画材の買い出しから数日後。俺と
俺は例によってイラストの練習。参考書を使って、今日は模写に精を出している。
一方の汐見さんは
部長いわく、そろそろ完成しそうらしいけど……。
「よーし、わたしの汗と涙の結晶! 完成!」
ひたすらに手を動かしながら、頭の片隅でそんなことを考えていると、汐見さんが両手を突き上げながら叫んだ。
「内川君、どうかな?」
続いて誇らしげな顔で向けられたそれを、部長と一緒に覗き込む。
色鮮やかな猫たちに囲まれるように、『イラスト同好会 部員募集中! 毎日放課後に二階多目的教室③で活動してます! 今なら先着三名様にスケッチブックをプレゼント!』と文字が書かれていた。
「うん。いい感じじゃないかな」
「ほのかっち、さすがだよ! 上手い!」
ちなみに部長は声が届かずとも、ずっと汐見さんを応援し続けていた。
どうやら彼女は褒めて伸ばすタイプのようだ。
「ありがとー。それじゃ、何枚かコピー取ってくるねー」
汐見さんは八重歯を見せながら笑ったあと、ポスターを大事そうに抱えて部室を出ていった。
「いやー、いい感じのポスターができましたなぁ。アレは目立つよー」
部長が今にも踊りだしそうな口調で言う。
「確かにあれは目立ちますね……猫だらけですし」
「とっておきの秘策もあるし、間違いなく部員増えるよ」
「そうですね。部長が考えたプレゼント作戦、成功するといいですね」
「うんうん。経験上、新入部員が一番ネックに感じるのが画材の自腹購入だからね。一冊数百円のスケッチブックでも、学生にとっては痛い出費だし」
部長は人差し指を立てながら熱く語る。
買い出しでスケッチブックを頼まれた時は不思議に思ったけど、入部プレゼントとして使う意図があったわけだ。
「おまたせー。コピーさせてもらってきたよ」
それからしばらくして、汐見さんが戻ってきた。その手には五枚ほどのポスターがあった。
「汐見さん、部員募集のポスターが張り出せるのは部室の前と部活棟の掲示板って決まってるんだよ。これじゃ多すぎない?」
「その点は心配いらないよ。担任の先生に頼み込んで、正面玄関や職員室の前、一年生の学生掲示板にも張らせてもらえることになったから」
「え、ほのかっちすごい」
「よく許可がもらえたね……しかもカラーコピーだし」
「ふっふっふ。毎日下校時間ギリギリまで残って担任の作業を手伝った、わたしの努力の賜物だよ」
「さすが委員長! 神様と幽霊はキミの努力を見ていた!」
胸を張る汐見さんを、部長は拍手で褒め称える。その喜びようからして、ポスターの設置場所がいかに重要かわかる気がした。
「てひひー。それでも範囲は広いから、二人で手分けしよう。内川君は二階の掲示板と、職員室をお願い」
部長の声援の一部が届いたのか、汐見さんは少し恥ずかしそうに言って、半分のポスターを手渡してくれる。
それを受け取った俺は、部長と一緒に部室を後にしたのだった。
◇
各階の階段脇に設置された掲示板は、主に学年ごとの連絡事項や模試の予定などが掲載されている。
そこに部活勧誘ポスターが張られること自体が異例なのだけど、それを許可してしまえるあたり、うちの担任は校内でそれなりに影響力があるのかもしれない。
「こんな感じでいいですか? 部長、曲がってないです?」
「うんうん。大丈夫そう。こうして見るとやっぱり目立つし、これは効果が期待できそうだよー」
部長は少し離れた場所からポスターを眺めつつ、ご満悦だった。
放課後ということもあって、廊下はほぼ無人。少しくらい彼女と話をしたところで、誰かに聞かれることもないだろう。
「むー、それにしても、なんか忘れてる気がする」
その時、部長が口元に手を当てながらポスターを見つめ、やがて叫んだ。
「はっ、代表者の名前が書いてない!」
「……言われてみれば」
四方を画鋲で止められた目の前のポスターには、代表者の氏名もクラスも書かれていなかった。
「私の名前がないよ! どうしよう!」
「え、ここは俺の名前じゃないんですか? 部長は姿が見えないですし、俺だって一応部長代理ですよ?」
「あそっか。それでも、名前がないのはまずいような……」
「そうですよね……どうしましょう」
部活勧誘のポスターに明確なルールがあるわけではないけど、すでに設置作業は進んでいるし、今更感がすごい。
活動時間と場所は書いてあるのだし、興味がある人間は時間を見て部室にやってきてくれることを願うしかなかった。
……その後も作業を続け、最後のポスターを張り終える。それとほぼ時を同じくして、汐見さんがやってきた。
「内川君、そっちはどう?」
「ちょうど終わったところ。汐見さんは?」
「わたしも終わったよ。部活棟の掲示板に行った時なんて、注目の的でさ」
今の時間は部活棟にいる生徒が多いだろうし、それも納得だ。注目された分、効果があると思いたい。
「でもポスターだけに頼らず、自分たちでも部員探さないとねー」
「……あれ? ほのかと内川じゃん。何してんの?」
汐見さんが達成感に満ちた表情でそう口にした時、背後から声が飛んできた。
振り返ると、そこには一人の男子生徒が立っていた。確か、
「なんか最近、お前ら仲いいよな……イラスト同好会? 部活やってんの?」
眼前の掲示板に張り出された真新しいポスターを見た彼は、誰となく訊いてくる。
「そ。部活動への昇格目指してんの」
そう言葉を返した汐見さんは、明らかに砕けた口調に変わっていた。
そういえば、この二人は幼馴染だと以前聞いた気がする。
「そーかそーか、ま、内川に迷惑かけない程度に頑張れよっ」
「あいたっ!」
わざとらしくその背中を叩いた三原は、抗議の声を上げる汐見さんを後目に、俺に近づいてくる。
「ほのかも悪いやつじゃねーから、内川も仲良くしてやってくれな」
そして耳打ちをするように言うと、彼は軽く手を振って立ち去っていく。
「あ、
その背を見送っていると、汐見さんが彼を呼び止める。
「はっ? どした?」
それに反応した三原が振り返った瞬間、汐見さんは半分抱きつくようにして彼を捕まえ、大きな声で叫んだ。
「新入部員、確保ー!」