あと五分あったら。
そう思いながら、僕はあの子を見送った。
ああ……今日もあの子に声をかけることが出来なかった。
桜塚線、青葉駅7:20発の先頭車両。左側前方の出口付近にいつもあの子は立っている。
僕が乗り込むと、その五分後にあの子は電車を降りる。
そのパターンに気がついたのは、ずいぶん後になってからだ。
あの子と電車に乗っている時は、時間があっという間に過ぎてしまう。五分もあったなんて信じられないくらいに。
僕はその間ずっと電車の振動に細かく揺れるあの子のポニーテールを見つめ、今日こそは、今日こそはと声をかけるタイミングを見計らうのだが、まさに声をかけようとした瞬間、いつもプシューッと開くドアに阻まれる。
首筋を隠すように揺れるあの子のポニーテールが、ドアの向こうへ消える最後の瞬間まで、僕はあの子から目が離せない。
どうしても気になって仕方ない。
何故なら、彼女の見え隠れするうなじにはいつも
「えっ? なんで
初めてあいつを見た時、僕は思わずそう口に出しそうになるのを必死でこらえた。ここは公共交通機関の中。大きめの独り言は他の乗客の迷惑になりかねない。
しかし本当になんでこんなところに。
誰も気づいていないのか? と素早くあたりを見渡せば、他の乗客はみな座席に座ってスマホを見たり、友達と話したり、ワイヤレスイヤホンから流れる音楽を聴いていたりしている。
あの子の着ているセーラー服のカラーに隠れそうな位置にいるあいつを捕捉できているのは、あの子の斜め後ろに立っていた僕くらいのものだろう。
まさか、赤いホクロってことはないよな?
そろりそろりと近づいてギリギリ不審者にならない位置でストップしてみる。
どう見てもそれは立派なナナホシテントウだった。朝露に濡れたトマトのように瑞々しい色をしている。
やつは微動だにせず、あの子のうなじにくっついている。
声をかけるべきか? 「首にてんとう虫がついてますよ」って。
いや、でも変な人だと思われたら嫌だ。
自分の首にてんとう虫がついているなんてあの子も信じたくないだろう。
そうしたら、僕の発言を疑うかもしれない。
「は? てんとう虫? 何、この人。キモいんだけど」
とか朝から女子に言われるのはきついよ。
それに、よく見りゃあの子の制服、お嬢様ばっかりだっていう噂の京愛学園高校のセーラー服じゃないか。
あっぶねー。プライドの高いお嬢様に公衆の面前で恥をかかせるところだった。
僕は迷った挙句、見て見ぬ振りをした。
それがいけなかった。見つけた直後の勢いで教えてあげるべきだったのだ。
あれから一週間。
まさかあの子のうなじに……あいつがずっとくっついているだなんて。