事務所に戻るとジュードローカは、一方的に芽羽凪の髪を編みなおしている
楓李が、待っていた。
ソファに座るや、ジュードローカは重い息をはいた。
深名は相変わらずだ。
「くそ。リーンカーミラにも騙された!」
まだ憤懣やるかたないとばかりに呟く。
「どうしたの?」
楓李が、ジュードローカの隣に来る。
彼は、今までの経緯を楓李に語った。
「え、サイロイド? しかも犠牲用?」
「ああ」
ジュードローカは、芽羽凪の顔を見ないようにして頷いた。
「そんな。犠牲用だなんて!」
楓李は、声を上げた。
理不尽だとばかりに怒りがこもっている。
芽羽凪は、柔らかに笑った。
「もともとがそうだったから……」
「だが、今回のは実験でしかない。本気で、この島の鎮魂をしようというん
じゃない」
少し落ち着いて、ジュードローカは口にした。
「まあ、今夜は遅いし、もう寝よう。明日色々と考えよう?」
楓李が、言うと眠気はなかったが、ジュードローカは賛成した。
翌日、部屋の中に芽羽凪の姿はなかった。
由衣嗣(ゆいしがい)街。
黒燈は、少女の姿を取っていた。
ココルには街の整形工場で、男性のサイロイドに仕立て上げてもらってい
た。
はじめていく街には、いつもわくわくさせる。
様々な看板。小物の商店。建ち並ぶ、きらめくビル群。
夜は夜で繁華街のネオンに、雑踏の人々。
だが、彼女らは不審な動きにも気付いていた。
動きは、素人ではない。プロだ。
下手に逃亡を図らないで、知らないふりをしていたのは、そのためだった。
そのかわり、彼らが手を出すような地域には決して近づかない。
だが彼らの気配に隠れて、もう一人の存在に彼女らは気付いていなかった。
氷珂は元来、生身の女性が好みだったが、ジュードローカに言った駄法螺と
は違い
カバーのためにサイロイドを狙うこともある。
彼女ら、いや最初につけていたのは、黒燈のほうである。昼間に傘をさし
て、黒い恰好をしていたのだ。
まるで、西洋の喪服のような。
丁度良い恰好ではないか。
氷珂は思い、チャンスを狙い続けていた。彼女は街を移動して、この由衣嗣
街日記ていた。
だが、ここで新たに男のサイロイドが現れて、一緒になった。
諦めるべきかとも思ったが、一方が殺された形にしたほうが、話題性は作れ
ると考え直し、チャンスを待った。
光球を一つ取り、ナイフに変換させて、手の中で握らずに浮かばせておく。
二人は楽し気に喋りながら、歩いてゆく。
信号待ちのとことで、向かいから近づけるように移動した氷珂は、歩道の電
灯にかわり、人々が行きかう激しい往来の中を歩いた。真っ直ぐ、二人の方
へ。
氷珂は、男性にぶつかったふりをした。瞬間に胸にナイフを突き刺せる。
呻いた彼を無視して振り返りもせず、再び人々の中で歩道を歩いて行った。
その場でうずくまり、血を吐いたココルは、額を地面にぶつけるようにして
倒れた。
「ちょっと、ココル! ココルどうしたの!?」
黒燈が彼を軽くゆすって、慌てる。
仰向けに倒した彼の胸に刺さったナイフをみると、黒燈は辺りをみまわし
た。
だが、犯人らしき人物が見当たらない。
辺りには足をとめて、異常事態を眺める人々が増えて、輪を作っていた。
暫く歩いてゆくと、ジーンズスカートを履いた少女にばったりと会った。
「やぁ、氷珂。昨日ぶりだな」
少女は光球を旋回させながら、人通りの少ない路地の塀の上にしゃがんでい
た。
「あんたがそんな奴だったとはね。全部見せてもらったよ」
リーンカーミラは悪い笑みをたたえていた。
氷珂は、舌打ちした。
見られていた。
それも、一人ではない。
これでは、今まで一度も捕まったことのない彼が、証拠を与えることにな
る。
うそ寒さ寄りも、焦りと怒りを彼は感じる。
焦りはすぐに納まったが。このまま放っておくわけにはいかない。
できるだけ冷静になるよう、自分を落ち着かせながら、彼は少女に身体を向
けた。
「ほう。で、どうするつもりだ?」
氷珂は、光球を出すタイミングを計るために話かけた。
「なに、挨拶したまでさ」
クククっと笑い、彼女は続ける。
「ただ、あんたがさっきみたいなことを何度もやらかす相手なら、以降、容
赦はしない」
大丈夫だ。ばれていない。
氷珂は、うっすらと吹き出た汗をそのままにして、安心した。
「ところがだ」
リーンカーミラは笑みに喜色も加えていた。
「ちょっと知り合いにナイフを調べてもらった。何の変哲もない、ただのナ
イフだったが……以前、迷宮入りした事件に一度だけ使われた痕跡があった」
氷珂は、焦った。
あれは、最初この場合と同じく、殺すつもりで使ったわけではなかった。
その後、しつこく追われたため、仕方なく処分した人間相手のものだった。
「貴様、トリッキー・ハットだな?」
名前を呼ばれた氷珂は、瞬間的に、邪魔な感情を捨てていた。
真っ直ぐ立って、光球を六個、身体に周回させる。視線はリーンカーミラに
固定されていた。
「余計なことをしてしまったようだな、お嬢ちゃん」
氷珂の声は、感情の一遍もなく、ひどく冷静だった。
「こっちは、おまえのおかげで、面倒が増えたりしたりてるんでねぇ」
リーンカーミラも負けてはいない。
塀から降りて、相手の光球に備える。
光球戦は先に武器を出した方が、不利となる。すぐに対処する者を出せばい
いだけだからだ。
逆に防御用も同じ理由だ。
二人とも、ライト・エグィクティブの手前で様子を伺っていた。
さらに言えば街中だ。派手な物は出せない。
そして、光球はその大きさから、変化させるものに条件が付く。しかし、部
分なら問題ない。
氷珂は光球を弾いて遊びなっがら、やがて、一本の長い鉈を引き出した。
前のめりで、リーンカーミラにむかっていこうとすると、彼女は光球を、頭
上に並べだした。
ニ十個はあるそれは一部一部の形を作り、両手を上げて、笑んだ彼女の背後
で、姿を現した。
巡洋艦。それが、リーンカーミラの背後に浮き上がっていた。
光球が部分部分を分担して姿を変え、連結して巨大な存在に仕立て上げたの
だ。
まさか、街中で光球を意外な使い方をして、そんなものが出現するとはおも
ってもみなかった氷珂は足をとめた。
すぐに対艦船砲塔用の防御壁を造る。
三連装砲塔が、氷珂に向かい、機銃も狙いをつける。
冗談ではない。
氷珂は、道の傍にあるベンチのまで逃れた。
刀を抜いたリーンカーミラが彼を追った。巡洋艦は巨大なフェイクだったよ
うだ。
だが、道の端に移動したとたん、傍のベンチが爆発を起こし、彼女の身体は
爆風に飛ばされた。
あらかじめ光球の一つを、爆弾として仕掛けておかれていたのだ。
彼女が倒れると、氷珂は止めを刺したかったが、野次馬が増えてきたので、
裏通りにはいって逃れることにした。