あいつ、今度は悠斗をそそのかすつもりか。
そうはさせない、悠斗に本当のことを……、いや、全ては言えない、どうする?
とにかく、悠斗があいつを信頼しないようにしないと。
俊介は悠斗に連絡した。
また会おうと誘ったが、用事があると断られてしまう。
まさか、その用事って……。
俊介は嫌な想像しか浮かんでこなかった。
その日、俊介は悠斗が行きそうな場所を探した。
案の定、悠斗が俊介の誘いを断った日、会っていたのは空良だった。
二人で楽しそうに話している姿を目撃した俊介は打ちひしがれ、その場にひざまずく。
俺に嘘ついて、あいつに会ってた。
俺より、空良を取った。
別に誰と会っていてもいい。
でも空良だけは駄目だ、許せない。
悠斗だけは俺を裏切ったりしない、絶対離れない、そう信じたい……が。
俊介は荒い呼吸を繰り返し、血走った目で空良を睨み続けた。
もう、俊介は空良への憎しみで神経が過敏になり、人の行動が裏切り行為にしか思えなくなっていた。
その晩、俊介はまた雅人に電話した。
「おい! あいつ、今度は俺の親友にまで手だしてきやがったぞ」
声から俊介の怒りが伝わってくる。
「おまえの方は何もないのか」
雅人は条件反射で答えてしまう。
「な、ないよ」
俊介が舌打ちする。
「なんで俺の方ばっかりなんだよ! 火つけたのはおまえじゃねえか」
一方的な発言に、さすがの雅人も言い返す。
「あれは、君に脅されたから」
「なんだと? おまえがやったんだ!」
興奮する俊介だったが、少し冷静さを取り戻してから問いかける。
「そんなことはどうでもいい。……それよりあいつの弱点はわかったか?」
雅人は俊介に言われてから様々な手段を使って空良を調べあげた。が、なかなかしっぽが掴めない。
空良はその点に置いてもかなり優秀な人間らしい。
「頑張って探ってるんだけど、なかなか……」
「何やってんだよ、ほんっと、おまえは役立たずだな!」
ブツッと電話が切れた。機械音だけが虚しく響く。
「なんだよ……おまえのせいだろ! おまえが悪いんだ!」
雅人は叫ぶ。
そうだ、全部俊介が悪い。
僕は脅されて仕方なくやったんだ。
僕は可哀そうなんだ、僕は弱いから誰か守ってくれないと駄目なんだ。
それでいいのか?
ふとそんな声が頭に響いた。
雅人はその思考を無視する。
ふと由紀に会いたくなった。
空良に何かされるかもしれないという心配もあったけど、彼女に無性に会いたくて、
雅人が由紀の病室の扉を開けようとする。
すると中から声が聞こえ、雅人の動きが止まった。
まさか、また空良が来ているのでは。
雅人はそうでないことを祈り、耳をすます。
ぼそぼそとした声で何をしゃべっているのか詳細はわからない。声で誰か判別することもできなかった。
雅人はゆっくりと扉を開けた。
由紀と空良がこちらへ顔を向ける。
雅人は血の気が引いていくのを感じ、軽く
「雅人、来てくれたの?」
嬉しそうな由紀の隣で、空良は相変わらずいつもの爽やかな笑顔を向けてくる。
雅人はひきつった笑顔しか返すことができなかった。
「空良……由紀の診察か?」
「診察ついでに雅人の話もしてた。本当に由紀さんは雅人が大好きなんだね」
「もう、先生……やめてよ」
空良と由紀は仲良さそうに見つめ合って笑った。
雅人は焦った。
空良は俊介のときのように、僕から由紀を奪おうとしているのか。
それとも、由紀を人質にとり僕を利用する計画なのか。
わからない、わからないが、空良が何かを企んでいることは確かだ。
俊介の身にあれだけのことが起こっているのだから、自分にだけ何もないとは思えなかった。
「空良、悪いけど由紀と二人きりになりたい」
雅人の雰囲気が暗いので、二人は心配する。
「雅人、どうしたの?」
「大丈夫か?」
空良が雅人に触れようとする。
雅人はその手を払い、怯えた目で空良を見つめた。
空良は少し悲しそうな表情を見せると、何も言わず病室から出て行った。
二人きりになった室内に静寂が訪れる。
雅人は下を向き、何かに怯えるようにわずかに震えていた。
由紀が雅人の手を優しく握る。
「どうしたっていうの、最近変じゃない? 仕事忙しくて疲れてるんじゃないの?」
心配そうな眼差しを向ける由紀に、雅人は真剣な表情を向けた。
「由紀……お願いだ、空良には近づくな。
主治医だから診察はしょうがない。でも、それ以外であいつと話すな、仲良くするな。
いいな、お願いだ、約束してくれ」
雅人の手は震えていた。
由紀はそんな雅人を優しく見つめ、そっと抱きしめる。
「雅人……私は、何であなたがそんなに苦しんでいるのかわからない。
でも、私はあなたが大好き。
世界中が敵になったとしても私はあなたの味方。それだけは信じて」
雅人も由紀をきつく抱きしめる。
恐かった。
自分の犯した罪と、それが暴かれること、裁かれること。
そして大切な人を失うかもしれないこと。
すべてから目を逸らし逃げたかった。
今さらどうすればいいのかわからない。
今さら全てに向き合うことは恐くて、雅人には耐えられなかった。
だから、逃げる、逃げ続ける。
そうすることしか、今の雅人にはできないのだから。