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第26話 重なる想い

 家からほど近い場所に、大きく水の綺麗な川がある。


 底が見える程澄んだ水に、川魚が泳いでいるのが見える。

 水に光が反射し、キラキラ輝いていた。


 雛と神威はその川のほとりを歩いていく。


 のどかな田舎町の風景。


 田んぼや緑が多く、空気が美味しい。

 一本の川が長くどこまでも続いていた。


 川のせせらぎと鳥の泣き声が耳に届くのは二人が静かだから。


 水面にキラキラと反射する太陽の光に雛は目を細めた。


 雛はそっと胸を押さえる。

 ドキドキと高鳴る鼓動がしっかりと感じられた。


 女の子として神威と二人きりになったのは初めてで、雛はとても緊張していた。


 男装していたときもドキドキしていたが、それを凌駕りょうがするほど心臓がうるさい。

 これほどまでに神威に惹かれていたのかと、雛は驚きを隠せなかった。


「ここは綺麗なところだな、空気も美味しい」


 神威は辺りを見回すと、雛へ柔らかな笑顔を向ける。


 雛の心臓がさらに大きく音をかなでた。


「君が女の子だって、はじめから気づいてたよ」

「え!」


 思いもよらないカミングアウトに、雛は素っ頓狂すっとんきょうな声をあげてしまう。


 は、はじめって、いつ?

 っていうかずっとバレてたの?


 雛はまじまじと神威を見つめる。


「い、いつから?」

「君が隊の試験を受けに来て、門の前で会ったあのとき。俺は君のことを、既に知っていたんだ。

 君は以前、町で乞食こじきの男性を助けたことがあったろ?

 そのとき、君を庇った人物が俺なんだ。

 すごく強い女の子だなって興味が湧いた。

 そしたら新和隊の試験に君が男装して現れ、驚いたよ。どうして男装までしてこんなところへって。

 でも、君の剣の腕前が知りたくて、しばらく様子を見ようと思って黙ってた」


 あのとき助けてくれたのは神威だったのか、確かにあの剣士はすごく強かった。


「なんで、ずっと黙っていてくれたんですか?」

「はじめは興味からだった。君の実力が知りたかった。

 でも、君と過ごす中で……どんどん君に惹かれていった」


 神威は雛へ視線を移す。

 見つめられた雛は、時が止まったかのように動けなくなる。


「男の中で、一人懸命に剣を振るう姿に惹きつけられた。

 君の剣さばきはとても美しく、俺の心を捉え離さない。

 とても優しく、人のことばかり考えるお人好しなところも危なっかしくて、目が離せなかった。こうと決めたらやり抜くその姿勢も、信念をもち突き進む姿も、とても魅力的に映った。 

 からかうとすぐに可愛い反応を返してくれるのも楽しくて……。

 コロコロと変わる感情豊かな君を愛おしく感じるようになっていった。気づくといつも君のことを目で追っている自分に気づいたんだ。

 君が宇随と仲良くしているのを見て、ヤキモキしていたこともある」


 神威は何かを思い出したかのように、可笑しそうに笑った。


「そ、そんなの全然わからなかった。そんな風に思ってくれていたなんて」


 雛は嬉しさと恥ずかしさがないまぜになり、どうすればいいのかわからず下を向いていた。


 神威はそんな雛を愛おしそうに見つめる。


「君はきっと信念を貫き、戦い続けると思った。

 俺が何か言ったってきっと聞かない。だから、俺は君を見守ることにした。

 どんなことがあろうと、君を守ろうと決めたんだ」


 神威が雛に微笑むと既に赤かった雛の顔はさらに真っ赤に染まっていく。

 嬉しさよりも恥ずかしさが増し、神威から顔を背けた。


 雛はしばらく黙っていたが、神威はただ黙って雛が何か言うのを待っていてくれる。


 人生で一番の勇気を振り絞り、雛は自分の正直な気持ちを告げた。


「私っ、私も神威さんのことが、好きです!」


 神威の表情が一変し、いつものクールな表情が崩れた。

 少しほうけたような表情で雛を見つめている。


「私もはじめは興味でした。すごく強い神威さんに惹かれ、剣士として勝負がしてみたいと思った。

 実際に神威さんは想像以上に強くて、尊敬と憧れが強かった。

 でも、一緒に過ごしていくうちに神威さんのさりげない優しさや暖かさに触れ、だんだん惹かれていく自分がいるのを感じていました。

 でも、今の自分は男としてしか見られていないと思い、気持ちを見て見ぬふりしていたように思います。

 ……そんな中、神威さんの婚約者の舞さんのことを知り、完全にあきらめようと心に決めました」


 雛が涙目になり俯いてしまうと、突然、神威が雛を抱きしめた。

 一体何が起こったのかと雛は目を何度もまたたかせる。


「馬鹿だな……舞さんはもう婚約者じゃない」

「え?」

「昨日、君と別れてからすぐに実家に帰ったんだ。婚約を解消してもらうために。

 両親はまだ納得はしていないけれど、必ず説得してみせる。

 俺は舞さんとは結婚しない。……できれば、君と結婚したい」


 神威の真剣な眼差しが雛に注がれる。

 信じがたい事実に雛は驚き、大きな瞳で戸惑いがちに見つめ返した。


「ほ、本当に?」

「ああ。俺の気持ち受け入れてくれるか?」


 こんなことって、あるの? こんな幸せなことって。


 雛は未だに今起きていることが夢のように感じていた。

 まさか、こんな風に願いが叶うなんて思ってもいなかった。


 しばしの沈黙のあと、雛が躊躇ためらいがちに頷く。


「……はい」


 雛の潤んだ瞳と神威の瞳が交わる。


 ゆっくりと神威の顔が雛に近づき、唇と唇がそっと触れ合った。


 大切なものにそっと触れるような優しい口づけ。


 神威の顔が離れていくのを感じた雛は自然と神威の背に腕を回し、彼の動きを止めてしまう。


「……雛」

「……神威、さん」


 雛が上目遣いで神威を見つめる。


 どうしよう、離れたくない。

 この幸せをもっと噛みしめていたい。


 神威は吐息をらした。


 そしてもう一度雛の唇を塞ぐ。


「んっ……」


 今度は少し深く長い口づけをされた雛は、慣れない口づけに必死に応えていく。


「はっ……雛、可愛い。君がいけないんだよ、誘うから」

「私、はじめてなの。だから、その……っ」


 話している途中で、また神威が雛の口を塞ぐ。


 そのまま、二人は甘いひとときを過ごすことになった。

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