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第9話 戦いたくない相手

 試合が終わると、雛はたくさんの人々に取り囲まれる。


 皆が雛に称賛しょうさんの声をかけてくる。

 そんな人たちを無下むげにもできず、人々に付き合っている雛を見かねた宇随がその群れから解放すべくやってきた。


 戸惑う雛の腕を取り、宇随は力ずくで人並をかきわけ輪の外へ飛び出した。


「ほんっと、しょうがねえなあ。ほら、行けよ」


 宇随は雛の気持ちがわかっているのかいないのか、優しく雛の背中を押した。


「あ、ありがとう」


 お礼を言った雛は自分の気持ちに従い、急いで須田のもとへと向かった。


 雛は須田と話したかった。

 どうしても、あのまま何も言わずに終わりたくはない。



 試合のあと、一応念のため治療を受けることになった須田は治療室へ運ばれた。      

 しかし、激しい激闘を繰り広げた割に須田に傷一つ無かったため、すぐに待機所へと移されていた。


 治療隊員には驚かれたが、須田にはわかっていた。

 傷がついていない理由。


「斎藤さんのおかげですね……」


 そう言って小さく微笑んだ須田は椅子から立ち上がる。


 そのとき、待機所の扉が勢いよく開いた。


「須田さん!」


 慌てた様子の雛が須田の姿を捉えると、ほっと安心したように微笑んだ。


「よかった、まだ帰ってなくて。あの……少しお話いいですか?」


 雛の誘いにこころよく応じた須田は二人で静かに話せる場所へ移動した。




「どうしました?」


 須田が問いかけると、雛は気まずそうに視線を泳がし言葉を選びながら発言する。


「先ほどの試合、本当にすみませんでした。あの、もうお体は痛くありませんか?」


 申し訳なさそうに眉を寄せる雛に、須田は爽やかな笑みを向ける。


「ああ、大丈夫ですよ。

 普段から鍛えていますので、……それにあなたが手加減してくれましたしね」


 須田が雛の顔を覗き込む。

 雛はぎくりとして一歩退しりぞいた。


 どう答えていいのかわからず黙り込む。


「すみません、嫌な言い方でしたか? 僕は怒っていませんよ。

 あなたが本気だったら僕は今頃どうなっていたか。それぐらい僕にもわかります。

 剣士としてあなたと勝負できたこと、嬉しかった。

 やはり世界は広いですね、負けたのがあなたでよかった」


 須田はすがすがしく微笑んだ。それは曇りのない、まぶしい笑顔。


「僕はこれからも剣の腕を磨きます。いつかあなたに追いつけるように。

 雛さんの夢が叶うこと、心から応援しています」


 須田が手を差し出す。

 雛はためらいながらもその手をしっかりと握った。


「ありがとう……須田さん。

 私はやり遂げます、どんなことがあっても決して挫けません。

 須田さんも大変だとは思いますが、希望を捨てず頑張ってください。

 あなたはとても強く、立派な方です。お会いできてよかった」


 雛と須田は共に嬉しそうに微笑みあった。





 雛と神威と宇随の三人はそれから順調に勝ち進み、残り十二人の中に残った。


 次の試合で勝利すれば勝者六人の中に入り、合格ということになる。


 次の相手は誰かと雛が発表を待っていると、中央のボードにその名前が張り出される。

 雛は自分の名を探し、対戦相手を見て驚いた。


『斎藤雛―高橋宇随』


 確かに雛は宇随と一線まじえたいと思った。


 しかし、それはこの試合ではない。


 トーナメント戦で一度でも負ければそれは不合格を意味する。

 神威と宇随にはあたりたくはなかった。


 一緒に新しい世をつくっていくメンバーになりたいと強く思っていた。


 二人とも実力と人格ともに申し分ない。

 これからの世の中に必要な人たちだ。それを雛は強く感じていた。


 ここで宇随が不合格になることを雛は望んでいなかった。


 ……でも、ここで負けるわけにはいかない。


 雛がボードの前で立ち尽くしていると、後ろから宇随が声をかけてきた。


「こうなっちまったもんはしかたない。

 雛、手加減なんかするなよ。正々堂々と行こうぜ!

 どっちが勝っても負けても恨みっこなしだっ」


 宇随が笑顔を向けてくる。

 その微笑みに、雛は少し心が軽くなるのを感じた。


 彼のこの明るさはいいところだと改めて思い、雛は感謝した。





 試合開始まで雛はベンチに座って一人考え込んでいた。


 宇随はこれまでの者たちとは格が違う。

 手加減して勝てる相手ではない。


 しかし、宇随相手に本気で戦うことができるのか……。


 そこへ神威が現れたかと思うと、何も言わず雛の隣に腰を下ろす。


 しばらく黙っているので雛も黙り込む。


「迷っているのか?」

「え?」


 突然そう問われ、雛は驚いて神威を見上げる。


「高橋宇随のことだ。

 おまえたち仲が良いだろ? だから悩んでいるのかと思ってな」


 心配してくれているのだろうか。

 雛はなんだか嬉しくて、神威に心の内を話してみたくなった。


 彼なら受け止めてくれる、そんな信頼があった。


「不安なんです。宇随さんのこと好きだから、本気で戦えるか自信がなくて」

「……好き?」


 神威がそこだけ強調して念を押す。

 雛はいたって普通のことだというように答えた。


「はい、私は宇随さんのこと好きです。あ、もちろん神威さんも好きですよ」


 その言葉を聞いて神威はなぜかあきれた顔をしたが、雛にはその表情の意味はわからなかった。


「あのな、反対の立場になって考えてみろ。

 おまえが宇随に手加減されて、それで勝ったとしたら嬉しいか?」

「嫌です!」


 雛の即答に神威が小さく微笑んだ。


「それならもう答えは出てるだろ」

「そうなんですけど……」


 まだすっきりしない雛に神威がため息をつく。


「前の試合で学んだんじゃないのか、勝負に情けは必要ない」


 確かに、手加減することは相手に失礼なことだ。

 それに、自分だって絶対負けられない理由がある。


「ま、最後はおまえが決めることだがな」


 神威が立ち上がる。

 もう行ってしまうのかと雛は寂しく感じた。


「俺はおまえとこの先も共に戦っていきたいと思う。それが叶うことを祈ってるよ」


 そう言い残して、神威はさっさと行ってしまう。


 残された雛は下を向き、小さく震えていた。


「嬉しい……」


 神威にあんな風に言ってもらえたことが、雛はこの上なく嬉しかった。


 神威に必要とされた。

 共に生きようと誘ってくれた。


 なんと幸せなことか。


 雛は顔を上げる。

 その目つきは先ほどのものとは違っていた。

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