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残光の瞬間
谷樹 理
SFSFコレクション
2024年10月02日
公開日
50,032文字
完結
 二次大戦下で独立を確立できなかった南戎踊島。それから百数年が過ぎていた。
 人や物、特に戦艦装備は、光球という魂や、部品召喚用の機器となって、夜空を飾り、人の道具として扱われていた。
 その中で、衛星の黒燈とココルは、狂った武装衛星ハット・アイスに攻撃を受け、墜落も目前となっていた。
 彼女らは、自らの運命を悟り、人間と変わらないまでに進化したサイロイドに乗り移り、各地の地上に降り立って、最後の旅を楽しんでいた。
 一方のハット・アイスは、ウィザード・ハットという異名を取る殺人鬼、氷珂として降りていて、犯行を重ねていた。
 探偵事務所という何でも屋をやっているジュードローカは、街を実質支配しているマフィア組織でトップのウルター・リード会長マトリアスから、芽羽凪という娘を預かることになった。
 なにしろ、この島には昔から年に一回、少年少女の二人を人身御供として行う、祭りがおこなわれていたのだ。
 マトリアスから、芽羽凪の救出を依頼され、当日準備していると、リーンカーミラという謎の少女の襲撃に会う。

第1話

 「何か食べたいものはあるか? そうか無いか。なら、しばらく横に座っていよう」

 男はズートスーツを着崩して、彼女の側に立った。

 呆っと立つ、ワンピースでロングヘアーの女性を丁寧に、肩と腹部を押して、ソファに座らせる。

 「飲み物なら、いるだろう。今、ウィスキーを持ってくる」

 部屋は間接照明の鈍い明かりが灯っている。

 リビングからキッチンに彼が向かうと、女性はいつのまにかソファに倒れ込んでいた。

 「おやおや、リラックスしてるんだね。いいよ、そのままで」

 八祐理氷珂(やゆり ひようか)は、自分だけロックのタンブラーを持ってくると、女性の頭の方に座り、片膝の上にその頭をのせた。

 「いい匂いだ。シャンプー何を使っている?」

 氷珂はタンブラーを傾け、明らかに意識のない女性の髪をなでた。

 デッキから、空中に映像を映す浮遊ディスプレイで、ニューズを付ける。

 『今回行方不明になったのは、南碑市在住の理容師、渓琉理彩(けいり りさ)さん二十一歳で、仕事が終わったにもかかわらず、ハンドバックを路上に置いたまま、家にも帰っていない様子です』

 「ニュースはつまらないね。何かバラエティにでも変えよう」

 髪がほつれ、首からビー玉ほど光球の着いたネックレスが、ソファの上に転がる。

 氷珂は、それを手に取ると、ネックレスのヒモ部分を引きちぎり、目の前に掲げた。

 「いい輝きだ。君はこれで、どうしていたのかな? 星空満点の空? 太陽の照りつける青いビーチ?」

 より、詳しく知ろうとして、光学コンタクトを入れた目で、光球を見つめる。

 「……おやまあ、これは……」

 急に興ざめしたように呟いた、氷珂は手を伸ばして、光球から手を離した。

 「君は悪い子だねぇ。理容師の傍ら、夜にバーで客を取っていたとは。もちろん、何をしようと、君の自由だ。だが……」

 理彩の身体を蹴飛ばす風にしてソファから突き落とした。

 「商売女は嫌いでねぇ」

 意識のない理彩は、寝ころんだままになった。

 急に光球が鈍い光を灯す。

 「おや今頃、警備体制かい?」

 中から、ゆっくりと、チェーンソーを持った巨躯の汚れた格好の男が球の中から巨大化しながら、近づいてくる。

 ライト・エグディスティング。纏う光の存在。

 氷珂は光球を放り投げた。

 「ボディガードが、今頃かね」

 タンブラーの氷を鳴らし、軽く傾ける。

 その口の中の舌の上に、光球を一つ置いていた。

 彼は、持っている女性の光球から、男がゆっくりと、等身大になってくると、部屋の暖炉の側に放り投げた。

 そして、口の中の球の光が強く発すると、姿を変えて形状を取り始めた。

 氷珂はテーブルから、もう一つ光球を取り出すと、これにも光を灯した。

 形状は長く内側に反った鉈で、氷珂は右手で、くるりと回転させた。

 やがて、チェーンソーの音が部屋中に響き渡るようになると、巨躯の男が、一歩、煉瓦造りで、サンドライトの光に、その姿が映し出された。

 「うるさいな。おまえみたいな量産型に用は無いんだよ」

 ソファから跳び込むようにして、男に近づくとチェーンソーを持つ、振り上げられた両手を、下から掬うように鉈を振り上げる。

 チェーンソーをもった腕は二本、勢いよく部屋の片隅に転がり、床を削った。

 「あーあー、この床の樹、高いんだがなぁ」

 フローリングで、一部えぐれたさまをみて、氷珂は不機嫌に呟いた。

 「期待はしてなかったが、この女、普通だな」

 氷珂は、牙のできた上下の歯を晒しながら、寝転がった女性を見下ろした。

 「……しかし、まあいい」

 彼は女性の上半身を横から抱えるように持ち上げて、長い髪を優しく払った。

 そこには、白磁と言っていいほどの白い血管の通った首が現れる。

 「がぁぁぁぁぁぁ!」

 両手を失った男は、顔面を突き出しながら、しゃにむに突撃してきた。

 氷珂は鉈を振り上げると、容赦無く、その頭を割った。

 男は打撃の衝撃に床に突っ伏し、うごかなくなった。

 やがて、光が彼を包み、縮小して、砕かれた光球となって床にばらけた。

 もう関心をまったく向けないで、女性の首筋に集中すると、氷珂は上下の牙を四本突き立てた。

 一口啜ると、顔を上げて女性から手を離す。

 彼女はそのまま、頭を打つ鈍い音とともに床に倒れた。

 「……違うか」

 チェーンソーの男はどうせ、どこかの映画から拾ってきたに違いない。

 それにしては安直すぎる。

 テーブルの一つの光球を灯し、理彩を明かりの中に納めると、ゆっくりと収縮してゆく。

 渓琉理彩は、そのまま光球の中に閉じこめられた。

 氷珂の好みのタイプは、すらりとした体型にロングヘアー。都会の片隅にいる、クールな大人の女性だった。

 それが、今度は商売女とは、まったくもって失敗したものである。

 彼は不機嫌にウィスキーで喉を焼くと、乱暴にタンブラーをテーブルたたきつけた。

 この、トリッキー・ハットが失敗など、矜恃が許さない。

 コーン・ローの頭に、ズートスーツを着て、ワイシャツの襟元を大きく開けている。

 足も元はスリッパだ。

 光球に閉じこめた理彩を氷珂は、外に出た。

 明るい夜空は、半月の月が鮮明に浮かび上がったいた。

 氷珂は、適当な車をみつけて、光球に命令を込めると、高速道路に向かっている車道を走っていた日産の車に投げつけた。

 光が輝く。

 フロント部分に首が。両サイドのドアから腕が、リア部分から腰からしたの足が伸びた、グロテスクな車が一台できた。助手席には腕のくっついたチェーンソーの男が、不気味に哄笑しながら、座っていた。

 その噂は、朝一番でニュースになり、犯人はトリッキー・ハットと警察が断定し、冒涜もいい限りである事件に出演者は声もでなかった。



 「いた。リーンカーミアだ。ジュードローカの言う通りだ」

 楓李(ふうり)は岩場の隅に隠れながら呟いた。

 彼女はショートカットにツインテールという髪型で、タンクトップにデニム製のサロペットスカート、スパッツと言った格好だ。足下は軍靴である。十六歳だ

まだ砂場の場所にいた深名(しんな)は、やや長めの黒髪に、華奢で小柄だが、左手には鞘の入った刀をぶら下げていた。楓李と同い年。

 合図に、ゆっくりと岩を削った平面の通路を近づいてくる。

 楓李の視線の先には、岩場を降りたところに少女が一人、上ってきたところだった。

 青白く透き通った姿は、比喩ではない。実際透明で、彼女を透けて、海の波間が見えるのだ。

 前髪を目の半分でぱっつり切り落とし、長いもみあげは巻いている。後頭部の髪も何本ものお下げにした。どこに荷でもあるような、青色の袖のないワンピースだった。

 リーンカーミアが、無表情に斜め上に楓李を見上げると、突然小さな光がその首もとから灯り、三つの鋼鉄の塊が、上空に飛び上がった。

 それは巡洋艦に乗せる三連砲塔で楓李と、深名を空中で三方から狙い定める。

 深名は小柄な身体に似合わない跳躍力で跳んで、三連砲の一つを、鞘から抜いた勢いで、真っ二つに切断した。

 もう一つの三連砲が、彼の方を向く、射撃の轟音と、跳び移るのは同時だった。

 左下段から構えた深名は一刀閃かせると、砲身を竹の用に切断した。

 「と言う訳だよ、お嬢ちゃん。おとなしく光球を渡すんだね」

 楓李は八重歯をむき出しにして、笑みながら、彼女にソードカットショットガンを向けた。

 「あんたら、何?」

 砕けた二つの光球が破片となって、七色の光をまといながら、岩場に落ちた。

 前髪を目元で真っ直ぐ切って、短冊のような長めのあとの髪も、長さがバラバラに房ごとに斬り揃えている。

 白いシャツに蒼いボレロ、水色のワンピースを着ている。

 「ライト・フォース。別名、球収集屋」

 楓李はにこりとした。

 ナノテクと量子重力制御装置とを使い、光に近い物質を作り出した。中には物体がは容量だけはいるようになっており、命令すればすぐにでも形に表す。

 「ただの幽霊収集家でしょ?」

 少女は感慨もなく訂正した。

 深名は三つ目の砲塔の上にいる。

 「ちなみにな、ここは巡洋艦佐枝霧(さえぎり)の聖地だぞ。物騒なことして、あの艦が報われると思っているのか?」

 リーンカーミアはもう、姿をはっきりさせていた。

 首にはまだ、光球が三つ連なっている。

 「三千万の犠牲の上に立ち、最後まで米軍とやり合った艦だ。それを貴様ら、ライト・フォースごときのおもちゃに鳴っていいはずはない!」

 「おもちゃじゃない、供養だ。確かに、使える部分は使わせて貰うが、必要有ってのこと。戦争はまだ終わっちゃいない」

 怒鳴った少女に、楓李は冷静に淡々とした態度をみせた。

 「それにあんた、その佐枝霧の全パーツもって、入水しようとしてたんだろう? それは供養かな?」

 「立派な供養だ」

 「こいつはまだやりたくて堪らない様子だよ」

 三連砲の残りを一瞥して、あごで示した。

 「所詮、戦闘艦だ。だが、もうそろそろ引退させてやってもいいんじゃないか」

 リーンカーミアは言って、階段を上ってきた。

 潮風が急に彼女のワンピースをふくれ上げさせる。

 首に巻いたネックレスを、楓李に渡し、彼女は黙って岩場に作られている道を歩いていった。



 南戒踊(なんかいよう)島。沖縄のさらに南にあるこの土地は、一時米軍の小さな駐屯地だった。二次大戦も終わったが、そのまま米軍が支配し続け、その後返還もされず、米軍事態も撤退して、独立国としての未来を行くことになった。

 主に海軍を整備した南戎踊島は、二次大戦の終わった数年後に勃発した第三次大戦に巻き込まれた。占領は免れ、独立を保ったが、海軍は全滅。

 だが、位置的に交易の中継点として、そして東アジア独自の錯綜した外交関係の仲介役として、一気に復興していった。

 西暦二千年も半数が過ぎ、島は人口の埋め立てで、陸地が百倍になった。それでも、台湾と同じぐらいだった。あらゆる国籍の人物があつまるようになると、各地の地下組織が、島を支配しだした。

 各国の組織は、そのままマフィアと呼ばれて、街は混沌とした様子を呈していた。




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