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第8話 いつまで

 あいつ、今度は悠斗をそそのかすつもりか。


 そうはさせない、悠斗に本当のことを……、いや、全ては言えない、どうする?

 とにかく、悠斗があいつを信頼しないようにしないと。


 俊介は悠斗に連絡した。

 また会おうと誘ったが、用事があると断られてしまう。


 まさか、その用事って……。


 俊介は嫌な想像しか浮かんでこなかった。




 その日、俊介は悠斗が行きそうな場所を探した。


 案の定、悠斗が俊介の誘いを断った日、会っていたのは空良だった。

 二人で楽しそうに話している姿を目撃した俊介は打ちひしがれ、その場にひざまずく。


 俺に嘘ついて、あいつに会ってた。


 俺より、空良を取った。


 別に誰と会っていてもいい。

 でも空良だけは駄目だ、許せない。


 悠斗だけは俺を裏切ったりしない、絶対離れない、そう信じたい……が。


 俊介は荒い呼吸を繰り返し、血走った目で空良を睨み続けた。


 もう、俊介は空良への憎しみで神経が過敏になり、人の行動が裏切り行為にしか思えなくなっていた。






 その晩、俊介はまた雅人に電話した。


「おい! あいつ、今度は俺の親友にまで手だしてきやがったぞ」


 声から俊介の怒りが伝わってくる。


「おまえの方は何もないのか」


 雅人は条件反射で答えてしまう。


「な、ないよ」


 俊介が舌打ちする。


「なんで俺の方ばっかりなんだよ! 火つけたのはおまえじゃねえか」


 一方的な発言に、さすがの雅人も言い返す。


「あれは、君に脅されたから」

「なんだと? おまえがやったんだ!」


 興奮する俊介だったが、少し冷静さを取り戻してから問いかける。


「そんなことはどうでもいい。……それよりあいつの弱点はわかったか?」


 雅人は俊介に言われてから様々な手段を使って空良を調べあげた。が、なかなかしっぽが掴めない。

 空良はその点に置いてもかなり優秀な人間らしい。


「頑張って探ってるんだけど、なかなか……」

「何やってんだよ、ほんっと、おまえは役立たずだな!」


 ブツッと電話が切れた。機械音だけが虚しく響く。


「なんだよ……おまえのせいだろ! おまえが悪いんだ!」


 雅人は叫ぶ。


 そうだ、全部俊介が悪い。

 僕は脅されて仕方なくやったんだ。

 僕は可哀そうなんだ、僕は弱いから誰か守ってくれないと駄目なんだ。


 それでいいのか? 


 ふとそんな声が頭に響いた。

 雅人はその思考を無視する。


 ふと由紀に会いたくなった。

 空良に何かされるかもしれないという心配もあったけど、彼女に無性に会いたくて、たまらなくなった。






 雅人が由紀の病室の扉を開けようとする。

 すると中から声が聞こえ、雅人の動きが止まった。


 まさか、また空良が来ているのでは。


 雅人はそうでないことを祈り、耳をすます。

 ぼそぼそとした声で何をしゃべっているのか詳細はわからない。声で誰か判別することもできなかった。


 雅人はゆっくりと扉を開けた。


 由紀と空良がこちらへ顔を向ける。

 雅人は血の気が引いていくのを感じ、軽く眩暈めまいを覚えた。


「雅人、来てくれたの?」


 嬉しそうな由紀の隣で、空良は相変わらずいつもの爽やかな笑顔を向けてくる。

 雅人はひきつった笑顔しか返すことができなかった。


「空良……由紀の診察か?」

「診察ついでに雅人の話もしてた。本当に由紀さんは雅人が大好きなんだね」

「もう、先生……やめてよ」


 空良と由紀は仲良さそうに見つめ合って笑った。


 雅人は焦った。

 空良は俊介のときのように、僕から由紀を奪おうとしているのか。

 それとも、由紀を人質にとり僕を利用する計画なのか。


 わからない、わからないが、空良が何かを企んでいることは確かだ。

 俊介の身にあれだけのことが起こっているのだから、自分にだけ何もないとは思えなかった。


「空良、悪いけど由紀と二人きりになりたい」


 雅人の雰囲気が暗いので、二人は心配する。


「雅人、どうしたの?」

「大丈夫か?」


 空良が雅人に触れようとする。

 雅人はその手を払い、怯えた目で空良を見つめた。


 空良は少し悲しそうな表情を見せると、何も言わず病室から出て行った。



 二人きりになった室内に静寂が訪れる。

 雅人は下を向き、何かに怯えるようにわずかに震えていた。


 由紀が雅人の手を優しく握る。


「どうしたっていうの、最近変じゃない? 仕事忙しくて疲れてるんじゃないの?」


 心配そうな眼差しを向ける由紀に、雅人は真剣な表情を向けた。


「由紀……お願いだ、空良には近づくな。

 主治医だから診察はしょうがない。でも、それ以外であいつと話すな、仲良くするな。

 いいな、お願いだ、約束してくれ」


 雅人の手は震えていた。

 由紀はそんな雅人を優しく見つめ、そっと抱きしめる。


「雅人……私は、何であなたがそんなに苦しんでいるのかわからない。

 でも、私はあなたが大好き。

 世界中が敵になったとしても私はあなたの味方。それだけは信じて」


 雅人も由紀をきつく抱きしめる。


 恐かった。


 自分の犯した罪と、それが暴かれること、裁かれること。

 そして大切な人を失うかもしれないこと。


 すべてから目を逸らし逃げたかった。


 今さらどうすればいいのかわからない。

 今さら全てに向き合うことは恐くて、雅人には耐えられなかった。


 だから、逃げる、逃げ続ける。


 そうすることしか、今の雅人にはできないのだから。


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