シューティングゲームに続いて、皆で音楽ゲームや格闘ゲームに挑戦するも、
続いてメダルゲームに挑戦するという二人の後ろをついて歩いていると、
周囲を見渡すと、少し離れた場所で立ち止まっている彼女を見つけた。
「部長、どうしたんですか?」
やっぱり退屈になってしまったのかな……なんて考えつつ、声をかける。
「あ、内川くん……」
返事はしてくれたものの、彼女の視線はその先にあるプリントシール機に釘付けだった。
「もしかして部長、皆でプリントシール撮りたかったりします?」
「へっ? ううん。そんなんじゃないよ。それ以前に私、写真に写らないし」
顔の前で両手をひらひらさせながら、彼女は言う。
幽霊だから、写真に写らない……言われてみればその通りだった。簡単に写ってしまえれば、世の中は心霊写真で溢れているだろう。
「それよりさ、こっちに気になるものがあるの。ちょっと来て」
俺がかける言葉に迷っていると、彼女は笑顔で手招きをする。
導かれるままについていくと、たどり着いたのはクレーンゲーム機が並ぶエリアだった。
「これ見て。さっき歩いてる時に見つけて、気になってたの」
嬉々として言う彼女が指差す先には、巨大なドーナッツの形をしたぬいぐるみがあった。
いや、その形状からしてクッションかもしれないけど。
「なんですかこれ。なんか変な顔もついてますけど」
「む? まさか内川くん、ドーナちゃんを知らないのかね?」
「知らないです。なんのキャラなんですか?」
「よろしい。説明してあげよう」
それから熱く語り始めた部長の話を要約すると、このドーナちゃんというのは有名なドーナッツメーカーが創業50周年を記念して作ったキャラクターで、年頃の女子の間では大人気。グッズの発売日には長蛇の列ができて即完売……とのことだった。
「まさかこんなところにグッズがあるとは思わなくて。ドーナッツ好きの私としては、非常に興味がありまして……」
「つまり、ほしいんですね」
「……うん」
単刀直入に訊くと、部長は視線をそらしながら頷いた。
「わかりました。狙ってみますよ」
俺は苦笑しながら、巨大なぬいぐるみに向き直る。
どうやら人気があるのは本当のようで、ワンプレイ200円だった。一回で取る自信なんてないし、ここは500円玉を投入して三回プレイすることにした。
「内川くん、頑張ってね」
祈るような表情の部長に見守られながら、俺は機械を操作する。
ぬいぐるみの中央にある穴にアームを引っ掛ければいけそうだと思い、そこを狙うも……わずかに外れてしまった。当然、アームは何も掴むことなく浮上していく。
「あちゃー、残念」
「あの穴を狙えば掴めそうなんですけどね……部長、やってみます?」
「クレーンゲーム自体が三年ぶりだけど……はたして、幽霊の私でも反応してくれるのだろうか。えい」
そう言いながら、部長は気合を入れてボタンを押す。直後にガラスの向こうのアームが動き始めた。
……こういうのは反応するんだ。本当、意志を伝えるものだけがダメなんだな。
そう考えながら、わずかに体を操作盤に寄せる。これなら周囲からは俺が操作しているように見えるはずだ。
「おお、動いた。よーし、よーく狙って……ああっ、ダメか……」
アームが下りた位置はよかったものの、無常にもぬいぐるみは持ち上がらなかった。二回目も失敗だ。
「これ、なかなか難しいですね。景品が重すぎるのか、アームのパワーがないのかわかりませんが、取れる気がしませんよ」
「うう、ドーナちゃん……」
部長はがっくりと肩を落とし、悔しそうにガラスに張りつく。
さすがは人気商品。店側もそうたやすく取らせはしないということか。
「内川くん、ラスト一回、頑張って」
「……あまり期待しないでくださいね」
意気消沈する彼女に代わって、俺はもう一度クレーンゲーム機と対峙する。これが最後のチャンスだ。
慎重にアームを操作し、初回と同じく中央の穴を狙う。
よくよく見れば、その穴はアームがギリギリ通るかどうかという大きさだ。少しでも位置がずれれば、失敗になってしまうだろう。俺は祈るように目をつぶる。
「あ、入った」
その時、隣で状況を見守っていた部長が小さく声を上げた。
反射的に目を開けると、アームはぬいぐるみをガッチリとキャッチしていた。
そのままじわじわと持ち上げると、落とすことなく取り出し口まで運んでくれた。
「取れてしまった……」
「取れちゃった……」
二人でそう口にしたあと、俺は景品を取り出す。まるで浮き輪のような、巨大なぬいぐるみだった。
「えっと……どうぞ」
その場で部長にぬいぐるみを手渡すと、彼女は困惑した表情のまま、それを受け取る。
「まさか本当に取れちゃうなんて思わなかった」
「俺もですよ。取れるもんなんですね」
「そうだ。お礼しないと」
達成感に満たされていると、部長が俺にぬいぐるみを返しながらそう言った。
「え、お礼?」
「そう。このぬいぐるみを取ってくれたお礼。何か私にできることがないかな」
「別にいいですよ。元々、そんなつもりもなかったですし」
「でも、それだと私の気が収まらないよ……そうだ。キミを下の名前で呼んであげるってのはどう?」
部長は人差し指を立てて、名案だとばかりにそう口にした。
「な、なんですかそれ。いきなりすぎません?」
「私にできることって言ったらそれくらいなんだけど……嬉しくない?」
「嬉しいというか……恥ずかしいんですけど」
「でも、三原くんとは下の名前で呼び合ってるよね? 仲良しの証って感じ」
「それは……男同士ですし。その、男女では意味が違うというか」
「男女でも、三原くんとほのかっちは呼び合ってるし」
「長年連れ添った幼馴染と一緒にしないでくださいよ……」
「いいから遠慮しないで。いくよー」
「ええ……待ってください。まだ心の準備が……」
「――ありがとね。
満面の笑みとともに発せられたその言葉は、俺の中に優しく入り込んでくる。
恥ずかしさもそうだけど、胸の奥が温かくなるような、不思議な感じがした。
「こ、これは……言ったほうも恥ずかしいかも」
その直後、部長が絞り出すような声で言う。彼女は耳まで赤くしていた。
「そ、そんなことないですよ。呼ばれたほうが恥ずかしいです」
「本当? じゃあ、試しに私のことも下の名前で呼んでみて」
つい胸の内を口にすると、顔を赤くしたままの部長がそんな言葉を返してくる。
「わ、わかりました……み、みやこさん」
意を決してその名前を口にした時、先程までとは違う、チクリとした痛みが胸の奥に走った。
……なんだろう、これ。
「うっはー! 確かにこれは恥ずかしい!」
その言葉を受けた部長は耐えきれなかったのか、両手で顔を覆って悶えていた。
俺も自分の顔が熱くなっているのがわかったし、お互いに自滅してしまった気もする。
「やっぱり私のことは名前呼び禁止!」
部長は叫ぶように言い、俺もそれを了承する。何より恥ずかしすぎて、もう一度呼ぶなんて絶対に無理だ。
そんなやりとりをしているうちに、先程の違和感は嘘のように消えてしまっていた。
「あ、いた!」
その時、汐見さんと翔也が通路の先からやってくるのが見えた。
「なんだそれ。護、クレーンゲームやってたのか?」
「わ、ドーナちゃんだ。よく取れたねー。わたし、けっこう粘ってみたけどダメだったの」
「粘ったって、俺の金で……だけどな」
そう言う翔也をスルーして、汐見さんは俺の手にあるぬいぐるみを羨ましそうに見てくる。
その反応を見る限り、女子の間では人気がある……という部長の話は本当らしい。
「内川君、それ、どうするの?」
「……部室に置こうかと思ってるんだけど」
巨大なぬいぐるみを目の高さまで持ち上げたあと、俺は皆にそう伝えた。
「本気かよ。部室に私物持ち込んでいいのか?」
「画材だって自分たちで買ったものだし、あれも私物だよ。それに長時間座り作業をするんだから、腰痛対策にクッションだって必要だと思うよ」
「なるほどなぁ……ま、部長代理が言うんなら、俺はいいけどさ」
「やったねー。これは部活中、好きなだけドーナちゃんを愛でられる」
そう言ったのは汐見さんだったけど、その隣に立つ雨宮部長も同じような気持ちだったのかもしれない。彼女も嬉しそうに笑っていた。