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第17話 先輩、性別を見失う

後輩が何やらお疲れで帰ってきたのでソファに座ってもらって肩を揉む。

これがここ最近でのやり取りの一つだ。

いくら僕が錬金術馬鹿であろうとも、これぐらいの気遣いはできるのだ。

それ以外は彼女に頼りっぱなしだから、まぁこれぐらいはね?


「お疲れー、今日も頑張ったねー」

「うへへへ、先輩の柔らかいおててが私の肩に染み渡っていく〜。先輩の肩揉みでしか取れない栄養素はありますねぇ」

「ねぇ、その言い方やめて? 怖気が走る」

「そろそろ認知してくれても良いんですよ?」

「そんなの絶対認めないもんね!」


僕の力は正直弱い。

後輩の鉄みたいな硬さの肩は正直骨が折れるが、後輩が望むので頑張ってる。

ちなみにムキムキポーションはまた失敗してた。

なんでチリ一つ残さず爆散してるんだろう。

周囲をカチカチポーションで覆っていたのに、不思議なこともあるもんだ。


「そう言えば、今日は何をなさってたんですか?」

「ちょびっと錬金術。あとはアメリアさんからお誘いがあってBWを少々」

「へぇ、配信ではなく?」

「僕が一人で配信なんてできると思う?」

「先輩はパソコン不得意ですからねー」

「苦手というか、普通には扱えるぞ? 配信をするとなると全く別の知識も必要で、そっちがちんぷんかんなだけだ」

「はいはい。それで、アメリアさんはなんて?」

「今日勝てなかったところをまた詰めたいって」

「ハードモードでも回ったんですか?」

「ううん、デスマーチを二人で。ウェーブ6まで進んだんだけど物量に負けたよね」

「推奨人数30人のデスマーチをたった二人で!?」

「まぁ、ノルマ5000個のポーションを一人で作るのに比べたら楽だよ?」

「普通はその量を一人で回せないんですよ」

「あれー?」


後輩の言葉に納得がいかない。

それ、本気で言ってる?

だって大手製薬では部署あたりにノルマ5000あったじゃん?

流石に一人では回してないだろうけど、10人で500だし。

でも週500なら日に70作れば良いのでそこまででもないのか?


「先輩は働きすぎなんですよ。もうちょっとゆっくりして良いんですよ?」

「僕はただ好きなことをしてるだけなんだけど?」

「常人には真似できないことだって少しは自覚してください。それとこちらにも目を通しておいてくださいね?」

「何これ?」


手渡された用紙には、レシピについての特許申請の可決が出されていた。

その中のほとんどが僕のレシピだが、そのうちの一部が既に特許が出されているレシピとなっていた。会社に提出した覚えのあるレシピだ。

これは番組で使うなってことらしい。

制作難易度150を超えるやつなので、まだリスナーには早いので別に良いけどね。


「大手製薬で特許取られちゃってた?」

「いいえ」

「ん? じゃあどうして君より早く特許取られてるの?」


会社を辞めたあと、僕のレシピ帳をプレゼントする前に一度書き出したレシピは彼女の手によって特許申請をしていた筈だ。


「先輩、大塚さんを信用しすぎましたね。あの人会社に渡すふりして自分の成果物として学会に提供してますよ」

「え、そんな事して彼になんの得が?」


正直彼が扱えるレシピではないように思う。

会社の物としとけば、いずれ作れる人は出てくるかもしれないけど、個人で所有するならその場で作れない限り偽物だと疑われちゃわない? 

正直損益しかないよね?


「そのレシピを見つけた時点でその熟練度に達していると周囲に吹聴できますから。箔付けにでしょうね」

「よくわからない。だってその場で作ってくれって言われて実際に作れないと困るじゃない?」


僕には理解不能な精神構造だ。


「なんとかして躱していたのでしょう。材料がすぐに手に入らない。今日は調子が悪いと言い訳を常に考えていたんじゃないですか?」

「僕だったらその場で作るけど」

「先輩と大塚さんは考え方が違うって事ですね。まぁあまり気になさらなくて良いと思います」

「まぁね、会社提供用のレシピはポーションの系統に絞ったからはっちゃけ具合が足りないと思ってたんだ」

「すいません、今なんて?」


はっちゃけ具合だけど? 何度も確認してくる後輩に、ヒートホークの肝を使ったフェニックスの肝の代用品に使ったエリクサーもどきを作り上げたことを語る。


「これはすごいよ! 模造品であるにも関わらず蘇生の効果まで持ってる。老衰で死んだマウスが復活したからね! ただ一つ問題があって……」


そう、この模倣エリクサー蘇生はするにはするんだけど。

死ぬ前までの性別が完全にランダムになる上で10歳くらい若返るのだ。

性別が100%変化するわけではないけど、運が悪いとオスがメスになる。

オスとして生まれ変わるかメスとして生まれ変わるか完全に天に運を任せる形だった。


「ガタッ」


後輩、いま口でガタッって言った!?

勢いよく立ち上がり、僕の方を向くなり両肩を鷲掴んでガクガク揺らしながら奇声を上げた。

うわわわわわ、一体何事!?


「それは大ニュースですよ! 世界中で欲しがる人が大量にいると思います! 特に私とか!」

「落ち着いて! これを生産するにはトールとの契約が必要不可欠だから! それに売るとなると値段が決められないから!」

「じゃあ薄めてポーションにして売りましょう」

「蘇生効果消えるけど良いの?」

「そっちはおまけです」

「おまけ!? せっかくついた蘇生効果がおまけ!?」


どういう事なの!? この時ばかりは後輩のことがわからない。

結局ポーションで薄めて性別をランダムで変えるポーションが出来上がる。

試したい相手が居るそうなのだ。

僕は絶対に飲まないからね?


結局、それらの使い道は全く別のところに向いた。

僕たちの拠点を張っていた記者たちが被害に遭っていたのだ。

性別と年齢が変わってビザが使えなくなり、日本に帰れなくなった人が続出した。


マスコミ側で身内に回収してもらおうにも、本人と確認できずに置き去りにされる事もあったのだそうだ。

性別の変更は特に厄介で、男として生きてきたのに急に年若い女として生きていかなくちゃいけなくなった相手のことを思うと僕も他人事じゃない。


いつその矛先が僕に向くか心配でならない。

薄めたポーションに関しては作る数を決めて大量生産できないようにした。

そもそも元となる模造エリクサーは僕にしか作れないので、僕が作らなきゃ世に出回らない。

だから大丈夫なはずだった。


「なんか最近スープの味変えた?」

「いえ、特に。それより先輩トイレとか大丈夫ですか?」


トイレに行くように促してくる後輩。

腰にぶら下げてる相棒の所在を確認しろとばかりに促すので、やっぱり混ぜたなと疑いの目を向けるも素知らぬ顔をされた。


トイレに行けば今日もちゃんとあった。

毎日確認しなきゃ行けないこの生活から早く脱却したいものだ。

今日も普段通りだったことを伝えると、後輩は残念そうに微笑んだ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「え、ヒートホークの肝がフェニックスの肝の代用品として使用可能だったんすか!?」

「うん。すごいよアレ。お陰で蘇生効果のある模造エリクサー作れちゃった。制作難易度がアレ過ぎてまだお披露目できないけど、特許取得後にそっちにもレシピ回すね。今後提供してくれる素材如何では、レシピを公開する約束してるんでしょ?」

「そりゃしてますけど、そんなポンポン公開して良いんすか?」

「僕は一度作ったものに興味を持ち続けられない性格をしてるから。それをどう生かすかは後輩やトールに任せるよ。全部代替え品のエリクサーと代替え品なしのエリクサーの両方を提供しても僕の懐は全く傷まないからね」

「豪胆っすねー」

「よく言われる」


トールが電話口で明らかに動揺していた。

探索者として活躍している彼からしてもフェニックスはクソモンス。

出会っても高い確率で逃走され、居座れば装備を燃やされ、アイテムを盗んだ上で壊され、殺しても生き返る非常に厄介な生物だった。


なので遭遇率もさることながら捕獲するのも非常に厄介で、解体してる側から再生するので素材として提供するだけで数百人以上のストレスで死ぬともっぱらの噂の逸品だ。

フェニックスの羽とかなら近くにいる道標として道中で拾えるのだが、肝は比較的厄介な代物だった。


誰もやりたくない依頼として敬遠されている仕事の筆頭だ。

なのでヒートホークの肝で代用できると聞いてトール側も大喜び。

しかしデメリットを聞いてさっきまでのぬか喜びを返してくれ、と悲喜交々だった。


「性別がランダムで変更される上で10歳くらい若返る、っすか?」

「死んでる人前提なんだけど。死んだ人が生き返るってだけでそれなりにトラブル多いじゃん?」

「いや、それもそうなんすけど。それはそれで使う側はどんなメンタルで受け入れれば良いんすか?」

「だから売りつける際に同意書、または自分が死んだ際に生き返らせて欲しい場合はあらかじめ同意しておく意思表示書に書き込んで欲しいんだ。当然本物のエリクサーだって世に出回ればトラブルが起こるし、そういう場合も出てくるじゃん? そういうのをそっちで用意して欲しいんだよね。売る側もそれがあるかないかでトラブルを避けられるじゃない? そういうものだってお触れを出しておくだけでクレームもへらせるとおもうんだ」

「まぁ、そうっすね。逆に若返ることにベクトルを向ければ蘇生効果なしで売れないっすか?」

「君も蘇生効果をおまけと取る口かい?」


後輩と同じような思考の持ち主がここにも居たか。

呆れていると、言葉の裏を読むようにトールが何かあったんすか? と聞いてくる。


「実は後輩がそれを薄めたトランスルーレットポーションを僕たちの周りを彷徨いてるマスコミにプレゼントしたみたいでね。日本に帰れなくなって泣いてるらしいんだ。実際に若返るだけならいざ知らず、性別もチェンジされるとビザすら使えない。戸籍も保健所だって紙切れになる、諸刃の剣なんだ。運よく同じ性別を引き当てても、飲めば飲むほど若返るから本当にルーレット回してる気分になると思うよ。僕はこれを世に出すのを恐れている」

「うわぁ」


その感想は正しいよ。

蘇生効果がついてようやくトントンだ。コレ単体で口に含むのは自殺行為でしかない。それを承知で引き取ってくれる身元引受人でもいない限り手をつけないのが無難だろう。


「ちなみに制作難易度はいくつなんすか?」

「180♡」

「250に比べたら随分下がったっすね」

「全部代用品使ってるから、それの製作に倍の日数掛かるけどね」

「でもウチとしてはありがたい効果っすよ。会社側で身元引き受けしてるんで、中には男なのに女になりたいやつとか女なのに男に憧れるトランスジェンダーも多くて。そういう人には需要あると思うっす。その上で記憶を保持したまま若返るんなら本望っす。やっぱりみんな、生きてる限り老いるのを恐れてるっすからね」

「ほへぇ」


いろんな考え方があるんだね。

まさか性別の変更すら厭わない人たちがいたなんて。

トールに愚痴を聞いて欲しくて電話したけど、まさか朗報のように受けいられるとは思わなかった。

世の中いろんな人がいるんだなぁ。


後輩にそのことを伝えたら「そうでしょうとも」と嬉しそうにしている。

彼女曰く、世の中には性別が迷子になって生まれてきている人が多いらしい。

なぜか僕のことをじっと見つめてきたのですぐにその場から逃げ出した。

怖い怖い怖い、目がマジだったよアレ。

後輩とはビジネスパートナーのままでいたいけど、相手はそう思ってないと知った時の恐怖を感じた。


僕が男でいられるのは何時までだろう?

そんな怖い考えを最近するようになった経緯は、用意される服装を特に嫌がるでもなく袖を通すようになったくらいか。


「先輩、サメの着ぐるみパジャマ似合ってますよ」

「他に着るもの用意されないんじゃ、着るしかなくない?」

「可愛さがアップしました!」

「可愛いと言われても嬉しくないんだが?」

「またまたー照れちゃって!」

「照れてないんだよなー」


コレまた可愛いピンク色。

せめて水色にするとかさぁ。

しかしふわふわもこもこの着心地を悪くないと思ってる僕もいる。

昔来ていたような服装を今着ても、きっとどこか物足りないと思うのだろうか?

そんなことないぞ、と頭を振って否定する。


否定したところで手助けしてくれる人は皆無なんだけどね。


最近コメントで可愛いなどと書き込みをされて受け入れている僕がいる。

なんだか僕はこのまま心を女の子のようにされてしまうのを恐れているよ。

コレ、性別が変わるよりも早く心をすり替えられてない?

まぁなるようにしかならないか。


万が一女の子になっても、バーチャルしてる分には私生活が変わるわけでもないし。それにそのポーションさえ飲めばいつでも男に戻れるしね!

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