試合会場の中で
これまでのどの試合よりも大勢の観衆が集まっている。
「とうとう、このときがきたな。
まあできればおまえとは戦いたくなかったよ。これからも一緒にいられると思ったのにさ」
宇随は雛を見つめ、肩を落とし残念そうにガックリと
「私だって、宇随さんとはやりたくなかったです。
でも私も負けるわけにはいかないので、手加減はしません」
雛の瞳にはもう迷いはなかった。
「へへっ、望むところよ。俺だって手加減しねえ」
宇随に笑みが戻ったと同時に、雛も自然と笑みがこぼれていた。
しばしの静寂のあと、審判の声が響く。
「試合、はじめ!」
「じゃ、俺から行かしてもらうぜ」
不敵に笑った宇随の姿が皆の視界から消えた。
実際に消えたわけではないが、彼のスピードが速すぎてそう見えてしまうのだ。
しかし、雛の目には彼の姿はちゃんと捉えられていた。
雛に向かって宇随が刀を振り下ろす。
そこにはもう雛の姿はなく、宇随は気配を探った。
「そこか!」
振り向きざまに刀を振ると、雛の
今度は雛が消え、追うように宇随も消える。
二人の刀が交わる音と、交わるときにだけ微かに現れる二人の姿。
観衆たちは二人の姿を捉えることができず、ただ試合の行方を見守ることしかできない。
その観衆の中に神威の姿があった。
彼も他の区画で試合を行っていたがもう既に決着は着き、二人の試合を見物していた。
いつものように神威だけは二人の動きがすべて見えていた。
「大変興味深いな」
ふいに隣から声が聞こえ、神威はそちらへ視線を送る。
「あの二人、是非我が隊に欲しい。もちろん君も」
そう言って微笑むのは、最初に挨拶をしていたこの隊の隊長、伊藤だった。
「君たちの戦いぶりは見させてもらっている。素晴らしい逸材だ。
一度に三人もこれほどの才能ある若者に出会えるとは思わなかった」
「はあ……」
神威は興味なさそうに答えると、試合へと視線を戻した。
その素っ気ない態度をおかしそうに笑った伊藤も試合へと集中する。
「ほんとにすげえ。雛、俺はおまえをなめてた。ここまでとは」
攻撃をしかけても全てを弾き返されてしまう。
ここぞという攻撃はかわされる。
かなり宇随は本気を出していた。
今まで戦ってきたどの相手よりも自分の実力を発揮しているはずだった。
しかし、雛は宇随の攻撃を一撃も受けていない。
それどころか宇随は雛の攻撃を何度か受けてしまっていた。
最大限避けているのでダメージは軽減されてはいたが、かなりきつい。
体力が
マジで、これはやばいかも。
「宇随さん、どうしますか?
雛は今までの戦いでは味わえなかった
雛の中に眠っている剣士の血が騒ぐ。
こんなにワクワクしたのはじめてだ。
「誰に言ってんだ? 宇随様をなめるな!」
力を振り絞り、宇随は雛に猛攻撃をしかける。
雛はそれを楽しそうに受け流していく。
「くそっ」
雛の隙をつきたかったがどこにもなかった。
宇随は悔しそうに
「俺はこんなところで負けられねえ、……負けてたまるかあ!」
打撃はあたえられなかったがはじめて雛をわずかにかすめた。
「へへっ」
宇随が嬉しそうに笑うと、雛の口の端が上がった。
「いいですね、まだまだ楽しみましょう」
この戦いを楽しんでいる雛を見て、げんなりした宇随がつぶやく。
「……嫌味かよ」
そして再びお互いの刃が交じり合うと、歓声が沸き起こった。
「もう無理! 降参!」
宇随が仰向けになり叫ぶ。
「え? もう? もっと楽しみましょうよ」
残念そうな雛を見て、宇随はさらにげんなりした。
「おまえ、マジで化け物だな……。もう勘弁してくれ」
宇随の体力はもう限界だった。
これ以上やっても雛に勝てそうにないと判断した宇随は降参することを選んだ。
宇随がいくら必死に攻撃をしかけても、打撃をあたえることができない。
かすめることはできても、それでは相手のダメージになっていなかった。
雛の攻撃を頑張って避けてはいたが、すべては避けきれず、それがダメージとして
雛の一撃はかなりの威力があり、宇随の体力はかなり
宇随はこれほどの剣士に会ったことがなかった。
いや、神威、あいつなら雛と互角にやりあえるかもしれない。
だがそれも予測だ。
雛の実力は計り知れないものがある。
「大丈夫ですか?」
雛が心配そうに、宇随に手を差し伸べた。
普通にしているときは、本当にただの可愛らしい少年なのに……と宇随は雛を見つめる。
宇随が雛の手を取ると、
「勝者、斎藤雛!」
審判がそう告げ、すべての試合の終わりを告げる
たくさんの観衆が見守る中、伊藤が
読み上げられた人物が一人ずつ壇上の前へ移動する。
その六人の中に、雛、神威、そして宇随の姿もあった。
宇随は本来なら雛に負けたことで不合格になるはずだったが、他の区画で戦っていた二人が失格となったため、繰り上げで宇随が合格となっていた。
どうやら、持ち込んではいけない刃物を持ちこんだ者がいて、相手を傷つけたらしい。
その者は失格となり、相手も再起不能になってしまったというのが事の真相だった。
決勝の敗者の中で一番
こうして新和隊、七名が決定。
隊長の伊藤をはじめ、斎藤雛、中村神威、高橋宇随、他三名。
この七名で新時代を切り開くため、これから命をかけて闘っていくことになる。