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第9話

  夜、ジュードローカはリビングのソファに座っていた。

 その膝の上に、パジャマ姿の楓李は乗っかって、浮遊ディスプレイを操作し

ていた。

 調べているのは、光球と夜空の関係だった。

 増える一方の空の光球が、何か未だに彼らにはわかっていない。

 自分は芽羽凪の行方も追っていた。

 このままでは、トマスリアスに殺されかねない。

 空名は、ジュードローカが自室に行かない限り、リビングから動こうとしな

い習慣だった。それも寝てるのか起きてるのか、わからない。

 テレビでは、昨晩、街中で巡洋艦が現れたと報じていた。

 やはり、供養降豊祭が行われなかった影響とみられている。

 浮遊ディスプレイは次々と画面をかえて、楓李の調査が少なくとも行われて

いることがわかる。

 だが、様子を眺めていると、似たようなところを何度も経由していて、てこ

ずっているようだった。

 急に彼女は身体を固くした。

 「軍事警察!? どういうこと!?」

 楓李は苛立って頭を掻きむしった。

 「……何があった?」

 宥めるように、ジュードローカはその頭を撫でてやった。

 彼を見上げて、楓李は口を開いた。

 「なんか、接触する前に、軍事警察が網を張りまくってて、それに掛かっち

ゃったみたい。ごめん……」

 しょぼくれたように、言葉を吐きだすと、顔を膝におとした。

 「あー、なに気にするな。どうせ、一度は相手することになってたんだ」

 すぐにサイレンの音が聞こえてくる。

 「やれやれ。早いなぁ、対応」

 ジュードローカは、楓李の頭をなで続けながら呟く。

 表の様子ではのんびりしているが、裏の彼は焦っていた。

 インターフォンが鳴る。

 ジュードローカは、急いで浮遊ディスプレイの足跡を消去した楓李の傍をぬ

けて、ドアを開けた。

 目の前には目つきの鋭い中年の男が三人ほど立っていた。

 隅から見える道路には、まだ三台のパトカーと二台の覆面パトカーが泊まっ

ているのが見えた。

 「何か御用で?」

 「御用で? ではない。自分でわかっているんだろう!? 入らせてもらう

ぞ?」

 「令状は?」

 「そんなものはない!」

 刑事はむしろ脅すように、堂々と違法捜査だと宣言した。

 「それなら、あんたらは……」

 ジュードローカが言いかけるのを押しのけて、彼らは家の中に入っていっ

た。

 「おい、デッキ持ってるガキがいたぞ」

 「二階も調べろ」

 彼らは遠慮なく、ジュードローカの家を蹂躙していく。

 「おい、出てけ、おまえら!」

 ジュードローカが、殺意の含んだ口調で叫んだ。

 黙っていた空名の薄く開いた目が光る。

 「そのデッキだな、ウチの網に引っかかったのは」

 無視して、警察の一人は楓李のデッキを取り上げる。

 「いい加減にしろ、さもないと……」

 デッキを調べている男と違った刑事が、余裕の笑みでジュードローカに顔を

向けた。

 「皆殺しにするぞ……」

 それは芝居でもなければ、脅しでもなかった。

 ジュードローカは本気で激怒していた。芽羽凪の件も関係して、感情的にな

っていたのだ。

 ゆっくりと空名が立ち上がる。

 「おっと待った。そこまでだ」

 背後から聞きなれた声がした。

 全員が振り向くと、スーツを着崩した左目が義眼の男が、団扇を振りながら

立っていた。 「誰だ貴様!?」

 刑事の一人が怒鳴るように尋ねる。余計なものが口を出すなと言外ににおわ

せていた。

 「サーミンエラー・ウィンリー。軍情報部の者だ」

 彼は、身分証をみせた。

 「情報部だと?」

 明らかに刑事は動揺した様子だった。

 「そいつらもだよ。見せてやれ、ジュードローカ」

 言われ、彼はポケットに入れたままにしていた少尉の階級章を取り出して見

せた。

 刑事は露骨に舌打ちした。

 「クソっ!」

 彼は遠慮なく吐き捨てると、引き上げると部下たちに呼びかけた。

 ぞろぞろと戻ってきた彼らは、恨みがましそうに、ジュードローカの家から

消えていった。

 「助かりましたよ」

 ジュードローカはサーミンエラーに警戒を解かないままでいた。

 「でもいいタイミングでしたね?」

 「そりゃあ、おめぇ、自分の立場を考えてみろよ?」

 サーエンミラーは鼻で嗤う。

 おかげで、若干冷静になったジュードローカは、不快になった。

 「ほらほら、早く撤収!」

 せかして、サーエンミラーはジュードローカの家から警察を追い出し、自分

も消えていった。





 興明会の軒先には早朝から少女が倒れていた。

 報告をうけたリリアナは、医療処置をするように命じる。

 少女は施設に運ばれた。

 医師がスキャンすると、皮膚がただれて内出血が酷く、肋骨と右腕の骨が折

れているのが分かった。

 白いベットの上でうっすらと意識を取り戻したリリアナは、小さく、サイロ

イド処置はするなと医療の一つを拒絶した。

 医師は仕方なく、通常のやり方を使った。

 骨はナノ素材でくっ付け、破裂していた内臓にはPTМ細胞を植える。火傷

の跡はレーザーと移植によって何とかした。

 意識を取り戻したとき、看護士が動けるか訊いた。

 「……何とか」

 まだ、内臓に痛みがあり、皮膚もはっきりと同化していなかった。

 「フルージュ会長が面談を求めています。今大丈夫でしょうか?」

 「ああ、大丈夫だ」

 リーンカーミラは車椅子に乗せられて、リリアナの執務室まで運ばれた。

 「やあ、君がここに来るとは思わなかったよ」

 看護士が退出すると、まだ若い少は机に倒した腕に顔を置き、、愛想のよい

声をしていた。

 「……倒れたのは、別の場所だ。多分、誰かが運んだんだろう」

 対するリーンカーミラには愛想も何もない。

 無表情で相手に顔を向けていた。 

 「覚えはないのか。まあ、丁度良かった。私も常々君に会いたいと思ってい

たのだよ名前は、リリアナ。身体の調子はどう?」

 「まあまあといったところだな」

 「それはよかった」

 リリアナは、失礼と言って机の小箱をあけた。中から一本の葉巻を取り出

し、火を点ける。

 独特の匂いが、部屋に立ち込めた。

 「……実は君に訊きたいことがあったのだよ」

 リリアナは煙を吐く。

 リーンカーミラは黙っていた。

 「それはな、夜の星と、その間にある光球群のことだ。特に光球のほうか」

 「……どうやら、おまえたちの中では、それは極秘事項になっていたはず

だ」

 拒絶の代わりにサーエンミラーは、肘掛けから両手を少し広げた。

 「だからこそ、興味が出るのだよ」

 不快気でもなさそうにリリアナは落ち着き、微笑みすら浮かべていた。 

「リー会長ほどの人が知ら珂なったとは驚きだ」

 「わたしは成り上がりものでね。三十年前はただの町医者だった」

 りりあなは、その部分には全く興味を示さなかった。

 「……あれは壁よ。防壁」

 ポツリと、説明もなしに答えだけを口にする。

 「壁?」

 「ライト・エグディスティングの巨大バージョン、ライト・シードだ」

 「ははーん……」

 その言葉に、リリアナはおぼろげながら、何かを掴んだらしい。ただ、彼は

確証は得ていない。

 「だが、それだけとは思えんな。あの光球は何でできている? 加えて、目

的もわからない」

 「光球は、われわれが使っているライト・エグディスティングの元になる怨

霊よ。南戎踊島では、主に艦船になっているけども」

 「ふむ。相手は?」

 リリアナは相槌をうって先を促す。

 「衛星だよ。誰が始めたか、廃棄衛星を集めて新しいネットワークを作ろう

としてる奴がいる」

 「ほう。初耳だ」

 驚いた様子の彼は、まだ疑問が残っているようだった。

 「で、おまえの目的は?」

 「ライト・シードは、言ったように魂、怨霊でできている。あたしはそれの

解放をしたいんだ」

 「なぜ?」

 聞くのは語尾にかかるほど早かった。

 リーンカーミラは、顔を紅くする。

 「なるほどね」

 悟ったリリアナは椅子にもたれて、煙を吐いて一息ついた。

 「だが、それでは衛星ネットはどうなるんだ?」

 「主犯、と言っていいかわからないけども、そいつを殺す」

 「なぜだ?」

 「ライト・シードのおかげで、様々な魂が成仏できないからだよ」

 「……ふむ」

 リリアナは考えているように、沈黙する。

 それだけではあるまい。リリアナは確信していた。

 だが、今はこれ以上聞きだせる自信がなかった。

 「しばらくここで休んでいろ。いいところを紹介してやる」

 「いいところ?」

 「ああ、ライト・フォースで事件屋いや、探偵をしているジュードローカと

いう奴だ」

 言い終わると同時に扉が開いた。

 「ああ、そいつなら知っている」

 言った彼女を看護士が、病室に運んだ。

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