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第2話

 「やほーーー!」

 楓李は無邪気に、ジュードローカに駆け寄ってきた。

 島の中央付近にある山の麓である。

 生い茂った木は金網で囲まれ、歩道のない車道は、曲がりくねりながら、ガ

ードレールに挟まれて伸びていた。

 ジュードローカは年齢不詳だった。ただ、ひょろりと伸びた高い背の割に、

アジア系でまだ幼さの残る容貌をしているところからみて、十代後半と見てい

る。本人も年齢など気にしてはいない。

 柔らかそうなウエーブかがった髪で、中国の民族衣装の長衣とパンツを掃い

て、頭に布を巻いていた。

 楓李は側までくると、彼の腕をとって、半回転し、勢いを削いで止まった。

 にこりと彼に笑いかけて、手を離す。

 遅れて、深名も現れた。

 どういう事か、ガードレールをまたいで。

 道を進まず、半ば崖のここまで上ってきたというのだろうか。

 いうのだろう。だが、息も切らさず、この暑い昼間から夕方にかけての時間

帯にあせも書いていなかった。

 彼ら三人は、今夜の供養祭のための準備をしている山頂へと向かった。

 「……待って、なにこの険しさ。始めてくるけど、都会のど真ん中にこんな

原生林が有ったわけ?」

 すぐに根を上げたのは楓李だった。ジュードローカの服の端をつかみ、木で

階段部分の壁を添え付けられた、永遠にもつづくかのような道に、前のめりで

荒い息を吐く。

 「まー、ちょっと休むかぁ」

 ジュドローカは楓李の様子を見て立ち止まり、その場にしゃがんだ。

 木柵の向こうはかなり低い土地で、小川が流れている。

 「さて、もう少しだ。行くとしよう」

 ジュードローカは足を伸ばすと、両手を上げてきた楓李を抱えて立たせる。

 「こりゃ、楽だわ」

 進んでいると楓李はいつの間にかジュードローカのバックパックに上半身を

乗せていた。

青いきれが立ち上り、木の葉が風に揺られる中を、彼らは小一時間で、よう

やく山頂にでた。

 そこには、鳥居が何重にも並び、奥には日本様式の社が有った。

 鴨居の外には、櫓が何本も平行して建てられ、広場には、露天の準備が行わ

れていた。

 「本当にやらかすの?」

 楓李はジュードローカに確認した。

 「やらなきゃなぁ。やりたくないんだけどなぁ」

 彼はぼやき、頭をかいて、答える。

 「楓李、早速頼むわ」

 大きく頷いて、彼女は櫓の奥に姿を消した。

 まだ、支度のととのっていない、屋台のおでんやに腰掛けて、ジュードロー

カは、冷や酒を一本頼んだ。

 「しかし、毎年のこととはいえ、気が滅入るね」

 屋台のオヤジはそう言いながら、下準備の終わった材料を、大鍋に放り込ん

でゆく。

 「同感だ」

 島ではそう言われ、年に一回行われる、いわゆる人身御供だった。

 満十歳になった男女の子供が、新たな社を造るため、人柱になるのだ。

 この夜、輿露天満宮は、年に一度、破壊されて、新たなる姿で一年間、南戒

踊島を見守る。

 そう言われてきた。

 だが、今度の祭りには、予想しない出来事が含まれていた。

 人身御供に選ばれた少女が、南戒踊島屈指のマフィア「ウルータ・リード」

の会長の娘だということだ。

 ことは伏せられていて、今こうしている祭りの準備の作業員にも、知られて

いない。

 だが、ウルタ・リードの会長マトリアス・リーは激怒したという。

 そこで、巡り巡って、ライト・フォースとして事務所を構えるジュードロー

カのところに話しが回ってきたのだ。

 島の住民は、供養祭を大事にし、本気で信仰している。

 三千万人が犠牲になった地上戦の魂が未だに、地上に跋扈するなか、平和を

保てるのは、供養祭の霊験と信じている。

 つまりは、ジュードローカはジョーカーを引かさせたのだ。





 電柱と街燈が照らすしたに、反対に向かい合ったベンチが二つあるだけだっ

た。

 片方には少年と少女が座り、もう片方にも少女が座っている。

 「本当に良いのですか?」

 少女が振り向きもしないで訪ねた。

 「決意は変わりません」

 少年が答える。

 「失敗すれば光球のネットワークから永遠に彼女は外れることになるのです

よ?」

 「決意の上です」

 今度は少女がハッキリとした声を出した。

 「わたしにはわかりませんね。どうして離れ離れになるのか」

 「考えた末の結論です」

 少年の言葉に迷いはない。

 「ならばよいでしょう。我々は邪魔はしません。やれるところまでやってみ

ることですね」

 背後のベンチに座った少女がが挑発するまでもなく、淡々と言葉にした。

 街燈の明かりが消え、暗闇だけが残った。





 太鼓の音が鳴り響き、浴衣姿の男女が、鳥居の周りにまで伸びた露天を、楽

しげに見て回る。

 午後八時を過ぎた頃、祭りの来場者はピークになった。

 十時を過ぎれば、儀式が始まる。

 それまで人身御供にされる二人は、神官に大事に隠されて、姿を見る物はい

ない。

 「うぅう……ぉうぅううう……うぅぅおおお……おおおぉぉ……ぉぉぉぉぉ

……」

  猿ぐつわをされ、布団の簀巻き状態で、部屋の隅に置かれた神主は、うめ

き続けていた。

 「いやぁ、悪いねぇ。この嬢ちゃんだけは、ここで犠牲にすることができな

いんだよぉ」

 ジュードローカは足下の神主にいった。

 そこは神主の家であり、場所はリビングだった。

 彼は、十歳になる少年少女をみた。

 二人とも、艶やかな着物を着て、簪を大量に付け、首から鏡を手首の一方に

は光球と一方にはパワーストーンをじゃらじゃらと何重にもかけていた。

 少女の方は眠そうで、今にも飾り付けられた格好を分投げて寝てしまいそう

だった。

 惟瀬芽羽凪(いせ めばな)という。妾の子だ。だが夫婦に子供がいないので

実子扱いされている。

 少年は畏まったまま動かずに、しゃんとしている。ローフートマーという名

前だ。

 ジュードローカは、改めて、芽羽凪を見た。

 気のせいだろう。

 そう自分に言い聞かせてる。

 「二人とも、普段着に着替えろ。さっさとこの場から出てゆくぞ」

 その時、外で悲鳴が上がり、混乱した足音が鳴り響いた。

 ジュードローカが窓の隙間からのぞくと、前髪を伸ばし、後ろ髪を細かく編

んだリーンカーミアが、光球を三連装を二個とガトリング砲を、肩から離れた

位置に浮遊させ、レーダー版に垂直発射形式のミサイル発射装置を後頭部後方

に、鳥居の前まで駆けていくところだった。

 「ライト・エグディスティング装備か……」

 ライト・エグディスティングとはそれは光球の装備を身体周辺に浮遊させる

ものだ。

 「深名」

 ジュードローカは、傍で沈黙しながら胡坐をかいていた少年の名を呼んだ。

 深名は、その姿勢からすぐに駆け出し、ドアをくぐる。

 半ば狂乱の場となった祭り会場では、光学武装した少女が足を止めないで、

真っ直ぐ進んでいた。

 その時、鳥居群の姿が、鈍い光を放ってぼやけた。

 それぞれが、人の形を取り、時代錯誤な武者姿になる。

 リーンカーミアは走りながら、光球を一つ取り中、鋼鉄の刀を引い抜いた。

 武者達は槍をしごき、少女に殺到する。

 ガトリング砲が唸った。

 先頭の武者たちは、血まみれになり身体をバラバラにされた。

 だが、彼らは怯むところなく、リーンカーミアに槍の間合いまで近づく。

 リーンカーミアは、一本の槍の鉾部分を叩き斬り、構わず、刀の届く範囲ま

で跳んだ。

 一本の槍が彼女の頬をかする。

 胴体を狙われて突きを放たれると、半身になって蹴り上げる。

 槍を浮かされた武者に、リーンカーミアは、刀の曲線を使って、落とした腰

から相手の右脇に切っ先を突き込ませた。

  肩を貫いた刀を引き抜いて足の裏で相手を後ろに押すと、たたらを踏んで

その場に膝まづいた。

 そのまま、横薙ぎに刀を振るうと、隣の鎧武者の首が跳ね跳ぶ。

 それぞれが、砕けた光球となって、地面に散った。

 残りの武者をそのままに、リーンカーミアは本殿に向かった。

 だが、そこには誰もいなかった。

 一瞬だけ呆然とするリーンカーミアは、追ってくる武者たちに、三連装砲を

放った。

 巨大な爆発が鳥居の列を作っていた長い道に起こり、彼らは一瞬のうちに吹

き飛ばされた。

 三連装砲は、光球となり、リーンカーミラの周りを周回始める。

 そこに、小柄で華奢な髪の毛の長い少年が影のように、気配なく現れた。

 「退け」

 深名は短く一言だけいうが、左手に持った鞘の柄に手を置いていた。

 「芽羽凪はどこだ?」

 リーンカーミラは言われた言葉を無視した。

深名は一言も放たなかった。

 代わりに、半身の向きで間合いに一気に跳びこんで、鞘から抜きざまの横薙

ぎの一閃を放った。

 リーンカーミラは、ぎりぎりで勢いを打ち殺すように刀で防ぐ。

 噛み合った所で、深名は迷わず刀を横に倒し、根本まで勢いよく滑りこませ

る。

 三歩引いリーンカーミラだが、相手も同時に距離を保ち、その顔面を薙ごう

とした。

 首を退いて一撃を交わすとリーンカーミラはさらに後ろに素早く下がり、距

離を取った。

 悔しそうな顔をする。

 「クソっ、ジュードローカの連中か……」

 リーンカーミラは悔しそうに呟いた。

 背中の垂直射撃ミサイルのポットを、離した位置まで移動させると、六基の

ミサイルw同時発射した。

 排熱で焼けそうになるのを、鉄板で防ぎ、ミサイルは夜空にのぼっていっ

た。

 だがそこから、リーンカーミラの思い通りにならなかった。

 輿露天満宮のあらゆるところに落ちてゆくはずなのに、ミサイルは、空中で

次々と爆発して四散した。

 「……くそ」

 一瞬、呆然となった彼女だったが、形勢不利と判断し、本殿から走りさっ

た。

 深名表情も変えず刀を仕舞い、神官の家に戻っていった。

 「おかえりー」

 浮遊ディスプレイを目の前にして、楓李は深名に言った。

 「ミサイルはなんとか、楓李がしてくれたよ、深名」

 ジュードローカは頼もし気に告げた。

 「……あれは、どうにもならなかった」

 深名は壁際に座って、一つ息を吐いた。

 「それは、常識から言って当たり前でしょ……」

 楓李は飽きれたようだった。

 「一基なら、何とか……」

 「無理」

 言下に否定する。

 顔を上げた深名は、ニヤリとした。

 「舐めるなよ。あんな花火をデカくしたぐらいの物、斬れないでどうする」

 「チャリンコがパワーアップしたら、ムスタングになるわけ……?」

 「そんなわけないだろう、馬鹿じゃないのか?」

 「ふざけんなよ、コノヤロー!」

 正体不明の錫杖をもって、楓李は立ち上がる。

 つられて、深名も珍しく胸を張って身体を伸ばした。

 「はいはい、そこまで。仕事はまだ終わっちゃいない」

 ジュードローカは、手を叩いて、注意を引いた。

 「いいか、祭りを台無しにしたのはリーンカーミラだが、俺たちも似たよう

なものだ。これから街のマフィアどもが、復讐に躍起になる。その間、芽羽凪

の安全を確保しなきゃいけない」

 「どこでもオッケー、この楓李さんが、すぐに見つけてあげる」

 「それなんだが、一か所にいるより、移動していたほうがいい」

 楓李は頷いた。道理である。

 「だけど、リーンカーミラはどうするの?」

 「街の光球使いが処理するだろう。ウチには関係ない」

 「そうだね。とりあえず、逃亡用に泊まれるところをピックアップしてお

く」

 「頼む」

 「さて、俺には少し用がある。とりあえず、車の中ででも待っててくれ」

 ジュードローカは質問を抑え、神主の家からでると、屋台の一郭まで足を運

んだ。

 そこには、左目が義眼の着崩した背広姿の男が奥で座っている。

 「ウィンリーさんよ」

 気軽さをだして、男の名を呼ぶ。

 サーミンエラー・ウィンリーは団扇で胸元に風をやりながら、組んだサンダ

ルの足を掻いている

 「よう、ジュードおまえもいたのか。凄かったなぁ、さっきの」

 「恍けないでくださいよ。今度ウルター・リードの会長の娘を御供に選んだ

理由はなんですか?」

 やくざのような恰好の男が訊かれる質問ではない。彼はこれでも、南戒踊軍

の情報部の人間だった。

 「君には関係ないだろう」

 「また恍ける。どうして俺がここにいるかぐらいわかってるんでしょう?」

 サーミンエラーは蚊を追い払うように団扇を振って、横眼でジュードローカ

をみた。

 「見逃してやろうという、俺の親切な心を踏みにじる気かね?」

 「理由がわからなければ、今見逃されてもすぐにまた事は起こりますよ」

 サーミンエラーは軽く笑った。

 関心したようだ。

 「それもそうだな。なに、マトリアスの勢力を増強しようとしてやろうとし

たのさ。奴が自ら娘を差し出したとなると、他の連中も、それなりの犠牲を強

いられても文句言えないからな」

 「リー会長は、そこまでしなくとも、十分な権力を持っているとおもいます

が」

 「なあに、老婆心だよ。ただなぁ、ジュードよ?」

 今度は顔を向け、口だけ笑んだ。

 「人身御供を与えないと、過去の怨霊どもが賑やかになる。わかっているん

だろう?」

 「今回の人選は、人を怨霊にして賑やかにするものでしたよ」

 サーミンエラーは今度は本気で笑ったようだった。

 「いつも思うんだが、君は面白いなぁ」

 「何一つ冗談も言わずに、そうは言われたくなかったですねぇ」

 ジュードローカーは、言いながら彼の屋台のカバブーを頼んだ。

 従業員が鮮やかに袋の中に材料を収めてゆく。

 「今年に限って、リー会長の犠牲を求めるというのは?」

 かれは食い下がった。

 同時にカバブーもできて、彼は小銭を払って受け取る。

 「しつこいねー、君も」

 「これから、狙われる身ですから。命には変えられませんでしょ」

 「それなら、俺に芽羽凪を寄越しな? そしたら万事解決だ」

 「ほら、怖いお兄さんが、独り目の前にいる」

 サーミンエラーはまたククッと笑い越えを堪えた。

 「興明会(こうめいかい)ってところに行ってみな。サイロイドを保護して、

社会に進出しやすくしている団体だ」

 「わかりました」

 サイロイドというのは、アンドロイドを越えた、より人間らしいAIの搭載

された人造人間といっていい存在だった。

 実際、サイロイドの社会貢献である何パーセントかの労働で、経済のいくら

かは回っている。


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