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第52話

 口調だ。あんな口調を使うのは桜葉さんたちみたいな人たちで、一般人はそうそう使わない。偏見になるかもしれないが、施設で育った人間ならなおの事だと思う。


 西村は、鬼塚か紗季さんに憧れていたみたいな事を言っていたから真似をしていた可能性もある。そう言えば服装は、接触者たちが言っていた通りベージュのワンピースだった、しかし鈴には見覚えがあった。


 殺される時に来ていた紗季さんのワンピースだ。鬼塚は紗季さんの真似をしている? それとも紗季さんに成り代わりたいと思っているとか? でも顔は紗季さんではく鬼塚だった。成り代わるつもりなら整形くらいはしそうだ。


 それに子供の頃から私が勝手に現場を見ていたようなことを言っていた。仮に鬼塚か紗季さんにリンクして私が見ていたのなら勝手に見ていた事にはなるけど、それだけじゃない気がする。鬼塚とは物理的ではなく接触はできたが謎が深まった気がした。


 鬼塚と接触してから、仕事で黒い靄を纏った犯罪者を見る機会が減った。一緒に行動している将門さんも不思議がっているので勘違いではない。何か企んでいるのかもしれない。鈴がピーポー君に小声で話しかけた。


「もしかして持ってる怨霊パワー全開にして、都内をゴッサムシティにでもするつもりとか?」

「ゴッサムシティが何か分からんが、よくない街の様子みたいだっぺな。しかしそれは可能性としては低いと思っておる」

「なんで?」

「怨霊の力がなくなれば、鬼塚は下手をすれば死ぬか一気に年相応以上になるじゃろうて」


 事が事だけに非現実的なので鬼塚を幇助罪では捕まえることは勿論できない。なら自爆で死ねば解決じゃない? と一瞬頭を過ったが、それこそゴッサムシティ化しそうな気がする。


「そもそもなんだけど、どうやって鬼塚と怨霊を切り離せばいいの? 仮に怨霊と引き離したとして、怨霊ってどうやって始末すればいいの?」

「そこなんじゃよ。もし怨霊と切り離されれば、儂が決着をつける事はできるんじゃ。ただ切り離すのが無理だった時じゃが……」


 ピーポー君の表情が相変わらずかわらないが、声から将門の顔が険しくなっている雰囲気があり、あまりいい内容ではない気がした。


「おい守矢。さっきから何をブツブツ言ってんだ? ストレスか? 俺が原因か?」

「報告書を書いていておかしな箇所がないか確認をしていたら、いつの間にか声に出てたみたいです。加地さんでストレスを感じる事はないので大丈夫ですよ」

「そうか! 俺、自分でもいうのもなんだがいい先輩だと思うんだよな~~親しみやすい先輩だよな?」

「はいはい、そうですよ」


 なんだよ~~と言いながら、加地は嬉しそうにしている。


「そう言えばお前、たまには実家に帰っているのか?

「まあ。先週は兄が両親に彼女を紹介したみたいですよ」

「は? その私はその場にいませんでした、みたいな言いかたは」

「だって仕事だったでしょ?」


 あ、と加地は思い出したみたいだった。


「いやいや。休めよ」

「急だったんで取れなかったんですよ。でも結婚式をするなら、休みはもらいますから」

「当たり前だ! じゃあその次は守矢だな」

「は?」

「桜葉さんだよ~~俺はお前のバディだから、絶対に行くぞ!」


 ちょうど課長が加地を呼んだので話を終えることができた。そう言えば、顔合わせがあった日、お母さんから相手の人への感想文のようなものが送られてきていた。


 お兄ちゃんより年下だけどしっかりしていて美人な人だったらしいが最後に、でも何故か凄く苦手な人だったと書かれていた。一度顔を出しておいたほうがいいかと、鈴は母親にメッセージを送った。



 仕事の様子を見て、鈴は実家に帰ってきていた。ちょうど兄も家にいて鈴は帰ってくる日を失敗したと思った。


「――土曜日、俺に嫌がらせで恥でもかかせたかったのか?」


 視界に入れないようにしながらリビングに入ったが、和明が鈴に先制攻撃してきた。お茶を入れる母に手土産のケーキを渡すと、困った顔をしながら目で謝っているのが分かった。


「急だったから。もっと早めに言ってくれないと無理だよ」

「どうせ交番勤務なんて大した仕事なんてしてないだろうが」

「和明! 今回はどこで聞いてもあんたが悪いよ。同じ公務員でも鈴は警察勤めでなんだから、ひと月前くらいまでには希望の休みを出すのは、お父さんの時も同じだったのよ。これからはもっと早くに連絡をするようにしなさい」


 鈴は和明に背を向けたままため息を吐いた。

 子供の頃よりも年々嫌味たらしくなってきて、世の中で聞く姑の嫌味みたい。よくこんなのと結婚しようとする人が現れたなと、鈴は振り返ってギョッとした。


「お、お兄ちゃん」

「なんだ? 何か文句でもあるのか?」


 私の事が嫌いなのはわかるし、それはお互い様だからいい。でも、何でお兄ちゃんが? 鈴は軽くパニックになっていた。


「鈴? どうかしたの? 顔色が悪いわよ。疲れているなら寝ていきなさい」

「だ、大丈夫。それよりお兄ちゃん最近、セミロングでベージュのワンピースを着た女の人と会ったりした?」


 和樹はフンッと鼻を鳴らして持っていたタブレットに向き直った。


「あら? 未央さんとならそりゃあ会ってるでしょうよ。でも鈴に写真を見せたかしら?」

「未央って?」


 母親は鈴にスマホを差し出してきた。


「お兄ちゃんの婚約者の鬼塚未央さんよ。土曜日に来た時に撮った写真よ。お式は来年の春までにするみたい」


 あの時に言われた「いずれ分かりますわ。また近いうちにお会いしましょう」という言葉が蘇ってきた。


「――め」

「え?」

「ダメだ! 絶対にダメ! この女と結婚なんて絶対に許さない!」

「り、鈴?」

「この女だと! お前! そんなに俺に嫌がらせをしたいのか!」

「お、落ち着いて鈴も和明も。鈴、どうしたの?」

「母さんは昔からそうだ! 鈴、鈴、鈴! 鈴ばかりだったよな!」


 目を吊り上げた和明の矛先が母親に向かいはじめ、鈴はとっさに叫んだ。


「この女は化け物だからよ! 人を殺してる!」


 このままここにいても状況は良くならないし、詳しい事を言える訳もない。鈴は首にぶら下げていた翡翠のネックレスを母親に握らせて、和明に渡すように言って家を飛び出した。


 車を走らせた鈴は、コメカミに銃でも当てられている気分だった。


「鈴! 落ち着くんじゃ!」


 将門の声に我に返った鈴は、路肩に車を止めた。


「まさか鈴の家族に一番近づいてくるとは」


 ピーポー君から抜けて家を探索していた将門は、一連の流れを見て聞いていた。スマホを取り出すと母から何件か着信があったが、まだ気分が落ち着かない鈴は後で連絡をするとメッセージを送った。


「ああぁ~~~!!」

「どどど、どうしたんじゃ?! 鈴」


 運転席で地団太を踏みながら目一杯叫び始めた鈴に、将門はオロオロと狭い車内をグルグルと浮遊し始めた。


「なんでお兄ちゃんなのよ! 一番相手にするのが糞面倒くさいなのに! だから? だからお兄ちゃんに近づいたの? クソッタレが! 引っ越し? これの事かよ! クソ女!」

「り、鈴? 嫁入り前の女子が糞はいかんぞ? 糞は」

「おまけに結婚?! ふざけんな! クソが! お兄ちゃんはどうでもいいけど、お母さん何かあったらぶっ殺す。てかその前にマジぶっ殺す」

「鈴、鈴。落ち着くっぺな。落ち着くっぺな」


 久々に大声を出して喉が痛い。正直、これは宣戦布告だ。お兄ちゃんと婚約したならそれなりに会っているはず。でも仕事があるし見張るのは難しい。


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