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第22話 決戦

 圧倒的な数の敵を前にしても、雛、神威、宇随の三人は敵を次々になぎ倒していく。


 しかし、隊のあとの二人はその数に押され、追い込まれていってしまう。

 雛たちも自分たちの戦いに集中していて、二人のことをかばいきれずにいた。

 そのうちに二人の行方はわからなくなってしまった。


 皆がバラバラに誘導され、お互いの生死がわからなくなる。

 それでも信じて突き進むしかない。


 雛、神威、宇随は臆することなく快進撃を続けていった。



 淡々と冷静に攻撃を交わしていく雛。

 目の前の敵を斬り倒し、振り向きざまにまた斬る。

 今度は二人がかりで斬りかかってきた男たちを一太刀ひとたちで吹き飛ばす。


 次から次へと現れる刺客たち。

 その中から山本が姿を現し、雛の前に立ちはだかった。


「よう、斎藤。伊藤隊長は残念だったな」


 山本はニヤニヤしながら、楽しそうにククッと笑った。

 その言動に違和感を覚えた雛が眉をひそめる。


「何? なんで伊藤さんのこと……」


 雛たちだって、先ほど伊藤の死体を発見したばかりなのだ。

 なぜ、山本が知っている?


「まさか……」


 雛の驚く顔を眺め、山本が嬉しそうに笑った。


「やっと気づいたか? そうだよ、俺だ。

 俺は黒川様の手下で、おまえらは駒だったんだよ!

 もうおまえら用済みだそうだ。

 伊藤は……俺が始末した」


 その言葉を聞いた雛の身体は硬直し、一瞬頭が真っ白になる。

 目の焦点も定まらない。


「な、に……? 何を言っているの」


 頭がついていかない雛はぼーっとした表情で山本を見つめる。

 そんな雛の様子に山本は恍惚こうこつと微笑んだ。


「くくくっ、ほんとおまえらは馬鹿だよ。馬鹿な子ほど可愛いってな。

 ……だが! おまえだけは違う!」


 惚けた顔をしていた山本が急に怒りのふくんだ表情になり、勢いよく雛を指差す。


「俺はおまえが大嫌いだ!

 俺のプライドを傷つけやがった、絶対許さねえ。

 おまえは俺が殺す!!」


 山本は親のかたきでも見るかのような目で睨んでいた。


 雛はだんだんと正気を取り戻していく。

 すると、今度は怒りで体が震えはじめた。


「おまえが、伊藤さんを……殺した?」


 その声は、少女の声にしてはひどく低く、雛のいつもの声でもなかった。

 興奮している山本は、そんな些細な変化には気づいていない。


「ああ……俺がった。

 あいつの最後は感動的だったぜ、おまえらの名前を呼んでさ。

 いいねえ、そういうお涙ちょうだいもの。ま、俺は大嫌いだけどさっ」


 山本が言い終わる前に雛は山本の目の前にいた。

 その一瞬の出来事に山本は一歩も動けない。

 雛の刀が山本の首元にそっと触れた。


 少しでも動けば切り殺される……!


 山本の本能がそう告げていた。


「言い残すことは、ない?」


 底冷えするような冷たい瞳が山本に向けられた。

 山本はごくりと唾を飲み込む。


 雛の速さには圧倒される。


 いつも訓練を見てはいたが、見るのと実際に体験するのとではこうも違うものかと驚かされた。


 これが斎藤雛の実力か……。


 山本は剣士として心底恐怖を感じた。


 しかし、山本は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「……タダじゃあ、やられないぜ」


 雛の優しさがあだとなった。


 山本でさえ雛は殺すことを躊躇ためらってしまう。

 その隙を山本は逃さなかった。


 爪に仕込んでいた刃物で雛の着物を切りいた。


 着物がはだけ、雛の白い肌があらわになり胸に巻いていたさらしが現れる。

 雛は胸を隠しながら山本から距離を取る。


「ははっ、やっぱりな、おまえ女だろ?」


 勝ち誇ったような山本を悔しそうに睨む雛。


「そんな華奢きゃしゃな体で男たち相手によく今まで戦ってきたよ、褒めてやる。しかもその強さ、おまえは天才だ!

 ……だから余計に腹が立つ。俺より強い女なんて許せねえ。

 おまえはここで死んでもらう!」


 山本は雛に猛攻撃をしかける。


 攻撃の中で、彼は雛の着物をさらに切り刻んでくる。


 女であることを言い当てられたことに動揺し、肌を露出していることに気をとられていた雛は、いつもの実力を出せず山本に押されていた。


「くっ、この卑怯者ひきょうもの!」


 雛が山本の攻撃をかわしながら言い返す。


「はっ、なんとでも言えばいいさ。

 おまえの弱点は女だけじゃないぜ、その甘さもだ!」


 彼は雛が本気で山本を殺そうとしていないことを感じ取っていた。


 山本は雛の胸を触ろうとする。

 雛はその手に気を取られ、ガードが甘くなった。


 山本はその隙を狙い、今度は足に仕込んでいた刃を使い、雛の太ももを刺した。


「いっ……!」


 雛がうめき、山本から急いで距離を取る。

 太ももから、血がしたたり落ちていた。


 少し深いところまで刃がいったようだ、かなりの痛みを感じ雛は顔をしかめた。


「おまえの弱点は女ということと、その甘さだ!

 優しさだかなんだか知らないが、おまえも伊藤と同じ愚か者だ!

 人のことばかり考えているから、殺されるんだっ」


 山本はお腹を抱え、可笑しそうに笑っている。


 雛は悔しかった。


 こんなにも女であることを悔やんだことはない。

 刺された足に力を入れると痛みが走った。


 これはかなりやばい展開だ。

 早く決着をつけないと……覚悟を決めろ雛!


「私のことはどう言われてもいい。だが、伊藤さんを馬鹿にするな!」


 雛は痛む足を無視し、感情き出しで山本へ突っ込んでいく。


「そういうところが馬鹿だって言ってるんだ!」


 山本はえさに食いついた獲物を捕らえる捕食者ほしょくしゃのごとく、雛を迎え撃った。


 そのとき、山本は誰かに奇襲きしゅうされる。


 なんとか避けた山本だったが少しだけ腕に傷を負ってしまった。


「誰だ!」


 突然現れた人物に視線を向ける。

 そこには雛を背にかばいながら剣を構える神威の姿があった。


「貴様っ!」


 神威にはできるだけ多くの刺客しかくを送ったはずだったが、もう倒したというのか。

 山本は悔しそうに歯を食いしばる。


「神威さん! どうしてっ」


 雛が神威を見つめる。

 神威は持ってきた羽織はおりを雛に渡した。


「それを着なさい。君は下がって、この勝負は俺が引き受ける」


 神威の目は本気だった。

 今までのどの場面より、彼の怒りがにじみ出ている。


「山本……俺の怒りを買って、生きて帰れると思うなよ」


 神威に睨まれた山本は、肉食獣に狙われた草食動物のような気持ちになった。


 なんだこの殺気は……。

 今まで会ったどの剣士よりもずば抜けている。


 やばい、こいつは本気でやばいかもしれない。


 彼の本能が警告していた。


 しかし、山本はもうあとには引けなかった。


「俺は……おまえも嫌いなんだよ、いつもすました顔しやがって。

 何の努力もなしに軽々と人の上を行きやがる……そういう奴が俺は大嫌いなんだ!」


 山本は神威へ突進していく。


 勝負は一瞬だった。


 二人が交差する。


「っ……」


 山本はその場にゆっくりと崩れ落ちていく。


 神威は刀をさやに納め、振り返る。


 まだ息のある山本が必死で立ち上がろうとしていた。が、足が思うように動かせないのか、生まれたての動物のように弱々しい。

 手の力だけで上半身をなんとか起こし、神威を睨みつけてきた。


「山本、俺はおまえを殺さない。

 ……おまえの足は二度と動かないだろう。

 これからは動かない足と共に人の痛みを知り、あがきながら必死に生きてみろ。

 ……それが俺からの復讐だ」


 神威は山本に背を向けると、雛の肩を抱きその場を離れようとする。


「おい! まて! 許さん! 俺はおまえらを一生許さないからな!

 見てろよ、いつか必ずおまえらを地獄に送ってやる!」


 地面にいつくばりわめく山本。

 そんな山本を雛はじっと見つめていた。


「どうした? あいつに何か言いたいのか?」


 神威が問いかけると、雛は神妙に頷いた。


 ゆっくりと山本の側へ行き、そっと語りかける。


「私はあなたを絶対許しません。

 ……でも、私はあなたのことが嫌いではありませんでした。

 私に突っかかってくるあなたは、とても人間らしいと思っていたから」


 その言葉に、山本の目は大きく開き、視線は雛に向けられた。


「人間は負の感情を持つものです。人をねたんだり恨んだりおとしめたり。

 それを正直に隠さず表現するあなたを、私は信頼できる人間だと思った。

 その感情に嘘をついて偽りの姿を見せる人より、私は好きでした」


 雛は少しだけ微笑み、優しい眼差しを山本に向けた。


 その瞳は純粋で嘘がないように思えた。


「私はあなたと共に夢を抱き、共に生きたかった。

 もっと違う形で出会っていたら、いい仲間になれたのでしょうか?

 ……私はあなたを待っています。もし会いたくなったらいつでも会いにきてください」


 雛と山本の瞳が重なった。


 綺麗だな、と山本は素直に思った。


 それは容姿とかそういうレベルの話ではなく、魂の話。

 こんな綺麗な人間がこの世の中にいたんだ。


 少し、ほんの少しだけ山本の心は軽くなったような気がした。


「おーい! 大丈夫かー」


 遠くから宇随がこちらへ走ってくるのが見えた。

 頬にはいくつかの傷跡が刻まれている。


「そっちは片付いたのか」


 神威が尋ねると、宇随は自慢げに胸を張る。


「おうよ、俺の神業炸裂かみわざさくれつであんな奴ら蹴散けちらしてやったぜ! それより雛は?」


 キョロキョロと辺りを見回す宇随が、雛を見つけた。


「雛! 無事だったか、よかった!

 心配してたんだぜ。ここは任せたとか言って神威はさっさと行っちまうしよー。

 残りの敵は俺が全部始末したんだ、すごいだろ!」


 どうぞ褒めてくれと言わんばかりに、大袈裟に宇随が身振り手振りをまじえ話す。

 その姿が可笑しくて、雛は小さく笑った。


「ふふっ、宇随さん、ありがとう。私は大丈夫、神威さんが助けてくれたから」


 嬉しそうな雛の様子に、宇随が不満そうな表情を見せた。


「ふーん、いいよな。いつもいいとこは神威が取っちゃうんだからよ」


 宇随が神威を睨み、ねたように愚痴ぐちりはじめる。

 そんな宇随の様子に神威はため息をついた。


「わかった、悪かった。宇随のおかげで助かったよ」


 その言葉に機嫌を直した宇随が張り切って声をあげる。


「よーしっ、わかればいいんだ。じゃあ、帰るぞ」


 その場を去ろうとした宇随は、今さらながら山本の存在に気づき驚く。


「山本! いたのか!

 ……おまえ、ほんとどうしようもない奴だったな。

 ま、俺には関係ないけど。

 まああれだ、人生いろいろあるよな。

 大切なのは今、これから、だろ? 頑張れよ!」


 山本にそう言い残し、宇随は強引に雛の手を取り歩き出した。


 不機嫌そうに宇随を睨む神威だったが、先ほど貸しを作ってしまった手前、ここは我慢することにした。


 神威は山本を見つめる。


「なんだよ……」


 不貞腐ふてくされた山本がつぶやいた。


「雛と宇随がいて、よかったな。

 救われるだろ? 俺もそうだからわかるよ」


 予想外なその発言に驚いた山本は、目を丸くして神威を見つめ返す。


 神威は今まで見たこともないほど優しい顔をしていた。




 三人が去ったあと、一人取り残された山本は突然笑い出す。


 腹の底から笑った。


 ひとしきり笑ったあと、山本はふと晴れた青空を見つめた。


「ったく、変な奴ら……」


 そう言って、今までしたことのないような爽やかな笑みが山本からこぼれた。


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