ジュードローカは、楓李だけを連れて、ホンダの車を運転していた。
芽羽凪には、彼は困惑した。家に帰ろうとしないのだ。
「あたしを殺そうとしたところのになんて、戻れるか!」
それもそうである。
一応、説得してもダメなので、しょうがなく事務所に置いていた。
都市は栄えている南戒踊島だが、一個の境界を超えると、草木が茂り、木々
が密集する大自然が待っていた。
都市部と都市部はこのような感じで点々と自然の中心に突如として造られて
いた。
百二十キロも走ったところか。途中、三か所の街を抜けたのは確かだが、ジ
ュードローカのホンダは、走行距離メーターが壊れてる。
ようやく、目的の興明市にたどり着いた。
「……何ここ。変な感じ」
助手席で寝ていたはずの楓李がサイドウィンドーから外を見て呟いた。
住宅街歓楽街とあるが、中心付近にある、官庁街はまるで白亜の世界だっ
た。
すべて、大理石などで作られていて、生活臭が全くしない。
人は時々見かけるが、気配がない。
まったくの、無人空間といった雰囲気だった。
興明市は興明会が作り上げた都市だ。当然支配も彼らの手にある。
市長は同時に興明会の会長でもあった。
官庁のカウンターで市長に会いたいというと、受付嬢はニコリと微笑みなが
ら、現在執務中のために誰にもお会いできませんと、きっぱり言った。
「ウルター・リードのリー会長からの者だ」
ジュードローカが関心をみせないでいる相手に、ウルター・リードのバッチ
を懐から取り出して見せる。
便利だから持って置けと言われて渡されたものである。
その通りに、受付嬢は急に態度を改めて、ヘッドセットの内線を引っ張っ
た。
「お会いになるそうです。こちらへどうぞ」
受付嬢はカウンターから出て、二人を先導した。
エレベーターを使い、二十二階まできたところで止まる。
どうやら最上階らしい。
そこは余計な部屋はなく。一つだけ大きな扉がある入口が構えているだけだ
った。
「ジュードローカ様方をお連れしました」
ノックして声を中に伝える。
「入れよ」
女性の声だが、やけに面倒くさげな口調だった。
受付嬢がドアを開く。
二人の前には、ホテルのスィートルームと見紛うような空間が開けた。
ドアから真っ直ぐ行ったところに、ソファがテーブルを挟んで並び、その奥
に板のような足元に何もない執務机がある。
袖口を縛ったブラウスを着ていて、黒いスカートはショルダーベルトで止め
ている。 長い灰色の髪は後ろで下の方で二つに縛っていた。
丸顔に近いうりざね型の容姿は、白い肌に冷たく覚めた蒼い瞳の目つきは半
開き。
机にもたれた彼女は姿勢を正そうとはしなかった。
リリアナ・フルージュ。たしか、まだ十七歳のはずだ。だが、まだまだ、若
く見えるほどに、小柄で華奢だった。
「マトリアスが、人身御供の邪魔をおまえに頼んだって聞いてから、待って
いたよ。まあ、座れ」
眠たげな口調だ。面倒くさそうに手の指でソファを差す
だが、これが普段の彼女で、大抵の人間は拍子抜けする。
だが、彼女の態度がいくら怠け者そのものでやる気が見えなくとも、その言
葉だけではなく、行動も躊躇い。マフィアも恐れる興明会の一面だ。
席を勧めたが、机に頬をつけたままだらりとしたリリアナは、動く気配がな
かった。
ジュードローカ達も、向かいのソファに座る。
「何も出さないで悪いな。さて、話と行こうか」
余計な部分をリリアナはすべて省く。
「で、俺たちには、なにがなんだが、さっぱりわからないんだけどな」
ジュードローカは、頭を掻きながら上目遣いで、リリアナを見る。
「実は、マトリアスとの話がちょっと遅れていてな。本当は、もっと前、ニ
三か月ぐらいになるはずだった」
「なにがだ? ウチに関係あるのか、それ?」
のんびりと構えているジュードローカに、リリアナは頷いた。
「芽羽凪そっくりのサイロイドを造ってくれとな、マトリアスが」
「遅いな」
「だが、ひな形はとっくにでき、もう完成している。問題は、二体造れと言
われたことだ」
「二体? 人身御供でサイロイド一体を遣えば、いいんじゃないのか?」
「それなんだが。なにか聞いていないか?」
ジュードローカは難しい顔をした。
「全く聞いていない。おれは、リー会長から、人身御供から救い出して、暫
く潜伏していろと言われただけだ」
リリアナはふむと呟いた。
「受け取りだが、丁度昨日、ウルター・リードの人間と名乗る奴に、部下が
渡してしまってな」
「追跡できないのか?」
楓李を一瞥して、ジュードローカは尋ねる。
「そんな機能つけててみろ。そこにいる嬢ちゃんはデッキの腕は立つようだ
が、マトリアスのところにもいる。変な疑いはかけられたくないもんだろう」
「受付に映像があるんだろう? 特徴は掴めないか?」
「あー、あるっちゃあるが、どこにでもいるテンガロンハットを被って背広
を着たおっさんだったな」
「まるで手掛かり無しかよ。リー会長を問い詰めるしかないじゃないか」
ジュードローカはぼやいた。
「意外と、芽羽凪がしっているかもな。こっちも困っているんだよ」
「何を困る?」
「下手にウチのサイロイドが犯罪めいたことをしてくれたら、評判がガタ落
ちだ」
知ったことかとジュードローカは思った。
「そこで、おまえの所でこの二体を探してほしい」
「ほー……高いぞー?」
半ば冗談のように答える。
「大体、おまえのところにゃ、いくらでも人がいるだろう」
「一応、情報部は動かしてるよ。その上でだ」
ジュードローカはニヤリと嗤った。
ソファにゆっくりと背を伸ばすようにもたれかかる。
「んー、そういう事なら、前払いでそれもそれなりの金額じゃないと、見合
わないねぇ」
リリアナは、自分の組織で見つからなかった場合、公的に契約を結んだジュ
ードローカに全責任を負わせようというのだった。
「構わんよ。ウチのクレカを渡して置こうか」
服のポケットから意外とリリカルなピンクとリボンが付いた財布を取り出し
て、中から黒いクレジットカードを、机の上に置いた。
「よし、話は成立だな」
素直と言っていいほどあっさりと、ジュードローカは承諾した。
芽羽凪のサイロイドでのデータを、持って来させ、楓李の小型デッキに記憶
させる。
「さて、契約はなった。俺たちは帰るよ」
「見送りにはいけんが、まぁ、成功を期待している」
「うそつけよ」
ジュードローカは鼻で嗤った。
氷珂は前の犠牲者を埋めたところで、深夜の街を散策していた。
正確には次の犠牲者を探しいていたのだが。
壬酉(みとり)市は、マフィア組織の中でも五指に入る巨大組織の街で、人々
が雑多に溢れかえり、象徴というべき巨大な星を空に浮かばせていた。
正確には星ではない。お飾りだが、立派な光球の一つだ。
それは光を反射し、七色に輝いて、壬酉市を彩色豊かに飾った。
壬酉市のランダム・トライ会は、一種の象徴として使っていた。
氷珂には興味がない。
目的は女性。それも人間だ。
気付いたのは先ほど。後ろから、何者かがぴったりとついてくる。
おかしい。まだ、彼は連続殺人鬼として、マークされていないはずだ。
門を曲り、ちらりと後ろを覗く。
相手らしき人物は、無精ひげを生やしてぼさぼさの髪でスーツをきた、サン
ダルの中年だった。
相手が、のんびりと曲がったところで、店の壁にもたれた氷珂は声を掛け
る。
「俺に何か用かね?」
男は、猫背のままで歩いて進もうとした足を止めた。
向きを変えて、氷珂の正面に立つ。
「気付かれたか。まあいい、ちょっと散歩しながらでも話そうや」
サーエンミラーと男は名乗った。
あやしげな目で男の頭から下まで眺めると、氷珂は壁から離れて歩き出し
た。
「いやぁ、あんたを探し出すのに苦労したぞ」
横に並んだ中年の男は、馴れ馴れしい態度になった。
「何故、俺をつけてきた? というかどこの者だ、あんた」
氷珂は警戒を解かないようにしてつつ、真っ直ぐ前を見ていた。
「ちょっと、政府の仕事している者だがね。まあ、安心しな。あんたの邪魔
はしない。むしろ、勝手にやってくれ」
「わかっているのか?」
冷たく、氷珂は確認した。
「もちろん。トリッキー・ハットさんよ」
眉をしかめ、氷珂は苦い顔をした。
「で、わかっていながら、俺に何の用だ」
目でタイトなスカートをはいた、薄着の女性を追った。
だが、彼女は氷珂の好みではない。
「なに、ちょっと仕事してもらう」
「勝手な言い草だな。官庁の連中は、市民を自分の部下か奴隷かと勘違いし
ているのか?」
「見逃してやろうっていうんだよ、おまえを。大体おれは警察じゃない。い
くら、おまえがこれ以上に犯罪を犯そうとしったことじゃない」
「それはありがたいな」
感情のこもらない氷珂の言葉だった。
「で、頼みってのはなウルター・リード会の会長、マトリアス・リーの娘を
始末してほしい」
「ほぅ……」
思ったよりデカいものがでてきたなと、氷珂は思った。
「事情は話してくれるんだろうな?」
「無理だな」
「じゃあ、俺に仕事をさせるというのは、あんたの上からの命令か?」
「ちがうな。俺個人の考えさ」
「ようくわかった」
氷珂はズートスーツのポケットに右手を突っ込んだ。
その腕を遮るように、サーエンミラーは、掴んで押しとどめる。
「おっと、どうするつもりだい?」
彼は皮肉な笑みを浮かべて、氷珂に自分の顔を近づけた。
「余計なことを考えちゃ、ならねぇなぁ」
もう一方の手には、数個の光球のが手のひらで転がされていた。
鼻を鳴らした氷珂は相手の腕に構わず、差し入れるポケットを変えた。
その中から、十個ほどの光球を握って取り出す。
そして、空中に放り投げた。
光球は惑星のように、氷珂の周りをそれぞれの曲線を描いて周回する。
サーエンミラーは舌打ちした。
相手から距離を取り、光球を空中に解放する。
氷珂の周りで、が起こる。
二連五十口径二十・三センチの砲塔を四つに、戦闘指揮所を腰の後ろに張り
付けて、十三ミリ連装機銃が、そして、硬質の鉄板が数枚、光球から変化し
て、氷珂を中心として、空中のいたるところに浮かんだ。
「……ほう。意外と軽装備。凪霧(なぎり)だな」
過去の大戦で沈んだ重巡の名前を当てる。
「ならこちらは、スプールアードだ」
かつての日本の敵国であった軍艦を形勢する。
サーエンミラーは三連装砲の五十口径二十センチのが三つに、艦橋らしきも
のが後頭部から離れた位置にあり、二十五ミリ三連装機銃が五つだった。こち
らも、防御用に鉄板が現れて、光球の間とサーエンミラーの全部に敷き詰めら
れる。
互いに距離を取って、ライト・エグディスティングをみると、互いに不格好
にずれた姿の軍艦に見えた。
「やる気はねぇ、納めな。正面からの光球晒合いは、相互に自滅するだけだ
ぞ」
人気の少ないとはいえ、ライト・エグディスティングを前面放出している二
人を見ると、通行人は走って逃げて行った。
「……その代わり、ほしいものがある」
氷珂は手の平を上に伸ばした。
「なんだよ」
「軍の階級だよ」
サーエンミラーには、意外だったらしく眉をくねらせた。
「……欲しいならやるよ。一般の歩兵隊のだがな。少尉でいいか?」
「かまわない」
「じゃあ、後で送っておくよ」
氷珂は、満足したように手を引っ込めた。
「依頼は受けた。あとは任せてもらおうか」
互いにライト・エグディスティングを解くと、光球が次々と彼らの手の中に
納まっていった。