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第27話 先輩、誤解される

アメリアさんから聞けば、有識者に任せてるので詳しくは知らないそうだ。

まぁお金払うだけでいいなら僕も……と思ったが、秋生に気苦労を背負わせてしまうので独学で行こうと思った。


「なになに? カメラドローンを購入して配信するだけでいい?」


他に必要なのはパソコンとマイクか。ここら辺はポケットマネーで届くな。

今回はソロデビュー前のお勉強として、秋生を巻き込んでの配信とする。


タイトルは『ガンナーとガーディアンで行くダンジョン探訪』とした。

秋生も配信慣れが必要なので一緒に慣れていこうと励ました。

どうせ誰も見てないだろうしな。

ドローンカメラを飛ばし、あとは放っておく。


バズる要素は0。

爽快感とは皆無の泥臭さ全開。

ドローンには底辺探索者の日常を垂れ流した。


初日の接続人数は1〜2。

コメントは0。

暇な人もいるものだと笑い飛ばす。

最初はこんなもんだよ、と秋生を励ましながら探索を進めた。


Fランクダンジョン三層。

悩まされたのはラットやバットの猛攻。

3、4匹まとめて襲いかかってくるので秋生の『タウント』で一度に敵意を回収しきれないことも多々あって苦労させられた。


散ったやつを僕の『シュート』で状態異常に陥らせていく。

全部は片付けず、何回か逃げて退路の確保をした。


「リコさん、やっぱり二層に引き返した方がいいんじゃ?」


一層から二層は採掘、採取エリアがある。

モンスターこそ居るものの、こちらから仕掛けない限り攻撃してこない分安全だが、三層からは縄張りに入り次第攻撃されることもあって、秋生がさっそく弱音を吐いた。

ガーディアンなのに安全を優先しすぎなのだ。

いや、死ぬほどの危険じゃないから……と思ってしまうのはこの先を知ってるからなんだろうなぁ。

何も知らなければ引き時を分からずパニックに陥ってしまっても仕方ないと思う。


「バカだなぁ、あれはちょっと前に出過ぎただけで引っ張る数を絞れば十分秋生でも対応可能だって。それにランク上がったらもっと複数引っ張る時もあるんだよ? これくらいでへこたれてられないよ」


「それもそうだけど……」とこぼす秋生の尊敬する探索者はよりによってキングだった。タンクの希望の星なんだそうだ。

あいつのコンプレックスを生み出した張本人としては、あいつはやめとけと言いたいが、駆け出しから見てSランクというのはそれだけ雲の上の存在。

同列で語る時点で僕の背後を探られたら詰む。

だからそっかー、と聞き流すことにした。


「う、うん。でもリコさんが一匹づつ仕留めてくれたお陰でもあるんだよ? 僕でも捌けたのは」

「これが役割分担ってやつだよ。それに僕のは銃の性能もあるからさ」


水鉄砲の改良型。凝結濃度を弱めたカチカチスライム君、もといブルブルスライム君である。


「当てたモンスターの動きを一定時間止めるものだし、顔付近に当てれば窒息も狙える」

「絶対に僕に向けないで!」


にしし、と笑うと秋生はサーっと顔を青くした。

向けるわけないじゃんね。僕のこと何だと思ってるのやら。


食事を挟んで今後の傾向を語っていく。空中のバットを優先、ラットは後回しとした。その理由はブルブルスライム君をトラップのように仕掛けて近接を防ぐという仕掛けをするからだ。


しかしこの方法は飛行タイプに使えない。空に設置できない都合上、空中の敵はタウントあり気になってしまう。僕にトールくらいの射撃命中率があるんなら別だ。


そう考えるとあいつはあいつですごかったんだなって思う。

よそ見しながら跳弾で相手の額をぶち抜くのって、結構な才能いるんだって素人ながらに思うよ。


言ってる側からセットでご登場だ。


「秋生、作戦通りに!」

「うん、タウント!」

「キキッ!」


バットが秋生のタウントに触発されて激昂状態に。

タウントはスキルを縛る効果もある。通常攻撃を繰り返し行動させることによって疲弊させるのだ。


「そこっ!」


バットの体を狙ってブルブルスライム君を『シュート』。

体の動きを止めれば、翼だけで動くこともできずに地に落ちる。

あとは芋虫のように地面をのたうち回るしか出来ない。


バットの処理を終えたらラットにもタウントしてもらい、行動を止めてから安全に解体した。


勝利しょーり!」

「こんなにあっさり、流石です」

「作戦通りに行ってよかったな。今日の稼ぎは別格だぞぉ?」

「でもGランクのリコさんを中層に連れて行ったとバレたら、僕怒られちゃいます」

「僕が見に行きたいと言ったから大丈夫。秋生は何ら罪に問われないはずだ」

「良心の呵責が……」

「まったく。秋生は心配性だなぁ」


受付に戻れば厳重注意を受けた。

でも秋生が守ってくれたことを主張したら、何とか処罰は受けずに済む。

品質の高い納品が多かったのもあり、僕のランクは仮免許のGから見習いのFへと上昇した。これでお咎め無く中層に赴けるな!


今回は中層に向かったこともあり、換金額が1万円を超えた。

全部もらうのは悪いというので折半とした。

後輩に押し付けられてきた僕ならわかる。

ここで押せ押せで行けば嫌われるだろうと。

だから二人で分けて帰路に着く。


また明日も探索いこうなって言えば笑顔で了承してくれた。


・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━・


秋生はリコと別れると、八百屋で見舞いセットを買い、病院へと足を向けた。


大塚菜緒。と書かれてる部屋を見つけ、看護師を呼び止め面会の手続きをした。

いくら身内であろうと、独断で病室に割り入るのはマナー違反だと理解している。


「大塚さん、息子さんがお見舞いに来られてますよ」

「お母さん、元気?」

「秋生……」


菜緒は一人窓の外を見つめてありし日の生活を思い浮かべていた。

秋生の父はとある製薬会社で上位幹部として絶大の地位を築いていた。

人当たりが良く、誰からも愛される人物であると信じて疑わなかった。

それが同僚を貶めて成果物を搾取していたと聞いた時は生活基盤が足元から崩れ落ちるようだった。


もともと病弱気味だった菜緒は塞ぎ込むようになり、中学校に入ったばかりの息子も探索者へと身をやつした。そんな生活、当然望んではいない。

それでも生活をしていくにはお金が必要で、夫の残したお金は日に日に減っていく。10年以上贅沢な暮らしをしていた罰が当たったのだ。

せめて働くべきだと体に鞭を入れても、菜緒はすぐに貧血で倒れてパートもままならなかった。


「これ、今月の入院代。他に欲しいものはある? 最近一緒に探索に出てくれる人ができて収入が安定するようになってさ」

「あら、良かったわね」

「うん!」

「でも探索者って命の危険があるのでしょう? お母さん、秋生にそんな真似させられないわ」

「僕も最初は怖かったけど、リコさんがいろいろ教えてくれて……それで大丈夫になった」

「リコ? その一緒に行ってくれる人って、女性なの?」


菜緒の表情が凍りつく。

今の世の中、女性探索者は珍しくもないが、何処の馬の骨ともわからぬ相手に大事な愛息子が奪われかねないと警戒を強める。

年頃の男の子ではあるが、もともと子煩悩な菜緒は恋人否定派だった。


「本人は否定してたけど、どこからどう見ても女の子だったよ。僕の一つか二つ上くらいかな? だから中学生でも全然探索者になれるって、そう確信した。それにね、配信も始めてみたの」

「それって秋生が見せ物になるってこと? だめよ、認められないわ」


菜緒はもげ落ちるほど首を振って否定するが、秋生はそもそも人気が出ないよと宥めた。

こうやって息子のことになると興奮しがちになるが、実際に止められるほどの力はない。

菜緒は自分の非力さを恨み、それでも秋生からの施しを受ける他なかった。


「まだ始めたばかりだし、上位探索者ほど人気は出ないよ。ファーストジョブが華がないもの同士。今日の戦いはアーカイブ化してもらったから、僕がダンジョンでどんなことをしてるか見てて」

「そうね、秋生の勇姿が見れるのなら、お母さん応援するわ!」

「お母さんも病気に負けないで! それじゃあ今日は帰るね!」


そう言って出ていく我が子を、菜緒はただ見送るだけだった。

大した病気でもなく、貧血気味で病院の一室を借りてる自身に嫌気が差した。


そして例の配信を検索してみたところ、おぼつかないながらに前を向く息子を見て自分もこのままじゃいけない! とリハビリを頑張ることにした。

奈緒にとって、優雅な生活はすでに過去のものとなっていた。

今は息子と二人三脚で前を向く時だ、と気合を入れていた。


その日から息子のチャンネルガチ勢として菜緒は名を馳せることになるが、それはまた別の話。


・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━・


「兄さん、これは一体どういったご冗談ですか?」


握りしめられた拳が、兄の座るテーブルへと叩きつけられる。

表情を崩さず、ヒカリの兄カゲルは面白くもなさそうに言った。


「どうもこうも、いつまでもフラフラしている妹を嫁入りさせようと考える兄の粋な図らいだが?」


訃報を聞いて実家に蜻蛉返りをしたヒカリを待っていたのは見合いの場。

相手は兄の会社の上得意様であり、今回ヒカリが嫁ぐことで融資を取り付ける手筈であった。


全ては兄の手の上である。

望月家は先祖代々医者の家系。

錬金術師が台頭してきてからも頭角を表し続けた。

生まれながらにして覚えの悪いヒカリはよく兄と競い合わされ、大敗を喫している。故にいまだにその地位が盤石であると信じて疑わないのだ。


「私はすでに心に決めた相手がおります。気を遣ってもらわずとも結構。それに籍も外させて貰います」


苛立ちを隠しきれずに態度に表す。ヒカリがこのように感情をむき出しにする相手は、決まって家族だった。

弱者としてヒカリを幼少時から食い物にしてきた家族にのみ、ヒカリは感情を爆発させる傾向にあった。


「認められんな。何処の馬の骨ともわからぬ相手に可愛い妹を渡すことなどできん」


お前が可愛いのは私じゃなくて、融資の取り決めだけだろう?

ここ最近の業績低下はヒカリが先輩と仕掛けたとある配信の影響下におけるものだった。


業績が落ちぶれたのは大手製薬のみならず。

今までそれで利益を得ていた系列会社は芋蔓式に大打撃を受けていた。

ヒカリの実家もそうだ。


そういう意味でもヒカリは実家にもざまあを仕掛けていたのだ。

だが追い詰めすぎた結果、抜き損ねた籍を逆手に取られた形だ。


「実績があれば良いのですね?」

「嘘はすぐにバレるぞ?」

「これ以上ない実績があります! これでこの見合いは不成立ですね!」


ヒカリは先輩の実名、それに連なる功績を並べ立てた。

それを聞いたカゲルはとりつく島もなく冗談にしては出来すぎてると一笑に伏した。


「そんな荒唐無稽な存在を認められるか。錬金術の熟練度330だと? その上で米国の博士号もち? 盛りすぎたな、ヒカリ。そのような人物はヒットしない」

「実在します!」

「もし仮に居たとしてもだ、それはお前の思い込みじゃないのか? 本当に好かれている。先方に結婚の意思はあるのか?」

「うっ……」


それを問われると弱いヒカリである。

一方的に崇拝対象にしているのはヒカリであり、先輩からの気持ちは聞いていなかった。

嫌われてはないように思う。が、大好きなのかと聞かれたら確証が得られなかった。


「うわぁああん、兄さんのバカァあああああ」


そう言って、ヒカリは拠点に転送陣で戻った。

一瞬でその場から掻き消えたヒカリの所在を探すべく、残されたカゲルと取引先の社長は顔を見合わせる。


「この技術は?」

「もしかして先日発表されたばかりの未知数の魔道具ではないかね?」

「そんなものをどうして妹が……」

「もしかしたらもしかするとしませんよ?」

「もしかしたらとは……?」

「今回の融資の件、私の出る幕はないかと思います」


融資先の男、柴崎は重い腰を上げてカゲルをみた。


「そんなまさか……」


カゲルが今回融資を受ける金額は10億。

稼ごうと思って稼げる額ではない。


今まで家の温情で泳がせていた妹の処遇。

業績が傾いた際の保険として握っておいた。

そして融資の担保として妹を貰い受けようという物好きが現れた。


それが柴崎である。


「それに30を超えてなお美しい身姿。大学時代のままだ。彼女は私の世代では有名人でね。当時の憧れでした」

「うちの妹が? 言ってはなんですが落ちこぼれですよ?」


錬金術の熟練度が全ての世界。

そこで何年経っても10を越えられなかった。

カゲルにとってはいつまでもその時の不甲斐なさが纏わりついている。


「それはいったいいつの話ですか? まさかご実家に住まわれていた時の話ではないですよね? それから何年経っているとお思いですか? 人は成長します。残念ながらあなたは過去の栄光に縋ってばかりのようだ。それが早い段階で知れて良かった。悪いがこの話は白紙撤回させていただきます。彼女が認めた相手が誰だか非常に興味が湧いてきました。ではこれで!」


柴崎はお見合いどころか融資するに値しない会社だと望月家を後にした。


拠点に帰るなり、ヒカリは先輩を、槍込聖の姿を探した。


・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━・


「先輩! せんぱーい! ちょ、隠れてないで出てきてくださーい! ピンチなんです! 私の今後のピンチ! ちょっとー、どこ行ったんですかー?」

「ちょ、部屋中ひっくり返して何してんの?」


帰宅したら後輩が部屋中を荒らしていたでござる。

なんでゴミ箱とかひっくり返ってるんだ?

まさかこの中に僕が? 悪い冗談だ。


「先輩! ちょうど良い時に!」

「落ち着いて、呼吸を整えて。まずは深呼吸しよ?」


スーハー、スーハー。ヒッヒッフー、ヒッヒッフーと途中変な呼吸法を交えて落ち着いた後輩は、血走った目でおかしなことを言い出した。


「先輩! 一日だけ彼氏のふりをしてください!」

「藪から棒にどうした」

「実は実家に帰ったらお見合いの席が用意されてて、私、どこの誰かともわからない誰かとお見合いさせられそうになったんです!」

「お、おめでとう?」

「おめでたくないです!」


お、おう。

いつにも増して荒ぶっておられる。


「とりあえずだ。主語を抜かずに語ってくれ。話はそれからだ」

「はい……実は」


語り口調は軽快に。聞くも涙、語るも涙の壮大なストーリーを聞けると思ったら、普通に実家のいざこざの話だった。

家の借金のカタに売られるとかそういう感じの。碌なもんじゃねぇ。


「それって、後輩のポケットマネーで実家を建て直すとかじゃダメなの?」

「ダメです!」


即答された。

理由は僕のチャンネルで稼いだお金は僕のグッズを作る以外で使うのはありえないとのことだった。

たまに彼女の思考がわからないことがある。

崇拝にも似た貢ぎっぷりで、世のホストはこんな気持ちなのかとなる。


「わかった。一日だけだな? じゃあ早速身長のびのび君と筋肉ムキムキ君を作って……」

「ダメです」

「ダメかー。じゃあどうやって僕が男であるとアピールすんの?」

「先輩はどうかこのままで!」

「ねぇ、最初から彼氏面する計画破綻してる……」

「大丈夫です! 兄さんも先輩の狂信者にしてみますから!」

「目的すげ変わってる!」


なお、彼氏役は当然の如く失敗した。

やっぱ計画に穴があったんだよ。

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