目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第14話

 ジュードローカは最初、リリアナにどう復讐してやろうかと考えていた。

 だが、彼女にも立場があったのだろう。

 楓李と空名はすでに寝ていた。

 携帯通信機で、リリアナを呼び出す。

 「どーしたー、こんな夜中に……」

 間延びして、眠たげな声が聞こえてくる。

 「おまえ、俺を騙しただろう?」

 「……あー、んー、そうかなー?」

 覚えがないかのように彼女は恍ける。

 「そうだよ。都合よく記憶喪失になるんじゃねぇよ。おまえ、誰相手にしているか、かわっているのか?」

 一気に怒りがわいてきたジュードローカは、まくし立てた。

 「まー、そういきり立つなよ。あたしだって、騙してやったぜ、うふふふふとか思ってやったわけじゃないんだよ? リー会長が頼んできたから仕方なくってやつだよ」

 相手の呑気さは変わらない。

 「リー会長なんて死んだよ。とりあえず、落とし前の一つもほしいところだな」

 ジュードローカはおさまらずに言う。

 「あー、わかったわかった。幾らか、おまえのとこに振り込んでおくから、それで手を打ってくれ」

 「……五本だぞ」

 「安いものだ」

 「なら、問題ない」

 返事も訊かずに、ジュードローカは通信を切った。

 「それは万ですか、億ですか?」

 突然、本来の真っ黒な服をまとったになったハーミルリラが眼前にいることに、気が付いた。

 「おまえ、いつの間に……」

 その驚きっぷりに、ハーミルリラは思わず笑った。

 「窓から失礼しました」

 「どこの?」

 即、聞き返す。リビングの窓に変化はない。

 「ジュードローカの窓です。ちゃんと鍵は掛けているんですね。いい警戒っぷりだと思いますよ?」

 「鍵が掛かっているのに、窓からってことは……」

 「ええ、割りました」

 ニッコリとハーミルリラは答えた。

 ジュードローカは、膝に立てた手に顔を埋めた。

 「いいじゃありませんか。興明会からお金が入るんでしょ?」

 「うっさいなぁ。ウチの家計や経営に口出さないでもらいたいところだ」

 「あ、借金ですか」

 「あー、まぁ、そうだな」

  ハーミルリラは息を吐いた。

 「借金、借金。まったくもって、お金って嫌な物です」

 「同感だ」

 落ち着いたらしいジュードローカは、ようやくソファにもたれた。

 「で、どうして戻ってきたんだ?」

 「追い出されました」

 悪びれずもせずに言うと、ジュードローカの隣に座った。

 「まあ、あの二人のことだ。別に他意があったわけではないだろう」

 「そうでしょうね」

 「他意といえば、どうしてここに来た?」

ハーミルリラはクスクスと笑った。

 「他意がなくとも、嫌われているというのですよ、そういうの。私がいるのは、やはり駄目ですか?」

 「ふむ。言い方が悪かったな」

 ジュードローカは、心底、失言したと反省した。

 その様子に、また、ハーミルリラは笑う。

 「で、死神なら、どうしてリー会長の時に、その場にいなかったんだ?」

 「あたし、役割失格なんですよ。うまく自分の仕事が果たせない」

「まぁ、そういうことなら別に非難もなにもしないがな」

 「しばらく置いてくれます?」

 「それはいいが……」

 「何イチャイチャしてるのさ……?」

 見ると階段のところで、眠気も混ざっているのだろう、目の座った楓李が立っていた。

 「いや、別になにも……」

 「いやもなにも、してた。ジュードローカの回転チン野郎!」

 「なんだ、それは……」

 ジュードローカはむしろ呆れた。

 反対側に座ってきた楓李はまだ眠そうだった。

 「でだ、まあ、居るのは構わないが、おまえがいるべきは、氷珂のところじゃないのか、ハーミルリラ?」

 「あれは、違いますから」

 「違う?」

 「ええ、黒燈とココルが特別だったんですよ。氷珂はただの氷珂でしかありませんから」

 「ふむ……」

 そういうものかと、ジュードローカは思った。

 「氷珂だが、本体を停止させれば、こっちの側の奴も死ぬのか?」

 「理論上そうなりますよ」

 「ふむ。楓李、おまえの出番だ」

 「えー、あー、うん……」

 完全に寝ぼけている。

 「逆はないということだな」

 「ありませんね」

 氷珂の本体は、地球衛星軌道上の巨大軍事衛星だった。

 人間かサイロイドかわからない姿で、地上に降りて来ていたのだ。

 黒燈とココルは、その被害にあった天候衛星と観測衛星だった。

 氷珂が暴走した以上、地上でうだうだしていても仕方がない。

 ジュードローカ自身にも手がない。

 ここは楓李に頼るしかなかった。



 氷珂は夜、獲物を求めて、狩場の歓楽街をうろうろとしていた。

 あの女はだめだ、ケバすぎる。

 あっちは歳がいきすぎている。

 あれは、ただの不良だ。

 そうして、探し回るうちに、タイトなスカートとジャケットを来た、若い女性を見つけた。

 氷珂の好みにぴったりだった。

 彼は後ろから女性に近づき、傍近くを歩いていた男に、光球をナイフにして、背中に突き刺して抜く。光球はそのまま消した。

 気づかないふりをして、歩いて女性相手にも通り過ぎると、悲鳴がした。

 男は背中の痛みに、女性にすがるようにのしかかってきた。

 「おい、おまえ、何しているんだ!?」

  氷珂は、男を押しのけ、そのまま彼が刺されてたことを知らせないように、女性の手を取って走りだした。

 一区画行って脇道にそれた時、ようやく彼らは足を止めた。

 息を荒くして、しゃがみ込みそうになっている女性の後ろで、氷珂は浸透圧注射器を取り出した。

 首に打ち込むと、女性は急に意識が遠のく。

 ナノチップが、脳を麻痺させたのだ。

 「おっとお嬢さん、こんなところで倒れては危ないなぁ」

 氷珂は一人言って、彼女を片腕で抱きかかえるようにする。

 「はい、そこまでだ」

 急に路地の奥から声がした。

 聞き覚えがあるジュードローカのものだ。

 背後を振り返ると、左手に刀を納めた鞘をぶら下げている空名が立っていた。

 「おまえらか……」

 氷珂は女性を道路に落として、背を正した。

 「今更、俺に何の用だ?」

 「おまえは、もう駄目だ。見てみな、その女を」

 憐みに近い声いジュードローカの声だった。

 「もう駄目? 何を根拠に……」

 二人に警戒しながら、足元の女性をみると、氷珂は思わず、驚きの呻きを上げた。

 彼女は、どう見ても五十代の中年男性だった。

 「何がどうなっている……?」

 氷珂は、混乱したがなんとか、自分を落ち着かせようとしている。

 「しかもだ、相手はただのサイロイドだ。背後には何もない」

 「……馬鹿な……」

 今迄、目標を外したことなどなかった。

 だが、このざまは何だ?

 氷珂は冷や汗が湧き出るのを感じた。

 「つまり、おまえ本体も、もう限界だってことだよ」

 ジュードローカの言葉に、氷珂は自分の両手を見つめて震えた。

 「そんな訳がない。俺を誰だと思っている? 八祐理氷珂だぞ?」

 「ああ、おまえは氷珂だ。そして、ウィザード・ハットでありハット・アイスだ」

 「そうだ、ハット・アイスさ……南戎踊島最大の武装衛星だ」

 氷珂は初めて自身の正体を明かした。

 無言で光球のネックレスをバラバラにして、身体に周回させる。

 「正体を知ったものは、消す」

 強い意思によって、口に出された言葉だった。

 光球の一つが遠方まで行くと垂直ミサイル発射装置に姿を変える。

 すぐにミサイルが、三基づつ、氷珂と空名に向かって飛び出す。

 だが、途中で目標を失い、ミサイルは自爆した。

 そういえば、こいつらにはもう一人いたはずだ。

 姿が見えないということは、どこかに隠れて、ハッキングしているのだろう。

 氷珂は光球を数個、無造作に弾いたかと思うと、一本の刀を抜き出した。

 真っ直ぐ、ジュードローカに向かって走り出す。

 刀の間合いに入ると、袈裟斬りで彼の肩めがけて振り下ろす。

 ジュードローカは、半身になって避けると、脚をひっかけ、前のめりになった彼の襟を掴み、顔面に膝を叩き込んだ。

 刀を奪い、振るうと、彼の左腕が綺麗に切断されて、遠く跳んでいく。

 「クソっ」

 背後に飛びのくと、鼻血をだしながら左腕を庇いつつ、氷珂はジュードローカを睨んだ。 「諦めるんだな。今、楓李が、ハット・アイスを改造中だ」

 「改造だと?」

 破壊ではないのか?

 「おまえに興味がある奴がいてな」

 ジュードローカは、つまらなさそうに言った。

 「……警察か?」

 せせら笑うように、氷珂は訊いた。

 「違う。そろそろ、来たようだ」

 路地にBМW二台と珍しい真っ白なベンツ一台が路地に入ってきた。

 彼らの傍まで来て止まると、ベンツからは一斉に男たちが降りてくる。

 氷珂に上から、ずた袋を被せて、脚をローブで縛る。そして、荷物のように二人が、っ車の中に運ぶと、ドアが絞められた。

 BМWは、まるで一瞬のことのようにして、通りにもどって消えていった。

 ベンツから、ただでさえ小柄な少女が猫背に背を丸めて降りてきた。

 髪を後ろで二つに結んで、大き目のTシャツにホットパンツ。

 外に出る恰好ではない。

 見ると、裸足だ。

 さすがにジュードローカは呆れた。

 「おまえ、なんだその恰好?」

 「あー……いいのいいの。すぐ帰るから」

 リリアンカは軽く右手を振る。

 「おい、楓李」

 「はーい」

 彼女が呼ぶと、日焼けしたダンクトップの少女は、脇にある雑居ビルの三階の窓から顔を出した。

 「今行くから、待ってて!」

 どたどたとした足音が鳴り響き、簡易デッキと浮遊ディスプレイを広げたままの楓李が、路地に現れた。

 「あれ、どれぐらい弄った?」

 あれとは、氷珂のことだった。

 もはやサイロイドと見分けがつかない人間は、ネットハックの対象になって久しかった。

 「全くなにも触ってないよ、氷珂自身には」

 「そうかそうか。それならいい」

 「あれのどこに興味があるんだ、あんた」

 ジュードローカは興味半分で訊いた。

 「あー……。連続殺人鬼の研究はすでにされつくされているんだが、今回のように、憑依してからの連続殺人鬼というのは、色々関心が湧く事例でねぇ」

 「例えば?」

 「どうして? どうやって? どこが? どうなってる? かなぁ」

 リリアンカは真面目に答える。

 「要するに、何もわかってないんだな?」

 ジュードローカの言葉に、リリアンカは照れたように笑う。

 「そうなる!」

 「……威張るなよ」

 堂々とした彼女に、思わずジュードローカは言った。

 「あー、それそれ、あたしも気になる!」

 「おー、楓李、気が合うじゃないか。それじゃあ、あたしはいくよ」

 「あたしも着いてっていい?」

 楓李が小型デッキをしまいながら、リリアンカを見る。

 「おや、来てくれるのか。あたしの方から頼もうとしてたところなのに」

 リリアンカはまた笑った。

 「てか、寒い。さっさと車に乗ろう」

 彼女は、自業自得の恰好で文句をいってから、真っ白なベンツの中に消えていった。

 楓李も乗り込むと、ドアが閉まりベンツは走って行った。

 「……おい、俺ら置いてきぼりかよ……」

 後ろ姿も見えなくなって、ジュードローカはつい声に出した。

 「……眠い」

 空名がやっと喋ったかと思うと、今にも寝てしまいそうな顔をしていた。

 「おい待てよ、おまえ背負って家まで帰るなんて、まっぴらだぞ」

 「ん……わかっているんだが……」

 少年は足元がすでにおぼつかない。

 「仕方ない。タクシーにするか」

 ジュードローカは、空名の肩を持ち、大通りに出た。

 ネオンや酔客などがいまだ賑っている。

 時間は午前二時のはずだ。

 街は壬酉市ではない。

 眞頃(まころ)市という、壬酉市のウルター・リードの傘下にある組織の存在する街だ。

 その彼らの前に、また、今度は黒塗りのベンツが一台止まった。

 運転席のサイドウィンドウが下がると、見覚えがある程度の男が乗っていた。

 「どうも、ジュードローカさん。ごくろうさまです」

 「どちらさん?」

 ジュードローカは呑気に尋ねる。

 「リー会長から指示されまして。家まで送らせてもらいます」

 裏でリリアンカとの関係を掴んだ彼は、安心して後部座席に腰を下ろすことにした。

 空名はすでに、夢の中だ。

 それでいい。彼も疲れた。

 いつの間にか、ジュードローカは目を閉じて、眠っていた。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?