マンションに戻った鈴は、ノートを出してきて簡単に今までの経緯を纏めてみることにした。
自分が子供の頃から見始めた紗季と鬼塚の映像。そして黒い靄を見始めた時期。将門との出会から黒い靄が人に影響をもたらした事件。平将門の首塚から鬼塚への怨霊化。そして鬼塚と桜葉紗季の関係と親族への接近。
鬼塚が怨霊を人に憑りつかせる人選の法則はなそうだった。でも交番勤務の時にも濃くはない靄をみていたし、それまでにもチラホラと目にはしていた。でも人を殺すほどのものではなかったということになる。この差は一体なんだろうと、ノートに書きだした鈴は床に転がった。
「鈴」
「お、将門さん復活した?」
「うむ。やはり人に入るのは疲れるの」
「お疲れ~~それにしても、入った人の記憶を見られるんだね」
「そうじゃな。しかしあの女子、金を存分に生かしておるな。良い人間じゃ」
金持ち喧嘩せずとも言うし、桜葉家や紗季の実家などの話を聞く限り、持てる者は与えるをしっかりと実行している。本当の金持ちは欲には無縁なのかもしれない。
「ん? 何を書いておるのじゃ?」
「今までの経緯かな」
顔を覗き込ませ、ギョロっとした目でノートに書いた内容を読み始めた。
「纏めておったのか」
「うん。ねえこの怨霊の力って、ここ最近になんで強まったんだろう?」
「考えられるのは、可能性としてじゃが、他の色々なものを取り込んだのかもしれん」
「色々なものって?」
「その辺にいる地縛霊や人が抱える闇などを食うような感じだっぺ」
それはある意味掃除をしてくれているような気もするけど、それによってより力が強まったのなら、それなりの期間に取り込んできたはず。もしそうであれば恨みや妬みを手っ取り早く手に入れられる場所は限られてくる。
「歌舞伎町とか歓楽街に出入りしていたかもしれないね。鬼塚は」
「――その可能性は大いにあるじゃろう」
まだ少し疲れているのか、将門の目はトロンとしている。
「もう少し休んだら?」
「そうじゃなあ、すまんのう」
眠そうな声でふらふらとピーポー君に中に吸い込まれていった。
今日は加地の運転で都内を巡回している。繁華街で外国籍と日本人男性が刃物を持って喧嘩をしていると通報があり、すぐ近くだったために急行することになった。
トラブルは半グレのような中年三名とアジア人系の男性で、どうやらアジア人系の男性は目の前にあるベトナム料理店の店主のようだった。ベトナム人男性の手には包丁が握られていて血が付着している。半グレの男は腹部から血を流して倒れ込んでいた。
その周りを刺された連れの二人が半泣きになりながら名前を呼んでいるが、出血部分を押させえることもなく、ただただ狼狽えているだけだった。
「警察だ。刃物を捨てろ」
ベトナム人に警察バッヂを掲げながら「おい、お友達なら出血部分を押させてやれ」と加地が男たちに指示をする。
「え? あ、え?」
「こうすんのよ」
鈴は刺された男の友人の手を掴み、傷口に押し込んだ。
「や、やめろよ!」
「あんたの友達なんでしょ? 止血くらいしてあげなさいよ」
そのまま鈴がベトナム男性に近づいていく。
「守矢!」
人を刺して興奮している相手に鈴は加地の静止も聞かずに近づき、唸りながら刃物を振りかざして向かってきたベトナム人男性に鈴は間合いを見て素早く姿勢を低くした。
そのまま相手の膝を蹴り態勢を崩す。その隙に刃物を持っていた手を捩じり上げる。落ちた刃物を蹴飛ばして鈴は手錠をかけた。
「守矢お前何、その身のこなしかた。映画でも見てるのかと思ったわ」
「今の時代、警察官もこれくらい鍛えておかないと身を守れないでしょ。昔と違って治安がすこぶる悪化してるのは警察庁が出した統計でも明らかなんですから」
「そうなんだけど、そうなんだけどな! マジお前、何目指してんの?」
救急車と管轄のパトカー到着して、状況を引き継いでいる時だった。
ふと野次馬の中に紛れ込んでいる一人の女に自然と目がいった。
「あれは」
目が合った女は不敵な笑みを浮かべると、野次馬の輪から離れていく。
「待て!」
「守矢?!」
「加地さんすみません! ちょっと離れます!」
「はあ?!」
野次馬をかわしながら背中を追いかける。
「将門さん! 鬼塚がいた!」
「なんと!」
胸ポケットから出てきた。
「ど、どこだっぺ!」
「あそこ! ベージュのワンピース」
大通りに出ると、人が障害になって思うように進めない。
相手の背中が徐々に大きくなって距離が縮み、その腕を掴んだ。
「キャッ!」
「鬼塚……」
振り向いた女性は明らかに鬼塚ではなかった。
「す、すみません。人違いでした」
怪訝な顔をして去っていく女性を見つめながら、狐に摘ままれた気分だった。
「鈴? 人違いだったようじゃが」
鈴はスマホを取り出し、電話をする振りをして道を引き返した。
「これでも仕事柄、人の顔を見間違えるなんてミスはあり得ない」
「お、そうやって儂と話をするんじゃな。これなら確かに奇異な目では見られんっぺ。しかしじゃな、間違いは誰にでもあるもんだっぺ」
「本当に彼女だった。目が合って笑ったんだよ。それも何か気味の悪い笑いかただった。でもなんで? 絶対に鬼塚だったのに」
「惑わされた、のかもしれんな」
「そんな事……できそうだよね~~」
怨霊と一体化して人を狂わせることができるなら、違う人物を自分に見立てるくらいは朝飯前な気がした。
「もしそうであれば、藤堂の事も然り、相手はこちらの動きに気が付いて存在を見せつけておる気もすんじゃが」
すれ違った二〇代くらいの男性が、鈴の肩の付近を見て「うぉっ!」と声を上げてすれ違った。見えちゃう人だったかと鈴は事件現場に戻った。