試合が終わると、雛はたくさんの人々に取り囲まれる。
皆が雛に
そんな人たちを
戸惑う雛の腕を取り、宇随は力ずくで人並をかきわけ輪の外へ飛び出した。
「ほんっと、しょうがねえなあ。ほら、行けよ」
宇随は雛の気持ちがわかっているのかいないのか、優しく雛の背中を押した。
「あ、ありがとう」
お礼を言った雛は、自分の気持ちに従うように急いで須田のもとへと向かった。
雛は須田と話したかった。
どうしても、あのまま何も言わずに終わりたくはない。
試合のあと、一応念のため治療を受けることになった須田は、治療室へ運ばれた。
しかしあれだけの激しい激闘を繰り広げた割に、須田に傷一つ無かったため、すぐに待機所へと移されていた。
治療隊員には驚かれたが、須田にはわかっていた。
傷がついていない理由。
「斎藤さんの、おかげですね……」
そう言って小さく微笑んだ須田は、椅子から立ち上がる。
そのとき、待機所の扉が勢いよく開いた。
「須田さん!」
慌てた様子の雛が須田の姿を捉えると、ほっと安心したように微笑んだ。
「よかった、まだ帰ってなくて。あの……少しお話いいですか?」
雛の誘いに
「どうしました?」
須田が優しい笑顔を見せ、問いかける。
雛は気まずそうに視線を泳がし、言葉を選びながら発言する。
「先ほどの試合……本当にすみませんでした。あの、もうお体は痛くありませんか?」
申し訳なさそうに眉を寄せる雛に、須田は爽やかな笑みを向ける。
「ああ、大丈夫ですよ。
普段から鍛えていますので……それに、あなたが手加減してくれましたしね」
須田が雛の顔を覗き込む。
雛はギクッとして、一歩
どう答えていいのかわからず黙り込む。
「すみません、嫌な言い方でしたか? 僕は怒っていませんよ。
あなたが本気だったら僕は今頃どうなっていたか……それぐらい、僕にもわかります。
剣士としてあなたと勝負できたこと、嬉しかった。
やはり世界は広いですね、負けたのがあなたでよかったです」
須田はすがすがしく微笑んだ。それは曇りのない、
「僕はこれからも剣の腕を磨きます。いつかあなたに追いつけるように。
雛さんの夢が叶うこと、心から応援しています」
須田が手を差し出す。
雛はためらいながら、その手をしっかりと握った。
「ありがとう……須田さん。
私はやり遂げます。どんなことがあっても、決して挫けません。
須田さんも大変だとは思いますが、希望を捨てず頑張ってください。
あなたはとても強く、立派な方です。お会いできてよかった」
雛と須田は、共に嬉しそうに微笑みあった。
雛と神威と宇随の三人は、それから順調に勝ち進み、残り十二人の中に残っていた。
次の試合で勝利すれば、勝者六人の中に入り、合格ということになる。
対戦相手の発表を、今か今かと待つ参加者たち。
中央ボードの前には大勢の人が集まっていた。
すると、係の者が中央のボードに名前を張っていく。
雛はわくわくしながら、自分の名を探した。
そして、自分の名前を見つけ、その対戦相手を知り驚愕する。
『斎藤雛―高橋宇随』
確かに、雛は宇随と一線
しかし、それはこの試合ではない。
トーナメント戦で一度でも負ければ、それは不合格を意味する。
神威と宇随にだけは、当たりたくなかった。
一緒に新しい世をつくっていくメンバーになりたいと強く思っていた。
二人とも実力と人格ともに申し分ない。
これからの世の中に必要な人たちだ。それを雛は誰よりも強く感じていた。
ここで宇随が不合格になることを、雛は望んでいない。
……しかし、ここで負けるわけにはいかない。
雛がボードの前で立ち尽くしていると、後ろから宇随が声をかけてきた。
「こうなっちまったもんはしかたない。
雛、手加減なんかするなよ。正々堂々と行こうぜ!
どっちが勝っても負けても、恨みっこなしだっ」
宇随が笑顔を向けてくる。
その微笑みに、雛は少し心が軽くなるのを感じる。
しかし、それと同時に、どうしても宇随との戦いに前向きになれない自分がいることも、雛は自覚していた。
試合開始まで雛はベンチに座って一人考え込んでいた。
宇随はこれまでの者たちとは格が違う。
手加減して勝てる相手ではない。
しかし、宇随相手に本気で戦うことができるのか……。
そこへ、神威が近づいてくる。
何も言わず、彼は雛の隣に静かに腰を下ろした。
そのまま神威はしばらく黙り込んでしまう。
雛は少々戸惑いつつ、神威の様子を覗うようにそっと横目で見た。
「迷っているのか?」
「え?」
突然そう問われ、雛は驚いて神威の方へ顔を向ける。
「高橋宇随のことだ。
おまえたち仲が良いだろ? だから悩んでいるのかと思ってな」
私の方は見ず、まっすぐ前を見つめ淡々と話す神威。
心配してくれているのだろうか。
雛はなんだか嬉しくて、神威に心の内を話してみたくなった。
彼なら受け止めてくれる、そんな信頼があった。
「不安なんです。宇随さんのこと好きだから、本気で戦えるか自信がなくて」
「……好き?」
神威がそこだけ強調して念を押す。
雛はいたって普通のことだというように答えた。
「はい、私は宇随さんのこと好きです。あ、もちろん神威さんも好きですよ」
雛があっけらかんと微笑むと、神威はなぜかあきれた顔をする。
「はぁ……あのな、反対の立場になって考えてみろ。
おまえが宇随に手加減されて、それで勝ったとしたら嬉しいか?」
「嫌です!」
雛の即答に、神威が小さく微笑んだ。
「それなら、もう答えは出てるだろ」
「そうなんですけど……」
まだすっきりしない様子の雛に、神威はため息をついた。
「前の試合で学んだんじゃないのか、勝負に情けは必要ない」
真剣な表情でそう告げる神威。
その視線を受け止め、雛はまた考え込む。
確かに、手加減することは相手に失礼なことだ。
それに、自分だって絶対負けられない理由がある。
「ま、最後はおまえが決めることだがな」
そうつぶやくと、神威は立ち上がった。
もう行ってしまうのかと雛は寂しく感じ、視線を向ける。
神威の背中はとても大きく感じた。
「俺は、おまえとこの先も共に戦っていきたいと思う。それが叶うことを祈ってるよ」
そう言い残し、神威は雛に背を向けたまま行ってしまった。
残された雛は下を向き、小さく震えていた。
「嬉しい……」
神威にあんな風に言ってもらえたことが、雛はこの上なく嬉しかった。
雛にとって神威は尊敬でき信頼できる剣士だ。そんな相手が自分を必要としてくれた。
共に生きようと誘ってくれた。
なんと幸せなことか。
雛は顔を上げる。
その目つきは、先ほどのものとは違っていた。