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第19話 大ピンチからの救世主

 雛たちは日々任務を遂行すいこうしていく。


 黒川からの指示に従い、伊藤が作戦を考え皆に伝える。

 そして隊員たちが実行に移していく。


 それの繰り返し。


 黒川がこれから台頭たいとうするのに邪魔と思われる人物を、次々に暗殺していった。


 しかし、一向に世の中がよくなっているようには思えず、日々民からの悲痛な叫びや嘆きが聞こえてくる。

 雛は日に日に黒川への疑心が深まっていくのを感じていた。




 ある日、雛は伊藤のもとへと向かった。

 あのことを相談しようと心に決めていた。


「失礼します」

「どうぞ」


 伊藤の部屋へ雛が入ると、彼は書物に目を落としていた。


「少しだけ待ってくれるか」


 そう言われ、雛は座りしばし待つことに。

 しばらくすると、伊藤が雛の方へ向き直った。


「待たせたな」


 いつも通りの優しい伊藤の笑顔。

 雛は怯む心を叱咤しったして、意を決して話し出した。


「伊藤さん、私たちのしていることは正しいのでしょうか。

 黒川様のお考えは私にはわかりかねますが、このまま命令に従っていても、この国はよくならないような気がするのです」


 伊藤は雛の言葉を聞き、しばらく黙り込む。


「私も最近そのことで悩んでいたところだ。

 黒川様のことは尊敬している。

 ……しかし、最近の黒川様がされていることには、何か違和感を感じていた」

「人々は今も苦しんでいます。できるだけ早いご決断を」


 雛が真剣な眼差しを伊藤に向けると、伊藤は深く頷き返した。


「……そうだな。一度黒川様のことを探ってみる。

 もう少しだけ待っていてくれるか」


 伊藤は苦しそうに表情を歪める。

 今まで尊敬し、従ってきた相手を疑うのは心苦しいだろう。


 その深刻そうな表情に、雛はこれ以上何も言えず、一礼し立ち去った。



 伊藤の部屋から出てきた雛の様子を、物影に隠れ、睨みつけている人物が一人。


 その人物は、雛が去っていくのを確認すると、そっとその場から姿を消した。





 しばらくは大人しかった山本が、久しぶりに怪しい動きを見せ始めた。


 伊藤にとがめられたあの日から、山本は雛が活躍する姿を指をくわえ眺めているしかなかった。


 雛は次々に任務を遂行していき、リーダーとしてしっかり役目を果たしていった。

 その実力は皆から認められ、今では雛に文句をつける人間は誰もいない。


 山本は気に食わなかった。


 どうにかして、あいつをぎゃふんと言わせてやる。

 そう思い、いつも雛の揚げ足を取ろうと躍起やっきになっていた。



 その日、山本は銭湯から出たあと、屋敷には帰らず雛が来るのを待ち伏せていた。


 雛はいつも皆が銭湯をあがった頃、見計らったようにやってくる。


 本当に女なのだろうか?

 もし女ということが判明すれば、それ相応の罰が下るだろう。

 違ったとしても、はずかしめることができる。


 山本は意地悪な笑みを浮かべ、物影にそっと隠れひそんでいだ。




 何も知らない雛は、いつものように皆がいなくなる頃、銭湯へとやってきた。

 辺りを気にしつつ、入口からそっと銭湯に入っていく。


 脱衣所でも周りに視線を配り、警戒しながら素早く着替える。


 山本は雛の着替えを覗こうとしたが、雛の察知能力が高く、近づくと見つかってしまう恐れがあるため、仕方なくあきらめることにした。


「ちっ、仕方ない。しかし、ただでは帰らないぜ」


 雛が風呂場へ行ってしまうのを見届けてから、山本はそっと雛の脱衣場所へと急ぐ。

 そして、脱いだ着物と着替え用の着物を取り上げた。


「ふん、恥をかけばいいんだ」


 雛の着物を持って、山本は急いでその場から走り去っていった。




 雛はゆっくりと風呂を満喫してから、脱衣所へと戻ってきた。


 自分の着替えのある場所を確認して、雛は目をいた。


「え! なんでっ」


 自分の着替えが無くなっていることに驚き、雛は慌てて持ってきた荷物をひっくり返した。


「ない! どうして、なんでっ?」


 確かに着替えを持ってきた。

 それが忽然こつぜんと消えている。


 いや、それどころか脱いだ着物まで無くなっているではないか。


 今の雛は大小の布、一枚ずつしか所持していない。

 これでどうやって帰れというのか。


 雛の顔が一気に青ざめる。


 助けを求めることもできない。女性だとバレる確率が高い。


「……どうしよう」


 困り果てた雛の目の前に、着物が差し出された。

 驚いた雛は、顔を上げ差し出した相手を確認する。そこには、そっぽを向く神威がいた。


 な、なんで?

 雛は混乱する。

 神威はこちらを見ず、反対の方向に顔を向け着物をこちらに差し出している。


「これを使え。俺のだが、無いよりいいだろう。

 一度そでを通したものだから少し匂うかもしれないが……」


 申し訳なさそうな声を出す神威。


「え、いえ。すごく助かります。あの、でも……どうして?」


 雛は困惑しつつ、あたふたと神威に問いかける。

 頭の中はパニック状態だった。


「早くしろ、湯冷めするぞ。質問はあとで聞く」


 冷静な神威の声に、私の気持ちがシャキッとする。


「は、はい!」


 雛は神威の手から着物を受け取ると、急いでそれに着替えた。


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