表彰式が終わって安堵したのもつかの間、俺たちは地元新聞社からの取材を受けることになった。
「ポスターをこのような構図にした理由はなんでしょう? 画材の選定方法や、作品のコンセプトは?」
「え、えっと、あの、その……」
全国から選びぬかれた美術科でも、何十人もの部員を抱える美術部でもなく、部員数わずか四人の同好会が伝統あるポスターコンクールで優勝したとなれば、話題性があるのはわかる。
だけど、俺たちは取材なんて受けたことがない。スーツ姿の記者を前に、緊張しっぱなしだった。
……そんな新聞社からの取材は1時間ほどで終わったものの、続いて新聞部から質問攻めにされた。
それが異様なほど長く、ようやく開放された頃には、体育館の時計は17時近くになっていた。
「さ、さすがに疲れた……」
「後半、何を喋ったか全く記憶にないんだけど……」
「俺もだ……頭、真っ白だったぞ」
そんな感想を口にしながら、俺たち五人は立派な額に入った賞状を手に、体育館をあとにする。
渡り廊下から見える入場ゲートは西日に照らされ、祭りの終わりを告げていた。
グラウンドも静かなもので、もう人もほとんど残っていないようだった。
「皆、おつかれさまー」
夕日に染まった渡り廊下を進んでいると、その先で
「先生、どこ行ってたんですか? 取材の間、全然姿見せなかったですよね?」
「記者の人も、顧問の先生の話を聞きたがってたっすよ」
「ごめんなさいねー。ちょっと重要な会議が入っていたのよー」
先生は平謝りするも、
「それより、皆に良い知らせがあるの。イラスト同好会、正式に部活動に昇格することになったわよ」
「え、本当ですか?」
「もちろん、本当よー。皆、おめでとう」
続いた先生の言葉に、俺たちは歓声を上げて喜び合う。おかげで長い取材の疲れも吹き飛んでしまった。
「実を言うと、さっきまで緊急の職員会議が開かれていてね。部活動への昇格は、満場一致で決まったわ。明日から、イラスト部よ」
再び笑顔になりながら、井上先生が言う。
歴史あるコンクールで優勝した以上、学校側としても昇格させないわけにはいかなかったようだ。
「やったね、内川君! ついに目標達成!」
嬉しさのあまり言葉を失っていると、汐見さんが飛びつくように俺の手を握ってくる。
予想外の行動に俺が固まる中、翔也や
……あれ?
……けれど、その輪の中に部長の姿がなかった。
ついさっきまで、一緒にいたはずなのに……おかしいな。
「明日と明後日は休みだし、今から打ち上げ行く? 今回は朝倉先輩も一緒にさ」
「馬鹿、
汐見さんと翔也のそんなやり取りが聞こえる中、俺は部長の姿を必死に探す。
「あー、そうだったね……じゃあ、明日? 内川君、どうする?」
「え? ああ……そうだね。明日がいいかな……」
上の空で返事をするも、俺の内心は穏やかじゃなかった。何か、嫌な予感がする。
「この賞状、部室に置いてくるからさ。先に帰ってて」
言いようのない不安に駆られた俺は、仲間たちにそう伝えると、部室へ向けて駆けだした。
「……部室に戻ってるかと思ったけど、ここにもいない」
息を切らせながら部室へ飛び込むも、そこにも部長の姿はなかった。
「雨宮さん?」
机に賞状を置き、その名を呼んでみるも、やはりなんの反応もない。
「……どこに行ったのかな」
胸の中にざわざわしたものを感じたまま、俺は部室を出る。
他に部長が行きそうな場所といえば、あそこしか思い浮かばなかった。
「ここにもいない……」
続いて屋上へ足を運んでみるも、そこにも部長の姿はない。
ただただ、茜色の世界が広がっているだけだった。
俺は首を傾げたあと、階段を下っていく。
――護くんに出会えて、本当によかった。あと、ちょっとだ。
その時、俺の脳裏に部長のある言葉が思い出された。
それは二人で花火を見たあの日、彼女が発した言葉だ。
「まさか部長、願いが叶って成仏してしまった……とか」
自分でそう口にした直後、胸が締めつけられるような思いがした。
……いや、そんなはずは。
何度も頭を振ってみるも、一度生まれた不安は大きくなるばかりだった。
いても立ってもいられず、俺は再び走り出した。
◇
……ほとんど人がいない校舎を駆け回り、部長の姿を探す。
でも、どこを探しても彼女の姿は見つけられなかった。
……彼女は本当に成仏してしまったんだろうか。
やがて校内を探し尽くした俺は、肩を落としながら部室へと戻ってくる。
「んふふふ……んふふ……」
……するとそこに、賞状を眺めながら悦に浸る部長の姿があった。
「は……?」
彼女を見つけた驚きと安堵感から、俺は脱力してその場に座り込んでしまう。
「え、護くん……どうしたの?」
「どうしたの、じゃないですよ……」
俺の存在に気づいた部長が駆け寄ってきて、目線を合わせてくる。
「……あれ、もしかして、泣いてる?」
「う、嬉し泣きですよ。色々な意味で」
「うーん?」
慌てて涙を拭うも、不思議そうに首を傾げる彼女を直視できず、俺は顔を背ける。
「俺……てっきり、部長が成仏したかと思って」
「……イラスト部に昇格するっていう、願いが叶ったから?」
「そ、そうです。それで、一度そう考えたら、すごく怖くなってしまって」
「……そっかそっか。私がいなくなるのが怖くて、泣いちゃったと。まーくんは相変わらずだなー」
「いやっ……そういうわけでは……」
「いいから、ちゃんとこっちを見て」
「ぶっ!?」
部長は両手で俺の頬を挟み、強引に正面を向かせる。否が応でも、彼女と視線が重なる。
「まだ最初の願いが叶っただけ。新しくやりたいこともできたし、簡単に成仏してたまるものか」
まっすぐに俺を見つめながら、彼女ははっきりとした口調で言う。
その海のように青い瞳いっぱいに、強い意志が感じ取れた。
「新しくやりたいこと……って、なんです?」
「それはね……」
目を合わせたまま尋ねると、彼女はじわり距離を詰めてきて、その吐息が顔にかかる。
「……まだ、教えてあげない」
「なんですかそれ」
俺が拍子抜けした直後、彼女は手を離して立ち上がる。
続いて後ろ手を組みながらその場で一回転し、わずかに頬を赤く染めながら、顔をほころばせた。
それを見た俺は、思わずどきりとしてしまう。それくらい、今の彼女はかわいく見えたのだ。
「ところで、皆はもう帰っちゃったの?」
「ええ、先に帰ってもらいました。明日、打ち上げやるそうですが、部長も来ます?」
「もちろん行く! カラオケかな?」
「特に何も決めてないですし、夜にでもメッセージが来ると思いますよ」
「じゃあ連絡来るまで、また護くんの部屋にお邪魔しようかなー」
彼女は心の底から嬉しそうに言い、手を差し出してくる。
「それは構わないですけど……その手はなんです?」
「せっかくだし、昇降口まで手を繋いでいこうかと」
「え、誰かに見られたら大変ですよ」
「大丈夫! 文化祭のあと、こんな時間まで残ってる人はいないよ。ほら!」
言うが早いか、彼女は俺の手をしっかりと掴むと、一気に引き起こす。
そして満面の笑みを浮かべたまま、手を引いて駆けだした。
その温かく、柔らかい手の感触を感じながら、俺は思った。
幽霊になっても、この人は本当に変わっていない。
明るく元気で、イラストが大好きな、みゃーちゃんのままだ。
……時々強引なのは、玉にキズだけど。
――奇跡的な出会いから始まった、俺たちの関係。
――それはこんな調子で、まだまだ続いていくのだろう。
イラスト部の雨宮さんはペンが持てない!
第一部・完