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「はあ……」
姉の菜々子は校門の前で待っていた私の顔を見つけた途端、ため息をついた。
「どうだった?」なんて聞くのも可哀想な首の角度だ。
姉の一本前の電車で先に学校についていた私は、おもむろにポケットから濡れティッシュを取り出す。姉は無言でそれを受け取り、ポニーテールの毛先の内側に隠れた首筋をそっと撫でた。
赤と黒の絵の具が取れて、ティッシュに付く。
私が毎朝姉に施しているボディーペインティングの哀れな最期だ。
「気になる男の子がいるんだけど、どうしたら話しかけてもらえるかな?」
姉がそんな相談を私に持ちかけてきたのは一週間前のことだった。
決してブサイクではない、というかけっこう可愛い方だと思うけど、おとなしくて目立たない残念オーラを
こんなに面白いイベントはない。というわけで、私は嬉々として姉に協力することにした。
幸い私には小学生の頃からプロの画家に手ほどきを受けて
そこで思いついたのが、ペイントてんとう虫作戦だった。
毎日てんとう虫が首にくっついている女なんて、絶対に気になる。
「ペイントだってバレたら?」
「妹にいたずらされたって言えばいいよ。要するに、言葉を交わすきっかけになればいいんだから」
こうして私は、我ながら近くで見てもギョッとするくらいリアルなてんとう虫を、毎日ちょっとずつ位置を変えながら描き続けた。
姉が「現場は見ないで」と恥ずかしがるので、私は一本前の電車に乗り、ワクワクしながら校門で待つのだが、いまのところいい報告は聞いていない。
どうやらいつも彼から声がかかる気配だけで終わるらしい。
「電車にいるのがあと五分長かったらな……」
姉はため息交じりに呟いた。
なんだかんだ言って、楽しそうな笑みを浮かべているくせに。
早起きしてせっせと姉の首にてんとう虫を描いている私にも、その幸せを少し分けて欲しい。
まあ、私もけっこう楽しいからいいか。
「うーん。てんとう虫じゃもうインパクト薄いのかもね。別のもの描いてみる?」
笑いながら冗談のつもりで聞いてみると、姉は真顔でリクエストした。
「じゃあ、カタツムリで」
「マジか」
首筋にカタツムリがくっついてる女は確かにインパクト大かもしれないが、可愛くはない。絶対に。
目を見ると、どうやら姉は本気のようだ。
私は苦笑いを浮かべて言う。
「……ごめん。あと五分考えさせて?」