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第8話 部員を増やそう会議

 雨宮部長の家庭訪問から数日後。


 俺は汐見しおみさんや雨宮あまみや部長を交え、部室で話し合いをしていた。


 その議題は、どうやって残りの部員を集めるか、だ。


 現在、イラスト部(仮)の正式な部員は俺と汐見さんの二人。幽霊の部長は俺以外に姿が見えないので頭数に含まれず、部活動昇格のためには、残り二人の部員を集める必要があった。


「というわけで内川君、何かいい案があったらどしどし出して!」


 黒板の前に立った汐見さんが息巻くも、そこにはまだ何も書かれていない。


「ほのかっち、さすが委員長さんだねぇ。内川くんは部長代理のはずなのに、完全に主導権握られてるよ?」


 俺の後方に座った雨宮部長が、微笑ましいものを見るような声色で言う。


 姿が見えないこともあって、完全に他人事だった。


「確か、もう大っぴらには募集できないんだっけ」


「そうなんだよねー。うちの学校の場合、大々的に部員募集ができるのは入学式から二週間って決まってるの」


 言われてみれば、入学式からしばらくの間、連日校門前に大勢の生徒が集まって自分たちの部活をアピールしていた気がする。


 けれど、その期間はとうに過ぎてしまっている。そうなると地道に活動していくしかない。


「王道だけど、知り合いに声をかけてみるのは? 汐見さん、イラストが好きそうな友達とかいない?」


「残念ながら、いないかなぁ……クラス委員長として、それなりに皆の趣味は把握してるんだけど」


 口元に手を当てながら、さらっとすごいことを言う。


 彼女がクラスメイトと話す姿はよく見かけるけど、そこまでしていたのか。


「ほのかっち、すごい努力家さんなんだねぇ」


 部長が耳元でささやくように言う。そんなことしなくても、部長の声は汐見さんには聞こえないというのに。


「そうなると、他のクラスを当たってみるしかないかな」


「必然的にそうなっちゃうよねー。人脈がないところが一年生の辛いとこだね。はあ」


 汐見さんは天井を見上げたあと、小さくため息をつく。


「私の知り合いはもう全員卒業しちゃってるしなぁ……頑張れ、後輩たちよ」


 その様子を見ながら、部長は手を合わせていた。これは彼女にも期待できそうにはない。


「汐見さんは上級生に知り合いとかいないの? 中学の時の部活の先輩とかさ」


「先輩はいるような、いないような……一応声かけてみるけど、あまり期待しないでね」


 そう尋ねてみるも、汐見さんはなんとも煮えきらない様子だった。


 それでも何もしないよりかはいいだろうし、うまくことが運べば、その先輩がイラスト好きな別の先輩を紹介してくれるかもしれない。


「でもさ、それだけじゃ心許ないよね……何か、今すぐにできることがないかな」


 続けて汐見さんは言い、視線を泳がせる。


 俺もつられるように周囲を見渡すと、机の上に置かれたままの部活勧誘のポスターが目に止まった。


「そうだ。新しいポスターを作るのはどうかな?」


「ちょっと内川くん、新しくとはどういうことかね? 私の描いたポスターが気に入らないと?」


 そんな提案をした時、背後の部長から不満そうな声が飛んできた。


 そういうわけじゃないけど、彼女がこのポスターを作ったのは三年前だ。経年劣化もあってどうしても古く見えるし、なにより『イラスト部』としっかり書かれてしまっている。


 俺たちはイラスト部(仮)と呼んでいるが、現状はイラスト同好会なのだし、それに見合った内容のポスターを作らなければならない。


「ポスターかぁ……いいかもね」


「そういえば、汐見さんってどんな絵を描くの?」


「へっ? えっと、こ、こーんな感じ?」


 彼女は一瞬戸惑いの表情を見せたあと、スケッチブックを取り出してその場でさらさらと絵を描いていく。


 そして数十秒後には、かわいらしい猫のイラストが完成していた。


「おお、すごい」


 それを見た俺と部長の声が重なる。


「えへへ、ありがとー。猫のイラストだけは得意なんだー」


「え、猫だけ?」


 再び部長と声が重なる。


「そう、大好きな猫だけは極めた。それこそ品種まで描き分けられる。今のがアメリカンショートヘアで、メインクーンがこうで、シャム猫がこう」


 彼女は嬉々として鉛筆を走らせ、次々とイラストを描いていく。上手だったけど、そのどれもが猫だった。


「あの……汐見さん、もしかして猫以外のイラストは描けないの?」


「そ、それはその……うん。他のは小学生レベルかも」


 そう言いながら、再び鉛筆を走らせる。次に描き出されたのは、かろうじて犬とわかるようなイラストだった。


 どうやら彼女は、猫イラスト特化型のようだった。


「かわいいし、これはポスターに採用すべきだよ! 内川くんの絵より百倍かわいい!」


 部長が背後で興奮気味に何か言っていたけど、俺はあえて反応しない。


「部長代理をやるくらいだし、内川君はイラスト上手いんだよね?」


「え? いや、俺の絵はその……硬いらしくてさ」


「うーん?」


 俺は少し悩んでから、先日部長に言われた内容をそのまま口にする。汐見さんは意味がわからないのか、首をかしげていた。


 ここ数日、部室にあった参考書でイラストの練習をしているけど、まだ全然ものにできていない。たかがイラスト、されどイラスト。奥が深かった。


「……内川君、試しに猫を描いてみて」


 ややあって、汐見さんはいぶかしげな顔で俺にスケッチブックを渡してくる。


 断ることもできず、俺は記憶を頼りに一匹の猫を描いていく。


「一応、できたけど」


「おお……今にも動き出しそう。毛並みがすごいね」


「けど、なんかかわいくない。いかにもデッサンって感じ」


 汐見さんと部長がほぼ同時に俺の絵を覗き込み、そんな感想を口にしていた。


 絵としては上手いけど、イラスト部のポスターとしては不向き……ということだろう。部長代理なのに、立つ瀬がなかった。


「美術部志望だったから、イラストは自信ないんだ。まだ練習中でさ」


 そう取り繕うも、俺たちの間になんとも言えない空気が流れる。


 汐見さんに任せて、ファンシーな猫まみれの部活勧誘ポスターを作るか、俺の手でリアルな猫がどっしり構えるポスターを作るか。


「どっちの猫にするかが問題だ……」


「え、別に猫じゃなくてもいいんじゃない?」


 頭を抱える俺を見て、汐見さんは不思議そうな顔をする。


 その意見はもっともだけど、さっきから雨宮部長がずっと「猫いいよね! 猫!」とうるさいのだ。これはどっちにしろ、猫を描くしかなさそうだった。




 とりあえず猫を題材に描くことは決定事項となり、次に使用する画材を決める。


「画用紙はこっちで、鉛筆やマーカーはここ。筆と筆洗いは下の棚に……」


 雨宮部長の説明を聞きながら、画材を揃えていく。


 予想はしていたけど、何年も放置されていただけあって、どれも埃だらけだった。


「あっちゃー、インク系はお陀仏だよー。絵の具もダメなのが多いし、こっちのパレットは……うわ、洗わずに放置されてる!? 最後に使ったやつ誰だ! おのれぇぇ……!」


 筆洗いを棚から引っ張り出して埃を払っていると、別の棚を見ていた部長が叫び声を上げていた。


 彼女にとって魂の叫びだったのか、少し離れた場所にいた汐見さんがびくりと反応していた。


「こりゃダメだね。絵の具は今から買いに行こう」


 大きなため息をついたあと、部長はそう提案してきた。


 その台詞をそのまま汐見さんに伝えると、彼女は頷いて、そそくさと帰り支度をはじめる。


「おお、汐見、ここにいたのか」


 その時、部室の入口から声が飛んできた。


 反射的に視線を送ると、俺たちの担任が顔を覗かせていた。


「悪いがまた仕事を手伝ってくれないか? お前がまとめてくれた資料、職員会議でも評判良くてな」


「え? あのー、わたし今から……」


「すぐに終わるから。じゃあ、職員室で待ってるぞ」


 そして担任は汐見さんの返事を聞くこともなく、その場から立ち去っていった。


「はぁ……今日は料理部も休みだから、こっちに集中できると思ったのに」


 呆気にとられながらその背を見送ったあと、彼女はがっくりと肩を落とす。


「ごめん、後で半分払うから、画材買っといて! まったく、しょうがない担任だなぁ」


 続いて開き直ったように言うと、素早く鞄を持ち、部室を飛び出していった。


「……委員長さん、大変だねぇ」


「うちの担任が特殊なだけだと思いますけど……とりあえず、買い出しは俺たちだけで行きますか。オススメの画材とかあったら、教えてくださいね」


「お任せあれ! 初心者向けからプロ御用達の品まで、幅広く紹介するよ!」


 部長は笑顔で言って、軽い足取りで扉へと向かっていく。


 俺は心の中で汐見さんを応援しつつ、部長とともに学校を後にしたのだった。


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