目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報
第10話 悲しい結末

 不気味に微笑む俊介の瞳から、異様な光が放たれる。

 その表情、仕草、視線、全てに狂気が孕んでいた。

 息遣いは荒く、どこか普通ではなかった。


「空良、よくもやってくれたな。

 ……もう終わりだ、おまえのせいで!」


 興奮して叫ぶ俊介をまっすぐ見据える空良。

 雅人は緊迫したこの空気に圧倒され、二人を見守ることしかできなかった。


「はじめから、わかってたんだろ? 俺に復讐しにきたんだろ?

 よかったな、復讐できて」


 ニタっと薄気味悪い笑みを浮かべる俊介に、空良は悲しい表情を向けた。


「俊介……おまえは変わらないのか?」


 空良のその瞳には、同情やあわれみなどではない、俊介への何か切実な気持ちが込められているように感じられた。


 俊介は首をひねる。

 その目は血走り虚ろだった。視線が定まらず正常な状態には見えない。


「何わけのわかんないこと言ってんだ?

 もう、どうでもいい! ……俺も、復讐しにきた」


 俊介は嬉しそうに微笑むと、空良に勢いよく突っ込んでいく。


 ドンッと鈍い音がして、空良が低くうめいた。


「おまえが悪い……おまえが悪いんだ。

 …………俺から、すべて奪うから」


 俊介はゆっくりと空良の体から離れる。

 その手には、血だらけの包丁が握られていた。


 由紀の叫びが病室に響いた。


 空良の腹部がだんだん赤く染まっていく。


 俊介の手から滑り落ちた包丁が床に落ちると、辺りに金属音が虚しく鳴り響く。


 空良は壁にもたれかかり、辛そうに顔を歪める。


「俊介……おまえはっ、本当に、バカだなっ」


 ずるずると床に座り込んだ空良の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 こんなときでも、空良はその顔を歪めながら優しく微笑んだ。


 空良の瞳と俊介の瞳が重なる。


 その瞬間、突然俊介は笑い出した。

 額に手をついて、可笑しそうに腹を抱え、狂ったように笑い出す。


 ひとしきり笑い終えると、今度は発狂し奇声をあげながら病室から飛び出していった。


 由紀はナースコールを押し続ける。


「早くきて、お願いっ」


 由紀は泣きながら何度も叫び続ける。


 空良の腹部からは大量の血が流れ出ていた。

 彼の下にはもう既に血だまりができていたが、まだ血は止まりそうになかった。


 雅人はこの状況についていくことができず、ただ茫然と眺めていることしかできない。あまりの出来事に脳が停止し、思考が働かない。


 どうした? 何が起きた? 誰がどうなった?


 だんだんともやが晴れていき、視界と思考が戻ってくる。

 そうすると今度は目の前の血だらけの空良を見て、どうしていいのかわからず雅人は取り乱しはじめた。


「そ、空良、ど、どうしよう!」


 雅人は頭を抱え、涙目になりわめき散らす。まるで小さな子どものように。


 パニックにおちいる雅人に向かって、空良が弱々しいその声を懸命にふりしぼり、想いを伝えようとする。


「雅人……ごめん、な。

 長い間、苦しかった……よなあっ。

 ……っ苦しめて、ごめ……ん」


 空良は苦しそうに息を吐きながら、懸命にか細い声を出す。


「な、なんで空良が謝るんだよ、謝るのは僕だろ」


 雅人は空良の側で膝まづき、虚ろに弱々しく開くその目をしっかりと見つめた。


「ごめん、空良。……僕、間違ってた。

 俊介の脅しに負けたことも、火を放ったことも、そのあと逃げたことも、ずっと隠し続けていたことも。

 どれも……僕が選んだんだ。この僕が……」


 悔しそうに歪んだ顔から大粒の涙がこぼれ落ちる。

 雅人は今までずっと目を逸らし、逃げ続けてきたこととはじめて向き合った。


 それは空良が今までずっと望んできたことだった。


 空良が嬉しそうに目を細めると、その頬を涙が伝っていく。


「どれも僕がしっかり自分の意思をもって行動していれば防げたかもしれない。

 こんなことだって、起きなかったかもしれないのに……。

 僕、悔しいよ……自分が。

 本当に情けなくて、みっともなくて……」


 雅人の目から涙が次々溢れてくる。

 声をあげて泣き叫びたくなる衝動を必死で押さえるため、雅人は歯を食いしばって耐えた。


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を空良に向ける。

 空良は雅人に優しく笑った。


 そして、最後の力を振り絞って口を開く。


「雅人……俺は、……おまえが、好き……だよ。

 ……ずっと……友達、だと……思、ってた。

 強く、なれ。……ゆき、さんの……ために。

 そして……わら……って……くれ。

 お、れは……おまえ、の……え、が……お……が……」


 身体から力が抜け、空良はそれ以上口を開くことはなかった。


「空良、空良! しっかりしろ!」


 そのとき、ナースコールで駆けつけた看護師がやってきた。


「どいてください! 大丈夫ですか?」


 その惨状を見て驚いていた様子だったが、さすが看護師、テキパキと仕事をこなしていく。

 他の看護師もすぐに駆けつけ、空良は運ばれていった。



「空良……ごめん、空良!……空良あーっ!!」


 雅人は泣き崩れた。

 もうそこにはいない空良を何度も何度も呼び続けながら。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?