鈴が和明と顔を合わせてから二日後、とうとう痺れを切らした母親が鈴の職場を訪ねてきた。
「守矢。お前の母親が受付にきているみたいだぞ?」
「え?」
「早く行け」
「すみません」
急いで一階に降りると、日傘を手にした母親が待っていた。
「お母さん! 何かあった?」
「突然、ごめんね。でも全然連絡をしてこないから」
調査会社に依頼し気分的にスッキリしてしまって、連絡をするのをすっかり忘れていた。
「ごめん。上に喫茶店があるからそこで話しをしよう。いい景色だし」
「そう? 警視庁に入るのは初めてで、ワクワクしちゃうわ」
少し機嫌がよくなった母に鈴はホッとした。ケーキセットを買って窓側に座った。
「わあ!! 目の前に国会議事堂があるわ!」
目を輝かせて女子高生みたいにはしゃいでスマホで写真を撮り始める。
「鈴、撮ってちょうだい」
「なら儂も母上とツーショットじゃ」と現れた将門を睨むと「冗談じゃよ」と母親の横から移動した。
あれは将門さん本気で写る気だったよね。本当に写ったら洒落にならないのに。スマホを渡されて国会議事堂をバックに写真を撮ってあげた。
「お父さんと和明に送っちゃお」
来たときは少し怒っていたみたいに感じだけど、気分を変えてくれてよかった。案外に母は怒らしたら一番怖いのだ。
「おお! 綺麗に撮れておりますな」
母には聞こえないのに気にせず話しかけているけど、楽しいのかな? やたらと母親に絡む将門を横目しつつ、鈴は口にケーキに放り込んだ。
「いいわね~~こんな所でお茶ができるなんて」
「お茶なんてする暇ないよ。ここの存在は知っていたけど、私は来るのが初めてだし」
「そうなの? 息抜きでくればいいのに」
鈴と同じようにケーキを口にし始める。
「さて単刀直入に聞くわね。鬼塚さんが化け物で人殺しだって本当なの?」
お母さんはこうしてもったいぶらずにストレートにくるからやり易いんだよねと、鈴は母親に向き直った。
「詳しいことは言えないけど、化け物であるのは本当」
「人を殺したってというのは?」
鈴がずっと見てきたのはあくまでも映像。現場を直接に見た訳じゃないし死体はまだ見つかっていない。
私の中では絶対的に事実であるけど、一般的に見れば妄想だと言われても仕方がない事だ。どう説明をすればいいか黙っていると「もしかして見えたから?」と聞かれて鈴は顔を上げた。
「――そう。いくらあなた達の仲が悪いと言っても、ある意味一線を越える事は今までなかったものね。鈴があんな風に怒鳴るんだもん」
「ごめん」
「確かにな~~あれはいかんかったのう」
ちょいちょい将門が会話に入ってくるから、静かにの意味を込めて鈴は睨むが全く気にする様子がない。
「お兄ちゃん、怒ってたよね? ごめん」
「いいのよ。でもちゃんと謝りはしなさい」
「うん」
「そうじゃ! あの翡翠はどこでもらったものか聞いてくれんか」
「翡翠?」
「鈴?」
もう! 話しかけられたら、いつも一緒にいるから思わず返事したじゃない! 将門は早くしろと言わんばかりに目で合図をしてくる。
「翡翠がどうかしたの?」
「あ~~あの翡翠のネックレスってどこの神社だったか覚えてる?」
「あら、どこも何もお母さんの少し遠い親戚の神社よ」
「そうなの?」
「場所と神社の名前を聞いてくれんか?」
「神社の場所を教えて欲しいんだけど。記憶では山奥でそんなに大きい感じじゃなかった気がするんだけど」
「何言ってるの? 結構有名な神社で古いのよ。確かに神殿とかそんなに大きくはないけど、敷地は凄く広いんだから」
車で連れていかれて山で、苔が生えたような門みたいなのがあったのは覚えているけど、そんなに有名そうな雰囲気でなかったのにと鈴は首を傾げた。
「この神社よ」
スマホに出された神社を見てから鈴も検索してみた。
「な、なんと! ここの神ならばあのような強力な翡翠に護りを入れられた訳だっぺ!」
翡翠のネックレスの出所が分かった将門のテンションは凄く、生首がボールが跳ねるみたいに上下している。
将門さんの首、スライムみたいになってるけど実体じゃないからアリなの? 厳つい顔の笑顔で跳ねるスライムが見える人の反応がみたい。
この光景が共有できればいいのになあと鈴はぼんやりと跳ねる生首を見ていたが、その姿を母親が見ていたことに鈴は気付かなかった。
帰り際に翡翠を返され、もし神社に行くなら私から連絡を入れるからと母に言われた鈴は、ありがたくその気持ちを受け取ることにした。そしてその連絡を、あまり日を開けずにすることになるとはこの時、鈴たちは考えてもいなかった。
調査会社から連絡が入ったのは、依頼をして四日後だった。鈴はその日のうちに調査会社に向かった。
「お疲れ様です」
「いえ。案外に早かったですね」
「そんなに難しい依頼内容ではありませんから。それでこちらが今回、調査した者になります」
部屋に入った時に、もう一人の男性がきっと調査員だろうと思っていた。その男性が黒い靄を纏っていなかったので鈴は胸を撫でおろした。
「お疲れまでした」
「いえ、あまり難しい仕事ではありませんしたから」
ただ親族の婚約者、それも女性を付けるだけだから確かに簡単かもしれないが、その相手が怨霊の本体なのだ。見えない人からすればただの女性でも鈴にとってはそうではない。
「それでこれが調査報告書です」
「ありがとうございます。あの、調査をしていて何か気が付いた事とかありましたか?」
調査した男性はしばらく悩んだ後「特にはなかったんですが」と一旦言葉を切ってから続けた。
「普通の女性だったんですが、どこか不気味な感じが何故かしたんですよ。不思議ですよね」と首を傾げている。
「そうですか。では私はこれで。あと桜葉さんには遅れて連絡をお願いします」
「わかりました」
車に戻った鈴は封筒から書類を出して確認した。もちろん将門もピーポー君から抜けて覗き込んでいる。住所、勤務先はなしと載されているが、住まいではなさそうな住所があり写真も添付されていた。
「ここって……」
「あまり都会ではなさそうな雰囲気だっぺ」
場所は都内から一時間半ほどで行ける有名な別荘地だった。森の中に佇む洋館は、今で言うレトロ感がある建物だ。建物の所有者は鬼塚未央とあった。