リコちゃん、さっきからアホみたいに成功させてる

:本当じゃん


お祈りゲーなら任せろ。こちとら15歳からお祈りしてんだよ! 

くそぁ! また銅鉱石。鉄鉱石来い! こんにゃろうめ!


「今日はこれくらいにしとくか」

「お見事です。相変わらず大量ですね」

「これが僕の仕事なところはある」

「いつも助かってます」


秋生が僕の採掘品の中に申し訳なさそうに三個の銅鉱石を置いた。普通はこれくらいなのよ、採掘って。

なお品質はC。品質向上はツルハシのグレードで決まると言っても過言じゃない。組合からの借り物じゃどうあっても品質は上がりっこないのだ。

流石にこれ以上を求めるなら自作した方がいいが、入手手段を問われかねないので下手なことはしないのが賢明だったりする。


<コメント>

:一つの採掘ポイントで20個!?

:頭おかしい

:それでもなお採掘ポイント消滅してないの強すぎ

:リコちゃん幸運シューター?

:状態異常の成功率高いし多分そう

:また尖ったビルドしてんな


なんとでも言え。所詮お遊びだしこれで一生食ってくわけじゃないからいいのだ。僕の採掘成功がきっかけか、同時接続人数とお気に入りはじわじわ増えていった。


同接30人。登録者数7人。

コメントはFランクだった当時を懐かしむ者、ビルドの尖具合を指摘する者、異常性癖者で三分割された。


<コメント>

:戦闘ではアキ君、採取/採掘はリコちゃんか

:戦闘でもリコちゃんはアキ君のサポーターしてるぞ?

:果たしてこの規模のサポートができる人材がFにどれだけ居るか

:それ

:アキ君見かけによらず力持ちだね

:そりゃガーディアンだし

:駆け出しは荷物持ちやらされること多いから

:仲間に入れてもらえないと詰むよな

:それじゃあ秋生はこの子に助けてもらえたのね


「うん、リコさんのお陰で収入が増えてお母さんの入院費用が稼げてるんだよ。まだまだ僕だけじゃ不安だけど安心して見てて」


<コメント>

:リスナーにお母さんいて草

:保護者参加型配信か

:さっきからやたら通報されてるのはそれか

:あれは保護者参加してなくても通報案件だし、しゃーない

:秋生、少し見ないうちに立派になって!

:親から見たら子の成長は早く感じるしな

:中学生だっけ? 父親は何してんだよ


大塚君、秋生の話じゃ奥さんと別居したって話だけど今頃どこで何をしてるんだろ? ちょっと心配だ。

僕より要領いいから、なんだかんだうまいこと立ち回ってるとは思うけどね。


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「くちゅん!」

「アキラ、風邪か?」

「わからんが、どこかで誰かが私の噂をしているのかもな」

「アキラすげー美人だし、見惚れるのもわかるよ。俺らが声かけた時は速攻靡いてくれて夢かと思ったもん」

「別に靡いたつもりはないんだが……あんまり適当言うとポーション回さないぞ?」

「けへへ、悪い悪い。アキラさんにはいつもお世話になってますって」


下衆な男連中を見下しながら、アキラ……大塚晃はなぜ自分がこんな目に遭わなければならないのかと目頭を押さえ込む。

若返りの薬を求めて交渉を続けているうちに、いつの間にやら女体化していた晃。なんと若返り薬には超低確率で性別をも変更させる効果があったのだ。


製作者は一言もそんな効果があるなんて説明していない。

否、そもそも販売しておらず、迷惑なクレーマーに対して送り付けられた商品。

それを勝手に皮算用して舞い上がっていたのは他でもない自分たちだ。


制作者の手のひらの上で踊らされていたのだと知った時、全てを失っていた。

茫然自失となった晃だったが、錬金術師の腕だけは唯一残っていた。

またもう一度やり直そう。そう思って門を叩いた探索者組合。


しかし晃の容姿に惹かれた奴らはみんな技術じゃなく体目当て。

当事者となってようやく男が女をどのような目で見ているかを痛感した。


結婚後、勤め先の付き合いで家に帰らなくなった。

それでも晃は大黒柱だし、稼ぎ頭だ。

家に金は入れている。専業主婦である妻には文句は言わせない。

思えばそんな立ち回りをしていた様に思う。

妻にも息子にも誇れる父親だと自負していた。


だが、本当に自分はいい父親だったか?

そう思うと途端に自信がなくなる。

要領がいい、立ち回りが上手い。

それは家のコネだったり、男だから通用した事だと今になってわかる。

女性研究員に求められるのは顔。購買意欲をそそられる話題作りさえできればそれ以上は求められない。


それを良しと捉える者もいれば、そうと捉えない者もいる。

望月ヒカリは後者だったのだろうか?

いつも広報の仕事を嫌がっていた様に思う。

だから仕事はうまくいっていたのに辞表を出して独立したのかもしれない。


まさか女であるだけでこれ程仕事が見つからないとは思わなかった。

探索者となったのは他に選択肢がなかったから。

住む家も戸籍も失った先、待っているのは身体を売る仕事ぐらい。


生まれながらに女性であるならばまだ良かった。将来に向けていろいろ考えられる。しかし男の意識のまま女になるとなれば話が変わる。

男の時と同様の仕事内容を無意識に求めてしまうのだ。

身体的特徴の考慮がなされた仕事内容を加味すれば自ずと業種は絞られるが、晃はそんなこともわからない。


知っていた気になっていただけで、女の苦労など何一つ知ろうともしなかった。

それが今牙を剥いて晃に襲いかかってきた。


故に女性探索者は群れて行動する。

男女二人組の場合は恋人が多いし、男所帯に女が入れば奪い合いでパーティ解散の危機もある。

だが利害の一致による無知な女性メンバーの加入の場合はその限りではない。

今の晃はまさにその状況にあった。


「本当にこのクエストには旨みがあるんだろうな? 嘘をついたらタダじゃおかないぞ?」


金が欲しい晃。

しかし男の昏い欲望の前に、その熱意はどこまでも無力で価値が低いものだった。

そしてダンジョンとは、いまだに全てを解明しきれない場所が多いブラックボックス。


だからCランクダンジョンだからと油断すると、とんでもない場面に想定する時もある。


人気のない場所に誘い込まれ、猿轡を噛まされて組み敷かれた晃が目にしたのは……肌を生暖かい吐息が吹きかけられる事だった。


誘った男のものではない。

目お合わせたら殺されるかもしれないモンスターによるものだった。

接敵したモンスターは……ドラゴン。


Cランクダンジョンには存在しないはずの脅威が、晃を連れ込んだ男達を捕食するシーンを目の当たりにしてその場で硬直する。

今までモンスターと接敵することはあった。だがこれは違う。絶対に勝てない死そのものが目の前にある。


探索者の命が軽い理由はここにある。

ダンジョンは決して安全ではない。だから持ち帰った報酬に価値がつくのだ。

その価値を決める側にいた晃は、探索者をそれこそ食い物にしてきた。

だから今こんな目に遭うのは、過去の自分の行いのせいだ。

思考停止する頭の中で、精一杯抵抗するも今の晃には無力という言葉がよく似合った。


権力もない。腕力もない。

かつて搾取していた相手の立場に置かれた。

まな板の上の鯉の様に、他人に生殺与奪権を握られてる状態だった。


「助けて……」


絞り出した救援の言葉を嘲笑う様に、ドラゴンは男の肉片を飲み込んだ。

自分もこうなるのか。そう考えたら抵抗するだけ無駄だろう。

せめて痛く無いように死なせてくれと、晃は意識を失った。


『むーちゃん、そんなの食べるとお腹壊すぞ。ぺってしなさい』

『ゴア?』

『ム、このムスメは? 何かに使えるかもしれんな』

『グルル』

『こら、食べちゃダメだぞ? これは我のものなんじゃからな』

『ゴアッ』


ドラゴンの背から少女が飛び降りる。

モンスターの毛皮をなめして作った外套を纏い、こめかみからゴツめの角を生やした少女が、晃の身柄を確保する。

それは新しい餌としてか、はたまた仲間としてのものか。

爬虫類の様な瞳から、その真相を窺い知ることはできなかった。

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