やがて文化祭も終わりを迎え、体育館での閉会式が始まった。
人がまばらだった開会式と違い、閉会式はほぼ生徒全員が出席している。
というのも、閉会式では各種表彰が行われ、その中にはポスターコンクールの表彰式も含まれるからだ。
その注目度は高く、地元の新聞社まで取材に来ている。
そんな状況の中、俺はイラスト同好会の皆と一箇所に集まっていた。
特に並び方の指定はされていないので、他の学生たちも友人同士や部活動ごとに集まっているようだ。
「……うむ。幽霊なのに胃が痛い」
俺の横に立つ雨宮部長はそう言い、みぞおちの辺りを押さえていた。
気持ちはわからなくもないけど、たぶん気のせいだと思う。
その部長の背後に立つ
「いよいよか……さすがに緊張するな」
その時、緊張した面持ちの
「そうだね……でも、皆も協力してくれたし、きっと大丈夫だよ」
とっさにそんな言葉を返したものの、俺も内心不安は拭えなかった。
ちなみに、翔也の後ろにいる
もしかして、神頼みしてくれているのかな。
その間にも閉会式は進み、いよいよ結果発表の時が近づいてきた。
「……それでは、第34回・
壇上に立った校長先生が手元の資料に視線を落としたあと、大きく息を吸った。
部長じゃないけど、俺もその瞬間は胃が縮む思いがした。
「まずは……第三位。65票を獲得した、3年D組」
……発表と同時に、該当クラスが沸き立った。
ほどなくして、ステージ奥のスクリーンにその作品と得票数が表示される。
ポスター台紙いっぱいに絵の具をぶちまけたような作品で、いわゆる抽象画に近い。けれど、すべて計算し尽くされたように色の配置がされていた。さほど解像度の高くないスクリーン越しに見ても、その躍動感が伝わってくる。
D組ということは美術科だし、さすがと言うほかなかった。
「大丈夫! 65票は超えてる……はず」
その画面を見た部長がそう口にするも、その声量は尻すぼみになっていった。
「えー、続いて、第二位」
湧き上がった歓声が静まるのを待ってから、校長先生が資料をめくる。
紙と紙が擦れる音が、やけに大きく聞こえた直後、壇上の彼の目が見開かれたのがわかった。
「……第二位は、美術部。102票」
一瞬の間をおいてその口から出たのは、美術部の名だった。
先程と同じように歓声が巻き起こるも、動揺の声のほうが明らかに多かった。
「……美術部が二位? 確かなのですか?」
「ええ、何度も数え直しました……」
それは先生たちも同じようで、ステージ脇ではざわめき声が広がっている。
そんな中、
「えー、皆さん、お静かに」
その様子を見た校長先生はわざとらしく咳払いをし、場を落ち着かせる。
「第34回・京桜祭ポスターコンクール、優勝は……」
それから改めて資料に目を落とし、静かに言葉を紡ぐ。
「――イラスト同好会。103票」
その口から発せられたのは、間違いなくイラスト同好会の名だった。
次の瞬間、まるで爆発したような歓声が俺の周囲を包み込んだ。
……俺たちはわずか一票差で、優勝を勝ち取ったのだ。
「
「おわっ……」
これまでの、あらゆる努力が報われた達成感に包まれていると、感極まった部長から抱きつかれた。
「やったな、護!」
寸分遅れて、翔也が俺の肩を抱いてくる。彼も喜びすぎているのか痛いくらいだった。
苦笑しながらその顔を見ると、その目尻に光るものが見えた気がした。
「ちょっと翔也、内川君、痛がってるじゃん。それに泣いてる?」
「そう言うほのかだって、泣いてんじゃねーよ」
「こ、これは違うし!」
ごしごしと乱暴に目を擦ってから、汐見さんは満面の笑みを浮かべた。
「しおみん、やるじゃーん」
「あたしたちの広報活動のおかげかな?」
「ふぎゃっ!?」
その矢先、汐見さんが女生徒たちに捕まっていた。そのやりとりからして、どうやら知り合いらしい。
「内川君、やったわね。おめでとう」
「あ、ありがとうございます。先輩のおかげですよ」
もみくちゃにされる汐見さんを見ていた時、朝倉先輩がそう祝福してくれる。
俺は部長と翔也に左右から抱きつかれた不格好な姿勢のまま、彼女にお礼を言う。
「あら、私は背景を手伝っただけよ。あのポスターのほとんどは、内川君と部長さんが描いたのでしょう?」
「そ、そうですね。部長には感謝しかないです」
「……私も、護くんには感謝しかないよ」
俺がおもむろにそう口にした時、部長が吐息のかかる距離でそう呟いた。
「護くんがいなかったら、絶対描けなかったもん。本当に、ありがとう」
耳に届いた彼女の言葉は俺の中へ染み渡り、この上ない喜びと充実感を与えてくれた。
「でも、本当に優勝しちゃうなんてね。これから色々大変だと思うけど、頑張ってね」
その時、先輩が俺の背後を見ながら笑顔を浮かべていた。
不思議に思っていると、背中に衝撃が走る。
「内川、やったな! クラスメイトとして、鼻が高いぞ!」
「委員長も三原も、おめでとう!」
振り返ると、そこにクラスメイトたちが集まっていた。その向こうには、天文部の天野さんの姿も見える。
皆が皆、俺たちの優勝を祝福してくれ、歓喜の輪はますます大きくなっていった。
「あー、嬉しいのはわかるが、一旦静かに。ただいまより、表彰式を執り行います」
予想以上の反響に若干怯んだ様子の校長先生は、努めて大きめの声で言い、「各団体の代表者は壇上へ」と続けた。
「お呼びだぞ。ほら行け、部長代理」
「内川君、頑張って」
そして、俺は仲間たちに押し出されるようにステージへと上がる。
もちろん、これまでコンクールの受賞経験なんてないし、このような場に立つのは初めてだ。
賞状の中身が読み上げられる間も、俺はずっと夢見心地だった。
その一方、俺の隣に立ち並ぶ美術部の部長は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
やがて賞状を受け取った俺は壇上で振り返り、苦労をともにした部員たちを見る。
汐見さんに翔也、朝倉先輩。そして、雨宮部長。
大切な仲間たちは、その誰もが、幸福感に満ち足りた表情をしていた。
部長に至っては、全てやりきったかのような、そんな表情にも思える。
きっと、今の自分も彼らと同じ顔をしているのだろう……なんて考えながら、俺は万雷の拍手を浴びたのだった。