これは正義感溢れる少女が自分の生き方にもがき、信念を
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立派な
「やあっ!」
「また、やられた! 雛は強いなあ」
娘にやられ、笑顔を向ける父。
その微笑みから彼の優しさが
雛の父、雄二は武士だった。
長い間、戦いの中に身を
戦うことよりも教えることの方が
そんな父を真似るように、いつしか幼い雛は
それがすべてのはじまりだった。
これを機に、彼女の才能が目覚め開花していくことになる。
雛は小さい頃から、雄二の弟子の中に混じり剣術に明け暮れた。
雄二も娘が剣術に興味を持ったことを嬉しく思い、雛に稽古をつけた。それがどんなに厳しい稽古でも、雛は弱音一つ吐かなかった。
日に日に剣の腕を上げていく雛に雄二は驚きを隠せなかった。
はじめは皆、小さな少女が竹刀を必死に振り回す姿を微笑ましく見守っていたが、徐々に雛の実力が発揮されていくと、皆の顔つきが変わっていった。
雛が十歳の頃には、弟子の中で雛に
その頃には他の道場へ試合を申し込み、次々に
雛は武家の間で噂の
しかし、雛は女、そのことを皆が
男だったらよかったのに、と皆が口にするのを雛もよく耳にするようになり、彼女自身そのことで思い悩むことが多くなった。
雄二も雛の実力は認めていたが、決して心から喜んではいなかった。
大人になれば自然にあきらめ、普通の
雛は十五歳になった。
もうこの辺りでは雛の敵になる者は誰もいなくなっていた。
それでも彼女は強くなるため、稽古に励む日々を送っていた。
「おまえは何でそんなに強いんだ?」
たった今、雛に打ち負かされた門下生の
高杉はこの道場のはじめての門下生で、雛とは付き合いが長い。
気楽に話の出来る相談相手だった。
雛は彼を助け起こすと、笑顔で答える。
「いつかこの力を国のため、人々のために使う日がくる。
そのために私は強くなりたい。どこまでも、誰よりも」
力強い眼差しを向けられた高杉はため息をついた。
「もう、十分だよ。おまえに敵う奴はいないんだから」
「世界は広い、私より強い人がいるかもしれない」
当たり前だろうというように堂々と言い張る雛を、
「まあ、そりゃそうかもな。
……でも、おまえ女なんだから、そんな強くなっても意味ないだろ。
将来は嫁に行くんだろう?」
その言葉を聞いた瞬間、雛が不機嫌になり高杉を睨む。
「わかってる! 今までいろんな人から散々聞かされてるから。
それでも私はあきらめたくない。
人生何が起こるかわからない、もしかして私の力が誰かのために
人を救うのに女とか男とか関係ない!」
高杉にそう吐き捨てると、雛はその場から走り去っていった。
その夜、雛と雄二は親子二人、いつものように静かに夕食をとっていた。
ごはんにお味噌汁に焼き魚というごく一般的な質素な食事だ。武士の家だからと
雄二は堅実な人物で決して贅沢をしない、雛はそんな父を尊敬していた。
ふいに、雄二が心配そうな表情で雛に声をかけてきた。
「雛、元気がないな、どうかしたのか」
「…………」
黙り込み、下を向く雛を雄二が覗き込もうとする。
すると、いきなり雛が顔を上げた。
「父さん、私、国のため人のために剣を振るいたい。
困っている人たちの力になりたい。
でも、周りの人たちは私が女だから無理だって言うの。そんなことないよね?」
雛が不安げに父を見つめる。
雄二は困ったような表情をして雛から目を逸らした。
「……おまえの気持ちはわかる。
お前が剣術を好きになってくれたこと、父さんは嬉しかった。
だが、今ままではそれでよかったが、これからは駄目だ。
おまえは女だ、女は戦場には行けない。
戦うことは男に任せて、おまえは女としての幸せを考えなさい」
雄二がそう告げると、雛の表情が一変し、その可愛い顔に怒りの感情が滲む。
「父さんまでそんなこと言うの? 女だから男だからとかそんなこと関係ない!
私の人生は私が決める! 母さんだったらきっと賛成してくれた!」
『母さん』という言葉に、雄二の瞳は揺らいだ。
悲し気な瞳を雛へ向けてくる。
雛の母は、雛がまだ幼いときに亡くなった。
母はとても優しく情に厚い女性だった。誰にでも優しく誰からも好かれていた。
どんな人にも心を配り、優しさと愛を与える母は雛の理想の人だった。
そんな母は突然帰らぬ人となった。
いつものように買い物へ行った母はその途中で
ただ子どもが横切っただけで、それを庇っただけで殺されるのか?
そんなに人の命は軽いのか?
雄二は、悲しみの中で母を
もちろん雛も母がしたことは誇らしいと思った。
では、どうして称えられるような母が斬り殺されなければならなかったのか。
こんな世の中間違っている。
幼い雛の心の中に絶望と
そして、母の
母のような人を守れるような人間になりたい。
自分のように悲しむ人間を増やしたくない。
そのために、人を守れる強さが欲しい。
雛は誰よりも強くなり、弱き人々を守るため、剣の道を歩み続けた。
「母さんだって、おまえには幸せになって欲しいはずだ。女としてな」
小さくつぶやく雄二は下を向いていていて、どんな表情をしているのかはわからない。
しかし、手は小さく震え、母のことを思い出しているようだった。
「私の幸せは私が決める。
弱き者を助け、皆が笑って暮らせる世を作る。
それが私の幸せ、絶対譲らない」
そう強く宣言すると、雛は立ち上がり雄二に背を向け去っていった。
一人残された雄二は深いため息をつき、胸にしまっていた妻の写真を取り出す。
その写真を見つめると、小さく微笑みつぶやいた。
「雛はおまえに似ているよ……」