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第7話

 せっかくサイロイドを使い、二人が合流しようとしたのに、いきなりあんな

殺人鬼にあたるとは運が悪い。

 偽名もまあ、いずれ役にたつとして、黒燈はココルを引っ張って、街をジグ

ザグに駆け抜けた。

 すっかり別人になっているココルは、まだサイロイドとうまく同期していな

いようだった。

 彼女らがわき目も降らずに歓楽街を通っていくと、ボロボロの車と危うくぶ

つかるところだった。

 「なんだぁ? 急いでるのか? 乗っていくかい?」

 車内には運転している少年ともう一人の同じぐらいの年の男の子が、助手席

に座っているだけだった。

 「お願いします!」

 黒燈は急いで後部座席にココルを奥に乗せて、自分もシートに座るとドアを

しめた。

 「どっち方面に行けばいい?」

 運転している少年には危機感がなかった。

 「適当に。追われてるんです。なんとかまきたいんですけど」

 「わかった」

 ホンダはすぐに走りだし、歓楽街を適当に周回した。

 「おれはジュードローカ。こいつは深名。無理に名乗れとは言わないが、宜

しく」

 「突然のお願いを聞いてもらい、ありがとうございます」

 黒燈は名乗る代わりにお礼の言葉を口にした。

 「事件屋やっているもんでねぇ。まあ、今度のはタダにするけど」

 事件屋とは、穏やかじゃない。黒燈は警戒する。

 暫くして、街で騒ぎが起こるような気配がなくなった頃、ジュードローカは

車をとめた。

 「そろそろいいだろう。お二人さん、気を付けてな」

 「本当にありがとうございました」

 黒燈は頭を下げた。

 ココルはまだ呆っと辺りを眺めている。

 二人を車から降ろすと、ホンダは再び車道を走った。

 そのボンネットに派手な音がした。

 ジュードローカは訝し気に四方を見渡せるミラーで確認した。

 前髪を垂らし、うしろの髪を編み込んだサロペットズボンを着た少女が、上

に乗かってきて、後部の開けているウィンドウから中に入ろうとしていた。

 「今夜はお客さんが沢山くるなぁ」

 彼女が中に入るまで待つ間、ジュードローカは呟いた。

 「おい、今乗せてたの、どんな奴らかわかってたか?」

 「わかるはずないだろう?」

 リーンカーミラは短い息を吐いた。

 「都市破壊の常習者だ。といってもサイロイドだがね」

 「サイロイドが自分の意志でそんなことするのか?」

 「外部から中に入って動いているんだよ。まさか、ここに現れるとはね」

 「もう、探せないぜ? とっくにどっかいっちまった。それに追ってたって

のはおまえか? リーンカーミラ」

 「違う。あたしはたまたま、いただけ。追ってたのは男だよ」

 「男の方を探してみるかなぁ?」

 「少し、そうしてみよう」

  車を街に回しす。

 「ところでおまえ、どうして、供養降豊祭を破壊しようとしたんだ?」

 何気なくハンドルを手にジュードローカは問う。

 「人身御供で、過去の英霊たちの魂が慰められると思うか? しかも今度の

はサイロイドだ。ただでさえ、軍艦すら成仏していないでフラコラしていると

いうのに、完全に舐め腐ってる」

 「なに? サイロイド? 芽羽凪がか?」

 リーンカーミラは、冷たいジト目を彼の横顔に向けた。

 「気付かなかったわけ?呑気だねぇ」

 「呑気とはよく言われる。だがそれだと、リリアナが言ってた話と違う」

 「リリアナ? 興明会の?」

 ジュードローカは頷いた。

 「あれはかなりの曲者だけど。あんたの所のリーって奴も狸よ」

 「わかってたつもりなんだがなぁ」

 リーンカーミラは、余裕の含み笑いをした。

 「わかってなかったねぇ」

 「そうだなぁ」

 暫くして、リーンカーミラが声で合図を送った。

 「いた。あいつよ」

 男は、コーンロウの頭髪にズートスーツを着ていた。

 ホンダは、彼の進路を遮るように急停止した。

車の中から飛び出した二人は、すでに光球を身体の周りの軌道を幾つも回っ

ている。

 「どこに行くんだい、お兄さん?」

 氷珂も光球が彼の軌道を回っていた。

 「おっと、何の用だい? 人間違いだったらタダじゃすまないぞ?」

 彼はできるだけ大人しくいった。

 目立つのは好きじゃない。

 だが、すでに野次馬がポツリポツリと集まってきている。

 「おまえが追っていた奴らの頃を訊きたい」

 氷珂は最初、最高レベルまで警戒していたが、その質問に若干緊張がほぐれ

た。

 奴らは、俺を知らない。

 「それはいいけどな。これじゃ、目立ちすぎじゃないか?」

 軽く両手を上げて、周りをわざとらしく見回す。

 「なら、車の中でもいい」

 ジュードローカは言って後部座席を示した。

 「俺は、反サイロイド派の普通のサラリーマンだ。サイロイドは面倒くさ

い。狩っても刈ってる、核さえあれば、部品が形をとって動きだす。正直あれ

は人間の変わりじゃない。人間を駆逐するものだ」

 氷珂は舌が滑るように語った。

 ジュードローカはゆったりとした風に笑った。

 「それなら、人間も似たようなもんだ。光球をつかって、身体を分離し、そ

れぞれが、勝手に動くのだから」

 「君はシンサイロイド派かね?」

 氷珂は後部座席から身をおこして、わざとジュードローカの耳元で尋ねた。

 ジュードローカは、気配に攻撃的な印象を受けなかったので、気にしない。

 「どっちでもいい派さ」

 氷珂はその間、サイドウィンドウを眺め続けていた。

 「おっと、済まないがここで下ろしてくれ」

 「ああ、わかった」

 ジュードローカは狂信者でも見るような視線をバックミラーで一瞥し、車を

止めると、氷珂を下ろした。

 あとはもう、関心がないとばかりに、車を再び走らせる。

 「おれは、ウルター・リードにいって、ちょっとリー会長に会ってくる」

 「好きにしな。それなら、あたしも降ろして」

 車内は存在感を消していた深名と、ふたりきりになった。

 時間は二十二時時半。

 彼らにとっては、昼も同然だ。

 コンクリートのビルの前で、インターフォンを鳴らし、招かれるがままに中

に入っていく。   

サーエンミラーは、いつものと同じ場所で、鳥のから揚げを肴にビールを飲

んでいるところだった。

 「どういうことですかねぇ? ちょっと別室に来てくれませんか?」

 ジュードローカは内心激怒していようが、せいぜいが叱るような口調だっ

た。

 「あー、ここでもいいだろう?」

 相変わらず、構成員十名ほどがリビングにだべっている。

 「それに若いやつらは、もう寝かせたか、帰らせた。ここにいるのは幹部連

中だけだよ。安心しな」

 言って、から揚げを頬張った。

 「なら、言いますよ。芽羽凪のサイロイドを二体造ってどうするつもりなん

です? しかもウチに匿っているのは、本物じゃないサイロイドじゃないです

か!?」

 「リリアナも意外とおしゃべりなんだなぁ」

 灌漑深く、ビールの缶を煽る。

 「で、真面目に聞く気ある?」

 真面目層ではない中年が言う。

 ジュードローカは頷いた。

 「あー、そこの空名っていったか。適当なところに座って食ってろ。ながく

なるか、短くなるか知らんけど」

 日本刀の鞘をぶら下げた空名はジュードローカに目をやり、うなづくのを確

認して、堂々と無言で、二人の間のところのソファに座った。

 これには、サーエンミラーも声を出して笑い、そのままでいることを許し

た。

 「いいか、ジュードローカ。供養降豊祭って、いつから始まった?」

 突然の常識と思っていた質問に、ジュードローカは答えられなかった。

 「あれは、戦後五年たってからはじまったものだ。はじめは人身御供なんて

なかったさ。

だがな、時間が経つにつれ、今の形になった。なぜだと思う?」

 説明というより、設問を幾つも出されている気分のジュードローカだった。

 「さぁ……」

 サーエンミラーは、ポケットの中に手を入れた時に、深名が緊張して鞘を握

る手にちからがはいったのがわかった。

 「勘違いするなよな。これだよ」

 光球を一つ取り出した。

 「こいつだ。いや、こいつらだ。あらゆるもの、特に兵器に宿る魂が、鎮魂

もされずに、この南戎踊島に漂っている。そいつらを沈めるために人を犠牲に

することにした。だがな、供養降豊祭がそうした方向に向かってから、もう百

年近くたっているんだ。いい加減成仏してもいいとおもわないか?」

 「そうですねぇ」

 「だが、奴らは、相変わらずはびこって、うちらの争いの道具に成り下がっ

ている。これは、簡単な答えだ、ジュードローカ。いいか、俺たちは、間違っ

てたんだよ」

 マトリアスは手のひらで光球をくるくると回した。

 「あいつから欲しいのは、これだよ」

 「光球ですか?」

 「正確には、違うが似たようなものだ。サイロイドと言っていい。それも完

全に人間に似た形をとっているな」

 「どうしてサイロイドなんかを?」

 「光球を扱える同類が欲しかったんだろう。それも、一体で済むとは思えな

い。たぶんなぁ、百、二百はほしいんじゃないかなぁ」

 「サイロイドを百体!?」

 「それで、今回実験用に、芽羽凪のサイロイドをつかってみようとしたんだ

が」

 サーエンミラーは空笑いした。

 「へんな嬢ちゃんに邪魔されちまった」

 ジュードローカは超然としてるが、対応に内心で対応に困惑していた。

 「どっちにしろ、そんな百体だの何百だのを奴らにくれてやるつもりはない

んだよなぁ。とんでもないことになりそうだから」

 「どうするんです?」

 「どうすると思う?」

 顔を近づけて、酒臭い息を吐いてくる。

 「わからないです」

 「それでいいんじゃね?」

 かれは足で拍手した。

 馬鹿にされたようで、ムッとしたジュードローカは、口を開いた。

 「ウチにいる芽羽凪は?」

 「サイロイドだ。本物は慎重に逃亡させている」

 「なら、おれがあの子を守るという契約は無しですね。本物ならともかく、

偽物だというのなら」

 馬鹿にされた。自分では本物を庇い切れないとでも思われたか。

 確実にジュードローカは怒っていた。口調も強く早口になっていた。

 「まー、そんなに急ぐな怒るな言い切るな」

 サーエンミラーは、ウィスキーの入ったタンブラーを傾けた。

 その余裕っぷりが、ジュードローカの怒りに火を注ぐ。

 「契約は履行してもらうぞ。こっちにも考えがあるんだ」

 「教えていただきたいですね」

 「本物の芽羽凪はそのまま。犠牲用のはお前のところ、もう一体は犠牲にし

た後で逃げたことに対する、連中の反応を見るためだ。これで、追うような奴

らがでてきたら、叩き潰す」

 ニヤニヤしながら彼は言った。

 「たのんだぜ? 供養降豊祭はもう一度やるからな」

 もう興味はないとばかりに、から揚げを口に放り込み、マトリアステレビに

視線をやった。






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