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第12話

 ホテルの一室で、テレビを見ながら、ほほ笑んでいる少女がいた。

 黒いブラウスに黒いフレアスカート。

 ハーミルリラだった。

 あの時の二人が約束を果たしたのを満足げに見ている。

 これだから、この役割のやりごたえというものがあのだ。

 彼女は人間ではなかった。

 すでにこの世にはいない、天の光球の一人だ。

 「これで、満足でしょう?」

 テレビに向かって、ハーミルリラは笑顔で呟いた。



      ココル:損傷率 六十九パーセント

       黒燈:損傷率 四十五パーセント

 電灯が一つの小屋に帰ると、ココルはさっそく服を脱いだ。

 黒燈がチェックして、記録する。

 「とんだ災難だったねぇ」

 服を着ながら、のココルは他人事のようだった。 

「あんたねぇ……」

 さすがに黒燈は呆れる。

 「まだ、安心なんかできないんだからね」

 「でも探索はまだまだ続けるよ」

 真っ向から、黒燈の言葉を否定するココル。

 「もう、時間がないんじゃない? 多分、次が最後だと思う」

 少女の声はどこか暗い。

 「あら、もうそんなに経ったの? まだまだかと思ってたけど」

 「無理ね」

 一言で両断する。

 「ここはいいけども……」

 黒燈は、渋い顔をした。

 「正直、今回の芽羽凪の件で、壬酉市が心配」

 「あーねー」

 ココルは納得した。

 「伝えておくべきだったかな?」

 「別にいいんじゃない? そのうち、嫌でも知ることになるから」

 「まぁ、それもそうだけどさぁ」

 その時、小屋のドアがノックされた。

 「……こんなところに客?」

 黒燈が警戒して、拳銃を手にした。

 「晩御飯もまだだっていうのに」

 ココルの言葉はずれていた。

 とりあえず、扉を開くためにココルが椅子から立ち上がる。

 そこに立っていたのは、黒一色の服装をして、傘をさしたハーミルリラだった。

 「この前ぶりね」

 彼女は屈託なく挨拶をした。

 「あなた、芽羽凪役をやっていた……」

 背後から、黒燈が声を掛ける。

 「本名はハーミルリラよ。よろしくね」

 「どうやってここを?」

 「あたしも少しは、デッキ使えるんだから」

 もちろんここはデッキになど記録されていない。軽いジョークといったところだろう。

 「まあ、はいりなさいよ」

 ココルが呑気に招き入れるのを、黒燈は苦い様子で見ている。

 「あー、あっちのお姉さんには、あまり好かれてないようねぇ」

 ハーミルリラは黒燈をチラリとみて、苦笑した。

 「別にそんなことは……」

 黒燈は、慌てて否定する。

 「別にいいの。気にしないで。慣れてるから」

 「慣れてる?」

 「そう」

 テーブルの一郭に立った、ハーミルリラは、二人を見下ろしていた。

 ココルが椅子を用意して、中央のテーブルにつかせる。

 「好かれることはしていないからね」

 ここで笑顔のハーミルリラである。

 「あなた、何者なの?」

 黒燈が訊いているあいだ、ココルは冷蔵庫からバカルディを持ってきて、蓋を開けていた。

 「知りたい? 後悔しない?」

 もったいぶった言い方。

 ココルがラッパ飲みする前方で、黒燈の興味深げに目が光っていた。

 「正体不明の相手にここが知れたんじゃ、色々考えなきゃならないのよ」

 「なるほどねぇ」

 ハーミルリラは、頷いた。

 「あたしは、死神。死者を見とるのが仕事。でも今回は特別ね」

 「死神……?」

 黒燈の頬が緩む。

 彼女は、耐え切れないという様子で、笑った。

 「たしかに、特別だね」

 「でしょ?」

 「さらに特別な話があるの」

 「なに?」

 黒燈はすっかり警戒を解いていた。

 ココルがニコニコしながら、バカルディの瓶を口にする。

 「願いを一つ叶えてあげるわ。生きる以外のね」

 「……願いねぇ」

 黒燈は考えて、無言になった。

 「ねぇ、訊きたいんだけどさ」

 ココルがその間に声を出す。

 「はい、なにかな?」

 「本物の芽羽凪いうフローエンは、どういういう経緯で死んだの?」

 「それが……私は止めようと思ったのですが」

 ハーミルリラは喋りだした。

 「そらの光球のネットワークを知ったフローエンは、明らかにこれから、利用されるだけ利用される人生の芽羽凪のことを心配して」

 「うん」

 「無理心中を計画して、実行したんです。芽羽凪さんだけは助かるようにと」

 「フローエンは?」

 「彼は最初から死ぬ気でした。光球となって、天のネットワークを支配するために。地上で成仏できない戦艦たちや魂を集めるのです。供養祭の代わりですね」

 「まあ、衝撃的と言えば衝撃的だけども、ただの少年一人が、ネットワークを支配できるものなの?」

 「時間を考えてください。あなた方と、彼らの」

 「……ほー、そういうことねぇ」

 黒燈が関心したように、横から言ってきた。

 「でも、まだ、理由があるんでしょ? いくら組織の人間だと言っても、フローエンがそこまでするとは、よっぽどのことじゃない?」

 「はい。付き合いはもちろん、リー会長から反対されていました。加え、フローエンの両親は自殺でした。そして、兄は、供養祭の人身御供となっていす。」

 「なるほど」

 「フローエンはアルバイトもしていましたが、どうやら芽羽凪から援助も受けていたらしいです。出どころは、組織の運営資金から抜き取った分よ」

 「でも、まだ十代でしょ? そんなにお金がかかるとか思えないんだけど」

 「両親が死ぬ前にやけになって、莫大な借金を背負い込んだのよ。二百億入ってるわね」

 世の中、金を使おうと思えば、滝のように流し込めるところが大量にあるものだ。

 「なるほどねぇ」

 「で、あたしたちのところに来たのはいいけど、問題があるんじゃないの、一つ」

 すっかり顔を紅くしたココルが口を挟んできた。

 「ええ、大元が手付かずです」

 ハーミルリラはココルに向き直る。

 「どうするのさ?」

 「安心してっくださいな。それは、ジュードローカにお願いしておきました」

 「ああ、なるほど。それなら、問題はないな」

 黒燈は、一つ息を吐いた。

 「で、見とるというと、最後までいるってことね?」

 「なにか?」

 嫌悪の雰囲気を察し、ハーミルリラは訊いた。

 黒燈は、両膝を抱える。

 「私たちは、二人だけで、最後にしようと思ってたんだ。だから、正直……」

 ハーミルリラは、ふむと一声だした。

 「なるほどです。それもいいですねぇ。では、私はこれをあいさつ代わりとして、退散しますか」

 彼女は立ち上がると、ドアまで黒燈が送っていった。

 「ごめんね、せっかく来てくれたのに」

 「いえ、いいんです。私がここに来たのは、特別ですから」

 「どうして特別なの?」

 「あなたたちが特別だったからですよ。今時いませんよ。わざわざサイロイドに乗り移って最後を迎えようなんて」

 黒燈とココルは笑った。

 「なかなか、風流だろう?」

 「ええ、そう思います。本当に」

 その言葉を最後に、ハーミルリラは闇の中に消えていった。


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