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第51話 京桜祭ポスターコンクール 後編

 俺は一旦雨宮あまみや部長と別れ、体育館で行われる開会式に出席する。


 といっても、参加する生徒の数はまばらだ。それぞれ模擬店の準備が忙しいし、その後にステージイベントも控えている。


 一部の手の空いた生徒だけが参加し、その内容も校長や生徒会長、京桜祭けいおうさい実行委員長の簡単な挨拶だけだった。


 すぐに自由行動となり、開放された俺は部長と合流するため、ポスターの展示会場へと戻る。


「……うわ、すごい人だ」


 事前に朝倉あさくら先輩から聞いていた通り、開場直後の展示会場は人でごった返していた。


 そこにいる誰もが一刻も早く投票を終えて、文化祭に繰り出したいのだろう。


「ま、まもるくん、助けてー」


 入口で立ち尽くしていると、雨宮部長が人波をかき分けてくる。


「ちょっと部長、大丈夫ですか」


「……押しつぶされて、死ぬかと思った」


「部長は既に死んでるでしょ」


「言葉のあやだよ。それくらい怖かったの」


 俺の右腕に抱きつきながら、彼女は息も絶え絶えだった。


 彼女の話によると、ポスター鑑賞をしていたところに大勢の人がなだれ込んできて、姿が見えない部長は誰からも避けられることなく、もみくちゃにされてしまったらしい。


「俺、これからここに突入しようと思ってるんですけど、部長はどうします?」


「……護くんが行くなら、私も行く。めちゃくちゃ怖いけど」


 しばし考えてから、彼女はそう言って俺の背中に張りついた。これは俺を盾にする気満々のようだ。


「女の子に頼られると、男の子は嬉しいはずだよね」


「どっちかっていうと、背後霊に憑かれている気分です」


「もっとがっつり抱きついてあげようか、まーくん」


「やめてください」


 背後に向けてそう言い放ち、俺は黒山の人だかりに飛び込んだ。



 部長の盾となって生徒たちの間を進み、ようやく安全地帯を見つける。


 そこで人の波が引くのを待ちながら、会場の様子を見渡す。


 来場した生徒たちは展示された作品を一通り眺めたあと、気に入ったポスターの番号を投票券に書き記して、投票箱に入れていく。


「今の子は美術部のポスターに投票してた。でも、その前の子は私たちのポスターに投票してくれてた。それなりに票が入ってる感じだよ。良きかな良きかな」


 姿が見えないのをいいことに、部長は生徒たちが投票する様子を堂々と覗いていた。


 さすがにやりすぎだと注意すると、口を尖らせながら俺の近くまで戻ってきた。


 そんな彼女をたしなめながら、美術部のポスターに視線を送る。そこには多くの人が集まっていた。


 一方で、俺たちのポスターの前で足を止めてくれる生徒も一定数いる。


 ――それなりに票が入ってる感じだよ。


 ふと、先程の部長の言葉が思い出される。これは淡い期待を抱かずにはいられなかった。


 ……それから20分ほどすると、人の出入りが落ち着いてきた。


「ええ、ええ。こちらが美術部の作品になります」


 そのタイミングを見計らったかのように、校長先生がスーツ姿の男女を引き連れて会場に現れた。


「ほう、さすが今年もいい出来ですな」


「現役のイラストレーターをしている生徒が制作したものです」


「三年の泉くんですか。話は伺っておりますよ。県のコンクールでも入賞したとか」


「いやはや、お恥ずかしい」


 校長先生の態度からして、教育委員会のお偉いさんだろうか。もしくは大学の関係者かもしれない。


「……ところで、こちらの絵は?」


 そんなことを考えていた矢先、集団の中から声が上がり、一人の男性が俺たちのポスターを指し示す。


「それは……えー、イラスト同好会の作品ですな」


 校長先生は手元の資料に目を落としつつ、そう答える。


 あの反応からして、同好会の存在を知らないのだろうか。まあ、無理もないけど。


「これまた良い作品ですね。同好会でこのレベルとは、美術部もうかうかしていられませんな」


「そ、そうですな。お互いに切磋琢磨するよう、伝えておきます」


 そんなやりとりを聞きながら、俺と部長は顔を見合わせる。


 うぬぼれかもしれないけど、彼らに俺たちの作品が認められたような、そんな気がした。


「お、内川じゃん!」


 その時、不意に声をかけられた。見ると、少し離れたところに同じクラスの男子たちが立っていた。


「噂は聞いてるぜ。イラスト同好会の作品はどれだ?」


「あれだけど……噂って?」


「お前ら、クラスでめちゃくちゃ話題になってるんだぜ? 知らねーの?」


「委員長だけじゃなく、三原や上級生まで巻き込んで、なんかやってんだろ?」


「挙げ句、美術部と真っ向勝負してるって言うじゃん。これは応援するしかないっしょ」


 思わず尋ねると、口々にそんな言葉が返ってくる。全てが初耳だった。


 ポスター作りに集中していて気づかなかったけど、クラスではそんな話が広がっていたらしい。


「このコンクール、いっつも美術部が優勝してるって先輩が言ってたし。一泡吹かせてやりたいよな」


「そうそう。なんか美術部のやつら、いつも偉そうだし」


 そう言う彼は、確か演劇部所属のはずだ。


 演劇部は小道具や背景製作を美術部に依頼するらしいし、美術部の部長はあの性格だから、ひと悶着あったのかもしれない。


「そんなわけで、俺たちは無条件で内川の味方だから」


「頑張れよなー」


 彼らはそう言いながら、続々と投票箱へ向かっていく。


「やあ、君が内川君だね」


 呆気にとられながらその背を見送っていると、別の男子生徒から声をかけられた。


 胸の校章からして三年生のようだけど、その顔に見覚えはない。


「僕は天野あまの。天文部で部長をやってるんだけど、翔也しょうやくんから絶対投票に行くように頼まれてね」


 笑みを浮かべる彼の背後には、これまた見知らぬ顔がいくつも並んでいた。


「人数は少ないけど、部員全員でやってきたのよー。それで、イラスト同好会の作品はどれ?」


「わざわざありがとうございます。こっちです」


 雰囲気からして副部長らしい女生徒に問われ、俺はお礼を言いつつ、自分たちのポスターへと案内する。


「……これはすごいな。お世辞抜きに、美術部に負けてないと思うよ」


 そして俺たちの作品をひと目見た天野さんは、感心した表情でそう言ってくれた。


「もうこれで決まりじゃないか? 星宮ほしみやはどう思う?」


「んー、十中八九決まりだけど、一通り見てみましょ」


 星宮と呼ばれた彼女は腰に手を当てながら言い、他の部員たちを連れてその場を離れていく。


 予想外の出来事に、俺と部長はその背を呆然と見つめるしかなかった。


「あったあった。しおみんが言ってたポスターって、これだよね」


「うわー、沙希さき先輩、元々イラスト上手いとは思ってたけど、これヤバくない?」


 そんな出来事の直後、背後からいくつもの声がした。


「先輩が描いたのは背景だけって言ってたよね。この中央のイケメン君は誰が描いたんだろ?」


「誰でもいいじゃん。それより『皆で作りました』感があって、あたしは好きだなぁ」


「あー、それ思うー」


 そのやり取りを聞く限り、汐見しおみさんや朝倉先輩の知り合いなのだろう。


 先程のクラスメイトたちや、天文部の皆もそうだけど、俺の知らないところで人の輪がどんどん広がっているようだった。



 ……その後も多くの生徒たちが俺たちのポスターに投票しに来てくれた。


 けれど、それと同じくらい美術部のポスターにも人が集まっていた。その投票数は似たようなものだと思う。


 期待と不安がせめぎ合う中、文化祭は着々と進んでいった。



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