やはり以前に将門は言っていたように、完璧に一体化してしまっていて一切漏れないようにコントロールできているのだろう。
「さっき紗季さんの親戚だってわかった上で接触したって言ってたけど、藤堂さんは何かを言われたの?」
「本人は流しておったが、声が似ていると呟いておったようだっぺ」
桜葉は珍しく険しい顔をしていた。
「桜葉さん、きっと鬼塚を捕まえるから」
「――近くにいたと思うと悔しくて」
それは鈴も同じだった。それにしても、もしこのまま藤堂が怨霊に侵されてしまっていたらと思うと少し恐ろしい気がした。
今まではそれこそ一般市民が起こした事件だったが、もし日本屈指の資産家が事件を起こせばそれはセンセーショナルに取り上げられるだろう。
「桜葉さんも今後は見ず知らずの人に触られないようにして。将門さん、どんな感じで呪いを移してた?」
「この者の記憶を見る限り、手を握られた時じゃった。触れただけでは移っておらなんだ。坊主、鈴の言うように女子との接触は控えるんじゃ。あと施設でもらった写真を坊主に見せてやれ鈴。見た目は鈴のように若く、写真より綺麗じゃった」
スマホにデータとして保存していた写真を桜葉に送った。
「これが鬼塚未央なんですね」
スマホに送った画像を食い入るように見つめる桜葉に、鈴は少し不安を覚えていた。
その後、藤堂を桜葉の車に乗せてから将門は体から出てきたが、かなり疲れたようでピーポー君の中に入ってから静かになった。
桜葉の肩のハンドさんは反応がなさ過ぎて一体、何を考えているのか理解しがたい。桜葉はそのまま藤堂を送り届けるとホテルを後にした。
思いがけない事があり時間が空いてしまった鈴は、ふとスマホを出して電話をかけた。相手と連絡がついた鈴は、都内のコーヒーチェーン店で待ち合わせをすることになった。
「刑事さん」
「久しぶりですね島谷さん」
「はい」
手にはすでにコーヒーが握られている。
「おごるつもりだったんですが」
「いえ。これくらい自分で出せます。なかなか時間がとれなくてすみません」
「いえ。大した用ではないので。落ち着きましたか?」
コーヒーに口をつけてから「そうですね」と島谷は答えた。
「それで聞きたいことってなんでしょうか?」
「島谷さんがその――ああいう風になる前に、知らない女性と会ったり友達になったりした事があったか聞きたかったんです」
島谷は今一つ質問の内容が飲み込めないみたいだった。確かに島谷が起こした事件との関連があるとは思えない質問だ。自分でも脈絡もなくこんな質問をされれば戸惑う。
「知らない女性……と言うか、少しだけ親しくなった人がいたんですが、気が付けば会う事がなくなった人がいました」
鈴はスマホ画面に写真を出して島谷に渡した。
「この人でしたか?」
「そうですね。今は垢抜けた感じで綺麗な人でした」
やはり島谷とも接触していたかと鈴は続けて質問をした。
「服装とか話した内容を覚えていますか?」
「服装はよく覚えています。いつも同じベージュのワンピースに赤いヒールを履いていたので。会話の内容は、私が日頃の不満を少し愚痴って、あまり彼女が話すことは少なかったかと思います」
「住んでいる場所とかは?」
少し悩んでいる様子だったが、せかさずに話し始めるまで鈴は待った。
「そう言えば、家族の話をした時に『私の大好きな人と家族になって住んでいるの』って言っていました。あと近いうちに引っ越しをするとかも言っていました」
鬼塚は結婚をしている? なら相手がいるということになるが、怨霊本体と結婚した相手はどうなるんだろうか。あとで将門さんに要確認だなと、鈴はスマホにメモをした。
「どのあたりに住んでいたかとかは?」
「すみませんそこまでは。でも今こうして話していて気が付いたんですが私、どこの誰かも名前も知らない人に家の事とかを話していたんだって。普通ならあり得ないのに。こう見えて私、結構警戒心があるほうなんですよ。何だろう」
頭を抱え込む島谷に「きっと疲れていたんですよ。そういう時って、今までの自分とは思えない行動を取ることがあります。だからそんなの落ち込むことはないです」と今目の前にいる島谷に適した言葉を選んで伝えた。
「私、刑事さんには感謝をしているんです。もしあの日、来てくれなかったらと思うと」きっと子供を殺していただろうと鈴は心の中で言葉を繋げた。
島谷と別れたあと、鈴は久々に実家に寄ることにした。連絡はしなかったが、家にいなければ今日は縁がなかった、いればそれはそれで良しという感覚で実家のインターフォンを押した。
「鈴?」
「ちょっと寄ったんだけど」
数秒後には玄関の扉は開いていた。
「もう! 帰ってくるなら電話の一本でも寄こしなさい」
「ごめんごめん」
文句を言いながら嬉しそうな母の顔に、鈴の心は少し和んでいた。
リビングのソファに座った鈴は、もう一人の所在を確かめた。
「お父さんは?」
「今は出かけているわ。駅前にショッピングモールがあるでしょ? あそにウォーキングをしに行ってる」
「ちょっと意味が分からないんだけど」
「中は広くて平日はお客さんも少ないでしょ。おまけに空調が効いているし足元はカーペットで膝に優しい。三〇分ほどグルグル歩き回ったら、電気屋でマッサージチェアに座って帰ってくるのが最近の日課よ」
なんだそれ。年寄りは本当に何もすることがないのかと、ソファに寝転んだ。
「家事でもさせればいいじゃん。もしお母さんに何かあったら、お父さんがしないといけないんだし」
「大丈夫よ。その辺はしっかりと指導をしてるからね」
キッチンで紅茶を入れている母が得意気に話す。
「あ~~それよりやっぱり第一土曜日は無理だった。ごめん」
「そうだろうと思った。決まってすぐに連絡しなかった和明が悪いんだし、お母さんからも言っておくから」
「お父さんは?」
「元警察官なんだもん。急に言われたらどうにもできない事くらい理解するわよ。とにかく今回は和明が悪いんだから」
味方をしてくれるのは正直嬉しい。でも兄はきっと面白くないだろう。
「そういえば今はどこの交番?」
そう言えば異動になったことを言ってなかった。ましてやケガをしたことも家族には内密にしてもらっていた鈴は、異動になった事を告げた。
「え? 異動って警視庁の機動捜査隊になったの?! 凄いじゃない! なんでもっと早くに言わないの」
「別に勤務する場所が変わっただけで、目新しい事じゃないし」
「機捜って現場に一番に駆け付ける部署よね?」
「よく知ってるね?」
「元警察官の妻よ。でも大丈夫なの?」
母の大丈夫には幽霊が見える事に対しての意味が含まれている。
「まあ大丈夫」
「そう。あまり無理をしないようにね」
「うん」
起き上がって母が入れてくれた紅茶と有り合わせのお菓子を摘みながら、軽く近況報告をして実家を出ることにした。
夕飯を食べて帰れと言われたが、父親と食卓を共にするのが億劫だった鈴は、仕事を理由に何とか帰る事ができた。