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第23話 黒幕

 目にも止まらぬ速さで駆け抜けていく人影。

 雛、神威、宇随の三人は黒川のもとへ急ぎ向かっていた。


 すべての主犯者は黒川だ。


 伊藤を殺すよう命じたのも、山本を隊にもぐり込ませ密告させていたのも。

 そして自分の欲望のために、伊藤をだまし新和隊をつくったのも。


 三人の想いは同じだった。


 黒川を倒す、そして伊藤のかたきを取る。


 雛たちは一心不乱いっしんふらんに黒川を目指し走り続けた。




「黒川!」


 黒川の手下たちをすべて蹴散けちらし、雛たちはとうとう黒川のもとへ辿り着いた。


 黒川はひるむことなく、余裕の笑みを浮かべ雛たちを出迎えた。


「君たち、素晴らしいよ。

 あの山本を倒し、手下てしたを鮮やかに切り捨て、よくぞここまで来てくれた。

 今までの君たちの功績こうせきも聞いているぞ。本当に君たちは私の宝だ」


 黒川は雛たちを褒め称えながら、品定めするように見つめてくる。


「そこでだ! 君たち、私の配下にならないか?」

「なんだと!」


 おかしなことを言う黒川に宇随が叫ぶ。


 雛と神威は黒川をただ睨んだまま、微動だにしなかった。


「悪い話ではないだろう。君たちは自慢の腕を存分に振るい、好きなだけ戦えばいい。それで富も名声もすべて手に入るのだ」


 黒川は嫌らしい笑みを浮かべ、雛たちに両手を広げた。

 君たちのことを受け入れよう、さあ、おいで。とでも言うように。


 雛は怒りで震える体を必死に押さえ、黒川を睨んだ。


 こんな奴の命令をずっと聞いていたかと思うと、吐き気がする。

 悔しくて自分に腹が立つ。


 こんな奴のせいで、たくさんの命が失われた。


 ……伊藤だって絶対に死ぬべき人ではなかった。これからたくさんの人を救い導いていける人だった。

 こんな奴のせいで失われるべき存在では、ない。


 雛は拳をきつく握りしめる。


「富や名声など、いらない! 私たちは好きで戦っているんじゃない!

 私たちは新しい時代のために、命をかけて戦っているんだ!

 皆が笑って暮らし、幸せだと思える。平和な時代を作りたいから必死で戦ってきた!

 ……伊藤さんだって、同じ信念をもって戦っていた。おまえなんか比べ物にならない程、ずっとずっと立派な人だった。

 おまえの配下なんて、死んでも御免だ!!」


 雛は叫びながら、次々溢れてくる涙をぬぐっていく。

 そして、力強い眼差しを黒川に向ける。


 そんな雛の姿を、神威と宇随は静かに見守っていた。

 二人とも雛と同じ想いだった。


「ふんっ、何を言うかと思えば。新時代?

 おまえらが作れるわけがないだろうが! つけあがるのもいい加減にしろ。

 庶民のことなど知るか、勝手におまえたちで守っていればいいだろう。

 ……伊藤か、あいつはよかった。

 素直な奴で、とても騙しがいがあったぞ。

 ああいうのをおろか者っていうんだ、俺の役に立てて本望ほんもうだったろう!」


 黒川は豪快に高らかな笑い声をあげた。


「うるさい! それ以上伊藤さんを侮辱ぶじょくするな!!」


 雛が刀を黒川に向け構えた。

 驚いた黒川は一歩後退したが、すぐに不敵な笑みを見せる。


「ほう、俺に逆らっていいのか? 斎藤雛。

 ……おまえの父が、どうなってもいいのだな?」


 その言葉の意味がわからず、雛は眉を寄せ黒川を見つめる。


「……どういう意味だ」


 ニヤっと笑う黒川は、ゆっくりと雛に告げる。


「おまえの父は今私の手の内にある。おまえの答え次第で、父親と生きて会えるかどうかが決まるということだ!」

「黒川! 貴様っ」


 雛が黒川に飛び掛かろうとするのを神威が止めた。


 雛は苦しそうに歯を食いしばり、神威の腕の中でもがく。

 その様子を見ていた宇随が怒りに任せ叫んだ。


「卑怯だぞ! おまえ、本当にクズだな!

 雛の親父を殺したら、俺がおまえを殺すからな!」

「ふはははっ、私に手を出せば即刻、そいつの父は死ぬぞ! いいのか!」


 心底嬉しそうに笑う黒川を、悔しそうに宇随は睨んだ。


 神威は崩れ落ちそうな雛を支えながら、静かに黒川を睨んでいた。

 その瞳は、深い闇のように底冷えするような光を放っている。


「おまえが手下に命令する間もなく、今一瞬で殺されたとしたら?」


 神威が地を這うような低い声でつぶやいた。


「は?」


 次の瞬間、黒川の首が吹き飛んだ。


 目にも止まらぬ速さで神威は黒川の首を斬っていた。


 生首がゆっくりとを描き床に落ちる。

 辺りに血の雨が降り注ぎ、辺りを赤く染めていく。


 血で染まった神威の顔がゆっくりと雛に向けられた。


 雛と神威の視線が交わる。


 狂気……、そんな言葉が似あう。

 一瞬、時が止まったような気がした。



「あの、すみません」


 緊迫した空気を打ち破り、一人の少年が顔を出した。


 遠慮がちにおずおずと現れた少年のあどけない表情から、まだ幼さが垣間かいま見れる。


 少年の背後から姿を見せたのは……雛の父、雄二だった。


「雛……」


 雄二が雛を見て、嬉しそうに微笑む。

 雛は大きく目を開いて叫んだ。


「父さん!」


 雛は雄二の胸に飛び込んだ。


「父さん、よかった! 無事だったんだね」

「ああ、この子が助けてくれたんだ」


 雄二が少年を見つめる。

 雛は父の隣で微笑んでいる少年を見つめ、その手を取った。


「ありがとう、なんてお礼を言ったらいいか」

「いえ……。僕はそんな褒められるような人間ではないんです」


 少年はうつむき、自虐的に笑った。

 そして、雛を見つめると静かに告げた。


「僕、黒川の家来だったんです」

「え……」


 衝撃の発言に皆の視線が少年に集中した。


「でも、黒川のやり方がどうしても納得できなくて、黒川に従うのが嫌で……いつかここから抜け出そうと考えていました。

 そんなとき、あなたの父上が捕まり僕は見張り役に任命されました。

 雄二さんからお話を聞き、あなたのことを知り、黒川なんかより雛さんの方が僕の目指す理想だと感じました。

 だから黒川を裏切ることを決断し、雄二さんを助けることにしたんです」


 少年は黒川を一瞥いちべつすると雛に向き直った。


「黒川は死んだんですね。

 ……僕は清水しみず楓太ふうたと申します。

 よろしければ、僕もあなたたちの仲間に入れてくださいませんか?」


 少年の瞳はきらきらと輝き、未来への希望で溢れている。

 雛は戸惑いながら、答えを求めるように神威と宇随を見つめた。


 雛の視線を受け止め、神威がぽつりと言葉を漏らす。


「とりあえず、今はいったん戻ろう……」


 神威のその提案に皆、神妙に頷いた。


 皆疲れていた、今は何も考えられない。

 雛は一刻も早くここから離れたかった。


 きっと皆同じ気持ちだ。



 ふと気づけば、外はほんのりと明るくなりかかってきていた。

 草木に太陽の光がほんのりと映っている。


 今日もまた一日がはじまる、何事もなかったかのように……。

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