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第2話

 ルゥーユが、昼の日差しにリビングでうつらうつらと、船を漕いでいる同室。

 ミリティブは、最近で未解決の猟奇殺人の資料を集めていた。

 どれも、原型を残していないほどに破損して、DNA検査すら、捜査側に記録が残っていない者ばかりだった。

 スラムの、無登記の子供たちが大半なのだろうか。

 彼女は考えながら、集まった去年からの事件資料から、共通項を探そうとしていた。

 だが、どれもバラバラで、どうも見つからない。

「ふあぁ! 疲れた!」

 ミリティブは、ソファの背もたれにもたれかかって両手を上げた。

「やっぱり、ユヴァディ・シーヴァルから調べるかぁ……」

 資料を目の隅に置いて、彼女はあくびをした。

「……随分、大ごとになってるな」

 ルゥーユが目を覚ましたようだ。

「そりゃあねぇ」

「依頼は、ティスフロムに竜を侵入させた奴を調べることじゃなかったか?」

「まー、そうなんだけどねぇ」

 ミリティブは伸びをする。

 今日はシャツ一枚に、ショートパンツ姿だった。

 ルゥーユは、同じ服を何枚も持っているので、今日も変わらない、黒いパーカーに赤いシャツ、袴のような太いズボンだ。       

「ほら、ああいうのやる奴って、他に事件起こしてないかなぁって、思って」

「そうか、としか言えないな。俺はそっちの腕はない」

「任しておいてくれていいよ。心配しないで」

 ミリティブは、にこやかな表情を見せる。

 ルゥーユの無力感もそれで少しは、消えた。

「よし、ユヴァンディを調べよう」

 一息ついて、ミリティブは再びやる気を出した。

「じゃあ、出かけるよ。用意して」

「もうできてる」

 ルゥーユは即答だった。

「あー、じゃあたしか。ちょっと待っててねー」

 彼女は自室に戻っていった。

 白のシャツに蒼いロングパーカーを着て、シフォンスカートの下に、ジーンズのハーフパンツでバックを腰に垂らし、十分もかからず彼女はリビングに戻ってきた。  

コンパスギアは、首からぶら下げている。

 ミリティブが階段を降りると、ルゥーユも鞘に納めた刀を左手にぶら下げてあとに続いた。 昼前だというのに、一階のカフェテラスには、いつもの顔がそろっていた。

「おー、嬢ちゃんどこに行くんだい?」

 酔っぱらいの一人が、声を掛けてくる。

「ちょっと、そこまでねー」

 愛想よく手を振って、車を停めてある、トンネルまで歩く。

 細く、今は通行人もいないそこは、縦列におんぼろの古い車が並んでいた。

 その中でもマシな車が彼女のものだが、マシというには汚れもエンジンの掛かりも悪い。

 二人が乗り込むと、毎度のことに車が動き出すまで、かなりかかった。

 すでに、ルゥーユは眠気に負けている。

 ミリティブは放っておいた。

 車をトンネルから出すと、公道を標準速度で走らせる。

 空は快晴。ルゥーユも眠たくなるだろう。いつものことだが。

 共同墓地まで、すぐに着いた。

 広い平原の中の手前で車を停める。

「おきろー、ルゥーユ」

「んー……」

 彼は眠たそうに、目をあけた。

 名前を刻まれた石が、大量に地面に埋め込まれた場所が彼の目に入る。

「墓掘りでもするのかよ……?」

「掘らなくても、大丈夫だよ。納骨堂の方に行くから」

 二人は車を降りて、墓場の道を中央に向かった。

 石で建てられた納骨堂の小屋は、ドアに鍵を掛けられていた。

 ミリティブはコンパスギアを使って解錠する。

 鉄の扉を開けると、真っ暗い空間から、ひんやりとした空気が漏れてきた。

 幾つもの棺が、床の台の上に置かれている。

 ユヴァンディのものはすぐにわかった。

 呪字が羅列されている包帯のようなものが、何重にも巻かれているものだ。

 周りに四つ、呪字を刻まれた棺が、囲むように置かれている。

「念の入れようが違うわね」

 感心したようなミリティブに、ルゥーユは冷たい目をやる。

 ミリティブは、呪符をだして、呪言を唱えた。

「荒れた魂よ、我は汝を鎮めるために来た。鎮まり給え、魂よ」

 その響きに呪符は炎に包まれて灰になる。

 ルゥーユが、棺を開けるために巻かれた布をナイフで切り裂いた。

 とたん、刀の柄に嵌めていた、コンパスギアから破裂音がした。

 呪字による、侵入があった。

 コンパスギアは防御のために稼働して、ルゥーユを影響から守ったのだ。

 蓋を開けると、中には、眠っているかのような少女が、花の中に埋もれていた。

「こいつ、死んでから何日たった?」

 ルゥーユは、少女から目を離しはしなかった。

「一か月前には、死亡が確認されてるよ……」

 同じく、ユヴァンディを見たミリティブは、眉を寄せている。

 彼女の閉じていた瞼が、ゆっくりと開いた。

「……ここは……?」

 ユヴァンディは口を開いた。

「え? ちょっ? どういうこと?」

 ミリティブが、ルゥーユとユヴァンディを見比べる。

「知るか」

 少年が単純明快に一言いうと、周りの棺が揺れ出した。

 刀の柄に手をそえて、一歩、後ろに下がる。

「安心して。さっきの呪符で、変なことはできないようにしてあるから」

 ミリティブは、ルゥーユに軽く目をやると、改めてユヴァンディに向き直った。

「ユヴァンディ、わかる? ここは共同墓地。貴女は死んだことになっていたのよ」

 穏やかな口調だった。

 棺の中に埋もれている少女の皮膚は白いが、唇は血色のよい赤い色をしている。

 ウエーブがかった黒い長髪で、服装は白い襟もとの黒いワンピースだった。

 ユヴァンディは、花を落としながら上半身を起こす。

「死んだことに? ああ、なるほど……」

 彼女はぼんやりとして、まだ、意識がハッキリしていないようだった。

「……それで貴女たちは、私に何の用?」

 気だるげに尋ねて来る。

「貴女の眷属の緋蓮が、暴れているのよ。政府の武装機動隊を使っても、対処できないから、本体の方はどうなっているかと、確かめにきたの」

「……そうしたら?」

「貴女が生きていたという、びっくりな話」

 ユヴァンディは軽く笑った。

「……そう、緋蓮はちゃんと生きているんだ。なら、問題ないわ」

 言うと、彼女は再び棺の中に横たえようとした。

「ちょっと待って! どういう意味? ねぇ、ちょっと!」

 ミリティブは、棺をガタガタと揺らす。   

 邪魔そうに、ユヴァンディは今度はハッキリとした意識で、ミリティブに目をやる。

「……うるさいわね。貴女方には関係ないわよ。寝かせてちょうだい」

「そういうわけにもいかないんだよ……」

 殺気を放って、ルゥーユは改めて鞘に納めている刀を構えた。

 突然、ユヴァンディの眼前に呪符が現れたかと思うと、禁の文字が炎の中に消えていった。

 ユゥーユの身体が、攻撃しようとするたびに、うまく動かなくなる。

 彼は舌打ちした。

「寝かせないわよ、答えてくれるまで」

 ミリティブは、首から下げたコンパスギアに軽く軋んだ音をさせると、空間からたった今の呪符の影響を解いた。

「ちょっと、勘弁してよね。なんなの貴女たちは?」

 迷惑そうな態度丸出しで、ユヴァンディは棺にしがみつく。

「あたしたちは、独立した事務所のものよ。緋蓮の被害が大きいから、処理してくれと依頼を受けた者だわ」

「じゃあ、あきらめて」

「無理よ。こっちだって仕事なんだから!」

「知ったことじゃないわよ!」

 そうこうする間に、棺はバラバラに砕けて、埃と共に床にユヴァンディの身体が落ちた。 

「……いったぁい……」

 ユヴァンディは腰を痛打したようで、手で撫でながら恨みがましく、ミリティブを睨む。

「知ったことじゃない、って勝手言わせないわよ! 貴女のせいで、何人もの人間が死んでるのよ? 責任取りなさいよ! 死んだふりなんてしてないで!」

「……いい加減にしなさいよね……。勝手なのはどっちよ、あたしはあたしができることをしたまでよ! 何も知らないくせに、あーだこーだ都合よくあたしに迷惑かけないで!」

 彼女は、床に座った状態のままだった。

「迷惑かけるな……だぁ?」

 ミリティブは、不機嫌を突っ切る手前だった。

 ユヴァンディは、想像外に身勝手な性格をしているらしい。

「全部、言いなさい! さもないと、ホントにただじゃすまないわよ!」

 ユヴァンディはニヤけた。

「たたじゃすまないって、なんのことかなぁ? やるつもりかしら? 面白そうじゃない」

 彼女は立ち上がった。

 背丈は、ミリティブと変わらない。

「と言っても……」

 ユヴァンディは、右手を軽く掲げた。

 手には、ミリティブが呪禁のために使った呪符が、灰の中から現れた。

「相手している暇なんてないわ」

 彼女は呪符を破って握り潰すと、自分用に一枚取り出した。

 【解】と書かれたそれは、一瞬で炎が飲み込むと灰になった。

 跳ね上がるように、四つの棺の蓋が開いた。

 旋回して、ヒト型に彫られた人形が、立ち上がる。

 同時に、ユヴァンディの身体がすぅっと薄くなって、かき消えた。

 四つの人形はいつの間にか、粉々に砕けていた。

「あーあ。逃がしちまったよ」

 ルゥーユは、柄に添えた右手をぶらりと下げた。

「いーじゃん、別に。逃がしたんじゃなくて、泳がせたのよ」

 鼻で笑って、負け惜しみのようなことを吐く。

 たぶん、たまたま都合がいいことになったという結果だろうと、ルゥーユは思って面倒なので追求はやめた。

「だってさあ、緋連と接触持つもんじゃん? それに相手がはっきりといた方が、わかりやすいし、調べやすいじゃない?」

 ルゥーユは黙っていた。

 この手の、結果よしの言い訳と盛り話になると、彼女の独断場になり、話がどこまでも大きくなる。

 宇宙人を出しても秘密結社の陰謀を出しても、自分を盛るためなら平気な少女を、ルゥーユは無視して納骨場から先に外にでた。

「布石は、打っておこうかな」

 ミリティブは呟いて、車のシートに座った。

 ルゥーユは無言で助手席で体育座りの恰好をすると、もう目を閉じていた。

 車が向かった先は、都心だった。    

 三十階建ての白亜のビルが視界に入ってきた。

 ミリティブは迷うことなく、真っ直ぐビルに向かった。

 アマステルの塔の前に車を停めると起きているままだったらしいルゥーユが先に降りた。

 彼の先導で、電導師議員局の建物に入ってゆく。

 素っ気ない造りの中を、エレベーターで最上界まで昇る。

 エレベーターの扉が開き、広いフロアが眼前に広がる。

「あれ、誰もいないの……」

 椅子だけが並んでいる空間で、ミリティブの疑問はは語尾に行くまでに小さく消えていた。

 先ほどみた少女が、服に血をしみつけて立っていたのだ。

「ユヴァンディ……!」

「遅かったわね」

 黒い喪服を着た彼女は、クスりと笑う。

 持っていた人の腕を二人の足元に、軽く放り投げる。

「あんた……」

 ミリティブが、腰から呪符を何枚も取り出すと、扇のように広げる。

「まだ、何かしようとしてるの、貴女たち。往生際が悪いわね」

「議員局の人間に手を出したわね!?」

「ご馳走様だったわ。あと、ミッシープールは、貴女を嫌ってたわよ」

「余計なことを!」

 急に激高したミリティブの手にある呪符一枚が炎に変わり、灰になる。

 ユヴァンディの足元が、凄まじい重圧をくわえられ、ひびで断裂しながら、丸くボール状に凹んだ。

 中心で彼女は、普通に立っていた。

 まだ広げてある二枚の呪符も間髪を入れずに炎となる。

 ユヴァンディの袖とスカートの太もも部分を裂けるが、構わずに空中に呪字を描く。

 軋んだ摩擦音が鳴り、ミリティブのコンパスギアが揺れる。

「ほう。なかなかの物を持ってるじゃない」

 ユヴァンディは軽く驚いたようだ。

 だが、予想外だったのは、ミリティブのほうだった。

 呪符は呪字のように、コンパスギアなどで防壁を作ることはできない。

 その効果は、呪符通りの威力を発するはずだった。

 彼女は、切断の呪符を燃やしたのだ。

 だというのに、単にユヴァンディの服を割いただけで、本人には傷一つついていない。

 ミリティブは舌打ちした。

 ルゥーユは、刀を収めた鞘を持ち、呑気な雰囲気でユヴァンディに近づいて行った。 

 その姿に、ユヴァンディも笑みを浮かべたまま、首をかしげる。

 三メートルほどの距離まで近づいたルゥーユは、一瞬動きを止めたかと思ったとたん、突然、スピードを上げて跳んだ。

 刀の間合いに入りかけた時には、鞘から刀を抜いて、ユヴァンディに横薙ぎに斬りつける。

 だが、ユヴァンディは左の掌に張った呪符で、刀を受ける。

 右手は、ルゥーユの目の前に置き、空中に文字を指先で描く。

 眼球から脳へ、組織破壊の命令が送り込まれる。

 途中、ルゥーユの身体に住んでる微粒子レベルで大量の黒龍が、伝達物質に群がって食っていった。

 呪字は無効化されてなにも起こらなかったために、ルゥーユは刀を軽く掌を越して、手首に添え、そのまま全力で引き下げた。 

 寸前で、ユヴァンディは手を引っ込めていて、危ないと息を吐いた。

「面倒くさい相手ね、貴方!」

 後ろに距離を取って、呪符を床に、投げて張り付ける。

「淑女にはそれなりの礼節を持つものだ」

 呪符が張られたとことから、岩の壁が盛り上がり現れ、ルゥーユは追うのに間に合わなかった。

 壁の向こうでは、爆発音が響き、三十階に、冷たい風が吹き込んできた。

 刀を肩に添えて、ルゥーユはミリティブに呆れるような表情を向けた。

「……逃がした」

「……わかってる。まあ、気にしないで」

 ミリティブは、自由に破壊変形された空間を、椅子が並んでいるところまで来た。

 その席は、ミッシープールという青年のものだったと、過去何度か来た時に見たのをルゥーユは覚えている。

 椅子のひじ掛けには、ちいさなキーボードが付いており、座ったミリティブはポケットからだした鍵で解錠して、二三の文章うを入力しだした。    

稼働することがわかると、まずミッシープールの生死と潜伏先を検索した。

 目標が見つからないと、天井の光学機器がミリティブの眼球に直接映像を照射する。

 ミリティブは、何の反応も起こさすに、すぐに次の作業に移る。

 議事録を高速で次々と漁り始めた。

ニ十分もしない間に、三十回分の議事録を読破していた。

「……最悪だわ」

 ミリティブは、ため息を吐いた。

「どうした?」

「電導師議員局の連中が、各地のコミューンに潜伏した」

「……それは、やばいんじゃないのか?」

 言ったが、ルゥーユは淡々としていた。

 電導師議員局はある意味、ホロムイロカネでトップレベルにある状況変化の術を使える者を認識して歓待する形で監視し、行動を把握しておくという政府の思惑があった。 

彼らは今から十日前に、このアマステルの塔から、全員が脱していた。

 きっかけは緋蓮らしいが、彼女が食べていたのは、一体何者か?

 ミリティブは、一時帰ることにしつつ、エレベーターの中で、ティスフロムに事務所で会うように連絡を入れていた。




 二人は、貧民窟にある、廃ビルと呼んでいい建物に戻ってきた。

 オープンテラスには、相変わらずのメンツがたむろしているが、ミリティブは一向に気に掛けてないようだった。

 一階の喫茶店には、ジャケットを着たティスフロムがクッションが破けた椅子に座って頬杖を付き、カウンターの奥を眺めていた。

 足音で気づいたらしく、振り返る。

「ブレンドで」

「ウチの店はただの飾りだった知らなかった?」

 ミリティブは笑う。

「子供のころから喫茶店やりたかったってのは知ってた」

 ティスフロムに、意外そうな表情を見せてからミリティブはつい苦笑いをしてしまった。

「いいわよ、マスターしてあげる」

 ミリティブは、カウンターの向こうに立ち、お湯を温めだした。

 機械に煎った豆をいれて、目の前で鼻歌を歌う。

 やがて、貯まった珈琲を、高い位置から、カップに入れると、ティスフロムの目の前のカウンターに置いた。

 そのなめらかな動作に、彼は感心する。

「十分これで食って行けるよ、おまえ。なんで呪符師なんてしてるんだ?」

「人生何が起こるかわからないものでねぇ」

 ミリティブは、はぐらかす。

 ルゥーユはとっくに二階に引っ込んでおり、店内は二人きりだ。

「それで、アマステルのことで聞いてほしくて、呼んだんだよ」

 すぐに、ミリティブは本題を切り出す。

 ティフロムは、珈琲にうまそうに口をつけたが、話の内容はそんな感想を挟めるものではなかった。

 彼女はあったことと、調べたことを全て、ティスフロムに喋った。

 青年は、さすがに真剣な態度になる。

「ユヴァンディの死は擬装だったか……」

「彼女がまずアマステルから逃れて、それから、他の連中が各コミューンに拡散していったみたいね」

「……電導師連盟の連中が、今頃逃げ出すってのは、何かあるのかな?」

「議事録には、コベット・アーシタリの決めた日に従うと書いていた」

「コベット・アーシタリ? あのカルト・コミューンのところのか」

 ティスフロムは忌々し気に呟いた。

 電導師たちがコベットのような連中と組むと、厄介この上ない事態になる。

 何とかに刃物なのだ。

「早速、どうにかするよう手配することにする」

「あたしは、このままユヴァンディを追うわ」

「手掛かりは?」

 鋭い視線を浴びて、ミリティブは一瞬黙った。

「やっぱり手詰まりか……」

「ど、どうにかするわよ」

 ティスフロムは首を軽く振った。

「……無理しなさんな。まあ、少しの間、こっちに付き合えよ」

 ミリティブは、ゆっくりとむくれていったが、最後にはあきらめたようで、頷いた。




 アーシタリ・コミューンは、その日の早朝、武装機動隊の突入を受けた。

 あっけなく、メンバーは農場の中央に集められて、十数名の隊員の監視下に置かれた。

 残りの五名と、ミリティブ、ルゥーユは、コベットのいるバスの中にいた。

「まー、朝っぱらからそういきり立たないで、ゆっくりしようや?」

 コベットは、毛布をのけた奥の座席にもたれて座ったところだった。

「貴様、事態を認識してないか、馬鹿にしているのか、どっちだ? 貴様が電導師たちとつるんでいたことはわかっているんだぞ!」

 ティスフロムは、バスの中央でライフルを構えながら叫んだ。

「まあ、俺が手引きした、それは認める。だから、ゆっくりと話し合おうって言ってるんじゃねぇか?」

 コベットは、言葉の後半をゆっくりと力を込めて言った。      

ティスフロムは目を細めた。

「汚いやつだな……」

 彼は絨毯敷きの床に遠慮なく唾を吐いた。

「……おい、コーク」

 奥から突然、声がした。

 ルゥーユだった。

「あー? コークでいいのか? シャンパンなりビールもあるぞ?」

 コベットはむしろ上機嫌になって、コーク缶を一つ、脇の冷蔵庫から取り出した。

 ルゥーユに放り投げてよこす。

 彼がプルを開けて一気に中身を喉に流し込むと、ぎすぎすとした雰囲気はいつのまにか緩和されていた。  

奥から自然とミリティブが進み出る。

「で、どこまで協力するつもりがあるの? できる範囲でいいわ」

「話が分かる嬢ちゃんだ」

 コベットはティフロムを意味ありげにちらりとみてから、視線を戻す。

「まー、せいぜいあいつらが、これからどうするかを話すぐらいだなぁ」

「構わないわ、教えて」

 ミリティブは即答した。

「少なくとも、逃げる」

「……なんだそれは……」

 ティスフロムは脱力したように声を出す。

「なにしろ、奴らは緋蓮に追われているからな」

「緋蓮に!? 何故?」

 急に勢い付くティスフロム。

 コベットは楽し気に笑い声をあげる。

 それに、からかわれたかと思い、ティスフロムはコベットを睨んだ。

「おいおい、そんな顔すんな。俺は事実を述べただけだぞ。なに、勝手なに勘違いしてるんだよ。話をさせろよなぁ、おまえらの要求だろうがよぅ……」

 微妙に興ざめだとばかりに、香料を入れた紙巻を咥える。

「で、緋蓮からどうして逃げてるの?」

 ミリティブが、穏やかに促した。

「あ、ああ。それは、秘密だ。というより、知らん。俺は、奴らの脱出に手を貸してやっただけだしからなぁ」

「なら、いま緋蓮はどこにいるのかしら?」

「それなら、イラバシヤ地区のどこかだ。くわしいところまでは、わからん」

 ティスフロムは、頷いた。

「よし。全員拘束しろ。そして、コベット、おまえも例外じゃない。ここから出ろ」

「なんだぁ、面白いじゃねぇか。おまえら、恩知らずの典型だなぁ、おい」

「黙れ、さっさとこっちに来い」

 ティスフロムが刺すような声で言うと、部下たちは、全員がライフルを構えた。

「ふざけるない」

 コベットは突き出した指を素早く動かす。

 ミリティブの脇で、炎が上がる。

 万が一のティスフロムへの呪字からの影響を、用意していた呪符で、奪い肩代わりさせたのだ。

 ティスフロムのコンパスギアは見事にバラバラに破損していた。

「失礼した。我々は、ここで帰る」

 ミリティブは言うと、ティスフロムの肘をとって、バスの中央部分から降りた。

「邪魔するのか!?」

 引っ張られながら、ティスフロムはミリティブに抗議の声を上げた。

「冷静になって。とてもかなう相手じゃないよ。無駄に部下を犠牲にする気?」

「相手はただのカルト・コミューンのリーダーだろう!」

「何か様子がおかしいわ。それにしては、強力過ぎる」

 ティスフロムは、何度か振り向いて、カーテンのしまったバスを見返した。

 部下たちが緊張したまま降りてきて、対象的に脱力したルゥーユがとぼとぼと彼らの最後尾に付いてきていた。

「じゃあ、どうするんだよ!?」

「イラバシヤ地区に行くことね」

「今は緋蓮よりも、電導師たちだ」

「緋蓮にやらせるのよ。ユヴァンディには、何かあるはずよ」

「……うまくいくのか?」

「わからないけど、やってみるしかないでしょ?」

 ミリティブは否定のできない笑顔をみせた。

 ティスフロムは、参ったとばかりに首を振る。

「くそ、全員、撤収だ!」

 彼は命令し、農場に停めてあったヴァンにそれぞれ隊員を乗り込ませた。




 フリーシェとホロミリーロは、高級住宅街の脇にある喫茶店で、中年の男を中心とした四人の男と、対面していた。

 膝に手を踏ん張るように置いた男はフジリカ・ルーラルタァという。

 やや痩せ気味の身体に眼鏡を掛けた四十六歳。都議会議員の一人だ。   

「我々はキミたちにできるだけの支援を今まで与えてきたつもりだ」

 フジリカの声は、重く低い。   

「ヴォルメーの乱後も、おまえらを保護しつづけた」

 フジリカは、拳の底でテーブルを思い切り叩いた。

「なのに何故、妻が死なねばならない!!」

置かれていた珈琲カップは、ニ三個跳ね上がって中身をテーブルの上にぶちまけた。

 慌てて店員達がやってきて、タオルで拭いてゆく。

 彼女らが去ると、新しい珈琲が運ばれてきた。

 フジリカは何とか激情を抑えつけたようだった。

「だが、冷静に見れば、今回の緋蓮の件もチャンスと言えよう……」

 眼鏡の位置を直し、無表情になってから、フジリカはほのめかした。

「チャンスとは?」

 ホロミリーロが尋ねる。

 今まで、どこにでもいる中年男性だったフジリカは椅子にもたれて顎を軽く上げた。

 表情は笑んでいた。

 ただの微笑みではない。もっと重みのある凄みの効いた、嗤いだ。

「クーデターだよ。外敵に囲まれた我が国は、ヴォルメー師の言う通りに完全武装しなければならない。この日のために我々は、戦力を温存していたようなものだ。妻の死は、政府の陰謀である。我々は、この無垢なる犠牲者の責任を国政にもとめ、総辞職することを望む」

 急に演説風の言葉になった。

 ホロミリーロは、表情を消して聞いているふりをしていた。

「じゃあ、緋蓮や電導師たちはどうすんです?」 

フリーシェの方は、逆に勢いづいたかのように、食って入って話を聞こうとした。

「電導師は、一人こちらですでに手配済みだ」

 ホロミリーロは不機嫌な様子で、黙っていた。

「決行は、三日後の夕方だ。おまえたちは、電導師に会っておくといい」




 司令部が置かれたのは、ごく普通の入居者のいないアパートの一室だった。

 夕方、二人が訪ねると、フジの椅子の反対側から背もたれに、灰色のスーツで紫のネクタイ姿の男が座っていた。

 何やら、自分の左手を見て遊んでいるようだ。

 あと家具と言えば、高いテーブルに都市圏の地図が広げられているだけだった。

 そこに無線機が置いてある。

 男は細く長身で、白い肌に、灰色の髪の毛をしている。

 歳は二十八歳。

 切れ長の目で、二人の侵入者を捕らえるが、何も言わない。

「……あの、電導師の人ですか?」

「そうだけどー?」

 その手からは時折、竜のようなものが首を出したり引っ込めたりしている。

 ブリーダでもあるのだ。

 気のないそぶりにフリーシェは内心、ムっときたようだった。

「失礼ですが、お名前は?」

 彼の傍まで来て、顔を近づける。

「あんたらは?」

 すぐに聞き返される。

「ヴォルメー師の弟子で、フリーシェと言います。向こうはホロミリーロ」

「私は、ルルシュース・ヨークマベリ」

全く持って屈託がない。

「何の因果か、君たちヴォルメー師の子弟を率いてクーデターを指揮することになった。まったく、向いてないんだよなあ、こういうのは」

 無線機から、何度も報告や確認の声が発せられる。

「よし、はじまるよ」

 ルルシュースは無線機に向かって、矢継ぎ早に指示を出していった。

 各隊は野営地から、進軍し、ホムイロカネの政治中枢の建物を占拠していった。

 他に、ビック・ベン、テレビ局や、水道局、発電所、電波塔など、細かい部隊が、強襲制圧した。

 それらへの交通手段も、遮断することに成功した。

 フリーシェにとっては、小さいころから夢にまで見た念願の国家改造だった。

 ヴォルメーは、ブリーダの竜が持つ、共感反応を、隅々にまで行き渡らせて繋ぎ合わせ、一つの世界を造ることを、提唱していた。

 それの理想形が、コミューンの電脳化だった。

 だがそれは、政府転覆への道でもあった。

 ヴォルメーは、政府というものを認めていない。

 もはや、古い概念だと切り捨てる。

「さて、最後の仕上げといきますか」

 ルルシュースは、白い部屋で呟いた。

 すでに権力の空洞化に成功している。あとは、予定通りに乗っとるだけだった。

 空中に文字を描き、自分に影響を与える。

 電脳世界への転移だった。

 街のものが一つ一つ、光に見える。

 ルルシュースは、電脳世界で、首都が九割がた、中に入ったのを確かめた。

 だが、そのときだった。

 妙な気配がする。

 奥のほう、気配に近づいてみると、香料の紙巻を咥えた男が、片頬を吊り上げて、待っていた。

「貴様は……!?」

「よう、おまえ、見覚えがあるぞ。ルルシュース・ヨークマベリだな。電導師の」

 ズートスーツを来た、コベットだった。

「どうして貴様がここにいる」

 ルルシュースは、不測の事態だったが、いたって冷静な雰囲気だった。

 コベットは、両腕を軽く広げ、首を少し傾げてみせた。

「コミューンとの接触を図っているのだから、俺がいてどこがおかしい?」

 彼は嗤った。

「貴様のような奴は、田舎で悪魔と戯れて居ろ。ホロミリーロ、フリーシェ、おまえらの出番だ」

 呼ばれて、強制的に電脳世界に引き入れられた二人は、コベットを見て眉をひそめた。

「……目的は何だ、コベット?」  

 ホロミリーロが、荷電ブラスナックルを手に嵌める。

 フリーシェは、彼の後ろで、様子をうかがう。

「なんてことない。俺のコミューンで見ただろう、あの赤子を。俺はあの子を助けたいだけだ」

 ブリーダと呼ばれる身体に魔獣を飼い、使役する者たちの子供だった。

 だが、二人が見せられたのは、身体の中に居るはずの魔獣と、合体してしまっていた姿の赤子だった。

「この空間でなら、それができるんでな」

 言うとコベットは、ホロミリーロをにやけながらまじまじと見つめる。

「おまえも、その手のブリーダだったか」

 ホロミリーロは、一瞬、怒りが沸いたが、何とか抑え込む。。

「人の中を覗き込むのはやめてもらおうか」

「ついでだ、おまえの魔獣も、外してやるよ。こっちに来な」

 だが、ホロミリーロは動こうとはしない。  

「俺のは気にするまでもないぜ? それより、自分のことを心配しな」

 コベットは、目を細めた。

「じゃあ、邪魔すんなよ。俺の目的は、赤子と、そこのすっとぼけたルルシュースという男だ」

「ルルシュースには、手を触れさせん」

「ほぅ」

 コベットは、楽しそうに笑んだ。

 そして、空中に指で呪字を書く。

 ホロミリーロの眼鏡が割れた。

 構わずに彼は一気にコベットのところに駆けだす。

 十分、間合いに入ると、電荷ブラスナックルを、腹部めがけて下から突き上げる。

 一歩後ろに下がってから身体をそらし、コベットはその一撃を回避した。

 はずだった。だが、ホロミリーロの下腕から赤銅色の筋肉質な腕が伸び、コベットのみぞおちに、強烈なパンチがえぐり込まれた。

 コベットは後ろに吹き飛んだ。

 空中で転げると、唸りながら腹を抱える。

 上目遣いで、相手を見ると、後ろからフリーシェが空中に呪字を書く。

 だが、ズートスーツの中から、コンパスギアが作動して、呪字は無力化された。

「貴様……貴様……少しは手加減してやろうかと思ったっていたのに、本気出しやがって。そんなに死にたいか……?」

 コベットは唸りながら憎々し気に声を出した。

「ウダウダ、うるせぇ奴だなぁ」

 ホロミリーロは、荷電ブラスナックルを手の中で微量に直しつつ、ゆっくりと近づいた。

 立ち上がった、コベットは呪符を取り出して、ホロミリーロが近づく道の傍に、何枚も張っていった。

 ホロミリーロは無視して、間合いまで詰めると、二発目のパンチを顔面目掛けて横殴りに腕を振るった。

 コベットは相手の腕の部分に自分の下腕をがっちりと交差させて防ぐ。

 再び現れるかと思った赤銅色の腕は伸びてこなかった。

 その代わり、ホロミリーロの顔面の半分から、鬼のような形相の魔獣が現われ、大きく開いた口の中で炎が瞬いた。

 瞬間、コベットの肩から漆黒の巨大な顎が飛び出してくる。

 大きく開いた顎は不ぞろいで荒々しいのこぎりのような牙を生やしているのがわかり、それが、ホロミリーロの肩に食らいつく。

 彼は、痛みに思わず後ずさった。 

 その足元には、コベットが撒いていた呪符がある。

 踏みつけると、呪符は轟音を発して爆発した。

「!?」

 ホロミリーロは、寸でのところで何とか野獣の足をだして、思い切り踏みつけたので、火傷以外の怪我はなかった。

 だが、右肩から上腕に掛けて、ぐちゃぐちゃな傷をつけられて、出血が止まらなかった。

 彼は肩を抑えて、前かがみでコベットを睨んだ。

「おやおや、何だねその眼は? 手を出してきたのは、おまえたちのほうだぞ?」

「もういい、ホロミリーロ、フリーシェ、一次撤退だ」

 ルルシュースが言うと、三人の姿は電脳世界から掻き消えた。

「情報だけの世界でも、怪我するんだね……」

 フリーシェはホロミリーロを心配気に見た。

「それはそうだ。情報=肉体だからな。とりあえず、コベットが消えるまで、大人しくしておこう」

 ルルシュースは指揮部屋でそう言った。 

「包帯はないの? ホロミリーロの怪我が酷い」

「外の歩哨のリュックからもらってくるんだな」

 フリーシェは、すぐに部屋から出ていった。

 ホロミリーロは唸りながら藤の椅子に腰かけて、荒い息をしていた。

「あのクソ親父め……」

 ホロミリーロは、憎々し気に呟いた。

「まさか、あいつが出て来るとは、予想外だった」

 ルルシュースが言うのと、フリーシェが戻ってくるのは同時だった。

「……知ってるのは、どうしてだ?」

 ホロミリーロが訊く。

「あいつは、元、電導師議員局の構成員の一人だったんだよ」

 二人は、驚きであっけに取られた。

「なんで……今カルト・コミューンの教祖なんかやってる?」

「そこまでなんか知らないな。とにかく、今の通り、かなりの実力者だ。しばらく避けたほうがいい」

 包帯を巻きながらフリーシェと、ぐったりとしたホロミリーロは頷いた。

「フリーシェ、携帯通信機あるか?」

「あるよ? どうしたの?」

「ちょっと、警察と動いている連中と連絡をつけろ」

「う、うん」

 彼女は、ナンバーボタンを押して、通話モードで相手を呼び出した。




 ティスフロムは、唯一占拠地から外れた警察庁の武装機動隊指令室で、落ち着か無げにウロチョロしていた。

 内戦状態という事態になってよいならば、今度の決起部隊に、正規軍が派遣されるであろう。だが、それを避ける場合、彼の武装機動隊に命令が来る可能性が高かった。

 緋蓮を追うとした矢先の出来事で、ルゥーユも、ミリティブも、同じ部屋にいた。

 突然、ミリティブの携帯通信機が鳴った。

 待ちつかれていた彼女は、怠そうにポケットから取り出して耳に当てた。

「はい?」

 不愛想そのものの返事だ。

「あ、ミリティブさんですか? はじめまして、私、フリーシェと申します」

「あーあー、電導師議員局の警備部の人ね」

 彼女はすぐに相手が誰かわかった。

 商売柄、有名人とその周辺の人間の調査は、フィールドワークのようにしてやって頭に叩き込んでいるのだ。

「ご存知でしたか……」

 急に雑音が入った。

「もしもし、ミリティブだな。依頼がある」

 今度は野太い男の声だ。

「貴方はホロミリーロね。どうしたの?」

「アーシタリ・コミューンを、コベットごと消してもらいたい」

 ミリティブはついティスフロムを見た。

「あそこなら、もう行ってきたところだよ。私たちには、緋蓮を狩るという目的があるんでねぇ」

「なら、電導師議員局の人間としていいアドバイスをやろう」

「へぇ、なにかな?」

「緋蓮は不死身だ。例え身体をバラバラにしてもその破片がくっついてまた新たに身体を造って復活する。無駄な努力はよせ」

「……」

 その場面を彼女は見ている。 

「緋蓮の目的がわからないままだったなら、放って置くわけにもいかない」

「あいつはあいつで、落ち着きたいんだよ。それが、おまえらに追われて、イライラしている。おまえ、ブリーダか?」

「一応」

「緋蓮もだ。あいつの体内には、大量の宿主がいる。もう、放っておいてやってくれないか?」

 ミリティブは、説得されて迷った。

「……残念だが、あたしの一存では決められない。相談させてもらってからにする」

「ああ、構わない」

 そこで通話は切れた。

 ミリティブは、ティスフロムのところに行って、話の内容を全て披露した。

「不死だから、放って置けだと?」

「殺せないなら、せめて封印だけでも思うけども……」

「そうだな。あと、コベットを捕まえる必要があるのは、確実か」

 ティスフロムは、頭を掻いた。

「あーーー、上、上、上が何考えているかわからん! 俺たちをどう使うつもりか」

「多分……」

 ルゥーユは壁際にもたれながら、口を開いた。

「警察庁は傍観を決め込むよ」

「どうしてそう思う?」

「余計なことに頭突っ込みたくないんだろうよ」

 少年は嗤った。

「つまり、無政府状態の中で、下手に手をだすと、自分たちまで巻き込まれるからね」

 ミリティブが補足するように続ける。

「多分、今回のクーデターは、地上の存在を電導師の世界に移そうとするもの見たいだよ。それで、クーデターの指揮者が、消えたはずの電導師の一人になっているという訳」

 ミリティブは、デッキから集めた情報をまとめて、ティスフロムに報告した。

「電導師の世界に移す?」

 ティスフロムは驚いたようだった。

「それと、コベットは元電導師で、今回の計画にちょっかいを出している」

「あいつ、元議員だったのか……」

 ティフロムは灌漑深そうに頷いた。

「それで、コベットとそのコミューンを潰してくれと言われた」

「勝てるのか、奴に?」

「考えがある。あたしらは、コベットのところに行くけど、どうする?」

「……俺は万が一を考えてここを動くわけにはいかない」

「わかったわ。あたしたちで行くから、車貸して」

 ティフロムは、壁に掛けられている鍵の羅列の中から、適当なのを一本取って投げて渡した。

 受け取ると、ミリティブはルゥーユを連れて、武装警備隊隊長室から、出ていった。




 車は昼間の街道を進み、真っ直ぐアーシタリ・コミューンがある農場へと向かった。

 だんだんと、道が一本になり、真っ直ぐ地平線まで続く道路になる。

 やがて、農場への道が左に現れる。

 ゲートは開けられていた。

 ミリティブは、迷いもなしに入っていった。

 広い空間に出る寸前のところで車を停めて、二人は降りる。

 ルゥーユはミリティブの後を、猫背で眠たげについて行った。

 二人は、いつものコミューンメンバーに好奇な視線を浴びせ投げられながら、バスを目指す。

 中に入ると、相変わらず、豪華な内装だった。

 そして相変わらず、コベットは最後尾座席で横になっていた。

「おい起きろ、コベット」

 ミリティブは目の前の椅子に座った。

 ルゥーユは、壁際で立っている。

「ん……? おまえか。どうした、何の用だ?」

 コベットは上半身を起こして、頭を掻いた。ズート・スーツ姿である。

「あんた、電導師が造った電子空間で、ひと暴れしたみたいね」

「ああ、あれかぁ」

 コベットは、殆ど関心がないかのように振る舞っていた。

「それで、全電導師達を敵に回したわよ」

「元々、敵みたいなもんだ。気にするほどでもない」

「彼らがまず最初にすることは?」

 ミリティブは訊いた。

 コベットはしばらく考えてから、口を開く。

「俺を殺す、か?」

 嗤う。

「そうなるわね」

 ミリティブは、静かに答えた。

「幾らあなたでも、電導師全員に狙われたら、命の保証はないでしょう」

「それで、脅しに来たのかい、嬢ちゃん?」

 コベットは少し態勢を直す。

「あいつらは、この島を電脳空間の古代都市にしようとしているんだ。己らの力が最も発揮できるようにな。丁度、クーデターで政府の介入が起こらない状態になっている。チャンスというやつだ。しかし困らないか? 唐突にそんな状態になったら」

「……なら貴方は、それを阻止しようというの?」

 コベットはまた嗤った。

「そんな大仰なもんじゃないなぁ」

「乗っとるつもりなんでしょ?」

 ずばりと言われて、コベットは軽く鼻白らんだ。

「嬢ちゃん、賢いのはいいことだが、あんまりひけらかしてると、長生きできないぜ?」

 ミリティブは、自分の考えが当たっていたことを確信した。

「勝算はあるの?」

「まぁなぁ」

「どんな?」

 コベットは、小さな瞳で、ミリティブを見つめてきた。

「知ってどうする?」

「別に。参考までに」

「……緋蓮を使う」

「緋蓮を!?」

 今度衝撃を受けたのはミリティブのほうだった。

「あれは、電導師が造った、電脳空間への入口だ。緋蓮を使えば、電導師を操ることが出来る」

「貴方が言ってる終末思想の意味が分かったわ」

 ミリティブは疲れたようだった。

「あたしも緋蓮を追っているところよ」

「そりゃ、都合がいい。手を結ばないか?」

「いいわよ。その代わり、依頼料はもらうわ」

 コベットはニヤリとした。

「金取るのか。まあいい、持ってきな。前金だ」

 彼はそういって、脇から金のインゴットを一つ取り出して、ミリティブの方に投げ渡した。

「毎度あり」

 ミリティブは驚きもしないで決まり文句を言った。


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