下校時刻ギリギリまで図書室で勉強をし、バスで帰路につく。
最寄りのバス停で降りたあと、歩き慣れた道を通って自宅アパートに帰りつき、コンビニ弁当で夕飯を済ませる。
食休みのあと、最後の復習をしようと鞄を漁っていると、教科書やノートと一緒に二冊の本が出てきた。
「あ」
それは今日、図書室で部長の代わりに借りたイラスト教本と、恋愛小説だった。帰りに部室に置いていこうと思っていたのに、すっかり忘れてしまっていた。
「どうしよう……今から学校に持っていくわけにもいかないし」
時計の針はすでに20時近くを指していて、学校に行ったところで入れてもらえないだろう。
「これは、明日の朝一番に持っていくしかないかな……」
少し悩んだあと、そう結論づけて本を鞄に戻す。
それより今は勉強だ……と気持ちを切り替えた時、インターホンが鳴らされた。
……こんな時間に誰だろう。通販を頼んだ覚えもないけど。
「やっほー、内川くん」
不思議に思いながら扉を開けると、そこには
「部長、インターホン鳴らせたんですね」
「うん、私も驚いてる」
そう言葉を紡ぐ彼女は笑顔だったけど、なぜか俺は恐怖を感じた。
「エレベーターは使えたんですか? もしかして階段で上がってきました?」
「人に見られたら怖がらせちゃうから、階段だよー」
家の中に上がり込んでくる部長と会話を続けるも、彼女は表情を崩さない。
「それより内川くん、私、話があるんだけど」
やがて部屋の中央まで歩みを進めた部長が振り返る。そこに先ほどまでの笑顔はなく、眼光鋭く俺を睨みつけている。明らかに怒っていた。
「……なんでしょうか」
「図書室で借りた本、部室に置いてくれるって話はどうなったのかな?」
「すみません、忘れてました」
その眼力にすっかり怖気づいた俺は、部長の前に正座をして誠意を示す。
続いて頭を下げながら、鞄から二冊の本を取り出した。
「せっかく楽しみにしてたのに……持って帰った罰として、ここで読ませてもらうからね」
俺の心からの謝罪が通じたのか、部長はようやく表情を緩めてくれる。
そして本を受け取ると、近くのクッションに腰を下ろした。
「え、ここで読むんですか?」
「そうだよー。部室じゃ暗くて読めないしさ」
愛おしそうにその表紙を撫でる部長に言われて、はっと気づく。
確かに夜の学校では本は読めない。まさか、部室の明かりをつけるわけにもいかないし。
「月明かりの下で本を読んでいて、見回りの先生に見つかったらどうしてくれるの?」
「いや、どうにもできませんけど。でも、勝手にページがめくられる本を見たら、先生はさぞかし驚くでしょうね」
「それなんだよ! 堂々と本も読めない不便さ! キミにわかるわけもなかろうて!」
部長は文庫本を胸に抱いて立ち上がり、天井に向かって叫ぶ。
彼女の声が他人に聞こえなくて本当によかった。もし聞こえていたら、間違いなく近所迷惑になっていたと思う。
「というわけで、ここで読ませてもらいます」
言うが早いか、部長はクッションを枕にして床に寝そべる。完全にリラックスモードだった。
「そうだ、栞とか余ってない?」
「古いやつならありますけど、使いますか?」
「貸して貸して」
その様子に苦笑しながら、俺は本棚から古いスケッチブックを取り出し、その間に挟まっていた栞を彼女に手渡す。
「あ、なんかかわいい。栞っていうより、手作りのお守りっぽいけど」
「ずっと昔にもらったやつなんですよ。スケッチブックのスピン……栞紐の代わりにしてたんです」
「え、それって大事なものなんじゃないの?」
「誰がくれたかも覚えてないですし、別にいいですよ。それより俺、勉強したいんですけど」
「どうぞどうぞ。私にはお構いなく」
部長はそう言って本を開き、すぐにその世界へと入り込んでしまった。
「……まあ、いいですけどね」
俺は彼女のマイペースさに呆れつつ、テーブルに教科書とノートを広げる。
明日の試験範囲と要点については、図書室であらかたまとめてしまった。残るは最終確認だけだ。
「……テストの点が悪かったら、補習で部活どころじゃなくなりますもんね」
本に集中する部長の隣で、俺は小さくそう呟いたのだった。