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第17話 夜の来訪者


 下校時刻ギリギリまで図書室で勉強をし、バスで帰路につく。


 最寄りのバス停で降りたあと、歩き慣れた道を通って自宅アパートに帰りつき、コンビニ弁当で夕飯を済ませる。


 食休みのあと、最後の復習をしようと鞄を漁っていると、教科書やノートと一緒に二冊の本が出てきた。


「あ」


 それは今日、図書室で部長の代わりに借りたイラスト教本と、恋愛小説だった。帰りに部室に置いていこうと思っていたのに、すっかり忘れてしまっていた。


「どうしよう……今から学校に持っていくわけにもいかないし」


 時計の針はすでに20時近くを指していて、学校に行ったところで入れてもらえないだろう。


「これは、明日の朝一番に持っていくしかないかな……」


 少し悩んだあと、そう結論づけて本を鞄に戻す。


 それより今は勉強だ……と気持ちを切り替えた時、インターホンが鳴らされた。


 ……こんな時間に誰だろう。通販を頼んだ覚えもないけど。


「やっほー、内川くん」


 不思議に思いながら扉を開けると、そこには雨宮あまみや部長が立っていた。


「部長、インターホン鳴らせたんですね」


「うん、私も驚いてる」


 そう言葉を紡ぐ彼女は笑顔だったけど、なぜか俺は恐怖を感じた。


「エレベーターは使えたんですか? もしかして階段で上がってきました?」


「人に見られたら怖がらせちゃうから、階段だよー」


 家の中に上がり込んでくる部長と会話を続けるも、彼女は表情を崩さない。


「それより内川くん、私、話があるんだけど」


 やがて部屋の中央まで歩みを進めた部長が振り返る。そこに先ほどまでの笑顔はなく、眼光鋭く俺を睨みつけている。明らかに怒っていた。


「……なんでしょうか」


「図書室で借りた本、部室に置いてくれるって話はどうなったのかな?」


「すみません、忘れてました」


 その眼力にすっかり怖気づいた俺は、部長の前に正座をして誠意を示す。


 続いて頭を下げながら、鞄から二冊の本を取り出した。


「せっかく楽しみにしてたのに……持って帰った罰として、ここで読ませてもらうからね」


 俺の心からの謝罪が通じたのか、部長はようやく表情を緩めてくれる。


 そして本を受け取ると、近くのクッションに腰を下ろした。


「え、ここで読むんですか?」


「そうだよー。部室じゃ暗くて読めないしさ」


 愛おしそうにその表紙を撫でる部長に言われて、はっと気づく。


 確かに夜の学校では本は読めない。まさか、部室の明かりをつけるわけにもいかないし。


「月明かりの下で本を読んでいて、見回りの先生に見つかったらどうしてくれるの?」


「いや、どうにもできませんけど。でも、勝手にページがめくられる本を見たら、先生はさぞかし驚くでしょうね」


「それなんだよ! 堂々と本も読めない不便さ! キミにわかるわけもなかろうて!」


 部長は文庫本を胸に抱いて立ち上がり、天井に向かって叫ぶ。


 彼女の声が他人に聞こえなくて本当によかった。もし聞こえていたら、間違いなく近所迷惑になっていたと思う。


「というわけで、ここで読ませてもらいます」


 言うが早いか、部長はクッションを枕にして床に寝そべる。完全にリラックスモードだった。


「そうだ、栞とか余ってない?」


「古いやつならありますけど、使いますか?」


「貸して貸して」


 その様子に苦笑しながら、俺は本棚から古いスケッチブックを取り出し、その間に挟まっていた栞を彼女に手渡す。


「あ、なんかかわいい。栞っていうより、手作りのお守りっぽいけど」


「ずっと昔にもらったやつなんですよ。スケッチブックのスピン……栞紐の代わりにしてたんです」


「え、それって大事なものなんじゃないの?」


「誰がくれたかも覚えてないですし、別にいいですよ。それより俺、勉強したいんですけど」


「どうぞどうぞ。私にはお構いなく」


 部長はそう言って本を開き、すぐにその世界へと入り込んでしまった。


「……まあ、いいですけどね」


 俺は彼女のマイペースさに呆れつつ、テーブルに教科書とノートを広げる。


 明日の試験範囲と要点については、図書室であらかたまとめてしまった。残るは最終確認だけだ。


「……テストの点が悪かったら、補習で部活どころじゃなくなりますもんね」


 本に集中する部長の隣で、俺は小さくそう呟いたのだった。


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