翌日、約束通りに藤堂沙知絵に会うために藤堂家の屋敷ではなく、グループのホテルのラウンジで会う事になった。
二〇階にあるラウンジの窓は高くとられていて、東京の景色を眺めることができた。設置されているテーブルも椅子も高級感に溢れている。
「もう金持ちヤダ」
「僕と結婚するんですから、先々鈴さんも仲間入りですよ」
「結婚はしません」
「そういう素っ気ない態度も可愛いらしいので好きですよ」
「好きですよって言う割には、無表情で怖いのよ桜葉さんは」
「すみません。今、顔の筋肉の柔軟性をためるように頑張っているところです」
少し前に自然に笑えたんだから難しく考える必要はないのにと、桜葉の言葉に鈴は呆れてしまった。
「久しぶり~~!! 顕ちゃん!」
テンション高めの声で振り向くと、モスグリーン色のスーツ姿の年配の女性が両手を振りながら近づいてきていた。
「お久しぶりですです。おばさん」
「もう! 沙知絵おぼさんって呼んでよ。噂は色々と聞いているわよ~~少し前に、アメリカの会社を吸収に成功したって! また会社が大きくなるわね」
「ありがとうございます」
二人の間で交わされる会話に、全く縁のない話だと聞いていた。それにしてもこのテンション、ハンドさんの感じに似ている。
もしかして生きていた時の紗季さんってあんな感じだったのかな? 紗季さんと藤堂さんは仲が良かったって言ってたけど、もし紗季さんも同じ感じだったなら凄く賑やかそう。
ハンドさんも誰にも見えていないけど、今までに見たことはない動きで手をブンブンと振って再会を喜んでいるようだった。
「あら! この方が顕ちゃんの未来のお嫁さんになる刑事さん?」
「刑事ではありますが、桜葉さんとはそういった関係ではありません。挨拶が遅れました。機動捜査隊の守矢です」
「きゃあ! 女刑事さんだわ。カッコいいわね。初めまして藤堂沙知絵です。顕ちゃんの未来のお嫁さんに会えるって聞いて、もう昨日は寝れなかったわ」
嫁にはならないと言っているのに、そこの部分だけ話しが通じない。桜葉家の特徴なのか? 全てが終わったら全力で桜葉家とは縁を切りたいと鈴が心の底から思った。
「それで紗季ちゃんの事よね?」
「はい。お話をお聞きしても?」
「もちろんよ。とにかく座りましょう」
窓にむかって半円に配置されている席からは、景色一望しながらティータイムを楽しむことができるが、今から話す内容はそんなに楽しい話でないのが対象的だった。
真ん中に藤堂が座り話しを切りだした。
「では早速ですが、紗季さんが懇意にしていた一般の年下女性はいましたか?」
さっきとは打って変わって藤堂の顔は真剣な表情になった。
「いたわ。確か未央って名前だったわね。よく未央ちゃんって名前を口にしていたから」
「おばさん。母はどんな話をしていたんですか?」
質問をしたのは少し前のめりになった桜葉だった。正式な捜査ではないので鈴はそのまま黙っていることにした。
「そうねえ……妹がいたらあんな感じなのかなとか、一緒にゲームセンターでクレーンゲームをして遊んだとか。でも伊藤の家は何というか」
「庶民と交流するのは嫌がる、ですか?」
鈴の言葉に藤堂は申し訳なさそうな顔をして頷いた。
「だから紗季ちゃんも未央ちゃんって子のことは秘密にしてねって約束をしたの」
「あの、紗季さんが行方不明になった時に警察には言っていませんよね?」
鈴の質問に藤堂は「紗季ちゃんとの約束だったし、それに相手は女の子だもん。紗季ちゃんがいなくなった事とは無関係のはずだもの」と何の疑いもなく答えた。
確かに紗季の両親が施設育ちの鬼塚と娘が、仲が良かったと聞けば今まで聞いてきた話しからきっと怒っただろう。でも相手が女性だから犯人ではないとなぜ思ってしまうのか。
育った環境でそんな固定概念ができてしまっているのかもしれない。
きっと藤堂に悪気はないのだ。ただ純粋にそう思っているに過ぎない。お嬢様の弊害だろう。だから鈴も責めるに責められずにいる。
その時、桜葉のスマホが鳴り「すみませんが、少し電話に出てきます」と席を立った。
「ねえねえ守矢さん。顕ちゃんの事、本当のところはどう思っているの?」
まるで少女のように目をキラキラさせて聞いてくる藤堂に、鈴は思わず顔が引きつった。
「どうもこうも何とも思ってないですよ」
「え~~イケメンで、お金持ちで優しいでしょ? どこがダメなの? 色んなお嬢さんたちからアプローチをされても流していた顕ちゃんが、お嫁さんにしたいって言ってるんでしょ? ドキドキしたりキュンってしたりしないの?」
「全くないですね。その反対でイラッとさせられる事は多々あります」
「え? 顕ちゃんが守矢さんを? うっそお!! あの顕ちゃんが人を苛つかせるなんて!」
ノリが女子高生みたいで、どう反応していいか困ってしまう。
「すみません。戻りました」
「あ、ちょっと待って。今度は私が電話だわ。ちょっと失礼」
席を立ってラウンジから出ていくのを見届けた鈴は、やっと体の力を抜けた。
「どうかしましたか?」
ジロリとにらんでも桜葉は涼しい顔をしている。
「――別に」
「おばさんが、何か鈴さんを不愉快にされるような事でも言いましたか?」
「そういうのではなくて、お金持ちだから? 血筋? 類は友を呼ぶなの?」
鈴の言葉の意図を掴めない桜葉はただ、キョトンとした顔をしていた。
「もうやっちゃったわ~~」と戻ってきた藤堂は、服に黒いシミを作って戻ってきたが、鈴は思わず身を固くした。
「おばさん、どうしたんですか?」
「通路で人に当たっちゃってね。たまたま相手が持っていた飲み物がこぼれちゃったのよ」
なんで? と思っていると、ポケットにいたピーポー君がポンとテーブルに乗った。鈴がえ? と思っている間にピーポー君から抜けた将門が藤堂と一体化してしまった。
「ちょ、ちょっと将門さん?!」
「将門さんって? え?」と藤堂の動きが数秒、電池が切れたロボットみたいにピタリと動かなくなった。
「こっちだっぺ!」
「お、おばさん?」
戸惑っている桜葉を放って事態を把握した鈴は直ぐに後を追う。
「鬼塚がここにいたよね」
「そうじゃ。このおなごの記憶も確認したんじゃが、年齢はかなり若かったな。やはり不死ではないが不老に近いようじゃ」
「後を追える?」
「エレベーターに乗ったようじゃ」
「ちょ、ちょっと鈴さん」
追いついてきた桜葉は、しっかりと藤堂の荷物を手にしていた。
「もしかして平将門様が?」
「初めましてじゃな。坊主」
「あ、はい。初めまして。桜葉顕です」
「鈴が世話になっておる」
「それより藤堂さんに接触してきたって事だよね?」
「そうじゃ。儂が入った事で祓いはしたがあの者、紗季の縁者だと分かったうえで接触してきたようじゃ」
「藤堂さんに何かをさせるつもりだったって事だよね」
「そのようじゃ」
「ちょ、ちょっとお二人とも」
桜葉が声をかけてきたと同時にエレベーターの扉が開いて三人で乗り込んだ。
「説明をお願いできますか?」
「儂がしよう」
見た目は藤堂のままだから、出で来る言葉とミスマッチ過ぎて脳が少し混乱しそうになる。
「この者が戻ってきた時、明らかに怨霊の大元に接触した形跡があったんじゃ。簡単に言えば怨霊をお裾分けされたんじゃ。このお裾分けじゃが、怨霊の大元である鬼塚と接触することで移されると最近分かってな。だからこうして大元である鬼塚を追ってきた訳だっぺ」
「近くにいるんですね。でもなぜおばさんに接触してきたんでしょうか?」
「そこまでは分からん」
鈴もそこが疑問だった。エレベーターがロビーに着き、三人は急いでエントランスに向かった。あたりを見回しても既に人ごみに紛れてしまって鬼塚を見つけられない。
「将門さんどう? 分かる?」
「――いや。痕跡が全く見当たらん」
やはりそうか。いつもならまだ穢れが残っていてもおかしくはないのに、その気配が全くない。
反対に戻ってきた藤堂の体には濃い呪いを纏っていたし、歩いてきた後にはハッキリとその穢れがうっすらと残っていた。