「内川君、これでいいの?」
「はい。ありがとうございます」
翌日、部室で朝倉先輩が入部届を書いてくれ、彼女は正式にイラスト同好会の部員となった。
「先輩、イラスト同好会へようこそ!」
「皆、よろしくね。学年は上だけど、ここだと一番の新人だから、雑用でもなんでもいいつけて」
「朝倉さん、ここではそういうのはなしだよ! 部員は皆平等なんだから!」
謙虚さを見せる朝倉先輩の言葉を、
「そうなの? そう言ってもらえると嬉しいわ」
「全員新人の集まりですからね……むしろ、俺たちのほうが色々と教えてもらいたいくらいですよ」
「そういうことなら、何でも聞いて。あ、勉強でもいいわよ」
笑顔でそう言ってくれる先輩を頼もしく思いつつ、俺はとある疑問を口にする。
「先輩、本当に料理部とイラスト同好会を掛け持ちして大丈夫なんです?」
「心配いらないわ。料理部は基本、火曜日と木曜日だけ活動しているの。人数が集まらない日はやらないこともあるし」
「そうでしたねー。『今日は人が集まらないから中止!』っていきなり言われたこともありましたっけ」
「そうね。部活を掛け持ちをしている人も多いし、そもそもの部員の数が少ないから。料理部って、まったり和気あいあいとした部活なのよ」
「あはは、どことなく、うちとコンセプトが似てる」
そう言って笑うのは雨宮部長だ。話を聞く限り、料理部はイラスト同好会と雰囲気が似ている気がする。
それでも、同好会から部活動への昇格を目指す上で、朝倉先輩の協力は必要不可欠だと思う。本当に心強い味方ができたと、俺と部長は安堵していた。
ちなみに、部長の姿は朝倉先輩にも見えていないようで、彼女が触れたり話しかけても特に反応はなかった。
「ところで、先輩もイラスト同好会のグループに入りません? 同じメッセージアプリ、使ってましたよね?」
その時、汐見さんが嬉々としてスマホを取り出した。
「あら、グループもあるのね。いいわよ」
快諾してくれた彼女はその場でスマホを操作する。やがてイラスト部(仮)のグループに紫色の猫のアイコンが追加された。
「……猫?」
スマホの画面を見ていた俺と部長の声が重なる。
どこかで見たことのあるタッチだと思ったら、汐見さんのそれと同じだった。
「先輩のこのアイコン、もしかして汐見さんが描いたの?」
「そうなんだけど……先輩の経歴を知ってからだと恥ずかしすぎる……!」
「いいじゃない。かわいいから好きよ。私は」
涙目になる汐見さんを、朝倉先輩はニコニコ顔で見つめる。
これでこのグループのメンバーは四人。随分賑やかになった気がする。
「ふふ、グループ名は『イラスト部(仮)』なのね。目標がはっきりしてていいわね」
このグループ名は勢いで決めたものだけど、今更変える気はない。次にこれを変えるのは、実際にイラスト部になった時だ。
「……グループにも部長さんらしき名前がないわ。内川君はあくまで部長代理なのよね?」
「えっと、うちの部長はこの手の機械が苦手で。それも含めて幽霊部長なんです」
「そうそう! 操作できないんだよ!」
部長の言い訳は聞こえないと思いつつも、二人でそう誤魔化す。
「そうなの……? よくわからないけど、気にしないことにするわね」
「すみません。彼女の代わりに、俺が頑張りますんで」
そう言って頭を下げると、それを見ていた部長は一瞬驚いた顔をしたあと、すごく嬉しそうな笑みを浮かべていた。
◇
それからは朝倉先輩も交えて、五人で話し合いを行う。
その議題は、イラスト同好会の顧問をどうするかだ。
同好会が部活動へ昇格するための条件は二つあり、一定数以上の部員と、顧問の確保だ。
そのうちの部員数については、朝倉先輩の加入でクリアできた。
次なる条件は顧問となる教師の確保なのだけど、これは部員を集める以上に大変そうだ。
「それこそ、ほのかの色気でうちの担任にお願いできないのか?」
「色気って何。そりゃあ、ポスターの件では色々優遇してもらったけど、顧問になると話は別。放課後はいつも暇そうだから部活の顧問はやってないと思うけど、どっちかっていうと体育会系だし」
確かにあの先生は文化部より運動部のほうが似合っている気がする。どうせ顧問を依頼するのなら、部の活動に意欲的な人がいいんだけど。
「そうだ。イラスト同好会なんだしさ、美術の先生に頼むのはどう?」
「さすがに美術部が押さえていると思うわ」
汐見さんが名案とばかりに言うも、朝倉先輩に一刀両断されていた。
「そりゃそうだよな……うーむ」
翔也も黙り込んでしまい、部室は重苦しい空気に包まれる。
俺も妙案は浮かばず、助けを求めるかのように部長を見るも、彼女も口元に手を当てながら難しい顔をしていた。
……これは、今この場で解決できる問題ではない気がする。
そう判断した俺は、数日後にまた話し合うことを決め、この場は解散としたのだった。