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電導呪字は終末に踊る
谷樹 理
SFSFコレクション
2024年10月02日
公開日
58,087文字
完結
 太平洋戦争の余波をうけて、日本南部、台湾東部にあるホムイロカネ島は、当時の指導者のたちまりにより、独立を獲得していた。
 それから、二十四世紀になりホムイロカネ島は、独自の国際国家となっていた。
 国は豊富な資源により、ボルネオを超える東洋一の経済国家となっていた。
 しかし、貧富の差が激しく、近代都市と貧民窟のまだら模様となっていた。
 突然現れた龍を始末するよう、呪符師のミリティブと刀を操るルゥーユは、依頼を受けていた。

第1話

『目標、イの三号塔を上昇中。第一部隊は頂上に移動。第二部隊は後から追跡攻撃。第三、第四、第五部隊は、塔のそれぞれの位置から攻撃を行うこと』

 呪禁砲を持った武装機動隊が、それぞれの目標に走り、六分後には定位置につく。

 イの三号塔と呼ばれた建物は、リーバイの地にある、廃工業そばにある団地の一郭だ。

 元熔鉄炉だった、廃工場に緋蓮(ひれん)と呼ばれる龍が潜んでいるのを発見されたのが一時間前。

 政府はすぐに武装機動隊に出動を命じた。

 緋蓮は、ただの龍ではないのだ。

 飼育者(ブリーダ)はコミューンの数だけ大量にいるリーバイだが、すでに普通の人間が飼える龍を超えた存在になっている。

 武装警備隊隊長は団地の一室に司令部を置き、化け物といっていい巨大に成長した龍を駆除しようと指揮をとっている。

 その室内の片隅に少年が一人立っている。

 灰色の髪は、白皙の華奢なアンシンメトリの前髪で、迷彩伏の中に場違いなだぼだぼのサマーセーター姿だ。首から細い鎖でぶら下げた腰までに来る、懐古時計型の歯車デコイ(コンパスギア)

 左手に刀を収めた鞘を握り、黄色い瞳で空中に画像を映す浮遊ディスプレイの前の隊長を眺めている。

「ルゥーユ、おまえらの出番はないぞ」

 引き締まった身体付きで、背の高い隊長ティスフロムは、片頬を吊り上げ、目をだけを少年にやった。彼は今年三十一歳になる。 

「なら、それでいい……」

 ルゥーユと呼ばれた少年は簡潔な言葉を吐く。

 十六歳にしては、無表情でスレた暗い雰囲気がある。

 ティスフロムは、少年にはどうも愛想がないとばかりに、首を振る。

「いいのかよ、困るんじゃないのか? おまえらはおまえらで仕事受けているんだろう?」

「ミリティブがいる」

「いくらの符術師だろうが、一人じゃ無理だろう。大体、どうして、おまえはここで油を売っている? 別に居るなとはいわないけどな」

 ティスフロムは、相変わらず快活だ。

 ルゥーユが十人いても、この男の明るさには敵わないだろう。

 もっとも、ルゥーユが十人いれば、それだけで、人が怯えて気絶するぐらいの暗い重さが増えるだけだろうが。

「俺はあんたらが、うまくやれるとは思ってない」

「ほほぅ。良いこと言うなぁ、その口は。まあ、見てればいいさ。緋蓮はウチの包囲下にあるんだ。これで、逃がすわけがない」

 正確には、逃がすわけにはいかないだが、ティスフロムはあえて自信のほどを示した。

 ルゥーユは嗤ったらしく、かすかに肩をひとつ揺らした。

「頑張れ、隊長」

「どこから目線で言ってやがる、このガキは」

 ティスフロムは、じゃれるように机に置いてあるメモ用紙を一枚丸めて、ルゥーユに投げつける。

 あえて避けもしなかったルゥーユは、転がった紙屑を拾った。

「さて、おまえの相手をしているところじゃかなかった」

 浮遊ディスプレイには、イの三号塔を昇ってゆく緋蓮と、武装機動隊の影が透けて現されていた。

 既に一部隊が頂上に待機し、まだ緋蓮が到達していないところの所定の場所で三部隊が展開していた。

 緋蓮はティスフロムが狙た通り、追い込み部隊から逃げるように塔を上昇してゆく。

「三、四、五部隊、緋蓮が行くぞ。攻撃準備。射程に入ったら、各自攻撃を開始しろ」

 それぞれの部隊から、了解した旨が無線に届く。

 ルゥーユは机の上に紙屑を広げた。

 そこには、【保】という意味の文字が書かれていた。




 緋蓮は天井の壁を粉剤しながら、塔を最上階目指して進んでいた。

 鱗に覆われた長い身体の尻尾部分は、追い込みの第二部隊によって、切り刻まれるように、ゆっくりと砕けて破片をバラバラと落としていた。

 第二部隊は、呪禁砲の光線を撃ちながら、フックを上方に噴き上げ掛けて、緋蓮の後方にぴったりと付いていた。

 巨大な龍は、やがて三隊が待ち受けるフロアまで上がってきた。

 床を粉砕して現れた巨大な顎を持つ龍の姿が、彼らの目前に現れる。

 待っていた武装機動隊の面々は、呪禁砲を並べて、一斉に砲撃をその頭部から浴びせた。

 光線が貫き、いたるところから破片を跳ね落とした緋蓮は、塔を揺るがすほどに咆哮した。

 それでも上に昇ることをやめず、身体中を呪禁砲に砕け散らされていると、すでに床に狙撃用の穴をあけていた、第一部隊が、収斂高圧呪禁砲を大量に真下に向けていた。

「撃てぇ!!」

 部隊長の命令に、大出力の砲の引き金が、次々と引かれて轟音が鳴り響いた。

 緋蓮の頭部は、削られるようにして砕け、最期に大口を開けようとして、第二撃でその形を失くしていった。

 身体も砕け方がまるで岩だったかのように落下し、硬いものが第二部隊に降り注いだ。

『目標、消滅。隊長、任務完了です』

 塔からの報告にティスフロムは会心の笑みを、ルューユにむけた。

 指揮所の要員からは歓声があがり、手を叩きあって成功を祝していた。

「ちょっと行ってくる」

 ルゥーユは、鞘ををぶら下げるように握り、ティスフロムの前を通り過ぎた。

「どこ行くんだ? 帰るのか?」

「ミリティブのところに」

「そういや、あいつ、どこにいるんだ?」

 ティスフロムの疑問をそのまま置き去りにして、ルゥーユは指揮所をあとにした。

 それに加え、紙に書かれた【保】の意味が分からないままだった。




 イの三号塔の一階フロアの壁際に、巨大な祭壇が設けられており、その前には、符術師の衣装をまとった少女が立っていた。

 白いゆったりとした上衣に、文字がずらりと書かれた、羽織を纏い、赤い袴を穿いている。

 短いボブカットで、一方のひと房だけを纏めた黒髪で、大きな瞳に肉厚のある紅い唇をしている。

 背は低い方で、歳は十六歳。

 名前をミリティブという。

 彼女は、床に山となった、緋蓮の欠片をじっと見つめながら、祭壇の机の上に筆を走らせている。

 彼女は、札に水晶の重りをぶら下げたものを、そこから、瓦礫に向かって四枚ほど、投げ込んだ。

 そして、新たに白い札にまた何やら書き始める。

 次の瞬間、瓦礫がうごめき、中から巨大な顎を持った龍が、とぐろを巻いて破片の中から出現した。

 緋蓮だ。

 龍は破壊された身体を再構築して、再び姿を現したのだった。

 ミリティブは、呪符を再び投げつける。

 顔面でそれを受けた緋蓮は、大きく開けた顎を、彼女に向けたところだった。

 呪符がその顎にあたり、一瞬の炎で灰になると、緋蓮の頭部はミリティブを襲おうとしながら、前に進まない頭をもがくようにして、力の入った長い身体をくねらせた。

 だが、何かが割れるような音が緋蓮から鳴ると、一気に頭はミリティブに向かってきた。

 彼女は、数枚の札を辺りにばら撒く。

 呪符が結界をつくり、緋蓮がかみ砕こうと顎で挟み込んだ時、小柄な影が跳んできた。

 ルゥーユが鞘から刀を抜き、緋蓮の首に一刀を上段から降り下ろす。

 切断するには太い緋蓮だが、ダメージはあったようで、結界に噛みついた頭部を突き上げて咆哮する。

 その額を、ルゥーユの刀は根本まで突き刺さった。

 蹴って、抜くのと、彼の身体が振り払われるのが同時だった。

 ミリティブのところに転がり近寄ったルゥーユは、刀を下段に構える。

「終わったか?」

「ええ、ちゃんと組み込まれたみたい」

「なら、撤収だ」

 ルゥーユは、言って刀を鞘に納めた。

 ミリティブも、祭壇もそのままに、一階フロアから二人で外にでた。




「緋蓮がまた現れただと!?」

 ティスフロムは、浮遊ディスプレイを見て、舌打ちした。

 この手の呪獣は、徹底的にしなければ消滅しないとわかっていた為の全方位攻撃だったはずだ。

『ミリティブ、ルゥーユのキノウロ事務所連中も、塔から脱出した模様です』

 浮遊ディスプレイに、彼らの影がみえていたので、ティスフロムには把握済みだ。

 緋龍は床に穴を開けると、地下に潜って武装警備隊の掌握地域から姿を消していた。

「クソっ!!逃したか!!」

 このタイミングでティスフロムの上司である警備局長から通信がはいった。

『ティスフロム隊長、経過は見させてもらったよ』

 五十近い男の声だった。

「まだ、終わってません。我々はすぐにでも緋蓮を追うつもりです」

『いや、一度休んだ方がいいだろう。隊員たちも含めて三日間の休息を与える。もっとも、その間になにかあったら緊急で出て来てもらうがな』

「……わかりました。仰せのままにいたします」

 ティスフロムは納得しないままだったが、従った。

 通信は切られ、彼の眼には、【保】と書いたルゥーユの紙が目に入った。

「保留の保か。保護の保か……」

 焼きだされた文字だ。多分両方の意味があるのだろう。

 どっちにしろ、警備局長からの声では、ディスフロムのキャリアに傷が付いたことには代わりはなかった。




 太平洋戦争の余波をうけて、日本南部、台湾東部にあるホムイロカネ島は、当時の指導者のたちまりにより、独立を獲得していた。

 それから、二十四世紀になりホムイロカネ島は、独自の国際国家となっていた。

 国は豊富な資源により、ボルネオを超える東洋一の経済国家となっていた。

 しかし、貧富の差が激しく、近代都市と貧民窟のまだら模様となっていた。




 貧民窟の一つトルオンには、街に一つ必ずある、ビックベンが一つだけ綺麗にそそり立っていた。

 ただの時計台ではない。

 ランダムな文字列を作り出す幾多の回転する歯車が重なっているものだ。

 呪文師や、呪物に影響を与えないようにしているのだ。 

 彼らは、文字に影響を受け、様々な影響や変化を起こすのだ。

 トルオンの片隅に、賃貸の部屋が上部にある古ぼけた喫茶店があった。

 看板にペルデュラポーと掲げている。  

営業はほとんどしてない外観をしているが、店の外に置かれた四つのテーブルには、身を持ち崩した少年少女や、寝床を持たない酔っぱらいなどが、昼間からボーとしている。

 トランプに興じているテーブルもあるが、彼らは明らかに堅気ではない。

 店長はミリティブという、細身で小柄な少女だ。

 だが店に出てくることは、滅多にない。

 彼女は通常、二階の、四つある部屋を二部屋つなげた広いリビングで、のんびりとしている。

 そこに、ティスフロムが、ジャケット姿で訪ねてきている。

「何とか、左遷も窓際にも行かなくてすんだよ」

 ソファーに座る彼は、目を充血させて憔悴しているようだ。

 ミリティブは黒のところ泥頃に裂けめの入ったワンピースに部屋着の青いパーカー、水色のハーフパンツをはいて、藤の椅子に座り、テーブルに何かを書いている。

 ルゥーユも、窓のある壁の横に、刀を肩に立てかけて黙って座っていた。

「で、緋連を飼っていたブリーダは、見つかったの?」

 手を止めずミリティブは自分だけ珈琲を飲みながら、丁寧に図のようなものを描いている

「捜査一課の一班が確認したが、ユヴァディ・ジーヴァルに間違いないと確定させた。やっぱり、死んでいたよ」

「あー、やっぱりあの人かぁ」

「知り合いだったのか?」

「全然知らない」

 ミリティブは臆面もなく適当を吹いた。

「でも知ってはいたんだろう? ブリーダの符術師の中じゃ、有名だっただろう」

 ユヴァディ・シーヴァルは、ホロムイカで有数の符術師だった。

 ただ、奇矯な研究に没頭するところが有り、それがまた名を響かせた理由にもなっていた。「知ってる。で、死体はどうなったの?」

「共同墓地に入れられたさ。通常より十倍の呪符で封じられながらな」

「やっぱり、ブリーダから彷徨い出た、造魔だったのね、緋連は」

「そういうことだ。で、おまえらのところに依頼してきたのは、どんな奴だ?」

「おっさん」

「いや、具体的に」

 時折、独特の言い回しをするミリティブだが、ティスフロムは慣れているので、自然に流す。

「電導師議員局から、直接だよ。そこの古老からの使者が、ディスプレイ映像を中継してくれて、話が成立した」

「さすが。大物は違うな。電導師連盟議会局とは」

「あたしゃ、一介の符術師だよ」

「謙遜するな。本当なら、席に名を連ねられる実力者だろうに」

「偽の呪符売りまくったせいで、取りやめになったけどね」

「何でそんなことしたんだよ?」

「知らなかった?」

「聞いてない」

「サーマルジュの暴動のとき、暴徒側に売りつけたんだよ。まーまー、儲けたかな」

「あー、あれあっけなく潰れたのは、そのせいか」

 サーマルジュの暴動とは、身体を高人工化している人々が、政府が一部装置の禁制、所持者は条例違反で逮捕という方針を出したがために、蜂起した事件である。

 電術師議会局は中立の立場をとって全術師に通達したが、ミリティブは候補生として名が上がっていた時に、それを無視しがため、連盟に入入ることは白紙にされたのだった。

「なんで、そんなことしたんだよ?」

 ティスフロムは呆れたようだった。

「なにって、お仕事だよ、お仕事。知ってる? 局に入ったからと行って給料出るわけじゃないんだよ? そんなところでお茶くみしてて、どうしろと」

「代わりに、街の支配権が得られるじゃないか。そこから入ってくる金額はとんでもないって聞いているぞ」

「違法だよ」

「偽呪符も、違法だろう」

「あれは、依頼者がいたからいいの」

「政府側か?」

「鋭いねー。二枚刃? 四枚刃?」

「それぐらいいはわかる。でも権力嫌いのおまえがよく、そんな仕事したな」

「断れるわけないじゃん、陸軍情報部からのものだよ?」

「いや、断ったね、おまえなら。どうせ、連盟に入りたくなかったから、ちょうどいいと思って、依頼を受けたんだろう」

 ばれていたため、ミリティブは顔を落としたまま、黙って笑んだ。

「全く、可愛げのないガキだなぁ」

「そんなモノは入らない」

 即答する。

「それよりさぁ、ティスフロム。最近身体の調子どう?」

「あー、なんか、ぼーとする。そこのルゥーユみたいに」

「・・・・・・ぼーとなんかしてないぞ」

 ルゥーユーは、閉じていた目を開いた。

「なんだろうなぁ」

 言葉を受け流して、ティスフロムは首を回す。

「なんか、すごい重要なことが会った気がするんだけどなぁ」

 ミリティブは、浮遊ディスプレイを映す。

 ちょうど午後のニュース番組が特集を組んでやっていた。

 それは、フールイナ地区で起きた、一家殺人事件のものだった。

 警察が現場検証をしている画像が流れているところに、アナウンサーの声が聞こえてくる。

『死亡が確認されたのは、ヒィミルダさん二十八歳。ソレイトー君六歳とみられているもようです』

 ティスフロムは、呆然となって、画面に食い入った。

「まて。どうして、ヒィミルダとソレイトーが……」

「どれぐらい前に家を出てきたの?」

 ミリティブはようやく顔を上げて、ティスフロムをみた。

「……すぐだ。寄り道なんてしてない。ここに車でまっすぐ、三十分と経っていない!」

 彼は急に激高しだした。

「落ち着いて、ティスフロム。これから、ちょっとするから」

「なんだ、どうしたんだ!?」

 ミリティブの声も届いていないかのように、彼はソファから立ち上がって、テーブルに両手をついた。

 ティスフロムの身体は震えだして、表情が怒りに歪みだした。

 軽く、床を叩くような音がした。

 ルゥーユが跳んで、ティスフロムの脇を柄で、思い切り突いた。

 彼は苦痛と衝撃に、ソファの上に倒れ込んだ。

「ティスフロム」

 ミリティブが、彼に向かって指を突き出し、なにやら空中でも文字らしきモノを描く。

 それはティスフロムの脳内に進入し身体に命令を与える。

 彼は、一瞬もがくようして、身体をがたがたと言わせる。

 胸の辺りから、小さな竜が、通り抜けるように顔を出して、半身を出現させた。

 ミリティブは、固定化の呪符を竜に投げつけて、自由を奪った。

 次の瞬間には、竜の首がルゥーユの刀で斬りとばされていた。

 ティスフロムの胸からからずるりと、残った身体が床に落ちる。

 彼の震えは止まり、一瞬の出来事に全身に汗をかいていた。

「……くそ、いつの間にか、進入されていたか……」

 竜の死体を見下ろし、大きく息を吐いた。

「安心して。さっきのニュースは、ねつ造だから」

「……そうか。わざわざ、すまんな」

「いいえ、こうでもしなきゃ、ニュースがここで現実化するところだったよ」

「だが、俺は指揮所にいたんだぜ? 他の隊員は?」

「あのあと見たところ、異常は無かった」

「どうして俺だけ……」

「昨日は龍だったけど、今回は竜。たぶん、同一人物よね、これ」

「犯人がいるってことか?」

 ミリティブは頷いた。

「だが、ユヴァディは死んだぜ?」

「電波でもひろったの? ユヴァディだなんて言ってないよ」    

「だとしたら、誰が……」

「依頼なら、受けるわよ?」

 ミリティブが商売気をだした笑みを浮かべる。

 ティスフロムは、ちょうど今回の失敗があり、警察内で調べてもらうには、不利な立場にあった。

「……やれやれ。わかったよ。依頼するよ」

「まいっどありー!」

 ミリティブは満面の笑みになった。      




 ツバラ地区、深夜の歓楽街を走っていたベンツの目の前に、突然、横から黒塗りのヴァンが横に飛び出して来た。

 次の瞬間には後ろと横に二台のヴァンが、ベンツに衝突する。。

 中から仮面をかぶって、マントを羽織った者たちが、車に向かって降り、囲むとライフルを、一斉に射撃した。

 短い間でベンツは穴だらけとなり、タイヤもパンクして、白い煙をあげていた。

 全弾撃ち終わった仮面の者たちは、ライフルを捨てて、ベンツのドアをこじ開けた。

 その内の一人が、突然、真後ろに吹き飛ばされる。

「まったく、もう。服が汚れたらどうするんだい」

 後部座席から、一人の少女が、路上に姿を現す。 

 ソフト帽をかぶった頭は、長い髪を片方の前髪だけ垂らし、あとは後ろで縛っている。フリルの付いたブラウスの上にたボレロを着て、七丈のズボン。腰にベルトに引っかけて、布のポシェットのようなコンパスギアを垂らしていた。

 フリーシェ・ミラボーは、たじろぐ仮面の者たちをみて、ニコリと笑った。

「面白い格好だねぇ。記念に写真とるから、ちょっと待ってて」

 フリーシェは戯れ言ではないかのように、携帯通信機を取り出して、カメラモードにした。

「はい、みんなポーズとって~」

「ば、馬鹿にするな」

 男らしき仮面をかぶった者が、懐から取り出したナイフを構えて、フリーシェに突進した。

 車から手が伸びて、手首を回すように空中に文字を描く。

 男はとたんに頭を爆発させて、身体が膝から倒れた。

「フリーシェ、あんまりふざけるなよ」

 車から、スーツを着た青年が現れた。

 髪目にかかるほど長く白い色で、切れ長の目は眠そうに半眼である。

 引き締まった体つきの長身。眼鏡を掛けた二十一歳のホロミリーロ・セロガである。

 頭をかきながら現れた彼に、仮面の者たちは明らかに動揺した。

 彼らはそれぞれナイフを抜く。

「そんなもので、どうしようっていうんだ?」

 ホロミリーロは嗤った。

 フリーシェは素早く空中に文字を書いた。

 それは目から入って脳に直接命令をあたえ、現実と錯覚を起こさせる。

 仮面の者たちは、彼らの前に見えない壁が出来たかのように、自分の意思では前へと出れなくなった。 

「紅蓮の炎に焼かれるといい」

 ホロミリーロが言うと彼の身体から頭上に、角を生やした赤銅色の肌の獣人めいたものが現れる。

 それは、炎の息をしており、右手で仮面の男たちを薙ぎ払うように宙を振った。

 とたんに、彼らの足元から炎の壁が波のように出現に、一瞬にして、数名が灰になる。

 残ったものは、酷い火傷を負い、その場にうずくまった。 

「止め刺しちゃおうか。面倒だし」

 フリーシェは、腰の巨大な折りたたみ式大鎌に手を伸ばす。

「いや、いいだろう。こいつらも一応、ウチのものだ」

「じゃあ、タクシー呼ぶかぁ」

 銃弾で穴だらけのベンツを横目で見がフリーシェは、自分たちが車道で渋滞を引き起こし手いるのも気にかけてないようだった。

 結局、二人は反対車線にでて、強引にタクシーを拾った。

 彼らが向かったのは、ホムイロカネ首都タージャカラだった。    

 そこにある、アマステルの塔と呼ばれる地上三十階建ての細い建物が目的地だった。

 エレベーターに乗り、ただの空洞でしかない途中の階を過ぎ去り、最上階に到達した。

 円状のなった広いフロアに、一人の中年のとこが置かれたソファに座っていた。

「……早かったな、二人とも」

 代表として、中年の男が声を掛ける。

「そうですかね? 途中邪魔が入った分、遅れた気もしましたがね」

「それは、大変だったな」

 ウラームカヤが中年の名前だった。

「おひとりですか?」

 ホロミリーロはワザとらしく、ホールを見渡した。

 椅子以外、まったく何もない。

 観葉植物すらない。

 窓すらない真っ白な空間だった。

 そこに居るウラームカヤは、歳にしては若く、二十代半ばに見える。濃紺のジャケットに紫のワイシャツ、黄色いネクタイをして、サングラスをかけていた。

 右頬に傷があるが、それがまた、精悍さを際立たせている。

「おまえたちに来てもらった理由のせいで、局員全員が姿をくらませた」

「……まだ、何もしてませんが?」 

 フリーシェが首をかしげる。

「まてよ、当たり前だろう、フリーシェ……。で、理由は何です?」

 ホロミリーロは電導師議会で、ただ一人、姿を現しているウラームカヤに先を促した。

 電導師議員局は、様々ないわゆる術師たちの電脳技術を開発・管理する非営利組織だ。

 構成員は十二名。

 能力も皆トップクラスである。

 それが一人を残し姿を消すとは非常時にもほどがあると、ホロミリーロは思った。

「バーラム街の殺害事件を知っているか?」

 それは、首都にある巨大歓楽街の一郭にある地域だった。

 うらびれて人気もなく、廃ビルが立ち並ぶ、再開発を考えられている閉鎖地区だ。

 第一発見者は、街の浮浪者だ。 

 最初は何かかわからなかったらしい。

 ただ、異様な腐臭のために、認識した。

 人がミンチ状になって、山のように積まれていたのだ。

 それには何かの呪符がいくつも張られていた。

 浮浪者は直ちに通報し、第一発見者兼容疑者として、警察局に保護された。

「ただのミンチ殺人じゃないとおっしゃる?」

 ホロミリーロは、首の後ろを掻いた。

「手掛かりとして浮浪者は、影で車椅子に乗った人物が、近くにいたと証言しているが……」

 会話のペースは、完全にウラームカヤのものだ。

「被害者は議員の一人、ルーラルタァ・ブリーチ」

「ほう、あの最年少の少女ですか」

 ルーラルタァは局員のなかでもトップクラスに入る実力者だったが、何を考えているのかも分からない不思議な少女だった。

「ルーラルタァ嬢一人が殺されたって、局員が全員逃げ出すほどのものでもないでしょう」

「だが現実にはわたしを残して、みな潜伏した」

「嫌われ者なのかな?」

 フリーシェが、ぼそりと呟く。

 ホロミリーロは無視した。

「何が理由なんです?」

「わからんのだよ」

「最後まで、謎を残していくとは彼女らしい」

「まるで他人事だな」

 ウラームカヤは、低く笑った。

「警察局は?」

「あえて、動かしてはいない」

「何故?」

「騒ぎにするわけにはいかないからな」

「……この期に及んで、何を悠長な」

「ただし、張られた呪符から、その関係者はわかった」

「ほう」

「アーシタリ・コミューンの指導者コベット・アーシタリのところのものだ」

 コミューンは、この島には何千と存在していた。

 彼らは国家権力を否定して、狭い仲間内の結束を固め、カルトに近い集団を個々で作っている。

「そいつらを調べればいいのですね?」

「適任だとおもってな、おまえらが。調査するにあたって」

 ウラームカヤの口調はワザとらしい。        

 建物からでた、ホロミリーロは立腹を隠してもいなかった。

「なんだ、あいつ。命令ばかりして、こっちが素直に聞くと思ってるのかよ!」

「あーあ」

 フリーシェは彼をみて、残念そうに息を吐いた。

「なんだ!?」

「簡単に術中に嵌らないでよ。あれ、明らか挑発でしょうに」

「わかってる! だから気に入らないんだよ!」

「なら、このまま何もしないで、あたしたちも潜伏する?」

「いや、やれと言われたならやるさ。丁度いいからな」

 語尾が気になったが、フリーシェは納得した頷きをした。

「すぐ行く前にさぁ、寄っていきたい店があるんだけど、いーい?」

「駄目だ」

「どーしてそう、聞く前に拒否するかなぁ! いいじゃん、別にちょっとぐらい」

 フリーシェは不満そうに頬を膨らます。

「どうせ、あの何とかとかいう、スイーツ食べ放題の店だろう? 酒を一滴も出さない」

「わかってるなら、付き合ってよ」

 彼女は、ホロリミーロの腕をとって、強引に歩き出した。

「……やべぇ、今から気持ち悪くなってきた」

「我慢するべし、勝つまでは」

「そういう精神論は、最低だぞ、ルリーチェ」

「じゃあ、黙っていることね」

 ホロミリーロはげんなりしながら、手を引かれるままになった。




 この華奢で小柄な少女に、あれだけの糖分がどこに消えるのかというぐらいに、食べてて、店をでる。

 フリーシェは、パフェのみ十一種類を頼み、全て完食したのだった。

 車の中で、満足そうにする彼女の横で、やっと解放されたホロミリーロはまだ、嫌なものを見たといった雰囲気で、アクセルを踏んでいた。

「なによー、そこまで嫌そうにすることないじゃないの」

「俺が飼ってる奴らも、飢えだしたんだよ。でも、甘いものは嫌いだから、食うに食えないでいるあいだ、ずっと宥めてたんだぞ……」

「もっと、ブリーダとして食に理解あるものを造るべきだったね」

 フリーシェは悪びれない。

 勝手なことをいうなとばかりに、運転が荒くなる。

「ちょ、酔うからやめて」

「もっと、あとでのことを考えて食べるべきだったな」

 復讐だという風に、ホロミリーロは、ハンドルを切りまくる。

「……ここで吐いてやるんだからね!」

「……やめろ、それだけは……」

 ホロミリーロは、くだらない遊びを終えて、目的地への最短距離を進むことにした。

 アシーリタ・コミューンは、首都からふた街を超えた、農場に近い小さな町に根拠をもっているはずだ。

 ナビは、青白い顔がだんだん戻ってきたフリーシェの浮遊ディスプレイが行っている。

「えーと、コベット・アーシタリ。三六歳。日本の沖縄に生まれる。十七歳のとき、ホムイロカネに亡命する。二十六歳の時、放浪仲間と共に、都市部から離れた場所でコミューンを造り、閉鎖的な生活を開始する。その政治信条は末期思想で、電脳世界への危機を訴え、それをより超えた次元へと導くと称して、仲間を増やして、今に至る」

 フリーシェは、簡単に調べた相手の経歴を読み上げた。

「あー、まぁ、どこにでもいるカルトと変わらないってことか」

「変わったところはないねぇ。なのに、どうして急に議員殺害なんかしたんだか」

 彼女は、訳が分からないという風に、指をこめかみ辺りで回転させる。

「政治信条に、火が付いたんだろうさ。どっちにしろパターン通りの末期症状だ」

 ホロミリーロは簡単に結論をだす。

「元コミューン出身としては、大抵が自滅するか、自然消滅するかなんだけど、たまにいるのよねぇ、こういうマジな奴らが」

「おまえのところは、コミューンというより、スクール的なところの集まりだったろう?」

「いやぁ、結構過激だったよ。呪字師としての講義は、政府転覆のためだったし」

「過激思想者の巣窟か。で、どうして抜けようと思ったんだ?」

「師匠のヴォルメーが捕まりそうになって行方不明にになってから、仲間が暴走しだしたんだよ。あたしもちょっと手伝ったけど、正直ついていけなかったよ」

 思い出したように語る語尾あたりが、かすかに震えていた。

「そうか。辛かったな」

「……うん」

 ホロミリーロは軽く慰めておいて、あとは口を閉じた。

 ヴォルメーの乱は、ホムイロカネ史に残る事件だ。

 政府要人を狙ったテロや武装市民の公共施設への襲撃など、全八件の事件をおこし、公人二名一般市民十六名の死者を出している。

 フリーシェも、事件に連座して、武装警察に捕まった。

 厳重な収容所に送られたが、そこから出しにきたのが、電導師議員局だ。

 ホロミリーロも同じく、フリーシェは議員局直轄の活動員となったのだった。

「もうすぐ着くぜ?」

 彼はナビを聞いて、答えた。

 山に囲まれた農場が点在する平原が広がり、道路が真っ直ぐ伸びていた。

 ビック・ベンが見えない。

 あの秩序の中枢が、視界にないのは二人とも何となく不安だ。

 時刻は昼を回ったころだ。

「多分、寝てるね、連中」

「ああ、昼夜逆転は、非社会的人間の特徴だからな。なに、遠慮なく起こしてしまえばいい」

 やがて、木でできた柵が、平原に現れ始めた。

 その中は、鬱蒼とした林で、二人はたまにポツリとした人影を見る気がする。

 ゲートらしき、そこだけ錆びた鉄柵になっているところが、車道に会わられ、向こうには舗装されていない道路が林の中に続いていた。

 ホロミリーロは、車を目の前で止めて、何度かクラクションを鳴らした。 

 しばらくして、泥まみれになった服をきた男が警戒するように現れて、柵越しに鋭い視線を送ってきた。

「怪しい者だ。あんたたちの指導者に会いに来た。早くここを開けなさい」

 フリーシェは、敢えて挑発するような言葉と声を放った。

 男は眉をひそめ、今度は軽く走って、来た道を戻っていった。

「そういうやり方で、行くのか?」

 事前に何の話し合いもしていなかったホロミリーロは、彼女に改めて訊いた。

「どうせ、変な持ち上げられ方してるコベットは、上から目線でくるんじゃない?だから、最初から、脅してやったのよ」

「まあ、好きにしな」

 ホロリミーロは肩をすくめた。

 突然に、鉄柵のゲートがきしみながら開いた。

 二人は顔を見合わせてから、招かれた道に車を入れる。

 轍のようにタイヤのあとがある土の上の道を行くと、十分ほどで、開けた空間にでた。

 廃バスが二つあり、テントが点在していて、それぞれに老若男女が汚れた皿に盛った正体不明の昼ご飯らしきものを食べていた。

 ホロリミーロが入口付近に車をとめると、視線が集まった。

 無視して二人は外に降りる。

「コベットはどこ?」

 フリーシェが訊いた老婆は、廃バスの一つを指さした。

 錆で覆われ、タイヤはどこかに行った鉄筋の建物のようなそれは、腹部と頭部の扉が開けっ放しになり、窓は塵で黒ずんでいた。

 二人は、いかにも退廃的な空間を横切り、運転席傍の入口から、廃バスに乗った。

 中は、驚くほどに清潔な空間だった。

 後部座席以外に椅子は全て取り払われ、絨毯敷きで、壁はベルベットの布が張り付けてある。

 テーブルが一つに一人用ソファが二つ置かれ、天井にはシャンデリアがぶら下がっていた。

「よぅ、やっと来たか。待ってたぜ?」

 ギターを抱えながら、コベットは二人に視線をやった。

 クラッシュ・デニムの上下で、長髪を後ろで縛った長身痩躯の男は、皮肉に歪んだ表情に、乾燥させた香料を紙巻にして咥えていた。

「待ってた?」

 ホロミリーロが、電荷グローブを右手にはめた。

 コベットはおいおいと、両手の平を見せて、ワザとらしくすくめてみせる。

「お互い暴力はやめようぜ? 話会いでいこう、話し合いでな」

「それは、おまえ次第だ」

「わかった、とりあえず、椅子に座りな」

 勧められ、ホロミリーロとフリーシェは丁度二つあるソファに、腰を下ろす。

 コベットは革靴のまま、テーブルに足を載せて組んだ。

「今更、何を言いたいんだ? 俺たちが来た理由はわかっているようだが」

 ホロミリーロがその足を払う。  

「ウチが使ってる呪符が、ルーラルタァ女史の遺体に張られてたそうじゃないか」

「こんな、辺鄙なところに居るわりに詳しいな」

 ホロミリーロは皮肉る。

「そりゃぁなぁ。張ったの、ウチのメンバーだしな」

「自白か?」

 ホロミリーロに、コベットはにやけながら首を振った。

「ルーラルタァをあんなのにしたのは、俺たちじゃない。むしろ、あれ以上ならないように、封じてやったんだよ」

 コベットはさも面倒だったとでも言いたそうだ。

「どうして、おまえらが?」

「頼まれたからだよ。誰からかは、喋らねぇよ?」

「吐いてもらおうか。俺らは、議員局から来ている。むしろ代表としてな」

 ホロミリーロは、グローブを握った。

「やれやれ。あんた脳筋か? 残念だが、無理だな」

 態度の変わらないコベットに、ホロミリーロは立ち上がった。

 テーブルをよけて一歩踏み出すと、二歩目で見えない明らかに壁のようなものにぶつかった。

 鼻を鳴らしたホロミリーロは、空間に向かって電子グローブで、拳を一撃する。

 空間の壁に光が一瞬ひびのように走る。

 だが、ホロミリーロの腕は、そこで止められてしまった。

「その壁は、そうそうには壊せないぜ? な、話会おうと言ってるんだよ、俺は」

 コベットは紙巻を咥えながら、もう一度提案を確認する。

 ホロミリーロは、目を一瞬細くしてから、フリーシェに顔を向ける。

 少女は、軽く首を振った。

「頭が濁ってる。書けないよ」

 返答はそれだけだった。

「話を続けてもいいかい?」

 二人はいつの間にか、呪字を喰らっていたらしい。

 ホロミリーロは、どっかりとソファに腰を下ろした。

「どうぞ?」

 彼は半ば自棄気味だ。

 ブリーダとしての眷属を出せばいいのだろうが、強力過ぎてコベットの命が危ない。

「ちょっと困ってることがあってなぁ」

 コベットはリア・ウィンドウのカーテンをちょっと揺らした。

 すると、腹部の入口から、女性が一人、大きなタオルで巻いたものを抱えて入ってきた。

「ちょっと、見てくれ」

 女性は、二人に包みのかたまりを差し出す。

 覗くと、そこには、大きな赤ん坊が眠っていた。

「随分と、デカいな」

 ホロミリーロは言っただけだが、フリーシェは手を伸ばして、その頬をなでた。

 とたん、巨大な牙だらけの口が開き、寸で引っこめたフリーシェの手を噛もうとする。

 人の形相ではなかった。

「なに、今の?」

 フリーシェは、思わずファミリーの二人の顔を見比べる。

「私の子供です」

 女性の口調は重々しい。

「まぁ多分、眷属が影響してるんだと思うんだがな。もう、行っていいぞ」

 女性はそのまま挨拶もせずに、バスから降りていく。

「いい子が生まれたと思わないか?」

 ホロミリーロとフリーシェは、わけが分からなかった。

 フリーシェなどは、明らかに不快感丸出しで、コベットを睨んでいる。

「いやぁ、皮肉じゃなくてね。で、死んだ議員のルーラルタァも、もしかしたら、今の子みたいなもんだったんじゃないかと思ってな」

「社会福祉活動でもしたと、言いたいか?」

 ホロミリーロは鼻で嗤う。

「そんなんじゃねぇよ。ただ、だとしたら、他の議員たちはどうなっているかだがな」

 コベットはニヤリと笑む。

 危機感など全くない、雰囲気だ。

「だとしても、それとおまえに何の関係がある?」

「お互い、自由が取れない関係じゃないか」

 ホロミリーロもフリーシェも黙った。

「あの事件が、今の赤子の状態と同じだったら? 俺たちは解放されるぜ?」

 それは、甘美な声として、二人に響く。

 ホロリミーロは、できるだけ冷静でいようと努めて、空気に抵抗していた。       「おまえらに得とは、なんだ?」

「いいじゃねぇか、そんなもの。おまえらは自分のことだけを考えていればいいんだよ」

「……議員連中が、皆、化け物になって自壊していくというなら、あたしたちは解放される」 フリーシェは、呟いた。

「その通りだ。堂々と表通りを歩き、恋愛して結婚し、平和な家庭を築ける。まぁ、俺たちみたく、その日を気ままに過ごすのもありだな」

「具体的には、どうしろというんだ?」

「緋蓮って龍を知っているか?」

「ああ、警察の武装機動隊が追っているな」

「あれが、議員の一人だった可能性がある。殺っちまえ。正体不明のままな」

 頭がぼんやりとしてきたホロリミーロは、ふむと頷いた。

 バスからでた二人は、そのまま他のものには目もくれず真っ直ぐ車に乗った。

「フリーシェ、緋蓮の位置情報を、確認してくれ」

「ん」

 少女は、助手席で浮遊ディスプレイを開き、検索を開始する。

 車は、車道に戻り、近くの街に向かって進んだ。


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