家に着くと、リビングで勝手に浮遊ディスプレイのウィンドウが開き、楓李が元気な表情で現れた。
ジュードローカは、珈琲を淹れながら、彼女の話を聞いていた。
「……で、ハット・アイスなんだけど、これが衛星間で、ネットワーク作りもしてたのよ。何のためだと思う?」
「宇宙でも支配したかったのか?」
自分のつまらないジョークに、ジュードローカは言ったことを後悔した。
「あら、ご名答」
「はぁ?」
つい、間抜けな声がでた。
あれだけ衛星と都市をやっておいて、独自ネットワークで支配とは意味が分からない。
熱い珈琲をテーブルに置き、ジュードローカは、ソファに座った。
「どういうこと?」
彼は続きを促す。
「支配って言い方はおかしいか。要するに、自分が攻撃可能な衛星と、代わりに攻撃可能な衛星とのネットワークね。それも全部、廃棄衛星でよ」
それはまた、面倒くさいことになるところだったと、ジュードローカは思った。
「それで、ハット・アイスはどうなるんだ?」
「廃棄されたものだから、持ち主はいないわ」
言ってから、悪戯っぽく笑みを浮かべ小声になる。
「だから、あたしたちの物にしちゃった。コードネームは、ハット・アイスってそのままよ」
ジュードローカは、疲れて珈琲を一口飲んだ。
「まー、好きにしろよ」
「まだ処理が残ってるの。そっちに戻るのは、明後日になりそうかな」
「わかった」
投げキスを寄越し、浮遊ディスプレイを閉じた楓李に、ジュードローカはため息を吐いた。
「まー、あいつに玩具ができただけいいか」
ジュードローカは、携帯通信機の音声メールを確認した。
「了解した。これからも、よろしく頼む」
短く答えていたのは、ウルター・リードを支配下にした、ハーミルリラからだった。
ココルは、グラスとコップを出してきた。
コップは黒燈用である。
テーブルに置いて、自分はバカルディ、黒燈にはグレープジュースを注ぐ。
「あと、どれぐらい?」
入れ終わると、椅子に座るココル。
「うんとねぇ、ココルがニ十分。あたしが、三十分。意識がなくなるのは、もうすぐ」
「そう。最初はあたしからなんだ」
「うん。でもすぐに追いかけるよ」
黒燈は微笑んだ。
「この一週間、楽しかった」
机に両腕をのせたココルも笑顔をかえす。
「正直、こんなに持つとは思わなかったわよ」
「ほんと、大変だったんだからね?」
黒燈は、苦労をしのばせる顔をしてみせた。
「お疲れ様。ありがとうね」
「お礼を言われる筋合いはないよ。おかげで、ホントいい時間を過ごせたんだから」
「そういってくれると、嬉しいわ」
ココルはグラスを持って、軽く掲げた。
黒燈も、コップを浮かす。
「出会いと別れに」
ココルが言う。
「楽しかった日々に」
黒燈も答えた。
二人は乾杯して、中身を飲み干した。
直後、ココルは急に体から力が抜け、床に倒れ込んだ。
それを見下ろした黒燈も、身体を床に落とした。
気象衛星アールレインボーに続き、観測衛星フライングムーンは、大気圏に突入した。
すさまじい摩擦力が、二つの衛星を焼く。
やがて、二基は燃え尽き、塵となった。
「終わったな」
タバコに火を点け、男が煙を吐いた。
場所は、壬酉市のビルの屋上だった。
サーエンミラーは、煙を風に流しつつ、空を見上げた。
隣には、ハーミルリラが、傘を閉じて立っていた。
「まだよ」
彼女は空を見つめ、光球を一つ取り出した。
それは一人の少年に代わり、二人の前に現れた。
フローエンだった。
「お久しぶりですね」
「……ハーミルリラさん、お久しぶりです」
少年は隣のタバコを吸っている中年が気にかかったようだった。
「大丈夫。サーエンミラーはあなた方になにもできません」
「ところで、僕を呼び出したのは?」
「ライト・シードだけど、あなた一人で大丈夫かと思いましてね」
「というと?」
気にもかけずにこれといった感情を現さずフローエンは訊いた。
「つまり、あそこには旧海軍から、ここ南戎踊島の魂があつまっています。それを、一人で処理できるのかと、ちょっと心配になりまして」
「これは、あなた方には珍しい懸念ですね」
今度は軽く驚くのを隠さないでいた。
「……例えば今度の氷珂のような、衛星からの攻撃に耐えられるかどうか」
「あれは、ライト・シードがまとまらず、スカスカの状態だったからできた事件です。僕が管理者になった以上、二度とそのようなことはさせません」
ハッキリとフローエンが宣言すると、サーエンミラーは頷いた。
「そんなことのために呼んだのですか?」
「いや、心配だったのは事実ですが、もう一つ、頼みがありましてね」
「頼み? 僕にですか?」
ハーミルリラは頷いた。
「何でしょう? 僕にできることがあれば、協力しますよ」
「実は……」
彼女は言いづらそうに言葉を濁した。
「実は?」
促されて、ハーミルリラは、息を一つ吐いた。
「疲れたんだ。いい加減、この役目に……」
「というと……」
「ああ、私も光球となって、しばらくライト・シードの中に入りたのです」
サーエンミラーは、煙を吸い、二人のやり取りを冷静に眺めていた。
「あの時と、立場が逆ですね」
フローエンはほんの一か月もたたない以前を思い出し、苦笑した。
「全くです」
ハーミルリラも、力ない笑いを顔に浮かべる。
「なら、一つ頼みがあります」
「なんでしょう? サーエンミラーを道連れにでもすればいいのですか?」
「おい、ちょっと待てよ、どういうことだそりゃぁ」
彼はタバコの火を靴の裏で消して、抗議した。
「はは、冗談だ。本気にするなよ」
ハーミルリラの力ない笑みが向けられる。
サーエンミラーは、つまらないといった風に、唾を足元に吐いた。
「月の一日でもよいので、僕と役割を交換してください」
「ほう。それで、どこへ行くんです?」
ハーミルリラは意地悪く笑って、ワザとわかり切っていることを訊いた。
顔を紅くしたフローエンは答えなかった。
「いいでしょう。月一と言わず、一週間上げます。若いんだから、少しでも傍にいてあげてください」
「はい」
フローエンは明るく返事をした。