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第18話 揺れ動く気持ち

 皆が寝静まり、夜の静寂に包まれた頃。


 神威のことが気になって眠れない雛は、一人縁側えんがわで夜空を眺めていた。


 大きなため息が、雛の口からこぼれた。

 そのとき、雛の肩に羽織はおりがそっとかけられる。


「どうした? 眠れないのか」


 優しい笑みを浮かべた宇随が、雛の隣にそっと腰を下ろす。


「宇随さん……ありがとう」


 雛が小さく微笑み、お礼を言う。

 照れくさそう笑った宇随は夜空を見上げた。


「星が、綺麗だな」


 しばらく二人は夜空を眺めていた。

 いつもはよく喋る宇随も、その時はなぜか静かだった。


「俺さ……孤児だったんだ」


 急に宇随がぽつりとつぶやいた。

 突然の告白に驚いた雛は、宇随を大きな目で見つめる。


 宇随は夜空を眺めながら、懐かしそうに目を細めた。


「でも、俺は恵まれてた……今の家族が拾って育ててくれたんだ。

 父親は農民で、そんなに裕福でもなかったし、金に困ってた。子どもを拾って育てる余裕なんてないだろうに、自分の子と同じように愛してくれたよ。

 本当に感謝してる。

 だから俺が一旗ひとはた上げて、家族に恩返ししたいんだ。

 もちろん俺だって、それが世のため人のためになるなら、それに越したことはねぇって思う。

 こんな俺でも役に立てるんだって、嬉しいしさ」


 宇随は照れくさそうにはにかんだ。


 なぜ彼がこのような話を始めたのか、意図はわからなかった。

 しかし、こんな大切な話をしてくれるということは、信頼されているのだ。と思うと、雛は嬉しかった。


 雛は静かに、宇随の話に耳を傾けた。


「俺、バカだからうまく言えないけどさ……おまえはすごい奴だと思ってる。

 雛のその力を、悪いことに使えば世界は悪くなるし、良いことに使えば世界はきっとよくなる。

 おまえがその力を使うことによって、きっと助かってる奴が絶対にいると思う。

 苦しみや悲しみから解放される奴が、これからもおまえを待ってる」


 宇随は真剣な眼差しを雛に向け、懸命に気持ちを伝えようとする。

 どうやら宇随は、雛のことを慰めようとしているらしい。


 その気持ちが嬉しくて、雛の目に涙が浮かんできた。


「え! ど、どうした? 俺、何か悪いこと言ったか?」


 雛の涙に驚き、宇随が慌てふためく。

 その様子を見て雛が笑った。


「ううん……嬉しくてっ」


 雛は涙を拭い、嬉しそうに微笑んだ。


「宇随さん、私を慰めてくれてるんでしょ? すごく嬉しい、ありがとう」


 満面の笑みを見せる雛に、宇随の頬が赤く染まった。


「な! そ、そんなことねぇよっ。

 まあ、おまえが元気になったなら……よかった」


 雛の顔を見ようとしない宇随は、恥ずかしさから頭をいてうつむいてしまう。

 横目で雛を見つめると、小さくぽつりとつぶやいた。


「……元気そうで、よかった」

「え?」


 雛が宇随の顔を覗き込むと、慌てたように宇随は叫んだ。


「男のくせに、そういう女みたいな可愛い顔すんな!」

「な、何言ってるんですか! 宇随さん、酷い! 女みたいって」


 雛は動揺を隠すため、怒りながら宇随の肩をポカポカと叩いた。

 女みたいって言葉と、可愛いって言葉。どちらにも動揺してしまった。


「痛え! わかった、悪かった! 俺が悪うございますっ」


 雛の両腕を掴む宇随。

 二人は至近距離で見つめ合う形となった。


 二人の間に静寂の時が流れていく。


 宇随は雛の瞳に吸い込まれるように、ゆっくりと顔を近づけていく。


「おい!」


 突然の声に驚き、宇随は我に返り、動きが止まった。


「おまえら、こんなところで何してるんだ!」


 神威が急ぎ足でこちらへ向かってくるのが見える。

 その表情はなぜか怒っている? ように感じられた。


「あれ? 俺……」


 宇随は素早く目を瞬かせながら、何かつぶやいている。


 宇随がいったい何をしようとしていたのか、雛にはその意図がわからなかった。

 それよりも、神威がなぜここにいるのかの方が気になった。


「神威さん、どうしたんですか?」


 雛が不思議そうに尋ねると、神威は視線を逸らして話し出す。


「水が飲みたくて……起きたら、おまえら二人とも布団にいないから、心配で探してたんだ」

「あ、そっか。ごめんなさい、心配かけて。

 私がいけないんです。宇随さんは私を心配して探しにきてくれたんです。

 皆さんにこんなに心配かけてしまって、私は駄目ですね」


 申し訳なさそうにする雛を、神威が優しくさとす。


「もういい。体が冷えるといけないから、もう寝なさい」

「……はい」


 二人にお礼を言うと、雛は素直にその場から立ち去っていった。




 神威と二人きりになった宇随は、妙に居心地の悪さを感じ、さっさとその場を去ろうとする。


「さて、俺もそろそろ寝ようかなー」


 宇随が立ち上がり、そっと歩き出した。


「おい」


 神威の低い声が宇随の耳に届いた。


「は、はい!」


 宇随は恐る恐る、ゆっくりと神威の方へ振り返る。

 神威はわずかに下を向いており、表情が読めなかった。


「おまえ……さっき斎藤に何しようとしてた?」

「え? えーと、あんまり覚えてなくて。意識が飛んでたというか……」


 宇随が口をにごしていると、神威が宇随の目の前に立ち睨んでくる。


「変なことしようと、してないだろうな?」


 神威のその鋭い眼差しに、宇随は恐怖を感じ、身震いした。


「してない、してない!」

「あいつのこと、どう思ってる?」

「は? どういう意味だ? 仲間だと思ってるよ。いい奴だし、ダチだと思ってる」


 その言葉を聞いた神威の表情が、だんだん穏やかさを取り戻していった。


「そうか……。そうだな、悪い。変なこと聞いて。忘れてくれ」


 戸惑う宇随を残し、神威はその場から足早に去っていく。


「へ? ……なんだったの?」


 取り残された宇随は、呆然と神威の背中を見つめていた。




 俺はいったい何をしている?

 変なこと言って、宇随が雛を女だと感づいたらどうするつもりなんだ。


 一瞬、宇随が彼女にキスをしようとしているのかと思って、焦ってしまった。

 俺らしくもない。

 彼女のこととなると、いつもの冷静な自分でいられなくなる。


 俺はいったいどうしてしまったんだ。


 神威は何かを振り払うように速足に歩いていった。


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