皆が寝静まり、夜の静寂に包まれた頃。
神威のことが気になって眠れない雛は、一人
大きなため息が雛の口からこぼれた。
そのとき、雛の肩に
「どうした? 眠れないのか」
宇随が雛の隣に腰を下ろした。
「宇随さん……ありがとう」
雛が小さく微笑み、お礼を言う。
照れくさそう笑った宇随も夜空を見上げる。
「星が綺麗だな」
しばらく二人は夜空を眺めていた。
いつもはよく喋る宇随も、そのときはなぜか静かだった。
「俺さ……孤児だったんだ」
急に宇随がぽつりとつぶやいた。
突然の告白に驚いた雛が宇随を大きな瞳で見つめる。
宇随は夜空を見つめながら、懐かしそうに目を細めた。
「でも俺は恵まれてた……今の家族が拾って育ててくれたんだ。
父親は農民でそんなに裕福でもなかったし、金に困ってた。子どもを拾って育てる余裕なんてないだろうに、自分の子と同じように愛してくれたよ。
本当に感謝してる。
だから俺が
もちろん俺だってそれが人のためになるなら、それに越したことはねえ。
こんな俺でも役に立てるんだって、嬉しいしさ」
宇随は照れくさそうにはにかんだ。
なぜ、彼がこのような話をはじめたのか意図はわからなかったが、自分のことを信頼してくれているんだと思うと、嬉しくなった。
雛は声に寄り添うように、静かに耳を傾ける。
「俺、バカだからうまく言えないけどさ……おまえはすごい奴だと思ってる。
雛のその力を悪いことに使えば世界は悪くなるし、いいことに使えば世界はきっとよくなる。
おまえがその力を使うことによって、きっと助かってる奴が絶対にいると思う。
苦しみや悲しみから解放される奴が、これからもおまえを待ってる」
宇随は真剣な目を向け、懸命に伝えてくる。
どうやら宇随は雛のことを慰めようとしているらしい。
その気持ちが嬉しくて、雛の目に涙が浮かんできた。
「え! ど、どうした? 俺、何か悪いこと言ったか?」
雛の涙に驚き、宇随が慌てふためく。
その様子を見て雛が笑った。
「ううん。嬉しくて」
雛は涙を拭い、嬉しそうに微笑んだ。
「宇随さん、私を慰めてくれてるんでしょ? すごく嬉しい、ありがとう」
満面の笑みを見せる雛に宇随の頬が赤く染まった。
「な! そ、そんなことねえよっ。
まあ、おまえが元気になったなら……よかった」
雛の顔を見ようとしない宇随は恥ずかしさから頭を
横目で雛を見つめ、小さくつぶやく。
「……元気そうで、よかった」
「え?」
雛が宇随の顔を覗き込むと、慌てたように宇随は叫んだ。
「男のくせに、そういう女みたいな可愛い顔すんな!」
「な、何言ってるんですか! 宇随さん、酷い! 女みたいって」
雛は動揺を隠すため、怒りながら宇随を叩く。
「痛え! わかった、悪かった! 俺が悪うございますっ」
雛の腕を掴む宇随。
二人は至近距離で見つめ合う形となった。
二人の間に静寂の時が流れた。
宇随は雛の瞳に吸い込まれるように、ゆっくりと顔を近づけていく。
「おい!」
突然の声に驚き、宇随は我に返り、動きが止まった。
「おまえら、こんなところで何してるんだ!」
神威が急ぎ足でこちらへ向かってくるのが見える。
その表情はなぜか怒っている? ように感じた。
「あれ? 俺……」
宇随は素早く目を瞬かせながら、何かつぶやいている。
宇随がいったい何をしようとしていたのか、雛にはその意図がわからなかった。
それよりも、神威がなぜここにいるのかの方が気になった。
「神威さん、どうしたんですか?」
雛が不思議そうに尋ねると、神威は視線を逸らして話し出す。
「水が飲みたくて……起きたら、おまえら二人とも布団にいないから、心配で探してたんだ」
「あ、そっか。ごめんなさい、心配かけて。
私がいけないんです。宇随さんは私を心配して探しにきてくれたんです。
皆さんにこんなに心配かけてしまって、私は駄目ですね」
申し訳なさそうにする雛を、神威が優しく
「もういい。体が冷えるといけないから、もう寝なさい」
「……はい」
二人にお礼を言うと、雛は素直にその場から立ち去った。
神威と二人きりになった宇随は、妙に居心地の悪さを感じ、さっさとその場を去ろうとする。
「さて、俺もそろそろ寝ようかなー」
宇随が立ち上がり、そっと歩き出した。
「おい」
神威の低い声が宇随の耳に届いた。
「は、はい!」
宇随は恐る恐る、ゆっくりと神威の方へ振り返る。
神威はわずかに下を向いており、表情が読めなかった。
「おまえ……さっき斎藤に何しようとしてた?」
「え? えーと、あんまり覚えてなくて。意識が飛んでたというか……」
宇随が口を
「変なことしようとしてないだろうな」
神威のその鋭い眼差しに、宇随は恐怖を感じ、身震いした。
「してない、してない!」
「あいつのこと、どう思ってる?」
「は? どういう意味だ? 仲間だと思ってるよ。いい奴だし、ダチだと思ってる」
その言葉を聞き、神威の表情は緩み、いつもの神威へと戻っていく。
「そうか……。そうだな、悪い。変なこと聞いて。忘れてくれ」
戸惑う宇随を残し、神威はその場から足早に去っていった。
「へ? ……なんだったの?」
取り残された宇随は神威の背中を見つめるしかなかった。
俺はいったい何を言っている?
変なこと言って、宇随が雛を女だと感づいたらどうするつもりなんだ。
一瞬、宇随が彼女にキスをしようとしているのかと思って、焦ってしまった。
俺らしくもない。
彼女のこととなるといつもの冷静な自分でいられなくなる。
俺はいったいどうしてしまったんだ。
神威は何かを振り払うように速足に歩いていった。