目にも止まらぬ速さで駆け抜けていく人影。
雛、神威、宇随の三人は黒川のもとへ急ぎ向かっていた。
すべての主犯者は黒川だ。
伊藤を殺すよう命じたのも、山本を隊に
そして自分の欲望のために、伊藤を
三人の想いは同じだった。
黒川を倒す、そして伊藤の
雛たちは
「黒川!」
黒川の手下たちをすべて
黒川は
「君たち、素晴らしいよ。
あの山本を倒し、
今までの君たちの
黒川は雛たちを褒め称えながら、品定めするように見つめてくる。
「そこでだ! 君たち、私の配下にならないか?」
「なんだと!」
おかしなことを言う黒川に宇随が叫ぶ。
雛と神威は黒川をただ睨んだまま、微動だにしなかった。
「悪い話ではないだろう。君たちは自慢の腕を存分に振るい、好きなだけ戦えばいい。それで富も名声もすべて手に入るのだ」
黒川は嫌らしい笑みを浮かべ、雛たちに両手を広げた。
君たちのことを受け入れよう、さあ、おいで。とでも言うように。
雛は怒りで震える体を必死に押さえ、黒川を睨んだ。
こんな奴の命令をずっと聞いていたかと思うと、吐き気がする。
悔しくて自分に腹が立つ。
こんな奴のせいで、たくさんの命が失われた。
……伊藤だって絶対に死ぬべき人ではなかった。これからたくさんの人を救い導いていける人だった。
こんな奴のせいで失われるべき存在では、ない。
雛は拳をきつく握りしめる。
「富や名声など、いらない! 私たちは好きで戦っているんじゃない!
私たちは新しい時代のために、命をかけて戦っているんだ!
皆が笑って暮らし、幸せだと思える。平和な時代を作りたいから必死で戦ってきた!
……伊藤さんだって、同じ信念をもって戦っていた。おまえなんか比べ物にならない程、ずっとずっと立派な人だった。
おまえの配下なんて、死んでも御免だ!!」
雛は叫びながら、次々溢れてくる涙を
そして、力強い眼差しを黒川に向ける。
そんな雛の姿を、神威と宇随は静かに見守っていた。
二人とも雛と同じ想いだった。
「ふんっ、何を言うかと思えば。新時代?
おまえらが作れるわけがないだろうが! つけあがるのもいい加減にしろ。
庶民のことなど知るか、勝手におまえたちで守っていればいいだろう。
……伊藤か、あいつはよかった。
素直な奴で、とても騙しがいがあったぞ。
ああいうのを
黒川は豪快に高らかな笑い声をあげた。
「うるさい! それ以上伊藤さんを
雛が刀を黒川に向け構えた。
驚いた黒川は一歩後退したが、すぐに不敵な笑みを見せる。
「ほう、俺に逆らっていいのか? 斎藤雛。
……おまえの父が、どうなってもいいのだな?」
その言葉の意味がわからず、雛は眉を寄せ黒川を見つめる。
「……どういう意味だ」
ニヤっと笑う黒川は、ゆっくりと雛に告げる。
「おまえの父は今私の手の内にある。おまえの答え次第で、父親と生きて会えるかどうかが決まるということだ!」
「黒川! 貴様っ」
雛が黒川に飛び掛かろうとするのを神威が止めた。
雛は苦しそうに歯を食いしばり、神威の腕の中でもがく。
その様子を見ていた宇随が怒りに任せ叫んだ。
「卑怯だぞ! おまえ、本当にクズだな!
雛の親父を殺したら、俺がおまえを殺すからな!」
「ふはははっ、私に手を出せば即刻、そいつの父は死ぬぞ! いいのか!」
心底嬉しそうに笑う黒川を、悔しそうに宇随は睨んだ。
神威は崩れ落ちそうな雛を支えながら、静かに黒川を睨んでいた。
その瞳は、深い闇のように底冷えするような光を放っている。
「おまえが手下に命令する間もなく、今一瞬で殺されたとしたら?」
神威が地を這うような低い声でつぶやいた。
「は?」
次の瞬間、黒川の首が吹き飛んだ。
目にも止まらぬ速さで神威は黒川の首を斬っていた。
生首がゆっくりと
辺りに血の雨が降り注ぎ、辺りを赤く染めていく。
血で染まった神威の顔がゆっくりと雛に向けられた。
雛と神威の視線が交わる。
狂気……、そんな言葉が似あう。
一瞬、時が止まったような気がした。
「あの、すみません」
緊迫した空気を打ち破り、一人の少年が顔を出した。
遠慮がちにおずおずと現れた少年のあどけない表情から、まだ幼さが
少年の背後から姿を見せたのは……雛の父、雄二だった。
「雛……」
雄二が雛を見て、嬉しそうに微笑む。
雛は大きく目を開いて叫んだ。
「父さん!」
雛は雄二の胸に飛び込んだ。
「父さん、よかった! 無事だったんだね」
「ああ、この子が助けてくれたんだ」
雄二が少年を見つめる。
雛は父の隣で微笑んでいる少年を見つめ、その手を取った。
「ありがとう、なんてお礼を言ったらいいか」
「いえ……。僕はそんな褒められるような人間ではないんです」
少年は
そして、雛を見つめると静かに告げた。
「僕、黒川の家来だったんです」
「え……」
衝撃の発言に皆の視線が少年に集中した。
「でも、黒川のやり方がどうしても納得できなくて、黒川に従うのが嫌で……いつかここから抜け出そうと考えていました。
そんなとき、あなたの父上が捕まり僕は見張り役に任命されました。
雄二さんからお話を聞き、あなたのことを知り、黒川なんかより雛さんの方が僕の目指す理想だと感じました。
だから黒川を裏切ることを決断し、雄二さんを助けることにしたんです」
少年は黒川を
「黒川は死んだんですね。
……僕は
よろしければ、僕もあなたたちの仲間に入れてくださいませんか?」
少年の瞳はきらきらと輝き、未来への希望で溢れている。
雛は戸惑いながら、答えを求めるように神威と宇随を見つめた。
雛の視線を受け止め、神威がぽつりと言葉を漏らす。
「とりあえず、今はいったん戻ろう……」
神威のその提案に皆、神妙に頷いた。
皆疲れていた、今は何も考えられない。
雛は一刻も早くここから離れたかった。
きっと皆同じ気持ちだ。
ふと気づけば、外はほんのりと明るくなりかかってきていた。
草木に太陽の光がほんのりと映っている。
今日もまた一日がはじまる、何事もなかったかのように……。