無常にも地面を打ち続ける雨を呆然と眺めながら、俺と
「もしかして、図書室に寄ってる間に降り出しちゃったのかな」
「それは……まあ、このタイミングの雨なら、どのみち下校途中に降られてましたよ」
明らかに責任を感じている部長にそう言葉をかけるも、彼女は暗い表情のままだった。
「傘を持ってこなかった俺も悪いんです。そのうちバスも来るでしょうし、少し待ちますよ」
朝の天気予報では雨が降るのは夜からだと言っていたし、現に今朝の空は晴れ渡っていた。俺と同じように、傘を持ってきていない生徒も多かったんじゃないだろうか。
「次のバス、何分後かな。ちょっと見てくるね」
「え?」
そういうが早いか、部長は土砂降りの雨の中へ飛び出していく。
「うーん、時間が悪いみたい。次は20分後だね」
校門近くの時刻表を確認して戻ってきた彼女は何食わぬ顔で言うも、その制服も髪も、まったく濡れていなかった。
以前、部長は風の影響を受けないと言っていたし、雨も関係ないようだった。
それからしばらく、無人の昇降口に座って、部長と他愛のない会話をして時間を潰す。
バス停で待ってもいいのだけど、雨の中を走らないといけない。図書室で借りた本を濡らすわけにもいかないし、それはなるべく避けたかった。
「……もう誰も学校に残ってないのかな?」
会話が途切れた時、部長が周囲を見渡しながらそう口にする。
そろそろ完全下校時間が近いし、この不安定な空模様の中、学校に長居する人もいないと思う。
「……あら、キミ、まだ帰ってなかったのー?」
そう考えた矢先、背後から声をかけられる。振り返ると、図書室の先生が驚いた顔で立っていた。
「あー……その、傘忘れちゃいまして」
「今日の天気予報、騙された人多いでしょうねー。ちょっと待ってて」
苦笑しながらそう伝えると、彼女は茶色のセミロングヘアを翻して廊下へと消えていく。
部長と顔を見合わせていると、すぐに軽い足音が近づいてきた。
「はいこれ。よかったら使って」
彼女が差し出したのは、ピンク色の折り畳み傘だった。
「え、いいんですか?」
「どうぞー。念のために持ってきたんだけど、今日は運良く近場に車を止められたの」
先生は言いながら、職員駐車場のほうへ視線を送っていた。
バスが来るまでまだ時間があるし、傘があれば歩いて家に帰れるだろう。
ここは彼女の行為に甘えて、傘を借りることにした。
「ありがとうございます。その……」
「
彼女はそう名乗ると、颯爽と去っていった。
どうして俺の名前を知っているのだろうと一瞬疑問に思うも、図書室の貸出カードに氏名が記載されていることを思い出す。
「かわいらしい傘だねぇ」
先生が廊下の先に消えた直後、部長が俺の手にある傘を見てくる。
つられて視線を落とすと、どうやら先生の私物のようだった。
男の俺が使うのは少し……いや、かなり恥ずかしい色だけど、四の五の言っていられる状況じゃない。
「……
そんな俺の胸の内を悟ったのか、部長が悪戯っぽい笑みを向けてきた。
「そ、そんなことないですよ。ピンクの傘なんて余裕です」
とっさにそう答えるも、改めて指摘されるとやっぱり恥ずかしい。思わず目が泳ぐ。
「強がるな強がるな。ところで、私にいい考えがあるんだけど」
「な、なんでしょうか」
「私も一緒にその傘に入ってあげよう。それなら、護くんは恥ずかしくない」
「いや、部長の姿は俺以外には見えないんですから、
「大丈夫! 私がいる分、護くんの惨めさは半減するぞよ!」
「惨めって言わんでください。それと、『ぞよ』ってなんですか。『ぞよ』って」
「いいから、出発するよ!」
彼女はそう言うが早いか、俺の手から傘をひったくる。
そして人の目がないのをいいことに、そのまま正面玄関を飛び出し、雨の中で傘を開いた。
「ちょっと、何してるんですか」
誰かに見られたら大変だと、それを慌てて追いかける。結局、俺は彼女と同じ傘の下に収まることになった。
「これで相合い傘の完成だねー。じゃ、帰ろっか」
雨を吹き飛ばすような笑顔で言って、俺に傘を手渡してくれる。
彼女の口から出た『相合い傘』という言葉を全力で流して、俺は家に向かって歩き出したのだった。
二人で一つの傘に入り、校門を出て歩くことしばし。傘に打ちつける雨音は若干小さくなったものの、未だに雨が止む気配はなかった。
「なんとなく思ったんですが、まさか部長、雨女だったりしませんよね?」
「雨宮だから? 失礼な。それだったら、護くんのほうが名字に川がつくし。きっと激流だよ」
なんとも不毛な言い争いをしつつ、俺は傘の端から空を見る。うちの学校は高台にあるので、分厚い雲がより近くにあるような気がした。
しかし、そんな雲以上に近いのが……俺と部長の距離だ。
本来は一人用の折り畳み傘に二人で入っているわけだから、どうしても距離が近くなる。
それこそ肩と肩がしっかりと触れ合ってしまい、彼女の体温を感じてしまう。
「ほら、もっと寄せないと。反対の肩、濡れてるよ」
そんな俺の心情をわかっているのかいないのか、部長はより一層距離を詰めてくる。
実際に肩が濡れているのは事実なので、言われた通りにするしかないのだけど……顔が赤くなっていないか、正直不安だった。
それを誤魔化すために視線を正面に向けたところ、少し先にある喫茶店の