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第3話 クラス委員長は感覚が鋭い


「えっと、なんでしょうか……?」


 突然声をかけられ、俺は思わず敬語で返す。


 赤い髪を白く細いリボンでポニーテールにまとめた彼女は、少しツリ目気味の真紅の瞳でまっすぐに俺を見てくる。


 正直、かなりの美少女だと思うけど……入学して一度も話したことがないし、相手が委員長というだけで妙に緊張してしまう。


「授業中、あなたの周囲でずっと妙な気配がしてたんだよね。最近、変な場所に行ったりしてない? たとえば、心霊スポットとか」


「へっ? いや、特に行ってないですけど」


「そう……ならいいんだけど」


 口調とは裏腹に、彼女は口元に手を当てながら、いぶかしげな顔をしている。


 突然何を言い出すかと思えば、心霊スポット? まるで俺に幽霊でもついているような言い草だ。


 ……はっ、幽霊?


 直後、先程まで好き放題に教室を歩き回っていた雨宮あまみや部長の存在を思い出した。彼女も幽霊だった。

「……まさか委員長、見えるんですか?」


「え、何が?」


 ついそう口走るも、委員長はその大きな目をパチクリさせていた。


 彼女も気配を感じているだけで、実際に部長の姿が見えているわけではなさそうだ。


「いえ、なんでもないです。忘れてください」


「やっぱり、怪しーなぁ……」


 慌てて訂正するも、委員長はますます怪訝そうな視線を向けてくる。


 これは、墓穴を掘ってしまったかもしれない。


「おーい、ほのか、お待ちかねのカツサンドだぞ」


 この場をどうやって切り抜けようか考えを巡らせていた時、談笑するクラスメイトの間を抜けて、一人の男子生徒がこっちに歩いてくる。


翔也しょうや、ありがとー。代金、あとで払うから」


「そう言って何度踏み倒されたことか」


 翔也と呼ばれた彼は持っていたカツサンドとパックの紅茶を委員長に投げ渡す。


 呆気にとられながらその様子を見ていると、彼と目が合う。


 スラっと背が高く、銀色の短髪と黄金色の瞳が印象的だった。


 クラスメイトのはずなんだけど、名前が出てこない。


「その、えっと……」


三原翔也みはら しょうやだ。確か、内川だったよな」


 俺の様子を見て悟ったのか、彼は妙に子どもっぽい笑みを浮かべながら自己紹介してくれた。


「それで、ほのかと何話してたんだ?」


「内緒。あむっ」


 委員長は俺の代わりにそっけなく返し、受け取ったカツサンドを口に運んだ。


「その……怪しい気配がするって言われたんだ」


 彼のどこか人懐っこい雰囲気に飲まれ、俺は言葉を崩しながらそう答える。


「内川、悪いことは言わねぇ。ほのかの言うことは真に受けないほうがいいぜ」


「こ、今回は本当にビビッと来たんだから!」


 委員長を横目に、彼が小声で言うも……どうやら丸聞こえだったようで、彼女は声を荒らげていた。


「巫女さんの力は健在ってかー? そんじゃあな」


 そんな彼女の反応が楽しいのか、彼はけらけらと笑いながら自分の席へと戻っていった。


 一方の委員長は特に気にする様子もなく、紅茶のパックにストローを刺している。


「すごく仲良さそうだったけど、今のって彼氏だったり……?」


 微妙な空気のまま取り残されてしまい、俺はなんとなく尋ねてみる。


「へっ? 違う違う。翔也はただの幼馴染だよ」


 すると、そんな答えが返ってきた。


 なるほど。幼馴染というのなら、あの二人の間に流れていた独特の空気も納得だ。


「てゆーか内川君、一つ気になってたんだけどさ」


「え、なに?」


「わたしの名前、覚えてる?」


「……佐藤ほのかさん」


「ちがーう! 汐見しおみほのか! やーっぱり覚えてなかった!」


 机を叩きそうな勢いで言い、彼女は俺を睨みつけてくる。正直、下の名前は当てずっぽうだった。


「ずっと『委員長』って呼んでるから、まさかとは思ったんだよね……わたしは頑張ってクラス全員の名前を覚えてるのに、隣の席の男の子にすら名前覚えられてなかったなんて」


 委員長――汐見さんは机に突っ伏し、肩を震わせていた。


 最初に比べると、ずいぶん印象が変わった気がする。喜怒哀楽が激しくて、見ていて面白い人だった。


「あ、そうだ。さっきの話の続きだけど、もし肩が重くなったりしたら言ってね。お祓いしてあげるから」


「え、お祓い?」


 これまた聞き慣れない単語に、俺は眉をひそめる。


「商店街の奥にある、汐見神社って知らない? わたし、そこの娘で、巫女やってるの」


 なるほど。巫女さんだから、幽霊の気配に敏感なのか。


「そんな場所があるんだ。俺、春にこの街に引っ越してきたばっかりでさ。商店街は途中のスーパーまでしか行ったことなくて」


「あー、スーパーってナカマル? あそこ安いよねー。精肉店併設してるのもありがたいし」


 彼女はカツサンドをもふもふと頬張りながら、彼女は言う。


 なんでそこで精肉店? カツサンド食べてるし、委員長ってお肉が好きなのかな。


 ぼんやりとそう考えていた時、俺は雨宮部長の発言を思い出した。


「そういえば委員長、俺も一つ気になったことがあるんだけど」


「普通に汐見でいいよ。どうしたの?」


「汐見さん、授業中に猫のイラスト描いてたよね?」


「……どうしてそれを」


 予想外の質問だったのか、彼女は持っていたカツサンドを取り落としそうになった。


「いやその、見えちゃって……ごめん」


 実際に見たのは俺じゃなく雨宮部長なのだけど、それを伝えるわけにはいかない。


「あはは……内川君、目がいいんだね……恥ずかしい……」


 どこか遠くを見ながらも、その両手は机の中をさまよっていた。本当にショックだったらしい。


「そ、それでさ……もし興味があったら、今日の放課後にイラスト部の部室に来てくれない?」


「イラスト部? そんな部活、うちの学校にあったっけ?」


「あった……というか、俺が作ることになったんだけどね。興味ない?」


「――ある!」


 直後、汐見さんはその真紅の瞳を輝かせた。


 その食いつき具合は予想以上で、俺が思わずたじろいでしまうほどだった。


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