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第4話 出会い

  雛は大きく立派な門を見上げ、立ち尽くしていた。


 紙に記されていた招集場所はここのはずだ。

 門に続く左右の壁はにどこまでも続いており、終わりが見えないほどだった。


「……緊張してきた」


 勢いでこんなところまできてしまったけど、本当に女だとバレないだろうか。

 急に不安が押し寄せてくる。


 雛は大きく深呼吸した。


「邪魔だ」


 突然、背後から声が聞こえ振り返る。


 一人の男が雛を見下ろしていた。

 雛の顔を見たその男はわずかに反応する。


「君は……」


 そうつぶやき雛をじっと見つめてくる。

 雛はこの男を知らなかった。


 少し長く伸びた黒髪から、覗く瞳。

 端正な顔立ちに見つめられ、雛は柄にもなくドキッとしてしまう。


「どこかでお会いしましたか?」


 雛が男を見つめ返し問いかけると男は視線を逸らした。


「いや」


 それだけ言うと男は門の中へ入っていく。


 今の雛は男装をしている。

 この恰好を誰かに見られたことは一度もない。

 もし女の雛を知っていたなら何か言ってくるはずだ。

 知り合いに似た人でも居たのかもしれない。


 あまり気にすることもないだろう、そう思い直した雛も気合いを入れ直し、男のあとに続き門をくぐった。




 門の中は大きな広場になっていて、遠くの方にお屋敷が見える。


 広場にはすでに多くの男たちが集まっていた。


 いかにも剣の腕に自信がありそうな剣士、筋肉が強調された屈強そうな男、力はなさそうだが頭脳戦で活躍しそうな知的な雰囲気をもつ者、それぞれが自分に自信と誇りをもってここに集結していた。


 おそらく、この中で一番華奢きゃしゃで小柄なのは雛だった。


 雛を見た男たちは目を丸くする。


 こんな女みたいな奴がこんなところにきてどうするんだ、という声が聞こえてきそうだ。


 そんなことは覚悟の上だ。

 雛は男たちの視線を気にすることなく堂々と歩く。


 唐突にそれは始まった。


 広場に設置された壇上だんじょうに一人の男が上がった。

 男は集まった者たちに向かって叫ぶ。


「皆、よく集まってくれた。私はここを任されている伊藤いとうだ。

 これから諸君しょくんには試合をしてもらう。トーナメント戦で勝ち抜いた上位六人が最終的に合格者ということになる。

 お互い実力を出し切って本気で戦ってほしい。

 刀は真剣だが刃が斬れないように細工してある。相手を殺してしまった場合は即失格とする。

 だが、そうならないように私たちが見張るので心配しなくていい。

 試合は今から三十分後に行う。準備して待機するように。それでは健闘を祈る」


 それだけ言うと、その男は壇上から降り姿を消した。


 雛よりずっと大人で、顔つきといい体格といい、そのしっかりした物言い。

 彼がこの組織をこれからまとめていく人物なのだろうか。


 雛が思案していると、周りが騒ぎはじめた。


 先ほどの説明を聞いた男たちが口々に愚痴ぐちり始めたのだ。


「なんだよ、ここにくればそれでいいと思ってたのによ」

「たった六人? 少なすぎないか?」

「金はもらえるんだろうな」


 どうもお金目的で集まったやからが多いようだ。

 他にも権力や出世目的も多そうだが、雛のように本当に世をうれいて世の中を変えたいという思いでここへ来た者は案外少なそうだ。


「なんだよ、おまえらそんな小せえこと言ってんのか!」


 いつの間にか雛の隣に男が立っていた。


 ド派手なオレンジ色の髪に、着物の前がはだけて胸元が見えているようなだらしない恰好をしている。

 本当に剣客なのだろうか。


 雛は眉を潜め、その人物に注目していると、男は愚痴り合う男たちに向かって話しかけた。


「今の世の中に不満があるから来たんだろ?

 自分の力で変えてやろうとか思わないのか? 自分が駆け上がっていけば金なんてあとからついてくるだろ」


 男の言葉に、三人は顔を見合わせると可笑しそうに笑った。


「おまえ、バカだろ。ここに来る連中は全国から集められた猛者もさたちだぜ。その中でたった六人の中に入れるわけねえだろ。

 俺は金さえ手に入ればそれでよかったんだ」


 一人の男がそう言うと、残りの二人も頷く。

 それを見た男は大きくため息をついた。


「まったく情けねえ、だからこの国はいつまでたってもよくならないんだ。

 俺は行くぜ! 六人の中に選ばれてこの国を変えてやるんだ。

 俺は皆が笑っていられる世をつくる!

 覚えておけ、俺は高橋たかはし宇随うずい様だ!」


 雛は宇随を見つめる。


 同じだ、ここにも私と同じ信念を持つ人がいた。


 宇随のことをじっと見つめる雛。

 その視線に気づいた宇随が雛に近づいてくる。


「なんだよ、そんなにじっと見て。あ、もしかして、俺に惚れたのか?」

「ち、ちが」

「わかってるって。いいこと言うなあって感動してたんだろ。

 おまえ、見る目あるよ。可愛い顔してるし、俺の子分にしてやってもいいぜ」


 宇随が調子づいて雛の肩に手を置いた瞬間、彼の体は宙に浮いていた。


 雛の一本背負いが決まる。


 瞬時に受け身を取った宇随は、完全に地面に着く前に向きを変え体制を整え身構えた。


 周りにいた男たちは驚いて皆その場から散っていく。


「……おまえ、すげえな。女みたいな顔してやるじゃん」


 宇随が雛を見て嬉しそうに笑った。

 雛は宇随を睨み返す。


「あんまり舐めてると、痛い目みますよ」

「へえ、見せてもらおうじゃん」


 宇随が楽しそうに言い、一歩踏み出そうとした。そのとき、


「やめとけ」


 宇随の背後から声をかけてきた人物。

 先ほど門のところで雛と話したあの男だった。


 振り向いた宇随が驚いた顔をする。


「これはこれは……、中村なかむら神威かむいさんに声をかけてもらえるなんて嬉しいね」


 宇随は神威から間合を取る。

 神威が雛をちらっと見たが一瞬で目を逸らした。


「ここで騒ぎを起こすと全員落とされるかもしれんぞ。いいのか」


 神威が釘を刺し、宇随を睨んだ。


「だな……助かった。ついノリでさ。

 ……それより、あんたと対戦できるの楽しみにしてるよ」


 宇随は手を差し出す。

 しかし、神威は黙って宇随を見つめその手を取ることなく、変わりに雛の方を見た。

 雛が話しかけようとすると、さっと視線を逸らされてしまう。


 神威が去っていくのを追おうとする雛、すると宇随に声をかけられた。


「おっと、ちょっといいか」


 宇随に気を取られた隙に神威はどこかへ行ってしまったようで、彼の姿は既に消えていた。


 仕方なく雛は宇随についていくことにした。




「さっきは悪かったな。

 俺さ、強い奴見るとすぐやり合いたくなっちゃうだよな」


 宇随は軽く謝ると雛にも握手を求めてきた。

 雛も先ほど投げ飛ばしてしまったことは悪いと思っていたので、素直に握手に応じる。


「私の方こそごめんなさい。女みたいって言われて、気にしていたからつい」

「そうだよな、本当に悪い。でもおまえマジで強いだろ?

 俺にはわかるぜ、あの身のこなし、俺を投げ飛ばすなんてさ。

 俺、おまえのこと気に入った。お互い六人の中に残れるように頑張ろうぜ」

「ええ」


 雛がふと疑問に思っていたことを宇随に尋ねる。


「ところで、さっきの男性と知り合いなんですか? 中村神威さんでしたっけ?」

「ああ、別に知り合いではないけど、あいつ超有名人なのよ。

 地元で有名な公家くげの出で、さらに剣の腕前も超一流。あいつに敵うやつはもう国にはいないって話だぜ。

 俺あいつと地元が同じで、たまたま顔知っててさ」


 宇随の話だと雛とは住んでいる地区が違うようだ。

 遠いところに住んでいるならますます雛のことを知っているはずはない。

 どうしてあんな反応や視線を送るのだろうか。


 雛が思案していると、宇随がからかってくる。


「あれ? もしかして、惚れた? あいつモテるからなあ。

 家柄はいいし、顔もいいだろ、それに剣の腕もピカイチ。羨ましいね。

 しかーし! 俺はあいつに勝つぜ。

 見てろよ、俺が日本一だって証明してやる」


 張り切って気合いの雄叫びを上げる宇随に、雛は圧倒される。


 元気いっぱいで羨ましいかぎりだ。

 こういう人がいる方が皆の士気しきが上がっていいのかもしれない。


 雛は微笑みながら宇随が語る自慢話にしばし耳を傾けていた。


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