夜も更けた時刻、事務所に戻ってくると、深名と芽羽凪が待っていた。
深名はともかく、芽羽凪は退屈しまくっていた様子だった。
「だってあの子、全然喋らないんだもの」
楓李はまだまだ深名のような人間の扱いがなってないと、内心で優越感に浸
った。
「ちょっと、調べものしてから、芽羽凪に話がある」
ジュードローカは言って、ソファに座った。
「楓李、疲れてるとこと悪いんだけど、リーンカーミラが祭りに遊撃仕掛け
た時の装備をピックアップしてくれないか」
「あいよ、まかせて」
若干眠そうな彼女は、彼の隣に腰かけて浮遊ディスプレイを開く。
次々と、武装がデータとともに映り出す。
ジュードローカは、ふむと唸った。
南アメリカ連邦の二千年代初頭の軍艦の物だ。たぶんライゼンズ型。
幾ら、多国籍国家の南戎踊島とはいえ、襲撃者としてふさわしくないと思わ
ざるを得ない。
あの人見御供の祭りは純日本的なものだからだ。
「俺の考えが古いのかなぁ」
思ったことを口にしていたジュードローカに楓李は、頷いた
「自分だってユダヤ人じゃない。まったくもって時代錯誤だよ」
「んー、それ言われたらなぁ……」
ジュードローカは苦笑いするしかない。
「それに、最初に会ったとき、佐枝霧の処理どうにかしようとしてたよ」
「なんだ、顔見知りだったのかい」
「ううん、ちょっと見て話しただけ。珈琲取ってくるね」
楓李は立ち上がってキッチンに向かった。
「あー、俺と深名はブラックだよ」
「分かってる」
楓李の背に声を投げかけると、ジュードローカは向きを変えた。
「さて、芽羽凪」
「なに?」
声は刺々しい。
彼女には怒りが溜まっているのはわかるが、ジュードローカにどれほどかは
分からなかった。
「どうして、自分が人身御供に選ばれたか、わかるか?」
「わかるわけがない。あたしは一人暮らししてたんだけども、急にパパがき
て、おまえが今回の祭りの主役だと言われただけだわ。それから、あっという
間に準備がされて、きづいたら、あの神社にいた」
「……んー」
ジュードローカは唸ってこちらでだめなら、行動に移すしかないかと、嫌々
ながらおもった。
そこに、人数分の珈琲カップをトレイにのせた楓李が戻ってきた。
一人一人に配り、自分は再びジュードローカの隣に位置して、暑い液体のコ
ップを両手で持って、息を吹きかける。
「所で、ジュードローカ、今日面白いものが見れた」
芽羽凪が珍しく自分から声をかけてきた。
「何だと思う?」
「さっぱり。なんだい、それは?」
「軍艦二隻が空を浮かんで、ゆっくりと街を通り過ぎたの」
「……御霊か」
南戎踊島には、光球の影響もあり、あらゆる物に魂がある。
もちろん、茶碗にもあるし、紙にもある。そして、軍艦にも。
「どっちの方にむかかって行った?」
芽羽凪は首を振った。
「それが、街の郊外のあたりで消えたのよ」
ウルター・リード会の物じゃない。
だとしたら、やはり御霊か操っている者がいるのか。
「深名、明日ちょっと付き合ってくれ」
窓際に黙って胡坐をかいていた少年は、ただ一度、頷いた。
「えー、あたしも行くー!」
楓李は、軽くジュードローカの腕を引っ張る。
「芽羽凪を独りにしておくわけにはいかないだろう。それに連れて行く訳に
も」
「うーーーー……!」
少女は芽羽凪にちらりと目をやった。
どこか冷めきった表情。
覚えがある。孤児時代にジュードローカに拾われる前の楓李と同じも物だ。
「わかった。芽羽凪と仲良くして、イチャイチャしてる」
そういって飛ぶように駆け寄ると、迷惑そうな顔をする芽羽凪を無視して、
横から思い切り抱きつく。
「好きにしてろよ」
ジュードローカは苦笑した。
ジュードローカのホンダは古く、捨てられていたのを、改造して走れるよう
にしただけのポンコツだった。
それが、たまにエンストを起こしたりしつつ、貧民窟に近い彼の事務所か
ら、むしろきらびやかな街の中央を走る。
まるで似合わない風景だった。街は雑踏にまみれているとはいえ清潔感溢れ
ているというのに、埃まみれで余計な機械音までする車が通るのだ。
深名は刀を抱くようにして助手席で足をシートにのせてしゃがんだ格好をし
ていた。
ウルター・リード会のビルは、反対側の郊外に経っていた。
三十分も運転して、そのコンクリートで出来た建物の前に停車する。
階段を上り、二階部分にある玄関口でインターフォンを鳴らす。
「……はい。どちら様で?」
低い男の声がした。
「ジュードローカ事務所のものだ。リー会長に会いたい」
扉はすぐに開いた。
そこには、爽やかを絵にかいたような男が立っていて、さっそく、会長の元
へあんないされた。
マトリアス・リーは、リビングで部下たちとだべっているところだった。
「おや、ジュードローカに深名じゃないか。どうかしたのか?」
真っ向からすっとボケたような言葉を吐く。
「何って、頼まれごとを処理したじゃないですか。忘れました?」
ジュードローカは急に力が抜けたようだった。
周りの部下たちは、それぞれが暇つぶしに自己の世界に入っている。
だれも、二人の少年に関心を示す者はいなかった。
「あー、そういえば。上手くいったらしいな。さすがだよ」
額に手をやって、今思い出したというような恰好を取った。
「……。で、芽羽凪はどうすればいいんですか?」
「ふむ。このまま、姿を隠しておいてほしい」
「そんなに大事なら、どうして人身御供になんてしようとしたんです?」
ジュードローカは意気が削がれる思いだった。
マトリアスは適当さがにじみ出た態度の男だった。
「無事、助け出されたじゃないか?」
何を当然のことを。
マトリアスはそう言いたそうだった。
「助け出されたんじゃなく、助け出したんですよ。俺たちがね」
この辺、強調しておかなければ、後でまた恍けられても困る。
「祭りはやり直すよ。その時は、おまえらは別に動かなくてもいい」
「サイロイドを使うんですか?」
おやまぁ、とわざとらしくマトリアスは驚いてみせた。
「耳ざといな」
「それで、どうして、二体造ったか聞きたかったんです」
「どうしてだと思う?」
逆に聞いてきた。
「そんなことより、俺が娘を犠牲に出す方に興味はでないのかい?」
「自明ですからね」
ジュードローカはあっさりといった。
「ほぅ。どういうことかな?」
「貴方が娘を差し出せば、以後、他のマフィアが同じことをしなければなら
なくなる。後継者殺しには丁度いい。といったところでしょうか」
目の前で、伸ばした手をぱちぱとマトリアスは叩いた。
「ご名答」
だがなと、彼は続けた。
「何でもおまえに教えてやらなきゃならない義理はないんだよ」
急に鋭い目と口調になっていた。
ジュードローカは内心気圧された。
「噂何ですが、マトリアスさんは末期肝臓病とか」
「いいじゃねぇか。悪くない人生だったよ。酒もドラックも女もやりたい放
題。地獄行は間違いないが、天国の聖人より地獄の悪人の方がずっと面白い奴
らであふれてるよ」
元の軽薄な適当さで、マトリアスは答えた。
これ以上、ここにいても、必要なことは聴けないとおもったジュードローカ
は、帰ることにした。
「おつかれさまでした。マトリアスさん。また何かあったら、ウチの事務所
に声をかけてください」
「おうよー」