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第15話

 家に着くと、リビングで勝手に浮遊ディスプレイのウィンドウが開き、楓李が元気な表情で現れた。

 ジュードローカは、珈琲を淹れながら、彼女の話を聞いていた。

 「……で、ハット・アイスなんだけど、これが衛星間で、ネットワーク作りもしてたのよ。何のためだと思う?」

 「宇宙でも支配したかったのか?」

 自分のつまらないジョークに、ジュードローカは言ったことを後悔した。

 「あら、ご名答」

 「はぁ?」

 つい、間抜けな声がでた。

 あれだけ衛星と都市をやっておいて、独自ネットワークで支配とは意味が分からない。

 熱い珈琲をテーブルに置き、ジュードローカは、ソファに座った。

 「どういうこと?」

 彼は続きを促す。

 「支配って言い方はおかしいか。要するに、自分が攻撃可能な衛星と、代わりに攻撃可能な衛星とのネットワークね。それも全部、廃棄衛星でよ」

 それはまた、面倒くさいことになるところだったと、ジュードローカは思った。

 「それで、ハット・アイスはどうなるんだ?」

 「廃棄されたものだから、持ち主はいないわ」

 言ってから、悪戯っぽく笑みを浮かべ小声になる。

 「だから、あたしたちの物にしちゃった。コードネームは、ハット・アイスってそのままよ」

 ジュードローカは、疲れて珈琲を一口飲んだ。

 「まー、好きにしろよ」

 「まだ処理が残ってるの。そっちに戻るのは、明後日になりそうかな」

 「わかった」

 投げキスを寄越し、浮遊ディスプレイを閉じた楓李に、ジュードローカはため息を吐いた。

 「まー、あいつに玩具ができただけいいか」

 ジュードローカは、携帯通信機の音声メールを確認した。

 「了解した。これからも、よろしく頼む」 

短く答えていたのは、ウルター・リードを支配下にした、ハーミルリラからだった。



 ココルは、グラスとコップを出してきた。

 コップは黒燈用である。

 テーブルに置いて、自分はバカルディ、黒燈にはグレープジュースを注ぐ。

 「あと、どれぐらい?」

 入れ終わると、椅子に座るココル。

 「うんとねぇ、ココルがニ十分。あたしが、三十分。意識がなくなるのは、もうすぐ」

 「そう。最初はあたしからなんだ」

 「うん。でもすぐに追いかけるよ」

 黒燈は微笑んだ。

 「この一週間、楽しかった」

 机に両腕をのせたココルも笑顔をかえす。

 「正直、こんなに持つとは思わなかったわよ」

 「ほんと、大変だったんだからね?」

 黒燈は、苦労をしのばせる顔をしてみせた。

 「お疲れ様。ありがとうね」

 「お礼を言われる筋合いはないよ。おかげで、ホントいい時間を過ごせたんだから」

 「そういってくれると、嬉しいわ」

 ココルはグラスを持って、軽く掲げた。

 黒燈も、コップを浮かす。

 「出会いと別れに」

 ココルが言う。

 「楽しかった日々に」

 黒燈も答えた。

 二人は乾杯して、中身を飲み干した。

 直後、ココルは急に体から力が抜け、床に倒れ込んだ。

 それを見下ろした黒燈も、身体を床に落とした。

 気象衛星アールレインボーに続き、観測衛星フライングムーンは、大気圏に突入した。

 すさまじい摩擦力が、二つの衛星を焼く。

 やがて、二基は燃え尽き、塵となった。



 「終わったな」

 タバコに火を点け、男が煙を吐いた。

 場所は、壬酉市のビルの屋上だった。

 サーエンミラーは、煙を風に流しつつ、空を見上げた。

 隣には、ハーミルリラが、傘を閉じて立っていた。

 「まだよ」

 彼女は空を見つめ、光球を一つ取り出した。

 それは一人の少年に代わり、二人の前に現れた。

 フローエンだった。

 「お久しぶりですね」

 「……ハーミルリラさん、お久しぶりです」  

少年は隣のタバコを吸っている中年が気にかかったようだった。

 「大丈夫。サーエンミラーはあなた方になにもできません」

 「ところで、僕を呼び出したのは?」

 「ライト・シードだけど、あなた一人で大丈夫かと思いましてね」

 「というと?」

 気にもかけずにこれといった感情を現さずフローエンは訊いた。

 「つまり、あそこには旧海軍から、ここ南戎踊島の魂があつまっています。それを、一人で処理できるのかと、ちょっと心配になりまして」

 「これは、あなた方には珍しい懸念ですね」

 今度は軽く驚くのを隠さないでいた。

 「……例えば今度の氷珂のような、衛星からの攻撃に耐えられるかどうか」

 「あれは、ライト・シードがまとまらず、スカスカの状態だったからできた事件です。僕が管理者になった以上、二度とそのようなことはさせません」

 ハッキリとフローエンが宣言すると、サーエンミラーは頷いた。

 「そんなことのために呼んだのですか?」

 「いや、心配だったのは事実ですが、もう一つ、頼みがありましてね」

「頼み? 僕にですか?」

 ハーミルリラは頷いた。

 「何でしょう? 僕にできることがあれば、協力しますよ」

 「実は……」

 彼女は言いづらそうに言葉を濁した。

 「実は?」

 促されて、ハーミルリラは、息を一つ吐いた。

 「疲れたんだ。いい加減、この役目に……」

 「というと……」

 「ああ、私も光球となって、しばらくライト・シードの中に入りたのです」

 サーエンミラーは、煙を吸い、二人のやり取りを冷静に眺めていた。

 「あの時と、立場が逆ですね」

 フローエンはほんの一か月もたたない以前を思い出し、苦笑した。

 「全くです」

 ハーミルリラも、力ない笑いを顔に浮かべる。

 「なら、一つ頼みがあります」

 「なんでしょう? サーエンミラーを道連れにでもすればいいのですか?」

「おい、ちょっと待てよ、どういうことだそりゃぁ」

 彼はタバコの火を靴の裏で消して、抗議した。

 「はは、冗談だ。本気にするなよ」

 ハーミルリラの力ない笑みが向けられる。

 サーエンミラーは、つまらないといった風に、唾を足元に吐いた。

 「月の一日でもよいので、僕と役割を交換してください」

 「ほう。それで、どこへ行くんです?」

 ハーミルリラは意地悪く笑って、ワザとわかり切っていることを訊いた。

 顔を紅くしたフローエンは答えなかった。

 「いいでしょう。月一と言わず、一週間上げます。若いんだから、少しでも傍にいてあげてください」

 「はい」

 フローエンは明るく返事をした。



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