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第11話 新入部員は超優秀!?


「どうして俺はこんな場所に連れてこられてるんだ?」


 ポスター張りの最中に三原翔也みはら しょうやを捕まえた汐見しおみさんは、幼馴染の彼を引きずるようにして部室まで連れてきた。


「いいからここに座って!」


「いてて、わかったから引っ張るなって」


 ぶつくさ言いながらもその指示に従っているあたり、三原も本気で嫌がってはいないようだ。汐見さんも女の子だし、その気になれば簡単に振りほどけるはずだ。


「イマイチ事情が飲み込めないんだが……どっちか説明してくれ」


 すっかり諦めた様子で椅子に座りながら、彼は俺と汐見さんを交互に見る。


 俺たちの間には雨宮あまみや部長もいるのだけど、その存在には気づいていないようだ。


「えっと、順を追って説明していくと……」


 ここは俺が代表して、自分たちの置かれた状況を話して聞かせる。


「……なるほどな。同好会を復活させたはいいが、部員が足りないってわけか」


「そういうこと。翔也、どうせ暇でしょ。イラスト同好会に入ってくれない?」


 説明を訊いた彼は何度も頷き、それを見た汐見さんがすかさず勧誘しにかかる。幼馴染らしい直球勝負だった。


「あのなあ、俺はこう見えて忙しいんだぞ」


「うそばっかり。翔也って帰宅部でしょ。今日はなんでこんな時間まで残ってるのよ?」


「今日はたまたまだ。天文部に頼まれて、天体望遠鏡の搬入を手伝ってたんだよ。あとは写真部の連中と一緒に部室の掃除もしたし、園芸部と花壇の草むしりもやった」


「普通に良い人だ!」


「はあ、まーたそんなの手伝って……」


 隣で話を聞いていた部長が驚きの声を上げる一方で、汐見さんはため息をついていた。


 その言い方からして、よくあることなんだろうか。


「翔也って人から頼まれると嫌って言えない性格だよね」


「そうだな。俺が嫌って言うのは、お前からの頼みだけだ」


 彼が茶化すように言うと、汐見さんは頬を膨らませた。


 俺にはわからないけど、二人にとってはいつものやり取りなのかもしれない。


「ねえ翔也、これは真面目なお願いなんだけど、イラスト同好会に入ってくれない?」


 その直後、汐見さんは真剣な表情でそう繰り返した。それを見て、三原も真顔になる。


「内川は俺が入部しても問題ないのか?」


「へっ?」


 そして唐突に話を振られ、俺は素っ頓狂な声を出してしまう。


「さっきの話を聞いた限り、お前が部長代理なんだろ? それまではてっきり、ほのかが首謀者かと思ってたが」


「首謀者ゆーな! 悪の組織みたいじゃんか!」


 そんな二人のやり取りを横目に、俺は隣に立つ雨宮部長にこっそりと声をかける。


「……成り行きで入部の流れになってますが、部長的にはいいんですか?」


「いい人そうだけど……せめてイラストが好きかどうか確かめたいかな」


 神妙な顔で言う彼女に無言で頷いて、俺は三原に問いかける。


「えっと、三原はさ、絵やイラストに興味ある?」


「ほのかほどじゃないが、それなりにあるぞ。もっとも、俺の場合は風景専門だけどな」


「風景画か。なら、画材は水彩絵の具?」


「いや、俺は着色が苦手でさ。気に入った街並みを、鉛筆でゴリゴリ描いてる」


 なるほど。風景というと水彩で山や川を描く場合が多いけど、街というのは珍しい。


 一度作品を見せてもらわないとわからないけど、鉛筆画ならイラストにも転用しやすいかもしれない。


 そう考えながら部長を見ると、彼女はうんうんと頷いていた。


「イラストだけじゃなく、プラモやカメラも好きだぞ」


「多趣味なんだな。じゃあさっきの風景画も、カメラで撮った写真を元に描くとか?」


「あまりしないな。俺、映像記憶できっから」


「え、映像記憶!?」


 こめかみをトントンと叩きながら言う三原の言葉を受け、部長は目を丸くする。


「羨ましいなぁ。すごい能力だよ?」


 映像記憶とは写真記憶とも呼ばれるもので、それこそ写真のように、過去に見た景色を鮮明に思い出すことができる能力だ。かなり珍しい特性なので、彼女が驚くのも無理はない。


「それってすごい能力だよな?」


「それでもガキの頃に比べりゃ、かなり弱ってるんだよ」


「内川くん、この人はぜひとも我が部にほしい逸材だよ!」


 どこか控えめに言う彼に対し、部長は目を輝かせていた。


 このまま放置していたら、自分の姿が見えないことも忘れて机から入部届を取り出しかねない勢いだ。


「わかった。三原の入部を認めるよ」


「ありがとう!」


 俺がそう口にすると、誰よりも先に汐見さんがお礼を言ってきた。


 そんな彼女に苦笑しながら、俺は机から入部届を取り出す。


 記入箇所の説明をすると、彼はペンを取り出して手早く記入していく。そのペンには猫の模様が入っていた。


「うんうん。これで三人目。順調そのものですなぁ」


 部長が心底嬉しそうにそう言った直後、三原は何かを探すように視線を動かしていた。


 その動作が気になった俺は、少し探りを入れてみることにした。


「変なこと訊くけどさ、三原は幽霊の存在って信じる?」


「急にどうした? まさかこの部室、なんか出るのか?」


 彼はわざとらしく身を縮こませて室内を見渡す。


 その反応からして、部長の姿は見えていないようだった。


「ま、俺はそういうのは見えないな。ほのかと違って、一般人なんだ」


「わたしだって普通だよ! 時々なんか感じるだけ!」


 彼の隣で汐見さんがわめいていたが、なにか感じる時点で普通じゃないと思う。


「ガキの頃も、あの木の下になんかいる気がする! って泣きまくってたもんなー。ほい、書けたぜ」


 どこか懐かしそうに言いながら、三原は入部届を書き上げる。


「ありがとう。三原、イラスト同好会へようこそ」


「三原くん、歓迎するよ!」


 部長と一緒になって、彼に歓迎の言葉をかける。


「よろしくな。それより内川、同じ部活に入るんだから、俺のことは翔也でいいぞ。俺も内川のことは下の名前で呼びたいからな」


 ぐるりと室内を見渡したあと、彼は右手を差し出してくる。


「わかった。これからよろしく、翔也」


 少し照れくさく思いながら、俺はその手を握り返したのだった。


 ◇


 ……それからメッセージアプリのグループに翔也を招待する。


 それが終わると、彼は汐見さんと一緒に部室をあとにしていった。


「スケッチブックいいなぁ。わたし、もらってないんだけど」


「半分わけてやろーか」


「いりませんー」


 その去り際、そんな会話が聞こえた。


 彼の手にあるスケッチブックは、入部の記念品として渡したものだ。


 別にスケブなら持ってるが……と、彼は渋ったが、部長がぜひ受け取ってほしいと声を大にして言うので、無理やり受け取ってもらったのだ。


「仲いいよねぇ、あの二人」


 廊下の先に消えゆく彼らを眺めつつ、部長が言う。


「幼馴染ですし、あれくらい当然なんじゃないですか?」


「そうなのかなぁ……なんにしても、わずか数日で部員が二人も増えた。これ、もしかしてポスターの効果を待つまでもなかったりして」


 喜びを抑えきれないのか、部長がその場でくるくると回転していた。


 ……そういえば、結局ポスターに連絡先がない件はうやむやになったままだ。そのうちなんとかしないと。


「いやー、内川くんには本当に感謝してるよー。ありがとね」


 やがて彼女は俺の正面に向き直ると、ぎゅっと手を握ってきた。


 相変わらず、幽霊のはずなのに温かい。


「お、俺も驚いてます。この成果はちょっと出来すぎですね」


 そう言葉を返すも、向けられた笑顔が眩しすぎてその顔を直視できなかった。


 この調子で頑張ろうね……と、続いた言葉に、頷くのが精一杯だった。


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