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第11話

 詫護市は完全に廃墟と化した。

 今の状態こそ、撮影しておくべきだと主張するココルを黒燈が説得した。

 「まだ氷珂がいるかもしれないし、しばらくたってからでも遅くないんじゃない?」

 「時間がないのわかってるくせに」

 ココルはうなだれて、呟く。

 結局、氷珂を逃したジュードローカは、黒燈たちを元の待ち合わせ場まで送って行って、別れた。

 氷珂は思うところが、何個もあったが楓李に頼らなければならない。

 だが、今は休ませることだと思ったため、疑念を一時、忘れることにした。

 夕刻、事務所兼自宅に戻った彼は、二人を寝床に追いやる。

 一人でレトルトのカレーを食べた彼は、身支度を改めて整えて外に出た。

 疲れた体に鞭を打ち、マトリアス・リーのウルータ・リードの本拠まで歩いてゆく。

 見慣れたコンクリートを打ちっぱなしにした建物までくると、階段をのぼり、ドアのインターフォンを押す。

 しばらくたって、ドアが開けられて、若い衆に案内された。

 今回は、マトリアスはリビングにはいなかった。

 自室まで案内されると、ノックをして、ジュードローカが来たと告げる。

 中からは入るようにと返事が返ってきた。

 部屋に招き入れられると、そこには、机と、向かい合ったソファが置かれ、高そうな絵画が飾られていた。

 「久しぶりだな。まあ、そこで話すか」

 そういって、スウェット姿の彼は、先にソファに腰かけた。

 ジュードローカも、向かいに座る。

 「で、今回はどうしたんだ?」

 「芽羽凪さんのことですがねぇ……」

 ジュードローカは、相手の目を凝視していた。

 「どういう子なんです? ちょっと手が付けられなくて困っているんですが」

 直接には、消えたとは言わない。その代わり、手が付けられないという言葉に嘘はない。

 慎重にジュードローカは言葉を選んでいた。

 マトリアスはしばらく軽い笑みを浮かべながら無言だが、やっと口を開く。

 「そうか、おまえでも手に負えないか。まあ、俺でさえなんだから、しかたがないが」

 当たり障りのない言葉が返ってくる。

 「芽羽凪さんを供養祭の人身御供にすれば、他の組織にも自分の子供を出せと、言える立場になりますね」

 「ああ、その通りだ。狙いはそこだよ。さすがジュードローカだ」

 「あくまで供養祭は行うのですか?」

 「やるともさ」

 マトリアスは当然だという風に答える。

 「先日、マトリアス・リー会長に会いました」

 「ほう……」

 ようやく、マトリアスの冷静な態度が崩れかけた。

 「芽羽凪はまだ、二人いると聞きましたが? 私はそちらの方も保護すべきでしょうか?」

 突き刺すような口調のジュードローカだった。

 マトリアスは明らかに動揺していた。

 だが、すぐに態勢を整え、笑みすら浮かべる。

 「さすがだな。そこまで調べたか。なら、二人がどこに行ったかもわかるだろう?」

 「お探しですか?」

 「当然だ。今回の供養祭のために偽物を用意し、本物はしばらく身を潜めさせていたが、いつの間にか連絡も取れなくなった」

 彼は、計画がバレたとした場合の処置も考えていた。

 他の組織も同じことをすれば良いのだという、提案がそれだった。

 「いえ、未だに把握してません」

 マトリアスは、残念そうな表情を見せた。

 「ならば、新たに二人を探すように、おまえに頼む」

 「それならついでに受けましょう」

 彼らが話していると、下の階が騒がしくなった。

 マトリアスは、思い切り床を足の裏で叩きつける。

 事務所中に響いたはずな会長からの叱責は、一瞬しか効果がなかった。

 「全く。何事だというのだ」

 ドアが急に開き、少女が堂々とといった風情で現れた。

 「リーンカーミラ……!」

 「芽羽凪!?」

 マトリアスの言葉に、ジュードローカはハッとなった。

 二人というのも、サイロイドというのも、嘘だった。

 芽羽凪は初めから一人で、代わりが一人いるだけだ。それが、リーンカーミラを名乗っていた芽羽凪本人なのだ。

 「戻ってきたわよ、お父さん。歓迎してくれる?」

 「おまえが帰ってくるにはまだ早い!」

 余裕ぶって扉をしめ、二人に向き直った芽羽凪に、マトリアスは明らかに驚き、動揺していた。

 南戎踊島でナンバーワン組織のトップがだ。

 「おまえが、芽羽凪だっただと?」

 ジュードローカはまだ信じられないといった口調だった。

 「そうよ、ジュードローカ。今まで黙ってて悪かったわ」

 「じゃあ、今までの芽羽凪は何者だったんだ?」

 「名前はハーミルリラ。孤児よ。それも只の孤児じゃない。いや、孤児という言い方も悪いね」

 歯切れが悪い。

 ジュードローカは、知っているならばはっきりと言わすつもりだった。

 「もう一度、訊く。何者なんだ?」

 「言ってみれば光球ネットワークの管理者と言ったところだわ」

 訳が分からず、ジュードローカは呆然とした。

 芽羽凪はもうジュードローカには興味がないといった様子で、マトリアスに視線をやった。

 「あたしがここに戻ってきたか、理由はわかるでしょ? おとうさん」

 「待て、芽羽凪! 一体何の不満があったというんだ!? おまえの願いはかなえてきた。言うことも聞いてきた。いまさら、どうして……」

 「だからよ」

 彼女は冷たく静かに言い放った。

 「何でも好きにできるなら、あなたは本当は要らないじゃない?」

 「なっ!?」

 悲し気な雰囲気を、芽羽凪は一瞬放った。

 「さようなら、おとうさん」

 彼女は、腰の裏から拳銃を抜くと、その顔面に弾丸を撃ち込んだ。

 マトリアスは、弾かれたように首を後方に折り、ソファの上に倒れると、体重で床に転がった。

 「……で、おれも殺るのかね?」

 この期に及んでも超然としているジュードローカを、芽羽凪は見下ろした。

 「あなたに用はないわ。殺す必要もない」

 「それはありがたい。では、帰っていいかね?」

 「ええ、どうぞ。護衛はいる?」

 「いらないな」

 短いやり取りをすますと、ジュードローカはあえてゆっくりとした動作で立ち上がり、芽羽凪の横を通り過ぎた。

 案内された時の逆に廊下を通り、ジュードローカは、ウルター・リードの本部から、外に出た。



 彼が家に帰ってくると、従業員二人はすでに起きていた。

 「おっかえりー!」

 楓李が、跳んで抱き着いてくる。

 受け止めてから床に下ろすと、不安げな表情が見上げてきた。

 「いま、ウルター・リードから布告が出たんだけど、あれ、ホント?」

 「どんな?」

 突然いわれても、ジュードローカにわかるわけがない。

 いったん、ソファに落ち着き、楓李は浮遊ディスプレイを開いて録画していた画面を再生する。

 そこには、芽羽凪が映っていた。

 「皆様にお知らせがあります。ウルター・リードの会長マトリアス・リーは、突然の心臓発作で昨夜、亡くなりました。組織の今後を一晩一同で考えた結果、私こと惟瀬芽羽凪が跡を継ぐことになりました。今後とも、我々にご協力をお願いします」

 ジュードローカは、驚きもしなかった代わりに納得した。

 確かに、先刻までそれ以上のことは考えられない状態だった。

 画面の映像はまだ続いた。

 芽羽凪は堂々とした表情のまま、言葉を紡ぐ。

 「なお、は私、惟瀬芽羽凪の名をもって今後一切中止いたします」

 これには、ジュードローカも納得した。

 だが、まだ先があった。

 「供養降豊祭の代わりに、天の光球ネットワークを知るものもいると思いますが、あれは今中心とされているフローエンを管理者として推挙します」

フローエンという名前は初めて聞いた。

 楓李に言って、経歴を洗わせるる。

 彼女は、あっという間に、調べたデータを出してきた。

 すでに地上では一年前に死んでいる。享年十五歳。高校生で、恋人とともに、心中自殺。だが、彼女の方は生き残ったようである。

 「それがさ、この彼女ってのが、芽羽凪なのよね」

 胡坐で頬杖をつき、楓李は言った。

 「なるほどね。全ては計画通りってやつか、もしかして?」

 「わからないねぇ、そこまでは」

 沈黙が降りた。

 とにかく、ウルター・リードは急な指導者交代劇をうまく納めて、さらには、ライト・シードの支配権まで、奪ったということだ。

 これで、この組織は盤石になるだろう。

 ジュードローカは、複雑な顔をして、結論をだした。


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