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第52話 運命の結果発表

 やがて文化祭も終わりを迎え、体育館での閉会式が始まった。


 人がまばらだった開会式と違い、閉会式はほぼ生徒全員が出席している。


 というのも、閉会式では各種表彰が行われ、その中にはポスターコンクールの表彰式も含まれるからだ。


 その注目度は高く、地元の新聞社まで取材に来ている。


 そんな状況の中、俺はイラスト同好会の皆と一箇所に集まっていた。


 特に並び方の指定はされていないので、他の学生たちも友人同士や部活動ごとに集まっているようだ。


「……うむ。幽霊なのに胃が痛い」


 俺の横に立つ雨宮部長はそう言い、みぞおちの辺りを押さえていた。


 気持ちはわからなくもないけど、たぶん気のせいだと思う。


 その部長の背後に立つ朝倉あさくら先輩はいつもと変わらぬ表情をしていた。こういう場には慣れているのだろうか。


「いよいよか……さすがに緊張するな」


 その時、緊張した面持ちの翔也しょうやからそんな声が飛んでくる。


「そうだね……でも、皆も協力してくれたし、きっと大丈夫だよ」


 とっさにそんな言葉を返したものの、俺も内心不安は拭えなかった。


 ちなみに、翔也の後ろにいる汐見しおみさんは胸の前で手を合わせて、なにやら呟いている。


 もしかして、神頼みしてくれているのかな。


 その間にも閉会式は進み、いよいよ結果発表の時が近づいてきた。


「……それでは、第34回・京桜祭けいおうさいポスターコンクールの結果を発表いたします」


 壇上に立った校長先生が手元の資料に視線を落としたあと、大きく息を吸った。


 部長じゃないけど、俺もその瞬間は胃が縮む思いがした。


「まずは……第三位。65票を獲得した、3年D組」


 ……発表と同時に、該当クラスが沸き立った。


 ほどなくして、ステージ奥のスクリーンにその作品と得票数が表示される。


 ポスター台紙いっぱいに絵の具をぶちまけたような作品で、いわゆる抽象画に近い。けれど、すべて計算し尽くされたように色の配置がされていた。さほど解像度の高くないスクリーン越しに見ても、その躍動感が伝わってくる。


 D組ということは美術科だし、さすがと言うほかなかった。


「大丈夫! 65票は超えてる……はず」


 その画面を見た部長がそう口にするも、その声量は尻すぼみになっていった。


「えー、続いて、第二位」


 湧き上がった歓声が静まるのを待ってから、校長先生が資料をめくる。


 紙と紙が擦れる音が、やけに大きく聞こえた直後、壇上の彼の目が見開かれたのがわかった。


「……第二位は、美術部。102票」


 一瞬の間をおいてその口から出たのは、美術部の名だった。


 先程と同じように歓声が巻き起こるも、動揺の声のほうが明らかに多かった。


「……美術部が二位? 確かなのですか?」


「ええ、何度も数え直しました……」


 それは先生たちも同じようで、ステージ脇ではざわめき声が広がっている。


 そんな中、井上いのうえ先生だけが落ち着いているように思えた。


「えー、皆さん、お静かに」


 その様子を見た校長先生はわざとらしく咳払いをし、場を落ち着かせる。


「第34回・京桜祭ポスターコンクール、優勝は……」


 それから改めて資料に目を落とし、静かに言葉を紡ぐ。


「――イラスト同好会。103票」


 その口から発せられたのは、間違いなくイラスト同好会の名だった。


 次の瞬間、まるで爆発したような歓声が俺の周囲を包み込んだ。


 ……俺たちはわずか一票差で、優勝を勝ち取ったのだ。


まもるくん、やったよ! すごい!」


「おわっ……」


 これまでの、あらゆる努力が報われた達成感に包まれていると、感極まった部長から抱きつかれた。


「やったな、護!」


 寸分遅れて、翔也が俺の肩を抱いてくる。彼も喜びすぎているのか痛いくらいだった。


 苦笑しながらその顔を見ると、その目尻に光るものが見えた気がした。


「ちょっと翔也、内川君、痛がってるじゃん。それに泣いてる?」


「そう言うほのかだって、泣いてんじゃねーよ」


「こ、これは違うし!」


 ごしごしと乱暴に目を擦ってから、汐見さんは満面の笑みを浮かべた。


「しおみん、やるじゃーん」


「あたしたちの広報活動のおかげかな?」


「ふぎゃっ!?」


 その矢先、汐見さんが女生徒たちに捕まっていた。そのやりとりからして、どうやら知り合いらしい。


「内川君、やったわね。おめでとう」


「あ、ありがとうございます。先輩のおかげですよ」


 もみくちゃにされる汐見さんを見ていた時、朝倉先輩がそう祝福してくれる。


 俺は部長と翔也に左右から抱きつかれた不格好な姿勢のまま、彼女にお礼を言う。


「あら、私は背景を手伝っただけよ。あのポスターのほとんどは、内川君と部長さんが描いたのでしょう?」


「そ、そうですね。部長には感謝しかないです」


「……私も、護くんには感謝しかないよ」


 俺がおもむろにそう口にした時、部長が吐息のかかる距離でそう呟いた。


「護くんがいなかったら、絶対描けなかったもん。本当に、ありがとう」


 耳に届いた彼女の言葉は俺の中へ染み渡り、この上ない喜びと充実感を与えてくれた。


「でも、本当に優勝しちゃうなんてね。これから色々大変だと思うけど、頑張ってね」


 その時、先輩が俺の背後を見ながら笑顔を浮かべていた。

 不思議に思っていると、背中に衝撃が走る。


「内川、やったな! クラスメイトとして、鼻が高いぞ!」


「委員長も三原も、おめでとう!」


 振り返ると、そこにクラスメイトたちが集まっていた。その向こうには、天文部の天野さんの姿も見える。


 皆が皆、俺たちの優勝を祝福してくれ、歓喜の輪はますます大きくなっていった。


「あー、嬉しいのはわかるが、一旦静かに。ただいまより、表彰式を執り行います」


 予想以上の反響に若干怯んだ様子の校長先生は、努めて大きめの声で言い、「各団体の代表者は壇上へ」と続けた。


「お呼びだぞ。ほら行け、部長代理」


「内川君、頑張って」


 そして、俺は仲間たちに押し出されるようにステージへと上がる。


 もちろん、これまでコンクールの受賞経験なんてないし、このような場に立つのは初めてだ。


 賞状の中身が読み上げられる間も、俺はずっと夢見心地だった。


 その一方、俺の隣に立ち並ぶ美術部の部長は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


 やがて賞状を受け取った俺は壇上で振り返り、苦労をともにした部員たちを見る。


 汐見さんに翔也、朝倉先輩。そして、雨宮部長。


 大切な仲間たちは、その誰もが、幸福感に満ち足りた表情をしていた。


 部長に至っては、全てやりきったかのような、そんな表情にも思える。


 きっと、今の自分も彼らと同じ顔をしているのだろう……なんて考えながら、俺は万雷の拍手を浴びたのだった。



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