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第53話

 今度は急に静かになった鈴に、将門はまた車内をクルクルと浮遊しながら「乱心じゃ。鈴が乱心しよった」と少し涙声になっている。


「あ」

「鈴?」

「行くよ」

「どこへじゃ?」


 鈴はある場所に車を走らせた。目的地に着く寸前の信号待ちで桜葉に電話を掛けた。


「鈴さん?」

「電話に出るの早くない?」

「当たり前ですよ。画面に今まで出た事がない鈴さんの名前が表示されたんです。すぐに出ますよ」

「今、大丈夫?」

「会議中ですが大丈夫です」

「会議中に電話に出たらダメでしょ」

「鈴さんからですから」


 とりあえずもうすぐ会社の前に着くこと、会議が終わったらお願いしたいことがあると言って電話を切った。


 受付で桜葉に会いに来た事を伝えると、話がすでに下りてきていたのか秘書がすでに待機していてすんなりと案内をされた。


 会社だから秘書がいるのは当たり前なんだろうけど、やっぱり社長につく秘書って顔で選ぶんだ。スタイルもいいし美人だし、なんだかいい匂いがする。毎日むさ苦しいオッサンばかりだからいいなあと、鈴は職場で桜葉の差し入れに群がるオジサンたちを思い浮かべてゲンナリした。


 最上階でエレベーターの扉が開き、女性秘書が部屋に案内してくれた。部屋で待っている間、高そうなお菓子と紅茶を出され、広々とした社長室で荒ぶっていた気持ちがだいぶ落ち着いてきた。


 さすが大企業の社長室。でも桜葉邸みたいな豪華さはやっぱりないけど、このソファとかデスクとか高そう。将門が珍しそうに部屋を見ている。


「鈴! 鈴! 社長の椅子だっぺ。座ってみてはどうじゃ?」

「いいね!」


 椅子に座ると思わず「お~~!」と声が出る。


「これが社長の気分か~~」


 ひじ掛けに腕を置いて後ろにもたれると、ほどよく反って気持ちがいい。


「下々ものよ、良きに計らえ」

「はは、鈴殿」と遊んでいたら、社長室の扉が勢いよく開いた。

「鈴さん! お待たせしました!」

「うわっ!」


 驚いて鈴も将門も数センチ浮いた。


「は、早かったね」

「お待たせする訳にはいかないので、早く終わらせました」


 会議って早く終わらせるもの? 社長だからできるのか? 少し勢いのまま来てしまったことを反省した。でもいつも桜葉さんがしている事だし、今回だけだしいいよねと自分を納得させた。


「急にごめん」

「こんなサプライズならいつでも歓迎です。それでどうされたんですか?」

「桜葉グループか桜葉さんで、信用できる探偵事務所ってある?」

「そうですね。まあ調査会社ならありまよ」


 考えた通りだった。大企業ならそういった会社とは縁があると思った。鈴は社長の椅子に座ったままソファでくつろいでいる桜葉に向かってゲンドウポーズをとった。


「紹介して欲しい」

「わかりました。警察ではできない調査とかですか?」


 椅子から桜葉が座るソファの向かいに移動して、テーブルに置かれているクッキーを口に放り込んだ。


「兄の婚約者の尾行をお願いしたいんだ。住んでる場所も分からないから、兄の尾行をしてもらって、相手に接触したら後を追って欲しい」

「お兄様は、その婚約者のお住まいを知らないんですか?」

「仲が悪いのよ。相手の名前は鬼塚未央ね」


 ちょうど紅茶に口をつけた桜葉が思いっきり噴出した。


「ちょっと! 汚いじゃん」

「り、鈴さん! どうして僕が口に物を入れている時に、そんな爆弾を落とすんですか」

「間が悪いんじゃない?」


 蒸せている桜葉が落ち着くまで、鈴も紅茶を喉に流し込んだ。


「それで調査会社を紹介して欲しいんだけど、どこに連絡をすればいい?」


 息を整えた桜葉はスマホを操作し始め、その次に電話をし始めた。どうやら紹介先に連絡をしてくれているらしい。


「調査会社には今、話は通しておきました。調査会社の詳細はメールで送ってあります。あとお願いがります」

「ん?」

「鬼塚未央の情報は僕にもください」


 やっぱりそうきたかと、鈴は桜葉のお願いに仕方なく頭を縦に振った。

 帰ろうとする鈴と一緒に行こうとするから、もう桜の仕事は終わったのかと思いつつ部屋を出ると、男性社員が会議の資料を持って待っていた。


「社長。一六時からの会議の資料をお持ちしました」

「その会議は、あ」


 鈴はつかさず口を挟んだ。


「桜葉さん、やっぱり凄いです。さすが社長です。会議、しっかり頑張って。終わって時間が合えばご飯にいこう」

「り、鈴さんから初めてデートに誘われました。今日は何て良い日でしょうか。わかりました。素早く終わらせて迎えに行きますので」


 そう言って、スタスタと歩いていった。初めてではない気がするけど。それにしてもこれ以上はあまり、鬼塚の件に首を突っ込んで欲しくない。ああいうタイプは案外に本当に怒らせると何をしでかすかわからない。


 鈴は、ビルを出て送られてきた調査会社に電話を掛けた。調査会社は桜葉の会社からあまり遠くもなく、相手も今来てもらってもいいと言うので鈴がそのまま紹介された調査会社を訪れた。


 ちょうど長期の調査が終わって調査員が空いているというので、今日からお願いすることにした。お金はほとんど使うことがなく貯金があるので一〇〇万くらいかかっても構わないと思っていたら、調査にかかるお金はすべて桜葉が出すとあの後に連絡がはいっていたらしい。ここは素直にラッキーと思うことにした。


 兄の勤め先と写真、実家の住所を伝えて、あることを調査会社に強くお願いすることがあった。


 それは桜葉に鬼塚未央の情報を伝える時は、鈴に内容を伝えた二日後にしてもらう事。もう一つは婚約者の鬼塚未央に絶対に接触はしない事。もし少しでも相手に触れられたりしたら直ぐに鈴に連絡をすることを、念を入れてお願いした。


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