夕日も落ちかけた頃、黒燈(くろひか)は鼻歌を歌いながら、樹の太い枝に結
んだロープで出来たブランコに座っていた。
細い華奢な身体に黒いTシャツ、黒いプリーツスカートで、小麦色に焼け
て、男の子のように刈った頭髪に良く似合っていた。
山の中は辺りが木々で覆われ、ちょっとした微風にも葉が擦れる音が頭上か
ら鳴る。
頭上をみながら、枝の揺れる木々の葉の浮き沈みをみて、まるで海の波だと
少女は思った。
やがて、山道の向こうから、ずた袋を抱えた女性が現れた。
長髪で緋色のサマーセーターを着た、黒のプリントラインのロングスカー
ト。足元はスニーカーだった。
黒燈は、ブランコを跳ぶようにして降りて、彼女の元に歩いていって迎え
た。
「疲れたでしょう、ココル」
少女は女性に並んで、ずた袋を受け取ろうとするが、軽いめくらばせで制さ
れた。
「いやぁ、もう大変だった……」
汗だくで、ここルは息を切らしていた。
「だから、車で行けって言ったのに」
少女はやや、ふざけた説教口調で言う。
「あれ、苦手なのよ。知ってるでしょ? あたしが乗れば、自動車じゃなく
自動事故車よ」
やれやれと、黒燈は首を振った。
「ご飯できてるよ」
日はすっかりと落ちていた。
スポットライトが一つだけ点けられた小屋が、ぼんやりと浮かび上がる。
古い木材やトタンなどを重ねて作った壁に屋根は、お世辞にも家とはいえな
い。
だが、このおんぼろ小屋が二人の住居だった。
ポーチまで来て、鍵も掛っていないドアを黒燈が開ける。
とうとう腰を折り、ヨタヨタとココルがスポットライトに照らされたテーブ
ルまでくる。
明かりはそれだけで他の部分は真っ暗だった。シチューと焼き魚の置かれて
いるのが照りだされている。
「あら、美味しそう。さすがね」
いい匂いに心底、お腹が減ったようなココルが感動する。
「あんたが、料理できなさすぎるんだよ。こんなのだれでもつくれるぞ?」
ココルは、それをスルーして、ずた袋をテーブルの脇に置くと、キッチンに
行った。
「あちー……!」
サマーセーターがリビング? と言えるかどうかのところに飛んでくる。
「こっちは丁度、肌寒かったんだ」
言って、黒燈はサマーセーターを拾うと、椅子の上で着て、立てた両膝も中
に収めた。
ココルはブラジャー姿で、冷蔵庫からジンの瓶を取り出してきた。
テーブルに着いたココルは、遠慮なしに、瓶から直接ジンを喉に流し込ん
だ。
「で、収穫はあったの?」
黒燈は魚の骨を取りつつ、訊いた。
「これが、あったのよねー!」
シチューをスプーンで一口食べると、美味しいと言って、ニコニコした。
ココルは、ずた袋から、様々なものをテーブルに置いた。
壊れた基盤。ただの小石。明らかに不燃ごみの袋。どっかから摘み取ってき
た向日葵の花。
「へー、いろいろあるねぇ」
黒燈は慣れた調子で合わせた。
「都会も捨てたもんじゃないよね」
「写真とか撮った?」
「いっぱいあるよ」
ココルはまた一口、ジンの瓶を煽って、携帯通信機をとりだした。
写真には、廃墟と化した街の様子が写り込んでいた。
それが、約二十枚ほど記録されている。
「まー、いい笑顔だこと」
呟き、スプーンを運びながら、一枚一枚見ていく。
なぜか、どれにもココルの笑顔でピースする姿が写り込んでいるが。
黒燈は呆れたような表情で、スライドさせてゆく。
すると、見覚えのない少女が一人、ココルと一緒にいる一枚があった。
「……この子は?」
「あー、なんか街をフラフラしてたら偶然出会ってね。すぐに意気投合しち
ゃった」
「どんな子なの?」
黒燈は明らかに少女を疑っている。
「なんか孤児らしいけど、ここの街の子じゃないって。それに、やけに衛星
のことに詳しくて」
「衛星? どうして?」
「わからない。でも悪い子じゃなかったよ」
黒燈は納得いかない表情になったが、それ以上は追及しなかった。
「それにしても、派手にやったもんだわねぇ……」
呟いて、最後の一枚を見終わった。
「で、他に誰かいた? サイロイドは?」
「だーれもいない。本当に、人間もサイロイドもどこに行っちゃったんだ
か」
ココルはつまらないといった風で、ジンを喉に流し込んだ。
「まあ、仕方ないよ。でも、もう勝手にどっか行かないでね」
言葉を誤解したのか、ココルはごめんねと言って、そうすると伝えた。
「御馳走様でした」
「さてと、ちょっとココル、服脱いでくれるかな?」
「毎度毎度だけど、どんな趣味してるの、あんた」
ココルは苦笑する。
しかし、言うことは聞いて、着ている者をすべて脱ぐと、テーブルの脇に立
った。
その白磁のような肌を、そっと触れるようにしながら、黒燈は隅々までじっ
と目で撫でる。
五分ぐらいか。
「オッケー、もういいよ」
「ちょとさむくなったなー。セーター、かえしてよ、黒燈」
ココルは手を伸ばしながら、ショーツとスカートを穿いた。
「ダメーーー。これはあたしが借りた。シャワーかお風呂でもはいってきた
ら?」
黒燈は暗い光から外れた壁際まで、彼女の手から逃げるように駆けた。
「まったくもう……」
ジンを一口のみながら、ココルは仕方がないといった表情になった。
ジャンク部品でいっぱいの壁の前に座った彼女は、浮遊ディスプレイを開い
た。
タッチパネルで、文字を入力する。
七月二十一日
ココル:損傷率 六十九パーセント
黒燈 :損傷率 三十九パーセント
「ところで男はいたー?」
バスルームに向かう途中のココルに黒燈は声を投げかけた。
「見ての通りよ。まったくいない」
「そっかぁ」
妙に納得しながら、黒燈はディスプレイを閉じて、冷蔵庫に入っていたコー
クを取り出して飲んだ。