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第5話 神威の実力

 トーナメント開始を知らせる銅鑼どらの音が辺りに鳴り響いた。


 試合は一般の人たちにも開放され、見物できるようになっている。

 物珍しさから観衆たちは会場へ集まりはじめ、辺りは一気に人込みで埋め尽くされていった。


 試合は一対一で行われ、どちらかが負けを認めるか一方が戦闘不能と判断されるまで続くルール。


 それぞれ四つの区画で試合は同時に進行していく。


 初戦から神威が戦うということで一区画だけ観戦者の人数が以上に多かった。


 そこへ雛と宇随も人並をかいくぐり、神威の見える位置へと移動し試合開始を待つことにした。


 神威はもう既に位置につき、試合が始まるのを待っているところだった。


 彼は試合前だというのに落ち着きはらい、顔色一つ変えず佇んでいた。


 対戦相手はというと、神威を威嚇いかくするように睨み、鼻息荒く興奮している。

 筋肉質な体が目立つ、いかにも戦闘になれた屈強そうな男だった。


 体格的には圧倒的に相手の方が有利に見えるが、その余裕な態度から観衆は神威の勝利をはじめから確信しているように感じられた。


 神威への声援が飛び交う中、審判の声が高らかに響いた。


「はじめ!」


 試合開始の合図とともに、早速相手の男は神威に飛び掛かってきた。


 神威はピクリとも動かない。


 男が神威に向けて刀を振り下ろす。が、そこに神威の姿はもうなかった。


 どこへ消えたのかと男は周りを見渡す。


「これがあなたの実力ですか?」


 背後から声をかけられ、驚いた男は急いで神威から間合いを取った。


 男の額には冷や汗が滲む。

 観衆も神威のあまりに早いスピードに驚きを隠せない。


「おい、今の見えたか?」

「いや、あいつの動き見えなかった」


 皆が驚く中、宇随だけが喜んでいた。


「そうだろうよ、そうでなきゃつまらねえ。面白くなってきた!」


 隣で楽しそうに笑う宇随を雛はあきれたように見つめ、改めて神威を見つめる。


 神威の闘いをはじめて見るが、彼の実力はやはり計り知れない。

 あんな速さで動く人、今まで見たことなかった。


 勝負してみたい、雛の剣士としての心がざわつく。


 こんな気持ちになったのははじめてだった。


 雛が本気で戦える相手に出会えたのかもしれない。

 そう思うと嬉しくて、雛は輝く瞳で神威の戦いを見守るのだった。


「おい、調子に乗るなよ。

 ちょっとスピードが速いからって、そんな細い腕じゃ俺を倒せないぜ」


 男が神威に向け筋肉アピールをするが、神威はどこ吹く風だ。


「そうですか、ではかかってきてください。

 今度はあなたの力をはかるため、受け止めますよ」


 その余裕の態度が男の怒りを頂点に押し上げた。


「馬鹿にしやがって、てめえだけは許さねえ! あとで後悔しても知らねえぞ!」


 男は大きな雄叫おたけびを上げ、神威に襲い掛かる。

 神威も今度は刀を構えた。二人の刃が激しく交わる。


 男が力ずくで神威をねじ伏せようとするが、神威はびくともしない。


 屈強な筋肉を武器に、男は鼻息荒く刀を持つ手に力をめる。

 そんな男を神威は透かしたような目で見つめた。


「こんなものですか」


 つまらなそうな表情をする神威。


 その態度に男は強烈な雄叫び上げ、もう一度力任せに刀を振り下ろした。


 すると男が突然動きを止めた。

 かと思うとその巨体がゆっくりと倒れていき、地面へと沈んでいった。


 男は気絶していて動かない。


 それを確認した審判が叫ぶ。


「勝者、中村神威!」


 観衆がざわついた。


「いったい何が起きた?」

「見えたか?」

「あいつ動いてないよな?」


 皆が混乱し騒ぐ中、雛と宇随だけは真剣な眼差しで神威を見つめていた。


「見えたか?」

「はい」

「さすがっ」


 宇随が嬉しそうに笑い雛を見る。

 雛は神威を見つめたままだった。


 神威はすごい速さで動き、相手のみぞおちに打撃をあたえたのだ。


 皆が不思議がるのもしかたない、普通の人の目には彼が動いていないように見えたに違いない。


 あの速さ、技を近くで味わってみたい。


 輝いた瞳で神威のことを見る雛を、宇随はいぬかしげに見つめる。


「変わったやつ……」





「さあ、次は俺の出番だぜ!」


 張り切って笑顔を見せる宇随。

 わくわくしているのが伝わってくる。


「頑張って」


 雛が声をかけると、宇随は満面の笑みを向ける。


「おうよ!」


 ブンブンと腕を振り回しながら自分の試合会場へと向かっていく。

 そんな宇随を微笑ましく見つめながら雛もその区画へと向かった。


 試合会場へ到着すると、もう既にたくさんの観客が集まっており人で埋め尽くされていた。


 宇随の試合がよく見える位置へ雛が移動すると、誰かとぶつかる。


「すみません」


 見上げると、驚いた表情の神威が雛を見つめていた。


「また君か」

「……中村神威さん!」


 雛が驚いて叫ぶと、神威は怪訝けげんそうな表情を向ける。


「……なぜそんなに驚く?」

「先ほどの試合見させてもらいました。素晴らしかったです!」


 雛が少し興奮気味にキラキラした瞳を神威に向ける。

 何を言っているのかわからないというように眉を寄せる神威。


「どういうことだ? 俺が恐くないのか?」

「恐い? よくわかりませんが、すごいと思いました。

 あんな速さで動ける人、今まで見たことありません。

 それに、あの力を受け止めはじき返せるなんて、どれほどの強さを秘めているのですか? あれは全然本気じゃないですよね?

 あなたの本当の強さを見てみたい、あなたと戦いたいって思いました!」


 力説する雛に圧倒され、神威は何も言わず黙り込む。


「あ、すみません、いきなりこんな、失礼ですよね。

 でも、あなたのことすごいって思ったのは本当だし、戦ってみたいって思ったのも本当です」


 雛は真剣な表情で神威を見つめる。

 神威もそんな雛をしばらくじっと見つめていた。


「君、変なやつだな。俺のことを恐れ関わりたくないって奴は多いんだが。

 ましてや勝負したいなんて、はじめて言われた」


 神威が少し微笑んだ。

 はじめて見る神威の表情に雛は見惚みとれてしまった。


 とても優しくて綺麗な笑顔……。


 雛はそんな感情を抱いてしまった自分に驚く。


 神威はすぐに真顔へと戻った。


「なんだ? じっと見つめて」

「いや、笑顔が素敵だなあって」


 雛は素直な感想を言った。

 すると神威の様子が急変する、目が泳ぎ落ち着かない。


「な、何を。君は本当に変な奴だ。

 ……まあいい。それより、君の試合はまだなのか」


 神威はなぜか急に話題を変えてきた。


「はい、私は次に行われる試合に出ます。もしよければ見にきてください」


 雛が笑顔を向けると、神威は顔を背け咳払いした。


「気が向いたらな」

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