家からほど近い場所に、
底が見える程澄んだ水に、川魚が泳いでいるのが見える。
水に光が反射し、キラキラと輝いていた。
雛と神威は、その川のほとりを並んで歩いた。
のどかな田舎町の風景。
田んぼや緑が多く、空気が美味しい。
一本の川が長くどこまでも続いていた。
川のせせらぎと、鳥の泣き声が耳に届くのは二人が静かだから。
水面にキラキラと反射する太陽の光に、雛は目を細めた。
雛はそっと自分の胸に手を当てた。
ドキドキと高鳴る鼓動がしっかりと感じられる。
女の子として、神威と二人きりになったのは初めてで、雛はとても緊張していた。
男装していたときもドキドキしていたが、それを
これほどまで神威に惹かれていたのかと、雛は驚きを隠せなかった。
「ここは綺麗なところだな、空気も美味しい」
神威は辺りを見回すと、雛へ柔らかな笑顔を向ける。
雛の心臓がさらに大きく音を
視線をあちこちに動かす雛の耳に、衝撃の発言が届く。
「君が女の子だって、始めから気づいてたよ」
「え!」
思いもよらないカミングアウトに、雛は
は、始めって、いつ?
っていうかずっとバレてたの?
雛は大きく開いた目で、まじまじと神威を見つめる。
「い、いつから?」
「君が隊の試験を受けに来て、門の前で会ったあの時。
俺は君のことを既に知っていたんだ。
ほら、君は以前、町で
そのとき、君を庇った人物が俺なんだ。
……すごく強い女の子だなって、興味が湧いた。
そしたら、新和隊の試験に君が男装して現れて、驚いたよ。どうして男装までして、こんなところへって。
でも、君の剣の腕前が知りたくて、しばらく様子を見ようと思って黙ってた」
あのとき助けてくれたのは、神威さんだったんだ……確かにあの剣士はすごく強かった。
雛は納得したように頷く。そして、はたっと気づいたように神威に問いかけた。
「なんで、ずっと黙っていてくれたんですか?」
「始めは、興味からだった。君の実力が知りたかった。
でも、君と過ごす中で……どんどん君に惹かれていった」
神威は雛へ視線を移す。
見つめられた雛は、時が止まったかのように動けなくなってしまう。
ドキドキと鼓動が早く大きくなる。
「男の中で、一人懸命に剣を振るう姿に惹きつけられた。
君の剣さばきは、とても美しく、俺の心を捉え離さなかった。
普段はとても優しく、人のことばかり考えるお人好しなところも、危なっかしくて目が離せなかった。
こうと決めたらやり抜くその姿勢も、信念を持ち突き進む姿も、とても魅力的に映った。
からかうとすぐに可愛い反応を返してくれるのも、楽しくて……。
コロコロと変わる感情豊かな君を、愛おしく感じるようになっていた。気づくといつも君のことを目で追っている自分に気づいたんだ。
君が宇随と仲良くしているのを見て、ヤキモキしていたこともある」
神威は何かを思い出したように、可笑しそうに笑った。
「そ、そんなの全然わからなかった。そんな風に思ってくれていたなんて」
雛は嬉しさと恥ずかしさがないまぜになり、どうすればいいのかわからず下を向いていた。
神威はそんな雛を愛おしそうに見つめる。
「君はきっと信念を貫き、戦い続けると思った。
俺が何か言ったってきっと聞かない。だから、俺は君を見守ることにした。
どんなことがあろうと、君を守ろうと決めたんだ」
神威が雛に微笑むと、既に赤かった雛の顔はさらに真っ赤に染まっていく。
嬉しさよりも恥ずかしさが増した雛は、神威から顔を背けた。
しばらく黙り込む雛。
神威はただ黙って、雛が何か言うのを待っていてくれる。
人生で一番の勇気を振り絞り、雛は自分の正直な気持ちを告げた。
「私っ、私も神威さんのことが、好きです!」
神威の表情が一変し、いつものクールな表情が崩れた。
少し
「私も始めは興味でした。すごく強い神威さんに惹かれ、剣士として勝負がしてみたいと思った。
実際に、神威さんは想像以上に強くて、尊敬と憧れが強かった。
でも、一緒に過ごしていくうちに、神威さんのさりげない優しさやあたたかさに触れ、だんだん惹かれていく自分がいるのを感じていました。
……でも、今の自分は男としてしか見られていないと思い、気持ちを見て見ぬ振りしていたように思います。
そんな中、神威さんの婚約者の舞さんのことを知り、完全にあきらめようと心に決めました」
雛が涙目になり俯いてしまうと、突然、神威が雛を抱き寄せた。
きつくぎゅっと雛のことを抱きしめてくる神威の腕の中で、一体何が起こったのかと雛は目を何度も
「馬鹿だな……舞さんはもう婚約者じゃない」
「え?」
「昨日、君と別れてからすぐに実家に帰ったんだ。婚約を解消してもらうために。
両親はまだ納得していないけれど、必ず説得してみせる。
俺は舞さんとは結婚しない。……できれば、君と結婚したい」
神威の真剣な眼差しが雛に注がれる。
その瞳はどこか不安気にゆらゆらと揺らめていた。
今聞かされた信じがたい事実に、雛は驚き、大きな瞳で戸惑いがちに見つめ返す。
「ほ、本当に?」
「ああ。俺の気持ち受け入れてくれるか?」
こんなことって、あるの? こんな幸せなことって。
雛は未だに今起きていることが夢のように感じていた。
彼のことは大好きだけど、婚約者がいるのなら仕方ないって。もうあきらめていた。
でも、やっぱり本人を目の前にすると、好きの気持ちが溢れてきて、どうしていいかわからなくて切なかった。
それが、まさか……こんな風に願いが叶うなんて思いもしなかった。
じわりと雛の目には涙が滲む。
そしてしばしの沈黙のあと、雛が
「……はい」
神威の顔が華やいだ。嬉しそうな笑顔を見せる。
「本当か!?」
「はい」
雛の潤んだ瞳と神威の瞳が交わる。
数秒見つめ合ったあと、ゆっくりと神威の顔が雛に近づいてくる。
唇と唇がそっと触れ合った。
大切なものにそっと触れるような優しい口づけ。
神威の顔が離れていくのを感じた雛は、自然と神威の背に腕を回し彼の動きを止めてしまう。
「……雛」
「……神威、さん」
雛が上目遣いで神威を見つめる。
どうしよう、離れたくない。
この幸せをもっと噛みしめていたい。
雛の心がそう叫んでいた。
神威は吐息を
そしてもう一度雛の唇を塞ぐ。
「んっ……」
今度は少し深く長い口づけをされた雛は、慣れない口づけに必死に応えていく。
「はっ……雛、可愛い。君がいけないんだよ、誘うから」
「私、初めてなの。だから、その……っ」
話している途中で、また神威が雛の口を塞いだ。
そのまま、二人は甘いひと時を過ごすことになった。