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第51話

 勤務後、当たり前のように桜葉が迎えにきて、当たり前のように鈴は夕食を行きつけの店で一緒に摂っていた。


「もう何か、自然とこうして桜葉さんと一緒に行動するのが当たり前になっていて怖い」

「そう言ってもらえると、僕は凄く嬉しいです」


 相変わらずだなあと、ハンドさんを見ると軽くお手振りをしてくれている。


「ハンドさんの気分が全く分からないわ」

「母が何かアクションを起こしているんですか?」

「手を振ってる」

「そうですか。機嫌が良さそうで良かったです」


 桜葉が行き付けだというこの店には、昔は家族で良く来ていたらしい。少しレトロ感がありながらも古さを感じさせせず、料理もやはり美味しい。


「メインのお肉ですが、どうですか?」

「うん。美味しい。舌が肥えそうで怖い」


「いいですね。どんどん舌を肥えさせて普通の食事では満足できないようになればいいですね」


 満足げに肉を口に放り込んだ桜葉に鈴は、また恐ろしいことを言っていると脱力した。


「少し前に外国人籍の男と日本人男性のトラブルがあったんだ。そこで鬼塚を見つけて追いかけたんだ」

「っんん!」


 喉を詰まらせた桜葉が、咳込みながら水を飲んだ。


「り、鈴さん? お願いですから食べている時に爆弾を落とさないで下さい」

「え? 何が?」

「何がって、鬼塚を見たって」

「ああ、でも追いかけたけど違う人だった」

「そうなんですか?」

「そうなんです。将門さん曰く、惑わされたんだろうって」


 もくもくとフォークとナイフで肉を切っていると「アピールされていませんか?」と口にした。


 将門も似たようなことを言っていたが、なぜ自分に存在をアピールする必要があるのか改めて言われて考えてみた。


 鬼塚が自分に見つけて欲しいまたは捕まえて欲しいと思っている? でも面識もなければ相手に執着される理由が思い当たらない。なら将門さんに対してなのか? でももし反対に……と鈴は考えている事を一旦やめた。


「桜葉さんはどう思う? 仮に鬼塚がこちらにアピールしてきているとして、何が目的だと思う?」


 握っていたナイフとフォークを一旦おいた桜葉も考えを巡らせているのか、動きを止めてテーブルの一点を見つめている。


「そうですね。助けを求めてきていると言うよりは、喧嘩を売りにきているようには感じます」

「やっぱりそう思う?」

「はい。わざわざ僕たちが会っている時に現れて藤堂のおばさんにとり憑いたり、鈴さんが見間違えたというのは何か企んでいるような気もします」


 人に怨霊の一部をとり憑かせたりしている目的も分からない。鈴はあちら側からのアクションなり接触がない限り、疑問は解消できないだろうなと食事を進めた。


 仕事を終えて、車で帰宅している途中だった。程よい疲れがあるくらいで体力にもまだまだ余裕はあった。フッと目の前が暗くなり、古びたどこかの部屋に鈴が立っていた。


「ここは?」


 あたりを見回してみたが、やはり部屋に覚えはない。ただ作りは和風でも一戸建てはなく、西洋のお城の中を連想させるような造りだった。


 足元は木の板でもコーティングされていて、ヒールや革靴で歩くとコツコツと音が出るだろう。鈴が履いているのはスニーカーで力の入れ具合ではキュッと音が鳴った。


「ちょっと待って。私、今は運転中のはず。というか、もしかして事故でも起こして死んだとか?」


 手を抓ってみれば痛みは感じる。どういう状況か理解しかねていた。


「あ、将門さんいる?」


 ポケットを探ってもピーポー君はいないし将門の返事もない。とりあえずこの部屋から出てみることにした。


 部屋に扉はなく隣に続いているであろう入口をくぐると、玄関ホールがあり天井にはシャンデリア、中央には二階に続く階段があり、階段の正面には玄関があった。また鈴が出てきた反対側にも部屋が見える。


「すみませ~~ん! 誰かいますか?」


 しばらくすると二階から歩く音が響いてきた。見上げるとセミロングヘアでベージュのワンピースの女性が歩いていた。その姿にすぐに鬼塚未央だと鈴の頭に浮かんだ。


「鬼塚未央?」


 そのままホールに続く階段までくると女はそこで立ち止まった。


「初めまして、と言うべきしょうか?」

「間違いなく初めましてだけど」

「警察官なのに嘘はいけないと思いますわ」


 この何とも言えない気持ち悪さは何だろう? こうシャツを前後間違えて着ていて変に動きにくくて気落ち悪いのに似ている気がする。鈴は鬼塚未央にどうしようもない違和感を感じていた。


「嘘じゃない。そもそも生まれた年も違うし住んでいた場所も被らない。会った事がないじゃん」

「確かに。ごもっともですわね。でも鈴。貴女はずっと見ていたでしょ?」

「確かに、あんたが紗季さんを殺すのを見ていたというか見せられてきたといったほうが正しい」


 鬼塚はニッコリと笑みを浮かべたが、口元だけが笑っていて目は虚ろで気味が悪い。


「何か、勘違いしていらっしゃるわね。私は別に見せていないわよ。貴女が勝手に見ていたのよ」

「――どういう事?」

 しばらく鬼塚が鈴を見つめた後に「わかってらっしゃらないのね。まあいいでしょう」と小馬鹿にしたような言い方だった。


「よくない。何なの?」

「いずれ分かりますわ。また近いうちにお会いしましょう」

「ちょっと! 紗季さんをなんで殺したの?」


 背を向けて戻って行こうとした鬼塚はそのまま足を止めた。


「失礼ですわね。私が紗季様を殺すですって? 何もわかってらっしゃらないのね」


 氷で刺すような声だった。そのまま視界がぼやけていき、意識を改めると車のハンドルを握っていた。目の前にはトラックが迫っていて鈴は慌ててハンドルを切った。


「鈴! 大丈夫か?」

「将門さん。私、どんな状態だった?」

「体から半分魂が抜けた状態じゃった! 呼んでも反応はないし信号無視をするしで心の臓が止まるかと思うたわ」


 車を路肩に移動させながら鈴は体の力を抜いた。


「将門さんに心臓はないじゃん」

「確かにそうじゃが、例えばじゃ。それより大丈夫だっぺ?」


 何があったか鈴は説明する事にした。


「鬼塚に多分呼び出されて、さっきの状態になったみたい」

「呼び出された?」

「うん。洋館みたいな場所で鬼塚と会って話した」

「は?」


 驚いたのか思わず好奇心で開いたままの口の中に鈴は指を突っ込んでみた。


「これ、口に指を突っ込むものではないっぺ」

「将門さんは実体がないから、何もないところで指をさしているだけだもん。でも生ぬるい」

「以前も儂の首を持ったじゃろうが。儂は何も感じはせんが何となく、何となくいやだっぺ。それより鬼塚は何と?」


 簡単に会話の内容を後、将門は眉間に皺を寄せ目を閉じて考えに耽っている。


「それとまた、近いうちに会うことになるみたいな事を言われた」

「なら、あちらからまた接触してくるという事か」

「今度は車の運転中とかやめて欲しい」



 警視庁に着いてからも、将門に説明した内容を思い出していた鈴は、やっと感じていた違和感に気が付いた。




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