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第3話

 ホロミリーロは病院の個室で、脂汗を流しながら唸っていた。  

 彼は体の中に魔獣を飼っているフリーダだ。

 だが、魔獣は強力過ぎて、時折、宿主を支配しようとする。

 それをなんとか、抑えようと、彼は必死だった。

 フリーシェが見舞いにくると、ホロミリーロは少しは楽な様子で迎えた。

「大丈夫?」

「……ああ、なんとかな。それより、ルルシュースはどうなった?」

「それなら、今のところ放って置いてるわ」

 フリーシェは、彼に向かって呪字を空中に描いた。

 魔獣を眠らせるためのものだ。

 文字は、ホロミリーロの身体に浸透していって、魔獣は一気に力を失う。

「すまんな、おかげで楽になった」

「無理な魔獣なんか飼うから……」

「いいんだよ。もう少ししたら、もう一匹増やす」

「制御できるの?」

「できるさ」

 その希望的楽観を、フリーシェは疑った。

「あんまり増やさないでいいよ。今の奴で、十分強力なんだから」

「俺たちは、電導師に裏切られたんだぜ? 舐め腐りやがって。復讐の一つもしてやるところだ」

「まぁ、それはそうだけど」

 二人は孤児だった。

 ブリーダと呪字師となったのは、拾われた電導師議員局に教育を受けたのである。

 いわゆる恩人たちだが、それが公然と彼らを無視し、あまつさえ争いにまで発展しては、もう義理も何もない

 ホロミリーロはベットから立ち上がって、フリーシェがいるのにも関わらず、着替えを始めた。

「どうしたの?」

「病院を出る」

「もう?」

「傷は縫った。これ以上ここに居る理由がない。それより、電導師連中に復讐に行く」

「無理しないでよ」

 言ったが、フリーシェは止める様子がなかった。

 二人は病院を抜けて、フリーシェの車に乗った。

 ホロミリーロは、助手席に座った。         

「フリーダの店に」

「はいよ」

 車は発進し、街の裏路地にある店にむかった。

 そこは、狭い路地で営業しているのかどうかわからない店がならんでいた。

 シャッターが半分閉められた店が、目的地である。

 車を停めた二人は、店の中に入っていった。

 薄暗く、カウンターあるだけの店内に、中年の男がつまらなそうにテレビを見ていた。

「おい、客だ」

 ホロミリーロの声に、やっと気付いたとばかりに中年の親父は驚いた。

「ホロミリーロじゃないか! 生きてたか!」

「おかげさんでね」

「おまえに飼わせた魔獣が強力過ぎて、今頃食われたんじゃないかと思ってたところだよ」

「この程度の奴だったら、何ともない」

 中年は笑った。

「さすがだな。で、今日はどうしたんだ?」

「新しい魔獣を買いたい」

「イフリート飼っておきながら、さらにまだ飼う気か!?」

「ああ」

「やめとけよ、身体が持たないぞ」

「そんなにやわじゃない」

 中年男は相手の決意のほどを見て、仕方ないとため息を吐いた。

「……それならいいぞ。何が欲しい?」

「黒龍」

「なんだと!?」

「金ならある。さっさと出してくれ」

「俺はおまえを心配してるんだよ」

「問題ない」

「……まぁ、本人が言うなら仕方がないな。死んでも知らないぞ」

 中年男は奥に引っ込んで、アンプルと注射器をもってもどってきた。

 ホロミリーロの腕にアルコールで消毒し、中身をいれた注射針を刺して、体内に注入してゆく。

 針を抜くと、彼はホロミリーロの様子をうかがった。

 だが、彼は何でもなさそうにかまえていた。

「すまんな」

 ホロミリーロは、値段の代金を払うと、店から出ていった。

 再び、車上の二人となり、フリーシェが口をひらいた。

「さて、どこに行こうか。天国? 地獄?」

「どちらも勘弁してほしい」

 フリーシェは笑った。

「ミリティブに連絡して、経過を聴こう」

 ホロミリーロは、携帯通信機をだした。

 番号を入力し、相手が出るまで待つ。

「はいこちら、ミリティブ事務所。この間のホロミリーロとフリーシェね?」

「ああ、俺たちの依頼はどうなった?」   

「コベットは、電導師議員たちと敵対しているわ。一度接触もったけど、たぶん、いずれ電導師に殺されるんじゃないかな?」

「それが、依頼の回答か」

「まぁ、そういうことです」

「つまり、おまえらじゃ、コベットに勝てなかったわけだな?」

 ホロミリーロはずばりといった。

「正解」

 ミリティブは隠しもしないで正直に答えた。

「しかたない。手を貸せ」

「あくまで、コベットを殺る気なのね」

 その点、ホロミリーロは複雑だった。

 裏切りに会ったとはいえ、電導師に対して徹底的な敵意をもてずにいたのだ。

 屈折した思いは、コベットに向かっていた。

「……ああ」

「残念ながら、緋蓮の件で契約を結んじゃったのよ。貴方こそ、こっちに手を貸さない?」

「緋蓮がどうしたというんだ?」

 それは、単なる素朴な疑問だった。

「緋蓮は電脳空間の入口よ、なんでもあれを使えば、電脳空間の支配もできるらしいわ。もっともあたしは、緋蓮の封印が目的だけどね」

「それなら、手伝させてもらおう」

「話は決まった。事務所においでなさいな」

「ああ」

 通信が切れた。

 車は方向を転じて貧民窟に向かって走り出した。

「なにー、結局ミリティブと組むことにしたの?」

 フリーシェは、不満でもなさそうな口調だった。

 どちらかというと、無関心といったところか。

「緋蓮を手に入れることにする」

 ホロミリーロは何でもないことのように言った。

「ふーん」

 フリーシェは相変わらずに感心がなさそうに、鼻を鳴らした。

 やがて、車は貧民窟にある喫茶店前に着いた。

 車道脇に停めて降りた二人は、店外でだべっている連中を無視して真っ直ぐ店内に入っていった。

 薄汚れた中で、青いワンピース姿のミリティブが待っていた。

「おまちどう」

 フリーシュはワザと敬礼して、彼女に挨拶した。

 ミリティブは微笑んで頷いた。

「二階にどうそ」

 彼女は二人をつれて、住宅用のリビングに案内した。

「外と違って、凄い綺麗だねー」

 フリーシェは、思わず声にだした。

「ありがと」

 窓際には、ルゥーユが刀を肩に立てかけて座っていた。

 二人をソファーに座らせると、ミリティブは珈琲をだした。

 そして、藤の椅子に座ると、息を吐く。

「さて、早速だけど緋蓮は今、イラバシヤ地区にいるわ。何しているのかわからないけど、明日にでも向かおうかと思ってる」

「別に、今からでもいいぞ」

 ホロミリーロは他意もなく言った。

「まあ、今から行っても着くのは、夜中だし」

「ああ、それもそうか」

「二人の部屋は用意してあるから、好きに使ってね」

「わざわざ、すまんな」

「いえいえー」

 ミリティブは微笑んだ。

「それで、コベットの奴は、何て言ってたんだ?」            

「緋蓮をつかって、電脳空間を乗っ取ると言っているわ」

「ほう、随分野心家だったんだな、あいつ」

「カルト・ファミリーのリーダーやってるぐらいだからねぇ」

「それで、手を組んだのか?」

「敵わないと見たから、一次、同盟のつもりで依頼を受けただけよ。じゃないと収まらないわ、あの男」

「なるほど。おれはまたコベットの味方にでもなったかと思ったぞ?」

「まさかねー」

 フリーシェは、ソファから立ち上がり、ルゥーユのところまでパタパタと来た。

「何してるの?」

「……特に何も」

「君、可愛いねぇ」

「…な、なに!?」

 突然の言葉にルゥーユは明らかに動揺してみせた。

 それをみたフリーシェは笑った。

「かっわいー、顔紅くなってるよー?」

「うるさい!うるさい!」

 ルゥーユは手で彼女を払おうとしたが、フリーシェは一向に離れようとしなかった。

「寝てるの?」

「そうだよ!」

「じゃあ、あたしも一緒に寝るー」

 隣に座ってきたフリーシュは、頭をルゥーユの肩に載せて、そのまま寝息を立てた。

 ルゥーユは情けない顔で、ミリティブを見たが、彼女は悪い笑みを浮かべただけで何も言わなかった。

「すまんな。どうも人懐こいことがあって……」

 ホロミリーロが代わりにフォローする。

 ルゥーユは仕方なく、そのまま動かないことにした。

 夕食は、ミリティブが作る。

 イカ墨のパスタに、パイ包みのスープだった。

 やっと、フリーシェから解放されたかと思うと、彼女はルゥーユの隣に陣取り、時折、スープを、「あーん」と差し出してくる。

 ルゥーユは当然のように無視したが、フリーシェには一向に気にした風はない。

 洗い物が終わるまで、再び三人になった時、フリーシェはルゥーユに訊いた。

「ねぇ、なんで刀なんて持ってるの?」

「なんでだろうな」

 取り付く島もなく答える。

 ルゥーユは珍しくもない孤児である。

 それも小さいころから街のゴミとして見られてながら生きてきた。

 彼は角材を武器に、ギャング団に入り、毎日の練習と実戦で、棒よりも刀の方が向いていると感じた。以来、鍛錬に鍛錬を重ね、今や独自の刀術を使う身となっていた。

「ミリティブと会ったのは?」

「拾われた。それだけ」

「ルゥーユは一流だったからねー」

 キッチンからミリティブが声を投げかけて来る。

「へー、凄いんだねぇ」

 居心地が悪い。

 ルゥーユはハッキリとそう感じていた。

 彼は刀を持って立ち上がった。

「寝る」

「えー、もう寝ちゃうの?」

「寝る」

 それだけを繰り返し、ルゥーユは私室に戻っていった。

「フラれたなぁ、フリーシェ」

 ホロミリーロが軽く笑みを浮かべた。

「まだ、時間はあるわよ」

「諦めないのか……」

「当然」

「まあ、好きにしな」




 翌朝、トーストと卵の朝食を取ると、四人はイラバシヤ地区に向かって車に乗っていた。  運転はミラティブで助手席には体育座りのルゥーユが素早く陣取っていた。

「もー、ルゥーユー、後ろに来なよー」

 フリーシェは、甘えた声を出すが、彼は聞いていないフリだ。

 ミリティブもホロミリーロも苦笑いしていた。

 車は公道を走り、首都圏から離れていた。

 二時間も走った頃、やっと、イラバシヤ地区に入った。

 山稜に囲まれた、閑散とした地域で、町も小さく、畑と民家が多い。

「あー、こういうところにあるんだよなぁ……」

 ミリティブが呟いた。

「何が?」

 ルゥーユが相手にしてくれないせいか、フリーシェが食いついてくる。

「コミューン」

「……ああ」

「さて、どのへんかねぇ……」

 緋蓮が潜んでいることは確かだが、探す範囲が広すぎる。

「なんか、おびき出す手はないかな?」

 ミリティブに誰も答えない。

「……こりゃ、コミューンさがしたほうが早いか」

 緋蓮なら、必ずコミューンに接触している。

 ユヴァンディもだ。

 ミリティブは、丁度目に入った民家の前に車を停めた。

 そして、独りで降りて、玄関先で中の住民と笑いながら話し合っていたとおもうと、頃合いをみて、戻ってきた。

「さすが田舎。情報網が電脳並みだわ」

「わかったの?」

「コミューンの場所がね」

 ミリティブは再び車を走らせた。

 目的の場所は、低い山の中だった。

 車を降りた四人は、高い丘のような森に入っていく。

 急に視界が開けると、建物が幾つか経った広場があり、そのいたるところに、人々がだべっていた。

 突然の侵入者に驚くこともなく、中には呑気に挨拶代わりに手を振ってくる者もいた。

 だが、すぐに武装した十名ほどの人間が辺りから現れ、彼女らを囲む。

「何の用だ、貴様ら!?」

 ショットガンを持った彼らの一人が叫ぶように声を上げる。

「うるさいなぁ。ちょっと、あんたらのリーダーに用があるだけよ。邪魔だからどいて」

 ミリティブは、相手にもしていない。

「ふざけるな。目的もわからない相手に会わせられるわけがないだろう」

 その時、フリーシェが、空中に呪字を描いた。

 途端に前方にいた相手は、呆然となって武器を手から落とした。

「なんだ!?」

 背後にいた連中が驚く。

 間髪を入れず、フリーシェは彼らに向かっても意識混濁の呪字を喰らわせる。

 囲んでいた十人は、一瞬にして呆然自失となったまま立っている木偶人形と化した。

「偉いわね、よくやったわ、フリーシェ」

「えへへへ」

 ミリティブに褒められ、フリーシェはまんざらでもなさそうだった。

「さて、リーダーはどこ!? 早くあたしたちを連れていかないと、大変な目に合うわよ!?」

 ミリティブは叫んだ。

 様子を見ていたコミューン・メンバーから、一人の青年が近づいてきた。

「……こちらです」              

 彼は小屋の一つに案内した。

 コベットのバスとは違い、こちらの小屋の中は、汚いベットと机があるだけの簡素なものだった。

 そのベットので、痩せて髭を伸ばした中年男が、シャツとハーフパンツ姿で本を読んでいた。 青年が去ると、男は四人に気付いたように顔を上げた。

「なんだね、君たちは?」

「あなたが、ここのコミューンのリーダーですね?」

 ミリティブが尋ねた。

「そうだが?」

「私はミリティブ。事務所のものです。今私たちは、緋蓮という龍を探してまして、貴方なら何か知っているのではないかと」

「緋蓮か……」

 男は本を閉じて脇に置いた。

「まずは名を名乗ろう。私の名前はイスリカン。緋蓮だが、あれなら、今山の中で身体を休めている最中だ」

 丁寧な口調の物静かな男だった。

「ユヴァンディという少女は知りませんか?」

「ああ、その少女なら、龍と一緒だよ」

「貴方方は、緋蓮に飲み込まれなかったのですか?」

「場所を提供しただけで、そのような様子はみられなかったな」

「ありがとうございます。できれば、緋蓮のところまで、案内を誰か頼みたいのですが」

「それなら、さっきの青年がいいだろう。私からだといえば、大人しく従ってくれるよ」

 ミリティブは一つ頭を下げると、三人を連れて小屋からでた。       

そして、青年を捕まえて、緋蓮のところまで案内してくれるように頼んだ。

 獣道をしばらく進んでいくことになった。

 やがて、また開けた草原にでると、そこには、まごうことない紅い鱗の巨大な龍がとぐろをまいて、寝息を立てていた。

 その頭の脇には、ユヴァンディがしだれかかるようにして、同じく眠っている。

 ミリティブは、案内役の青年に礼を言って帰らせ、しばらく様子を見ることにした。

「何をしている、チャンスだろう?」

 ホロミリーロが耳打ちするような小声を出す。

「それがね、あれ……」

 ミリティブは、緋蓮の奥にある森の中を指さし示した。

 そこには、人間の気配があった。

 それも見たことのある相手、ルルシュース・ヨークマベリだ。 

「あいつ……」

 ホロミリーロは舌打ちした。

「どうする、あいつをやるか、緋蓮をやるか」

「別れましょ、貴方方にはあの電導師の相手をしてもらって、私たちは緋蓮をどうにかするわ」

「わかった。じゃあ、回り込んで向こうに行く」

「頼んだわ」

 ホロミリーロは、フリーシェを連れて、その場からできるだけ物音を立てないようにしながら、移動していった。 

ミリティブは、彼らがルルシュースに接触するのをルゥーユと共に待った。

 ホロミリーロはフリーシュを連れて、草原を廻りこんでいった。

 やがて、樹木の中に似合わないスーツ姿の男がしゃがんで、緋蓮の様子を覗っている姿があった。

 気配に気づき、振り返ったルルシュースは、驚きもせず、頷いて立ち上がった。

「こんなところで。おまえらが緋蓮に興味があるとは、思わなかったな」

「興味があるのは、俺たちを裏切った電導師達だ」

 ホロミリーロは電荷ブラスナックルをはめた手を、改めて握った。

 ルルシュースは呪符をトランプのように左手に広げた。

 フリーシェが、ホロミリーロの肩口から、呪字を空中に描く。

 不意打ちは、ルルシュース本人の手前の呪符で遮られた。

 数枚が炎と化して、灰になる。

「おっと危ない」

 ルルシュースは半数の呪符をいたるところに投げて張り付ける。

「また、ブービートラップか」

 ホロミリーロは舌打ちした。

 彼はそれでもルルシュースに近づいて行った。

 ルルシュースが新たな呪符を、一枚炎の中に消した。

 ホロミリーロは、途端に身体が重くなるのを感じた。

「ホロミリーロ!」

 フリーシェが呼ぶと、彼は振り向いた。

 その目に呪字を与える。

 とたん、重い身体が軽くなり、逆により、軽快になった。

「小娘……!」

 ルルシュースが憎々し気に呟くと、その視線を捕らえて彼女は再び呪字を書く。

 呪符が四枚、炎に消えた。

 残るは、三枚。

「覚悟するんだな、ルルシュース」

「残念ながら、こんなもんなくとも、おまえなどには負けんがな」

「ほざけよ!」

 ホロミリーロは、右こぶしを顔面狙って叩き込む。

 ルルシュースは、身体を反らしてそれをよける。

 ホロミリーロの身体から、赤銅色をしたイーフリートが現れ、口から炎の塊を吐き出す。

 呪符の一枚が灰になって、何とか食い止める。

 身体を戻した時、イーフリートに呪符を張り付ける。

 とたん、魔獣は電池が切れたように動かなくなり、ホロミリーロの身体から地面に抜け落ちた。

 ホロミリーロは、気にしないで、左のボディを打ちこむ。

 腕を叩きつけるようにして、その一撃をルルシュースは防いだ。

 代わりに、身体から巨大な顎が現れる。

 同時にホロミリーロからは、黒龍が現れ、互いにもつれ合った。

 ミリティブは、向こうでの戦いが始まったのに気付くと、緋蓮のところに走り出した。

 ルゥーユも追う。

 ユヴァンディは既に目を覚ましていた。

 ミリティブを追い越したルゥーユは、走りながら鞘から刀を引き抜き、ユヴァンディに上段からの袈裟斬りに振るった。

 だが、ユヴァンディは、一歩半身になっただけで、それをよけた。

 一瞬身体が固まったが今度は下から救い上げるように刀を斬り上げる。

 これも、引いて空を斬らせた。

 一連の技の最期に、胸を狙って突きを繰り出すが、これも半身になって避けられる。

 十分近づいたタところで、ユヴァンディは、空中に呪字を書いた。

 だが、それはルゥーユの体内で喰われて、効果がなかった。

 続けて隙をついたユヴァンディの蹴りが、ルゥーユの胸に打ち込まれ、彼は後ろに吹き飛んでいた。

 そこにミリティブが、呪符を五枚燃やす。

 五倍の重力が、一気にユヴァンディにかかり、地面が凹む。

 彼女も何とか踏ん張って、押しつぶされないようにした。

 再び駆け寄ったルゥーユは、ユヴァンディに横薙ぎの一閃を与える。

 腿と肘で刀を受けたユヴァンディは、撥ねるようにもう一方の足を宙に浮かせて、ルゥーユの顎を蹴り上げた。

 ルゥーユは、危うく刀を手放すところだった。それでも、解放された刀を持つ彼は衝撃に倒れかけた。

 ユヴァンディは何度も大量の呪字を書く。

 ルゥーユに喰いきれない程に。

 それは腰にぶら下げたコンパスギアが、身代わりとなってくれた。

 見事に壊れたが。

 ルゥーユは、次の攻撃と一息付けるために、距離を置いたところで刀を構えた。

 代わりにミリティブが、呪符を再び二枚燃やす。

 今度は純然たる、攻撃だった。

 すさまじい打撃が、ユヴァンディに二発くわえられ、彼女は吹き飛んだ。

 唸り声が響いた。

「緋蓮……!」

 ミリティブが思わず呟く。

 緋蓮が目を覚ましたのだ。

 ホロミリーロとルルシュースは目を奪われて、一瞬動きを止めた。

 緋蓮は一つ咆哮を放つと、身体を持ち上げ、鎌首をもたげた。

「逃げられたら、厄介だ」

 ルルシュースは再び呪符をまき散らすと、緋蓮の方に走り出した。

 舌打ちするホロミリーロに、フリーシュは呪符無効の呪字を与えた。

 ホロミリーロも、これで安心してルルシュースを追うことが出来る。

 ルゥーユは、目標を緋蓮に変えた。

 緋蓮はユヴァンディを庇うように胴体を移動させながら、ルゥーユを見下ろした。

 少年は、下段に刀を構え、ひたすら待つ。

 ミリティブが、新しい呪符を手にする。

 彼女は、四枚を緋蓮に投げつけた。

 呪符は、巨大な龍の身体に張り付き、その動きを止める。

 緋蓮は吠えながら、もがいた。

「あんたがいると、とんでもないことになるのよ。ここでゆっくり眠ってらっしゃいな!」

 さらに五枚の不動の札を追加で張り付けて、緋蓮の動作を完全に止める。

 ルゥーユは、その身体の上を駆け上がり、頭上まで来ると、脳天に刀を柄まで突き刺した  緋蓮は、そのまま立たせていた身体の一部を、どっと土煙を上げて地面に倒れさせる。

 刀を引き抜いたルゥーユは、鞘に納めてユヴァンディを探した。

 彼女は、緋蓮の胴体の中ほどの地面に立っていた。

「よくも緋蓮を……!」

「悪いのは緋蓮じゃないんだ、仕方がないのさ」

 ルゥーユは達観したように口にした。

「だまれ!」

 彼女は空中に呪字を描こうと、手を浮かせた。

 だが、その瞬間、一瞬で身を左に飛ばした。

 呪符が数枚飛んできたのだ。  

 みると、ルルシュースだった。

 その後ろに、ホロミリーロとフリーシュも続いていた。

 ミリティブもルゥーユの横に来た。

 ユヴァンディは完全に囲まれた。

 彼女は舌打ちして、自身に呪字を書いた。

 肉体を鋼鉄化するもので、あっと言う間に彼女の身体は固まり、ひとつの像のようになった。

「なんだ、死んだのかな?」

 ミリティブが驚く。

「違うな、生命反応はある」

 自然と、ルルシュースが答えていた。

「これで、終わりか?」

 ルゥーユは、ミリティブに訊いた。

「まだよ。今目の前に、ルルシュースがいるじゃない」

「ああ」

 ルルシュースは不敵な笑みを浮かべた。

 ルゥーユが、突然といっていいくらい急に、ルルシュースに向かって駆けだした。

 鞘から刀を抜き、横薙ぎで振るう。

 一撃を、扇方に広げた呪符で受け流したルルシュースの後ろから、今度はホロミリーロが電荷ブラスナックルで後頭部を狙ってくる。

 それを首を傾けてよけ、ホロミリーロの腹部に肘鉄を食らわせる。    

すぐに出てきたイーフリートが、腕で防ぐ。

 炎の固まりが魔獣の口の奥に灯り、一瞬にして巨大化すると、ルルーシュースめがけて吐き出された。

 跳ねて飛び、ルルシュースはそれをよける。

「駄目だ、緋蓮をやる」

 ホロミリーロは、ルルシュースの脇を駆け抜けた。

 追おうとしたルルシュースに、ルゥーユが立ちふさがる。

「ガキどもがうるさいなぁ」

 彼は愚痴るようにした。

「何するの、ホロミリーロ?」

 ミリティブは呪符を用意した。

「こいつを喰らう」

 答えたホロミリーロは、緋蓮の傍までくると、身体から黒龍を出した。

 漆黒の龍は、大口を開けて、緋蓮を飲み込み始めた。

「何をしている!?」

 ルルシュースは初めて声を荒げた。

 その肩口目指してルゥーユが袈裟斬りに刀を振るってきた。

 呪符の扇で、何とか受け流したが、返す刀の横薙ぎの一閃は、後ろに下がらなければ、避けられなかった。

 カチリといった音がした。

 彼が足元をみると、地面に自分が蒔いた、爆弾の呪符が置いてあった。

 爆発が起こり、ルルーシュースの右足が膝から下が、千切れ飛んでいた。

「……ぬ……おおぉ……」

 地面に倒れた彼は、痛みに耐えながら、何とか立ち上がろうとした。

 だが、間髪を入れず、ルゥーユが刀を振るって来た。

 ルルーシュースの首が大きく飛んで、首から大量の血が流れた。

「やった……!」

 ミラティブは歓喜に満ちた声を上げた。

「やったね、ルゥーユ!」

 駆け寄って、フリーシェはルゥーユに抱き着いた。

「……邪魔だ。鬱陶しい」

 冷たく言い放つルゥーユだが、フリーシェに放す気配はない。

 仕方なく引きはがして、ミリティブの方に向かう。

 彼女は、ホロミリーロが緋蓮を飲み込み終わったところを見ていた。

「大丈夫なの?」

 ミリティブは心配気だった。

「……どうにかなるさ」

 ホロミリーロは言ったが、表情は苦い。

「よし、一旦帰るか……」

 彼は全て終わったとばかりの態度だった。

「そうね。緋蓮だけど、あとで調査させてね」

「わかった、ミリティブ」

 ルゥーユは、刀を鞘に納め、肩に担いだ。




 喫茶店に戻ると、カウンター席にティスフロムが座っていた。

 ホロミリーロとフリーシェの二人と別れ、ルゥーユと共に車で戻ってきたばかりである。

 外は夕陽が落ちかけて、やや薄暗くなっていた。

「どこに行っていた?」

「緋蓮退治」

 ミリティブは短く答えた。

「なんだと? それでどうなった?」

「ホロミリーロが、喰ったわ」

「喰った?」

 ミリティブはカウンタ裏に移動し、ルゥーユは黙って二階に上がっていった。

「緋蓮見たいのを喰えるだけのブリーダなのか、ホロミリーロって奴は?」

「それしか方法がなかったのよねぇ」

 考え深かそうにして、ミリティブは珈琲を入れにかかった。

「とてもじゃないが、不通の人間が飼える代物じゃないぞ、あれ」

「だとしたら、どうなるの?」

「宿主が乗っ取っとられる」

「……どうなることやら」

 心配気に、ミリティブは呟いた。

「で、残りの電導師はどうなったの、ティスフロム」

「ああ、今探しているところだ」

「ああ、進展なしって意味ね」

 ティスフロムは多少不機嫌になった。

「今のところは、だ。すぐにでも探し出して見せるさ」

「まー、警察なんか、人探しが仕事みたいなものだしねぇ」

「随分と極端な評価くれるじゃないか、ミリティブ」

「あら、違った」

「……大体合っている」

 ミリティブは笑って、ティスフロムに珈琲を差し出した。

 彼は美味そうにカップを啜る。

「で、ホロミリーロなんだが、合ってみたいな」

「あたしは何とも言えないわ」

「おまえしか、伝手はがないんだよ」

「自分で探しなよ。この街のどこかに居るわよ。

「冷たいやつだなぁ」

「貴方が何をするか、わかったもんじゃないからね」

「信用ないんだな」

「まったく無いわよ」

「ひでぇな」

 ティスフロムはさらに機嫌悪そうに言った。

 警察ではない、彼ら在野の人間が緋蓮を捕まえたということに、ティスフロムは嫉妬を覚えていないといえば嘘になる。

 だからと言って、相手を傷みつける気などサラサラなかった。

「まぁ、探せというなら、探すけどな」

 ミリティブは微笑んだ。

「ところで、契約の話なんだけど」

「なんだ?」

「緋蓮捕まえたんだから、成功報酬と雑費を合わせて頂きたいわね」

「まだ、捕まえたかどうかわからん」

「うわー、出たよお役所的なケチんぼ根性!」

「そういう言い方あるか?」

「あるに決まってるでしょう」

「ホロミリーロと接触して話を聞き終ったら、報酬は払ってやる」

「何それ、貴方らが無能で、探せられなかったら、あたしの責任でもないのに、仕事のお金をくれないっていうの?」

「そうは言ってない」

「それ以外の意味での言葉になっていない」

「もういい、この話はあとでゆっくりしよう」

 ミリティブも言い争いになりそうだったので、同意した。

「で。警察は電導師を捕まえるとして、コベットはどうするつもりなの?」

「あー、あいつは最後だ。奥の手として使いたいからな」

「結局、捕まえるんだ」

「クーデターは終わってない。その間に我々ができることは、今の状態で得する連中を一網打尽にすることなんだよ、ミリティブ」

「へぇ」

 関心もなさそうだった。

「そろそろ、夕ご飯の時間だけど、食べてく?」

「いや、仕事に戻っる途中で、食べてくよ」

 ティスフロムは珈琲代をカウンターに置いて、店を出ていった。

 ミリティブが二階に上がると、ルゥーユが代わりにキッチンで料理をしていた。

「今日はなにー?」

 ルゥーユはちらりと、彼女の方に目をやり、すぐに手元に戻した。           「……サーモン・トラウトの刺身に、三杯酢のモズク」

「あら、美味しそう」

 ミリティブは笑顔になって、ソファに腰を掛けた。

 テレビを点けて、適当にチャンネルを変えていっていると、ルゥーユからできたとの声が聞こえた。

 ミリティブは、食卓が置いてあるキッチンに行き、席に着いた。

 刺身は、ご飯が進み、ミリティブはおかわりした。

 モズクの三杯酢もさっぱりとして美味い。

 腹いっぱい食べた二人は、目的もなしにリビングでだべっていた。

 ミリティブは、しばらくして、調べ物をはじめた。

 ルゥーユは相変わらず、窓際で座っている。

 その時、ミリティブの携帯通信機に、連絡が入った。

 発信者は、ティスフロムだ。

「もしもし?」

「ああ、ミリティブか。大変だ。捜査一課の連中が、ホロミリーロを逮捕した」

「なんだって!?」

 ミリティブは思わず大声をあげた。

「ちょっと、どういうこと!?」

「どういうことも何も。緋蓮を喰ったのが、捜査当局にバレて、電導師対策のいっかんとして、身柄を確保したということらしい」

「それで、ホロミリーロは大人しくしてるの?」

「していない……」

 そうだろうなと、ミリティブは思った。

 この際だ。緋蓮を利用するか。

「あとで、行く」

 短くいった彼女は通信を切った。

 今日は寝ることにして、明日、出発しよう。

 予定を決めた彼女は、ソファにもたれた。

 ユヴァンディのことだ。

 彼女はあの歳で、ほぼ、電導師たちの道具に利用されているのに、納得できているのだろうか。

 鋼鉄になったとはいえ、多分彼女はまだ生きている。

 術も切れたことだろう。

 次の日、ミリティブはルゥーユを連れて、街から離れ、田舎に車を走らせた。

 目的地は、アーシタリ・コミューンだ。

 辺りに何もなくなってきた頃、コミューンの鉄のゲートが見えてきた。

 今や、彼女らはコミューンに顔パスである。

 ゲートは、すぐに開けられた。

 車は広間の手前で停められた。

 ルゥーユを連れたミリティブは、迷いもなく、バスに向かった。

「いよぉ。どうした、今日は何の用だ?」

 いつものソファで、コベットは酒を飲みながら、ズートスーツを着ている。

「緋蓮が捕まったよ」

「……ほぅ……」

 コベットは珍しく、興味深げだ。

「それは電導師議員も、悔しがるだろうな」

「悔しがるかしら?」

 ミリティブは、真っ向から反対意見を口にした。

「不死身の緋蓮よ。今回はホロミリーロが喰って、それを警察が捕まえたの。まだ、電導師が利用しようとする余地はあるわ」

「ほう、喰ったのか、あれを」

「それで、チャンスだから、教えてもらいたくて来たわ」

「何をだい、嬢ちゃん」

 コベットはニヤリとした。

 考えていることを見透かされているようだった。

 それでもミリティブは口にする。

「緋蓮の殺し方」

「殺し方ねぇ……」

 コベットは、酒を注いだタンブラーに口をつけた。

「……簡単だよ。ユヴァンディを殺せばいい。ブリーダのいなくなった魔獣は、生命の糧を共有している者がいなくなって、消滅する」

「ユヴァンディを……?」

 ミリティブは、あまりの当然の答えに、むしろ驚いた。

 確かに、コベットの言う通りだった。

 だが、ユヴァンディは、今、どこにいるのか?

 特に緋蓮作りに利用された彼女は、どう思っているのか。

 墓場で封印されていた、若干十代の少女だ。

 彼女は、電導師をアマステルで襲っていた。

 一体、彼女の意図はどこにあるのだろう。




 独房で、ホロミリーロはベッドに座っていた。

 ホテルで休んでいるところを、麻酔銃をくらわされ、そのまま連行されたのだ。

 緋蓮を飲み込んだというのに、今のところ身体に変化はない。

 恰好の隠れ場とはいえ、警察の腹は読めていた。

 彼を電導師との交渉に使うのだ。

 利用されるのはホロミリーロにしたら、不満である。

 だいたい、警察から何も言ってこない、傲慢さだ。

 ホロミリーロは、されてもいない警察への協力を拒むことにした。

 鉄格子をそれぞれ両手で一本ずつ握り、思い切り左右に開く。

 前面の檻の部分は、飴のようにひしゃげた。

 この力は緋蓮のものだ。

 ホロミリーロは、迷いなく、独房から廊下にでた。

 彼はそのまま、外で車を盗み、目的地に向かう。

 行き先は、フリーシェのいるホテルである。

 町はずれにある監獄に収容されていたらしく、中心街まで行くのに、三十分かかった。

 ホテルに近づくと、手前で車を乗り捨て、歩いて中に入った。

 カウンターで、フリーシェを出してもらう。

「すぐに部屋にとのことです」

 彼は頷き、部屋番を聞いて、エレベーターに乗り込んだ。

 部屋をノックすると、ドアはすぐに開けられた。

「ホロミリーロ!」

 フリーシェが抱き着いてくる。

「おう、心配かけたな」

 その頭を撫でてやる。

「それよりも、大丈夫?」

 身体を離し、部屋に招き入れると、フリーシェは訊いた。

「大丈夫だ。何も心配はない」

「ああ、大丈夫だ。問題はない」

 突然、背後から声が聞こえた。

 二人が振り返りみると、車椅子に座った、ルルシュースだった。

「……貴様、生きてたか」

 ホロミリーロが殺気をまとう。

「おっと、せっかくだが、争いに来たわけじゃない」

 両手を軽く上げて、降参のポーズを取る。

「今回は協力をお願いしに来たんですよ」

 余裕たっぷりに、ルルシュースは微笑む。

「協力だぁ? 裏切ったのはどっちだよ?」

「まあ、そういわずに」

 あっと言う間だった。

 ルルシュースは空中に文字を書き、コンパスギアの持っていないホロミリーロに干渉した。





 ティスフロムは、ミリティブの店に来ていた。

「で、逃げられて、どうなったわけ?」

 彼女は少々不機嫌そうだった。

「まだ、何もない。その間におまえたちにどうにかして欲しいんだ」

 ミリティブは舌打ちしたそうな顔になる。

「……まあ、どうにかしますけどね」

「さすが!」

 ティスフロムは、喜んだように声を上げた。

 全く持って仕方がないとでも言うように、ミリティブはカウンターをひと拭きした。

「で、ひとを探して欲しいんだけど」

「任せときな。どこのどいつだ?」

「ユヴァンディっていう、少女よ。電導師議員のはず」

「わかった。すぐにでも手配する」

 ティスフロムが帰ると、ミリティブは二階に上がった。

「おい、ミリティブ」

 珍しくルゥーユが話掛けてきた。

 顎で、テレビを指し示す。

 ミリティブが、視線をやるとそこには、緋蓮の映像が流れていた。

 赤い龍は、サンノカ地区で無差別に、人を襲っているところだった。

「何これ、どういうこと? 緋蓮はホロミリーロが喰ったんじゃなかったの?」

 ルゥーユからの返事はない。

 すぐにティスフロムから携帯通信機に連絡が入ってきた。

「ティスフロム?」

「ああ、テレビ見たか?」

「見たわよ。ちなみに、どうしてかはわからないからね」

「ああ、それなら仕方ない。とりあえず、我々は緋蓮に対抗する。それから、ユヴァンディの情報が取れたぞ」

「早いなぁ」

「専門だからな。データは、デッキに送ることにする」

「ありがとう」

 通信が切れる。

 デッキを見ると言われた通り、ユヴァンディの経歴と最近の行動が書かれたデータが送られてきていた。

 彼女は、電導師議員同士の夫婦の元に生まれた。

 だが、両親は彼女が幼くして死去し、それからは議員局が育てている。明らかに、議員たちのためにである。

 そんな彼女は、彼らのしがらみから脱しようと、緋蓮を小さいうちに飼いだした。

 同時に、龍による電脳世界への移転という計画を、議員たちに持ち掛けている。

 全ては、そこから始まったのだ。

 つまりはユヴァンディは、電導師を電脳世界に封じる気でいたのだ。

 多少の住民の犠牲を払ってでも。

 だが、電導師議員に先手を取られ、あの墓場に封じられたのだ。

 ミリティブは、息を吐いて、椅子にもたれた。

 山中で鋼鉄になった彼女だが、術も取れて、今や自由に行動しているようだった。

 だが、今回の緋蓮が出現した地区には、行ってはいない。

 今、彼女は首都圏のホテルに泊まっているらしい。

「行くわよ、ルゥーユ」

 ミリティブは立ち上がった。

 無言でルゥーユは、ミリティブのあとを追う。

 ホテルまで車ですぐの距離だ。

 カウンターの受付嬢相手に、呪符を一枚発動させる。

 呪符は自然と発火して燃え、灰になる。

 二人は、呆然とする彼女らをわき目に、エレベーターに乗った。

 部屋にくると、ノックする。

「どちらさ……」

 自然とドアを開けたユヴァンディは、二人を見て驚いた。

「こんにちは、お久しぶり」

 足をドアの内側に入れて、閉められないようにしてから、ミリティブは挨拶した。

「何しにきたのよ」

 驚きも納まった彼女は、やや警戒しつつも、向き直った。

「なにこんなところで、呑気にホテル取ってるのよ、あんた。このままじゃ警察に捕まるわよ」

「警察?」

 ユヴァンディは鼻で笑った。

「そんなもん、相手にしてないわ」

「緋蓮もいなくなったのに?」

 ユヴァンディは、沈黙してミリティブを睨んだ。

「どの口が言うわけ? 緋蓮はあんたたちのせいでしょうが」

「まあ、喧嘩しに来たんじゃないわ。入れてくれない?」

 ミリティブが穏やかに言うと、ユヴァンディは考えた様子のあと、ドアを開けたまま奥に消えていった。

 ルゥーユと顔を見合わせたミリティブは、遠慮なく中に入ることにした。

 窓際が机になっており、ベッドが一つだけのシングルの部屋だ。

 ユヴァンディはベッドに座っていた。

「コベットのところに行ったわ」

 ミリティブは彼女の前に立つと、いきなり切り出した。

「で、何か言っていた?」

「緋蓮を倒すには、あなたを殺せばいいと言われた」

「ありがち、間違いじゃないわね。やってみる?」

「やめとくわ。今は事情が違うらしいし」

「あら、よくわかったわね」

 ユヴァンディは、小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

「で、今はホロミリーロが宿主になってるんだけども、緋蓮を殺すにはどうしたらいいの?」

「どうして、貴女は緋蓮を殺そうとするの?」

「どうしてって……」

「少しは調べてるんでしょ、緋蓮のこと」

 ミリティブは、沈黙した。

 今のところ、彼女はティスフロムとの契約で動いている。

 ユヴァンディの計画も、共感できるところはあるが、これと言って、ピンとこないのが現状だ。

「緋蓮は電導師に対抗できる、唯一の存在よ」

「そこなんだよねぇ。いまいち、電導師への危機感が、あたしたちには無いというか……」

「……へぇ……」

 ユヴァンディは、冷たい視線を送ってくると、机の上のデッキを操作し始めた。

 画面にづらりと顔写真が並べられて出てくる。

「何人いると思う?」

「え? 十人ぐらい?」

 カーソルが画面をスライドさせる。

「ざっと、百十二人よ」

「この人たちは?」

「緋蓮に飲み込まれて、電導師達の元に送られた人々よ。公には死んだことになってる」

「望んで?」

「まさか。電導師達が捕獲(・・)したのよ。自己のハード・ディスクにするためにね。公といったけど、電脳世界でも意思がないから、ほぼ死んでるわ」

「それを止めようとしてたわけ?」

「ええ」

「どうして?」

「貴女もあたしの資料ぐらい見てるはずだと思ったけど」

 ユヴァンディは、邪悪な笑みを浮かべた。

 それは、確実に過去への復讐を果たそうとする者の表情だった。

「……なるほど。よくわかったわ」

 ミリティブは、頷いた。

 深く訊くことはなかった。

 大体、想像できるものだから。

「ところで、あたしはホロミリーロを助けたいんだけど」

 彼女は、いきなり本題を突き付けた。

「ああ。それが、二個目の目的ね」

 ユヴァンディの笑みから邪悪さが抜ける。

「……いま、緋蓮に乗っ取られた形だから、チャンスと言えばチャンスよ」

「チャンス?」

「緋蓮は本体を持ったようなものだから。この間までみたく、不死じゃないわ」

「ほぅ」

 ミリティブは、目を細くした。

「やってやろうじゃないの! ねぇ、ルゥーユ」

 少年は、刀を軽く掲げた。

 十分、やる気だ。

「じゃあ、あたしたちは、行くわ」

「あたしも行こうかしら」

「何しに?」

 ミリティブは警戒した。

 ユヴァンディが意味ありげな表情になった。

 ベッドから立ち上がる。

 喪服のドレスがひらりと、揺れた。

「あたしが行ったら、駄目かしら?」

 雰囲気が一変している。

 今迄、無警戒だった彼女は、明らかに戦闘態勢に入っていた。     

「あたしもそうしたいんだけどねぇ、ユヴァンディ。時間がないのよ」

 ミリティブは、そういうと、身をひるがえして部屋から出る。

 相手は追っては来なかった。




 ミリティブは、ルゥーユを助手席に乗せると、車を急がせてサンノカ地区に向かった。

「今度は仕留めるわよ、ルゥーユ」

 ルゥーユは頷いた。

 ミリティブは、携帯通信機を取り出した。

「もしもし、フリーシェ?」

「あ、ミリティブ!」

「よー、嬢ちゃん元気だったかい?」

「ホロミリーロが……。あたしじゃ、手を出せなくて……」

「さっさと連絡入れてくれれば良かったのに。ホロミリーロごと殺されるとでも思った?」

 返事はなかった。

 沈黙が、図星だと語っている。

 ミリティブはため息を吐いた。

「そんなわけないでしょうに。そこまであたしは非情じゃないわよ」

「……ごめんなさい」

 相手は、泣きそうだった。

「あー、大丈夫だから。これから、そっちに行くから、待ってて」

「うん」

 通信を切り、ミリティブはアクセルを吹かす。

 サンカノ地区には、おかげで、ニ十分で着いた。

 空に遊弋する緋蓮が、眺められる。

 ミリティブは、もう一度フリーシェに連絡して居場所を確認し、合流した。

「で、ホロミリーロは?」

 車から降りたミリティブは、フリーシェに訊く。

 彼女は、上空を指さした。

「同化してるのか……ユヴァンティは、本当のこといってたのかしら」

「ユヴァンティがどうかしたの?」

「ホロミリーロと同化した今なら、緋蓮は不死じゃないって。緋蓮を倒せば、ホロミリーロは助かると……」

「そんなの嘘でしょ。それじゃあホロミリーロはどこ行ったのさ?」

「まぁ、騙されたんじゃないかとは、思ってたけどねぇ。コベットも同じことを言うから」

「そりゃあ、二人とも目的は一致してるわけだし……」

「確かに……」

「まぁ、確かめてみるかぁ」

 ミリティブは呪符を数枚、手にした。

 空を見上げて、数枚を炎と化させる。

 緋蓮は空中で、ひと回転しただけだった。         

 動きを止める呪符だったが、まったく効いていない。

 やがて、地区のいたるところから、光線が走り、緋蓮を貫いた。

「呪砲!?武装機動隊か!」

 ミリティブは、早速、携帯通信機に連絡を入れた。

「ミリティブか?」

 ティスフロムの声が返ってくる。

「今、どこにいるの、ティスフロム?」

 ティスフロムは、住所を言った。

「すぐ行く」

 ミリティブは、二人を乗せて車を走らせた。

 司令部になっているのは小さな公園で、幾つもテントが立てられ、それぞれ本部要員が、忙し気に働いていた。

「よく来てくれた、ミリティブと二人とも」

 ティスフロムは、車が停まって、三人が中に入ると迎えて歓迎した。

「今度こそ、緋蓮を仕留めるぞ」

「クーデター部隊はどうしたの、ティスフロム」

「ああ、部隊は残してきた。こっちに来たのは、膠着状態の主力から外れた連中をかき集めた部隊だ」

「まーだ、頑張ってたのか」

「向こうも必死だからなぁ」

「隊長、第二波行きます!」

「おう!」

 各地に散らばった武装機動隊から、呪砲が放たれる。

 周囲からの光線が、再び緋蓮を貫く。

 緋蓮は、もがくように身体を回転させる。

「効いてるな」

 ティスフロムは、むしろ意外だとでもいうような口調だった。

「ホロミリーロが乗っ取られて、実体化したみたいだからね」

 ミリティブは、解説する。

「なるほどね。チャンスというわけだ」

「それにしても……」

 ミリティブは、不思議に思ったことを、口にする。

「どうして、緋蓮はこんなところに出て来たんだろうね」

「……俺が知るか」

 ティスフロムの返事はにべにもない。

 ミリティブはユヴァンディのデータを調べた時のことを必死に思い出していた。

 このサンカノ地区になにがあるというのか。

「ティスフロム、この地区の特徴は?」

「特徴? 俺は観光大使じゃないぞ」

「何かあるはずなんだよねぇ」

「おい、調べてやれ」

 ティフロムは、一人の隊員に声を掛けた。

「どうしました?」

 彼は気さくそうに尋ねてきた。

「いや、緋蓮または電導師達と、このサンカノ地区の関係を」

「わかりました」

 デッキの前に座った隊員は、早速、検索作業に入った。

 横でミリティブは結果を待っていた。

 しばらくして、隊員はミリティブの名を呼んだ。

「どうやら、わかりました」

「お、どんな結果だい?」

 ディスプレイをのぞき込んできたのは彼女だけではなく、フリーシェもいた。

 ルゥーユは、黙ってティフロムのところに居る。

「ここサンカノ地方には、昔大きなコミューンが合ったみたいなんです」

「へぇ……」

 ミリティブは、興味深げに次の言葉を待った。

「メンバーは十四人。全ての名前が、電導師議員の名前と一致します」

「なるほど。古巣だったというわけか」

「そして、彼らの肉体もここに埋もれて眠っています。フラックカー・ジョスラという男が、護っていますね」

「肉体がまだあったのか」

「ええ」

「場所は?」

 ミリティブは番地を聞くと、ティフロムのところに移動した。

「ティフロム、ちょっと私たちは、行ってくるわ」

「ああ、肉体を見つけたってな。頼むわ。俺たちは緋蓮を開いてしておく」

 ティフロムは、置かれていたミネラル・ウォーターのコップを掲げた。

 ルゥーユとフリーシェの三人で再び車に乗る。

 空いている住宅街の道路では目的地ま、十分もかからなかった。             到着したのは、巨大な教会の一つだった。

 看板には何も書いておらず、どの宗派のものか、わからなかった。

 装飾も、他の教会にない独特なもので、どこか不気味な雰囲気がある。

 キリスト教なら、貼り付けのイエスが奉られている像があるところに、正体不明の男が座りながら本を読んでいる彫像があった。

 壁には、誰ともわからない人間の像が立って、それぞれ左右に並んでいる。

「ここかぁ……コミューン跡というからどんなかと思ったら……」

 フリーシェは気味が悪そうに、身を軽くすくませた。

「取って食われはしない」

 ルゥーユがその脇を通り、入口の門から入って行った。ミラティブも続く。

 中は、演説台の前に二列になった椅子が幾つも並んでいるだけだった。

「おや、どうかしましたか……?」

 奥の脇口にある扉から、司祭服をまとった小柄な壮年の男が現れる。

「フィラアルカ・ジョスラさんだね」

「そうだが……?」

「珍しい教会ですね」

 ミリティブは、最初に感想を述べた。

「ええ。ここは、教会というよりも、個人のものでして」

「個人の?」

「はい。もちろん、神に祈るのは当然として、それ以外にも業務があるのです」

「それは何でしょう?」

「残念ながら、一般の方には公開していません」

 フリーシェが問答無用で空中に呪字を書くと、据わっている像が軽く軋んだ音がした。

「コンパスギア!?」

 フリーシェは、思わず像を見た。

 ひび一つない滑らかな表面の男は、黙ってトーガを着た姿で本を読んでいる。

「おや、お互い堅気の者ではない様子ですなぁ」

 壮年の司祭は、ニコニコと笑みを浮かべながら、目の奥に殺気を灯す。

「あんた、何者……」

 ミリティブが訊くまでもなかった。

 電導師議員の身体があるところだ。

 彼はその番人のようなものだろう。

 ならば、何らかの力を持っていても不思議はない。

 フィラアルカは邪悪な笑みをたたえた。

「彼らを邪魔する者か。私が始末してやる」

 突然に、風が縦に吹き廻りつつ昇り、幾つかの柱をつくった。

 呪字でも呪符でもない。

 となれば、ブリーダしか相手の正体の選択肢はなかった。

 問題は何を飼っているかだが、風属性なのは確かだ。

 ミリティブら三人は、それぞれに散った。

 小さな竜巻は、それぞれに二個づつが彼女らを追う。

 ミリティブが、呪符を六枚、全ての風の塊に投げつける。

 竜巻は札を飲み込むと、収縮して小さくなり、やがて消えた。

 フリーチェが、長文の呪字を舞うように描いた。

 フィラアルカの眼球に取り込まれたその命令は、直接にダミーであるコンパスギアの彫像に送られる。

 軋んでひびが入った彫像に、ルゥーユがフィラアルカの脇をすり抜けて、跳びあがる。

 頭部を狙って、鞘を両手で握った柄の先を、打ち付ける。

 像の顔が粉々に砕け散る。

 首のところから内部で幾つも重なった歯車がのぞく。

 刀を抜いたルゥーユは刀のみねを、胴体に思い切り叩きつける。

 本を持っていた腕が飛び、胴体が中の歯車ごとバラバラになり、その動きを空回りさせた。

 そのまま向きを変え、フィラアルカの立っているところまで走り込む。

 フィラアルカの身体から白い透明に近い女性が、生え出したかのように姿を現す。

 頭上から両断しようと振り降ろした刀は、彼女の身体を通り抜けただけだった。

 「シルフ……」

 ルゥーユは彼女を無視して、第二撃をフィラアルカそのものに喰らわせようとした。

 だが、シルフが凄まじい風を起こし、ルゥーユの身体を吹き飛ばす。

 ミリティブは呪符を投げて、シルフに張り付けようとした。

 だが、これも風で、舞い上がってしまい、力なく床に落ちた。

「なら……!」

 ミリティブは、束を広げた呪符の中から、数枚発動させ、炎の中で灰に変える。

 本体に共鳴させる呪符は、フィラアルカの動きを拘束する。

 すぐに彼は腰から人形の紙を宙に放った。

 それらは、床に着くことなく、空中でピタリと張り付いたように止まる。

 ミリティブの呪符の効果を、身代わりで受け取ったのだ。

 彼女は舌打ちした。

「どうしたね? キミたちはそんな程度で、電導師の身体をてにいれようとしたのかね?」

 フィラアルカは、クックと笑い、ゆっくりミリティブに片手をあげる。

 そこからシルフが半身を伸ばして出して、両手を交差させるように振るった。

 呪符が数枚、綺麗に切断されて、灰となって散った。

 ルゥーユが背後から刀を袈裟懸けに振るう。

 一歩引いて避けられると、眼前でシルフが微笑んでいた。

 もう一度、刀を振るい、衝撃波に対抗して、後ろに跳んだ。

「ルゥーユ!」

 フリーシェが、彼を呼ぶ。

 みると、彼に呪字を送ってくる。体内の対呪字用に飼っている微生物たちを一旦、活動停止させる。

 刀が青白く、露で磨いたように光った。

 ルゥーユは、再びフィラアルカの傍まで駆け寄って、横薙ぎにシルフの顔面を斬りつけた。

 ぱっかりと、顔が二つに割れ、悲鳴が上がった。

「おのれ……」

 フィラアルカは、一旦シルフを身体の中に納めた。

 司祭服の袖を振ると、代わりに、光り輝く小さな光球が三つ現れた。

 光りは一瞬にして、三人の視界に入り込む。

 それぞれのコンパスギアが、軋んだ音を立てる。

 歯車のダミー機械は、破壊される寸前までに、輝きは強くなってゆく。

「そんな可愛い玩具みたいな電脳ハックで……!」

 フリーシェは、呪字を空中に描く。

 光りがそれぞれ形を取り始めて、和服を着た童子の姿を取る。

 子供らは、なぜ、そこにいるのかわからないという表情で、自分の衣服を見下ろすと、辺りをキョロキョロと首を振りだした。

 ルゥーユに容赦はない。

 彼らに跳ぶように近づくと、一瞬で、三人を切り伏せた。

「可愛い馬鹿は貴様らだ」

 切断された子供が変化して、文字列が立ち昇ってくる。

「わお、褒められた」

 フリーシェが笑いつつも、文字列に対抗する呪字を盛んに書きこむ。

 元の命令が何かわからなくなってしまう程に、意味を崩壊させる。

「まぁ、褒めてないと思うけどさぁ……」

 ミリティブは左手に広げた呪符の束から四枚を抜き出し、発動させて灰にする。

「ふぁ……あ……」

 フィラアルカが、首元を掻きむしって苦しみだした。

 飼っているシルフを逆に利用して、彼の周りの空気を希薄にしたのだ。

「それぐらいにして貰いましょうか」

 建物の入り口から声がした。

 黒い喪服を来た少女が、無表情で立っていた。

「あら、ユヴァンディ、お久しぶり」

 ミリティブが、フィラアルカから視線を移した。

「その人を、助けて貰いましょうか?」

「大丈夫よ、気絶寸前までの空気は残してあるわ」

「へぇ、慈悲深い」

 ユヴァンディは、三人の目を気にもしないで、フィラアルカの近くまで堂々と歩いてきた。

「大丈夫?」

 彼女は跪いてもがく、フィラアルカの眼前で呪字を書き、ミリティブからの影響を取り除く。

「ユヴァンディ様……」

 フィラアルカは、激しく肩を上下させて息をしつつ、呟いた。

「さて、全員そろっているな」

 彼女は立ち上がって、三人を見渡した。

「あんた、本当に邪魔ね。復活させてあげた恩を忘れたの?」

「勝手に墓場荒ししたのは、あんたがたじゃないの」

 ミリティブの軽口に、ユヴァンディはすぐに切り返す。

「知らないわよ。出てくるのが嫌だったら、そのままあの墓場で引っ込んでたらよかったじゃない」

「殺そうとしたのはどっちよ。まあ、いいわ。今はそれどころじゃない」

「それどころじゃない?」

「あんたらがやらかしてくれたことを、処理しなきゃならないのよ」

 ユヴァンディは、恨みがましくミリティブを睨んだ。

「なによ、そのあたしたちが悪いみたいな言い方は」

「悪いのよ。もともと、電導師議員の処理はあたしが一人でやれば済む事だったのよ。それをひっかきまわすから……」

「ひっかきまわすとか、失礼な」

 ミリティブは、不本意なのはこっちだと痛烈に思った。

 大体、ユヴァンディの事件で、犠牲者が何人も出ているのだ。

「それより、緋蓮が気にならないの?」

 ユヴァンディが、事件の核心に触れた。

「そのために、ここにいるのよ!」

 ミリティブは思わず声を上げた。

「まったくの邪魔でしかないわ」

「あんたの方がよっぽど邪魔よ」

 ユヴァンディはため息を吐いた。

「これ以上、手を出して来たら、本気で殺すわよ」

 返事も待たず、ユヴァンディは何かの骨でできた小さな笛を口にして、人間の耳には聞こえない音を響かせた。

 何事かと、ミリティブ達三人は警戒する。

 すると、咆哮が外からきこえてきた。

「緋蓮!?」

「ホロミリーロ!」

 口々に声が上がり、天井を見上げる。

 少しの間があったが、その次の瞬間、天井部分が砕けて、巨大な紅い顎が、礼拝堂の中に現れた。

 さらに建物を破壊して穴を広げ、緋蓮は中に強引に侵入してきた。

 ユヴァンディは手を伸ばして、緋蓮を招き迎え入れる。

 紅い龍は、彼女の周りにとぐろを巻いた。

 ミリティブが呪符を構えと同時に、ルゥーユも刀を握りなおして、腰を低くする。

「ホロミリーロ!」

 フリーシェが、堪えきれないといった様子で、緋蓮に近づく。

「駄目よ、フリーシェ! そいつは緋蓮で、ホロミリーロは、まだ飲み込まれたままだわ」

 ミリティブが叫ぶ。

 緋蓮も鎌首を上げて、フリーシェを見下ろす。

 わずかに開いた口から、乱喰い歯が覗いている。

 ミリティブの声が聞こえたのか聞こえてないのか、フリーシェは緋蓮に向かって空中に呪字を書く。

 緋蓮にまともに影響を与えたらしく、首をのけぞらせて咆哮する。

 身体の表面が波打ち、中の存在の跡が浮かんでは消えた。

「これでも、でてこれないか!」

 フリーシェは、悔しそうに口にする。

 ルゥーユが、強化された刀を、緋蓮の胴体に振るおうと飛び込む。

 だが、強靭な尻尾の勢いのあるひと振りを喰らい、後方に吹き飛んだ。

「せっかくだけど、貴方がたのお友達は、緋蓮と一緒に行って貰うわ」

「何のために!」

 ユヴァンディに、フリーシュが激怒する。

「丁度いいから」

 素っ気なく当たり前じゃないかとでもいいたげな、ユヴァンディだった。

「どうせなら、あんたが行きなさいよ!」

「冗談。あたしはもう、十分電導師議員たちに好きなようにやられたわ。これ以上、自由も何もまなくなるのは御免こうむる」

「ホロミリーロなら良いというのか!」

「偶然よ。正直誰でもいいし、居なくてもよかったけど、こういう展開もありかなって思いついただけ」

「そんな軽い考えで、人間一人を犠牲にするな!!」

 フリーシュは、ユヴァンディに向かって呪字を描こうとした。

 だが、それは盾のように彼女を囲んでいる緋蓮の太い身体に阻まれて、届かなかった。

「さて、戯れごともこの辺にしておこうかな」

 ユヴァンディは、緋蓮の身体を撫でた。

「さあ、緋蓮、最後の仕上げよ」

 龍がむくりと、身体を浮かせる。

 彼女から離れだした隙をつき、三人が三様の攻撃を行う。

 ユヴァンディは、動かなかった。

 呪符で動きを拘束され、呪字でコンパスギアを壊されたところに、ルゥーユの刀が、背中の脇腹から胸にかけて貫いた。

「ユヴァンディ!?」

 逆に思わず呼んでいたのは、ミリティブだった。

「どうして、防がなかったの!?」

 少女は、血を口から吐き出して、嗤った。

「……これで、緋蓮は……自由だ……」

 口から血を吐き出し、ユヴァンディは床に倒れた。

「ユヴァンディ様!?」

 フィラアルカは叫んで駆け寄った。

 ルゥーユはユヴァンディから刀を引き抜くと、一心不乱で倒れた彼女を抱き寄せるフィラルアカの首を後ろから介錯するかのように、あっけなく斬り落とした。

 フィラアルカの身体は、ユヴァンディに覆いかぶさった。

 ルゥーユは、視線を緋蓮に向けて刀を構えなおす。

 赤い龍は、咆哮すると目的を見つけたように首を起こした。

「ルゥーユ、待って!」

 フリーシュが、叫ぶように彼を止める。

 どうしたのかという顔で、返事代わりの視線を一瞬くれる。

 少女は、ゆっくりと緋蓮に近づいて行った。

「フリーシュ、危ない! 離れて!」

 ミリティブが、止めようと手を掴むが、意外と強い力で振り払われた。

 肩越しに向けてきたフリーシュの表情は、微笑んでいた。

「やらなきゃならないことがあるの、ミリティブ」

 緋蓮の傍までやってきたフリーシェは、見下ろしてきた龍に呪字を与える。

「ありがとね、二人とも」

 その姿は、緋蓮が上から叩きつけるようにして巨大な口の中に消えた。

「フリーシェ!?」

 ミリティブは、手持ちの呪符を全て焼く。

 だが、緋蓮の眼球に浮かんだ文字が、効果を無効にした。

 龍は再び頭を上げて、動きだした。

 ミリティブには、見ていることしかできなかった。

 目の呪字は明らかに、フリーシェが与えたものだとわかったからだ。

 ルゥーユは舌打ちして、達観したように、その場にい立っていた。

 既に胴体に一撃を与えていたが、刀が折れて床に飛んで行っていたのだ。

 緋蓮は身体を宙に浮かすと、回転するような動きで次々と壁に立っている彫像を飲み込んだ。

 彫像は身体からすり抜けたが、何かに釣られるように、ぶら下がった。

 全てをまとい尽くすと、屋根をもう一か所、突き破って空を目指して真っ直ぐに昇った。




 ミリティブら二人は、ティスフロムの指揮所に戻ってきた。

「見たよ。緋蓮の奴、天に消えていったな」

 ミリティブもルゥーユも不機嫌そうに、直接答えない。

 これは駄目だと思ったティスフロムは、改めて自分の業務に戻った。

 本部撤収の監督である。

「ティスフロム」

 テントも無くなり、機材も半分になった頃、ようやくミリティブが口を開いた。

「クーデター部隊は、どうなったの?」

「まだ、鎮圧できていない。緋蓮がああなった以上、俺たちは連中に集中することにする」

「あたしらは行くわ」

「ああ、そうか。お疲れ様だ」

 ティスフロムは、二人をねぎらった。

「ところで、もう一人はどうしたんだ?」

 ミリティブは、尋ねられても無視した。

 やれやれといった表情で、ティスフロムも余計なことは言わなかった。

 車に乗って、ミリティブとルゥーユはサンカノ地区から離れた。

 首都郊外の貧民窟に戻ってくると、相変わらず店の前にたむろしている連中の真ん中を進んで、閉めていた喫茶店を開店させる。

 そのまま、二人は二階に上がった。

「クソっ!」

 ミリティブは、カラのゴミ箱を蹴った。

 宙を舞ったゴミ箱は壁にぶつかって転がった。

 それをもう一度、別方向に蹴り飛ばしたのは、ルゥーユだった。

 彼は、私室に戻ると、新しい刀を手にぶら下げて、定位置に座り込んだ。

 ミリティブは、冷蔵庫を開けてビール缶を取り出した。

 もう一本を、ルゥーユに投げてよこす。

 受け取った彼は、遠慮なしに、そのままプルを開けた。

 泡が噴き出るが、気にしないで、そのまま仰ぐ。

 ミリティブもソファに座ると、喉を鳴らしてアルコールを喉に流し込んだ。

 テレビをつける。

 あえて、ニュースを映さず、つまらない芸能人がつまらないことを、さも面白そうにしているバラエティをかけて、そのままにする。

 二人は、時間になっても夕飯も食べずに、そのまま飲み続けた。

 部屋は暗くなり、いつの間にか、眠りについていた。

 ミリティブの携帯通信機が鳴った。

 彼女は、半分無意識で通話に出た。

「ミリティブ、こっちは済んだぞ。クーデターを起こした連中は、皆、捕らえるか倒すかした」

「……あー、そう。……ご苦労さまだったねぇ」

 短い髪をかき上げ、深く息を吐いた。

 実感がわかない。

「どうした、機嫌が悪すぎるぞ。何があった?」

 今度はティスフロムも黙ってなかった。

「……フリーシェが、あたしたちを置いて行ったのよ……」

 微かな声だった。

 ルゥーユは敏感すぎる感覚で、すでに目を覚ましているようだった。

「フリーシェ? あのもう一人の女の子か。置いて行ったって、どこに?」

「知らないよ。電脳世界だよ……」

 酔っていたわけではない。しかし、ミリティブは矛盾した言い方をする。

「なんだ、なんであの子だけで行ったんだ?」

「それこそ、知らないわ……」

 語気は弱い。

「そうか……。辛いな。変な質問して悪かった」

「んー、いいよ別に……。それより、お仕事お疲れ様」

「ああ、ありがとう」

「依頼は半端で終わったし、前金だけでいいわ」

「いや、今度のは必用経費も払わせてもらおう」

「なに、経費の消化?」

「意地の悪いことを言うな」

「お金の慰めなんていらないわよ」

 ミリティブは静かに通話を切った。

 また発信音がしたが、彼女は電源を落とした。     

 再び丸くなって眠りに入ろうとしたとき、玄関の外に人の気配を感じた。

 ルゥーユが無言で彼女の脇を通り過ぎる。

 そのまま、ドアを開けると、インターフォンを押そうとしていた、少女の影がもう一人、長身の男と共にあった。     

「……二人とも……生きてたのか?」

 ルゥーユが驚くのを耳だけで聞いていたミリティブは、ソファから立ち上がって、彼の背後まで来た。

「フリーシェ、ホロミリーロ!?」

 思わず驚きの声を上げて、ミリティブの表情は、明るくなった。

「あははははは……こんちゃ、お二人さん」

 フリーシェが手を軽く上げて、照れたような挨拶をする。

「入りな」

 ルゥーユは一言いうと、そのまま踵を返して部屋に戻った。

 照明を付け、定位置に陣取る。

「入って入って!」

 身体を脇にどけて、ミリティブも二人を中に招いた。

「おっ邪魔しまーす」

 フリーシェが元気に声を上げると、ミリティブの言うがままに、部屋に足を入れた。

 ホロミリーロも、重々しくそれに続く。

「うわー、ナニコレ、お酒!?」

 フリーシェは、部屋中に転がる空き缶の様子を見て、眉をしかめた。

「いくら十六歳以上はいいと決まっていても、これは飲みすぎじゃない?」

「どうして、飲んでたと思ってるのよ」

 背後から、ミリティブは声だけ、少し不機嫌な響きを作る。

「なにー? 事件解決のパーティー?」

「ざけんな。あんたらを心配したのよ!」

 フリーシェは両手を口元にやると、申し訳なさそうに、ミリティブを見た。

「まあ、いいから。ほら、あっちに」

 彼女は、藤の椅子に腰を下ろした。

 フリーシェとホロミリーロは、勧められたソファに座った。

「あー、頭痛い……」

 一気に疲れたように、ミリティブは頭を掻きむしった。

「大丈夫? 水持ってこようか?」

 フリーシェが立ち上がる。

「お願い」

「はいな」

 彼女は勝手知ったるかのようにキッチンに行き、コップ二つにミネラルウォーターをなみなみと注ぎ、戻ってきた。

 ミリティブに渡し、ルゥーユにも差し出す。

 二人は喉を鳴らして一気に水を飲み干した。

「ありがとう」

 ミリティブはテーブルに、ルゥーユは床にコップをそれぞれ置いた。

「……全く。心配したってのに、あんたは相変わらず、軽いわねー」

 早速、フリーシェを愚痴る。

「あははははは、いやぁ、これがあたしですし~」

 手招きするようにフラフラと、片手を振る。

 そして、笑みを微笑みに変えた。

「心配してくれて、ありがとう。勝手なことしてごめんね、二人とも」

「ホロミリーロも、無事に助かったみたいね」

「ああ、おかげさまでな。飼ってみたが、緋蓮はデカすぎたみたいだった」

 彼は苦笑してみせた。

「……それで、どうなったの、結局」

 ミリティブが本題に入る。

「それがねぇ、ほら、あたしたち電導師議員の下っ端だったじゃない?」

「うん」

「でも、それじゃあ、今回のは手が出ないってことで、電導師達を拘束、監視する方になった」

「へぇ……電導師たちを」

 ミリティブは、軽く驚いてつづけた。

「でも、あいつら、とんでもない実力者ばっかじゃない? こう言っちゃ悪いけど、どうやってできたの、そんなこと」

「元々のユヴァンディの計画だったみたいだけどね。教会に像があったじゃない? あれが全部議員たちの身体だったみたいで」

「ユヴァンディが死んだことで、緋蓮の俺への拘束が取れてな、見事飼うことに成功した」

 ホロミリーロが、フリーシェの言葉を継いだ。

「ああ、ユヴァンディは、結局、復讐を果たしたってことになるのね」

「そういうこと。電脳体でしかなかった議員達を身体に戻して、ホロミリーロが緋蓮を支配したの」

「それで、俺たちがユヴァンディの計画通りに、議員たちを封じたわけだ」

「彼女、何も死ぬことなかったのにね……」

「死ななきゃ、俺を取り込んだ緋蓮を解放できなかったらしいな」

 ミリティブに対し、ホロミリーロは淡々としている。

「それで今、この身体で来ているけども、あたしたちも議員を封じるには、同じことしなきゃならなくなっちゃってね……」

 フリーシェは、笑顔だった。

「まって。同じことって、まさか……」

 ミリティブは半ば絶句した。

「そう。ユヴァンディか、議員達と同じこと。あたしたちが完全に電脳世界に居るためには、必要なこと」

「……議員たちなら、あたしたちが始末する。そうすればいいんじゃない!?」 

「なら、それまでの間でも、どうにかしなきゃね……あたしたちが二人で」

「待ってよ、どうしてそうなるのよ!? せっかく生きてるのに、死ねば正解なの!? おかしいでしょ!?」

「死なないよ? ちゃんと電脳世界で生きている」

「身体が無くなったら、死んだも同然よ」

「それが、古い考えなのよ、ミリティブ」

 フリーシェは、悲しみを込めた笑顔だった。

 自身がではない。必死になってくれているミリティブに対してだ。

「待って、どうにかするわ」

「どうにかって?」

「しばらく、貴女達を、あたしが預かるから。あたしに考えがある」

 フリーシェは、ホロミリーロと顔を見合わせる。

「時間がないのよ、ミリティブ」

「わかってる。今から行こう」

「行くって、何処へ?」

 ミリティブは答えなかった。

 代わりに、ルゥーユがもう決まったとばかりに立ち上がっていた。




 車に乗った四人は、ミリティブの運転で、真夜中の公道を走った。          

 街灯が、だんだん少なくなり、やがてヘッドライトのみが車道を照らす。

 道は一本だけになり、周りは星空が覆いかぶさるほどに瞬くほど、何も見えなかった。

 ミリティブは、迷いなく車を進める。

「ああ、来たことあるな……」

 ホロミリーロがポツリと呟いた。

「なんか、懐かしいね」

 フリーシェが頷く。

「到着よ」

 突然に、わき道に明かりが現れた。

 ミリティブは、そこのゲート前で、開くのを待った。

 照明が、車を照らすと、軋んだ音で、錆だらけの鉄柵が左右に広がった。

 再び車を動かして、ゆっくりと中に入る。

 騒がしい音楽と嬌声が聞こえてきたところで、車を停めた。

 四人が降りると、まるで、アーシタリ・コミューンは祭りのような騒ぎだった。

 広場中央で、巨大なかがり火を焚き、楽器を持ったものがそれぞれに演奏して、持たない者は歌い、踊っていた。

「なんの騒ぎだ、これは……」

 ホロミリーロは、軽く呆れているようだった。

「何なんだかね……」

 ミリティブも、似たような思いだったが、彼らを避けるように、奥のバスへと向かった。

 ルゥーユは外で一人立って待ちだしたために、三人が中に乗り込む。

 バスの奥には顔を紅くして酒瓶をラッパ飲みしている、コベットの姿があった。 

「また酔っぱらい……」

 フリーシェが呟く。

「よお、嬢ちゃんがたじゃねぇか。待ってたぜ?」

 コベットは、上機嫌な様子だった。

「待っていた?」

 ミリティブがつい、聞き返す。

「ああ、とうとう来たんだよ、めでたい日がだ」

「何がめでたいのさ?」

「俺の予言した、終末がやって来たんだ。この世の終わりがよ」

「へぇ……何その物騒な、めでたさは……」

 ミリティブは、ティスフロムが言っていたことを思い出していた。

 アーシタリ・コミューンは、終末論のカルト・コミューンだった。  

「物騒かどうかは知らないがね」

 コベットは笑って、酒瓶に口をつけた。

「ちょっと、お願いに来たんだけど。一旦、終末は、お預けにしてくれないかしら?」

 ミリティブは、真剣な様子で言った。

「願いね。聞いてやるよ。何でも言いな。その代わり、予定は予定だ。変えりゃしねぇぜ?」

 コベットは酒瓶を置いて、伸ばした脚の片方を立たせて、腕を置いた。

「ここにいる、フリーシェとホロミリーロの身体を、預かって欲しいのよ」

「ほぉ……」

 彼は、ミリティブの後ろに立つ二人を見つめた。

「いいだろう。もちろん問題ない」

「やけに気前がいいわね……」

「特別な日だからな」

「それだけで?」

「駄目か?」

「じゃあ、終末ってのも、待ってもらいましょうか」

「それはできない」

 コベットは、言下に拒絶した。

「じゃあ、預かってもらうことが出来ないじゃないの」

 ミリティブは、呆れたように、息を吐く。

「別に終末と、二人を預かることに矛盾はない。安心しろよ」

「どういうこと?」

「全ては、電導師議員たちの死が物語るってもんだ」

 その言葉で、ミリティブは突然に理解した。

 コベットは、電導師の唯一の生き残りだった。

 彼が終末を口にするということは、この世の終わりでも、コミューンの集団自殺でもない。

 電脳世界が終わるということだ。

 だから、彼は待っていたと言ったのだ。

 議員たちを完全に封じる役目を自ら負った、フリーシェとホロミリーロを。

「……わかったわ。感謝する」

「それだけでいいのかい?」

「ユヴァンディは、生き返れない?」

「それは無理だ、嬢ちゃん。聴いた話によると、彼女は現実の肉体で死んだそうじゃねぇか。意識だけ飛ばした、電導師達とはケースが違う」

「そうか……」

 ミリティブは、急に身体が重くなった。

 彼女は本当に、電導師たちへの復讐を身を持って果たしたのだ。

 ミリティブ達が自ら下して。

 そんな彼女が戻ってくるなどという、都合のいいことは起こらない。

 ミリティブは、眉を寄せた。

「よせよせ、後悔したって意味はねぇぜ? それより、未来ある終末のことを考えろよ」

 コベットは一見、矛盾したようなことを、上機嫌で口にした。

「……じゃあ、頼むよ」

「おうよ」

 コベットは、外を向いて声をあげた。

 呼ばれたコミューンメンバーの少女が一人が現れる。

 まだ少年だ。

「じゃぁ、ちょっと行くかぁ」

 足取りが怪しいコベットが、バスの中から三人を掻き分けて降りていった。

 ミリティブ達は、彼についてゆく。

 置かれている並んだ廃バスの三台目ほどにある一台だった。

「今日から、このフーコーリィが二人の身体の管理に当たる。さ、自由にしな」

 フリーシェとホロミリーロは、ミリティブと顔を見合わせてた。

「ほらほら、好きな席に座って」        

 コベットが促す。

 二人は、適当な席に腰を下ろした。

「ミリティブ、ありがとうね」

 フリーシェが、最後のように言う。

「ん。二人とも、こんな方法でごめんね」

「いいの。最良の方法かもしれないよ、これ?」

 彼女は微笑んだ。

「さてと、じゃあ、やるぜ」

 コベットは、呪字を空中に描き、二人の脳に命令した。

 フリーシェとホロミリーロは一瞬にして意識を失い、目を閉じた。

 コベットは、終わったとばかりに、二人に背を向けた。

「じゃあ、頼んだぜ、フーコーリィ」

 少女に言って、いつものバスに戻っていく。

「二人をお願いね」

 フーコリィは無言で頷いた。

 バスから降りたミリティブを、演奏と歌が迎えた。                 

ルゥーユはそれに見入っていた。



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